憲法を改正するなら衆議院を解散して総選挙しないといけない理由

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憲法とは何か、と問われた場合「国家権力の権力行使に”歯止め”をかけるためのもの」という回答が一般に用いられます。

なぜ、そのような回答が用いられるかというと、国家権力は時に暴走し、その国家に帰属する国民の権利や自由を制限する方向に作用してしまう危険性があるからです。

我々人間は社会を形成して生活していますが、社会の規模が大きくなるにつれて社会全体としての権限の行使が難しくなりますので、個人が保有している権限を国家権力に移譲する契約を結び国民国家を形成します。これがいわゆる「社会契約」と言われるもので、その契約によって形成される権限の総体が「国民国家」と呼ばれる権力主体となります。

このような国民国家はそこに帰属する国民から移譲を受けた権限を行使して法律を制定することで国民に義務を課し権利を制限することができますから、国家権力がひとたび暴走すれば国民は自身を守るすべがなくなってしまいます。

そのため、国家権力に権限を移譲しようとする国民は、国家権力の暴走を防ぐためにあらかじめ「歯止め」をかけておこうと考えます。その手段が「憲法」という法です。

国民が国家権力に権限を移譲する際に「この限度を超える法律は作っちゃだめですよ」「この範囲でだけ法律を作る権限を移譲しますよ」という決まりを憲法という法典に記録し、その憲法に記録(規定)された制限の範囲内に限って国民が保有する権限を国家権力に移譲するわけです。

このような考え方が基礎にあることから、憲法は「国家権力の権力行使に歯止めをかけるためのもの」であると考えられているのです。

ところで、この国家権力の権力行使に「歯止め」をかけるための手段になるはずの憲法が、衆議院を解散して総選挙で民意を問うプロセスを経ることなく、政府や自民党を中心としたいわゆる「改憲勢力」の積極的な働きかけによって改正されようとしています。具体的には現在の政権が躍起になって進めている憲法9条に自衛隊を明記する憲法改正に係る議論です。

もちろん、憲法はその第96条で国会の総議員の3分の2以上の賛成で憲法改正案を発議して国民投票にかける権限を議会に与えていますから、衆参両議院で3分の2以上の議席を有する自民党や公明党を中心としたいわゆる「改憲勢力」が憲法9条にかかる憲法改正案を国会で発議すること自体を否定することはできません。

【日本国憲法第96条】

第1項 この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。
第2項 憲法改正について前項の承認を経たときは、天皇は、国民の名で、この憲法と一体を成すものとして、直ちにこれを公布する。

しかし、憲法が国家権力の権力行使に歯止めをかけるためのものである以上、国家権力が自らその歯止めを緩めるために憲法改正案を国会で発議するというのであれば、その前提として衆議院を解散し総選挙を実施して「憲法9条に自衛隊を明記する改正案を発議することに賛成するか否か」という点について「選挙」という形で民意を問うプロセスを経ておくことは最低限必要であるように思えます。

では、このように政府が衆議院を解散せずに憲法9条に自衛隊を明記する憲法改案を国会に発議して国民投票にかけようとしている現在の状況は、民主主義や国民主権の観点から問題とならないのでしょうか。

また、問題があるとすれば具体的にどのような理由でどのような問題があると言えるのでしょうか、検討してみます。

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憲法第96条は「間接民主制」と「直接民主制」の両側面からの民意の反映を要請している

今述べたように、政府が衆議院の解散総選挙を経ることなく憲法改正案を作成して国会に提示し、衆参両議院ですでに3分の2以上の議席を確保している与党と改憲勢力が憲法改正案を発議すること自体に民主主義や国民主権の観点から問題が生じないのかという点に疑問が生じますが、その問題を考える前にまず憲法第96条が具体的にどのような構造になっているのかという点を理解してもらわなければなりません。

憲法第96条の構造を理解しなければ、その手続きに沿って国会で行われる「憲法改正案の発議」の問題点も理解しえないからです。

この点、憲法第96条の条文は上にも挙げていますが、憲法の改正手続きを定めた96条1項では前半部分で「各議院の総議員の3分の3以上の賛成で国会が発議すること」を、後半部分で「国民投票等の直接投票で国民の過半数の承認を得ること」が求められていますので、憲法96条の構造は「国会での発議」を規定した前半部分と「国民投票」を規定した後半部分の2段階にわけることができます。

前半部分で規定されている「国会での発議」とは、政府(正確には改憲に賛成する勢力に所属する国会議員の総体)が作成した憲法改正案を「国民投票にかけるか否か」を国会で議論し決議することを言いますが、「国会の決議」は国民の選挙によって選ばれた議員が間接的に議論と決議行うことで民意を反映させる「間接民主制」の手段による民主主義の実現手段となりますので、この前半部分の「国会での発議」は、憲法の改正手続に間接民主制の側面から国民の民意を反映させるための手続きということができます。

一方、後半部分で規定されている「国民投票」とは、国会で発議された憲法改正案について国民一人一人が「憲法を改正するかしないか」という評決に参加して判断するものになりますが、この「国民投票」は国民が直接的に議論と評決を行うことで民意を反映させる「直接民主制」の手段による民主主義の実現手段となりますので、この後半部分の「国民投票」は、憲法の改正手続に直接民主制の側面から国民の民意を反映させるための手続きであるということが言えるでしょう。

つまり、日本国憲法の改正手続を定めた憲法第96条は、憲法の改正手続きに「間接民主制」と「直接民主制」の2つの側面から民主主義を実現することを要求しているということが言えます。

憲法第96条が間接民主制と直接民主制の2つの側面から手続きを保障しているのは国民主権原理からの要請

この点、ではなぜ憲法第96条が「間接民主制」と「直接民主制」の2つの制度的側面を取り入れて憲法を改正するよう要請しているかというと、それはこのページの冒頭でも説明したように、憲法が国家権力の権力行使から国民の権利と自由を守るために存在するからです。

憲法改正案を作成して国会に提示する権限は国会議員の総体に与えられていますが(国会法第68条の2)、国家権力である政府(内閣及び内閣総理大臣)を組織するのは国会で多数の議席を確保した与党(とそれに迎合する国会議員の総体)となりますので、結局は憲法によって「歯止めをかけられる側」の国家権力が自らその「歯止め」を緩めるために憲法改正案を作成して国会に提示することが可能です。

【国会法第68条の2】 

議員が日本国憲法の改正案(中略)の原案(中略)を発議するには、第56条第1項の規定にかかわらず、衆議院においては議員100人以上、参議院においては議員50人以上の賛成を要する。

しかし、先ほど述べたように憲法は国家権力の権力行使から国民の権利と自由を守るために存在しますから、国家権力が国会で確保した議席の数の力でむやみやたらにその自らにかけられた「歯止め」を緩めるための憲法改正案を作成し国会に提示することを認めるのは危険です。

そのため憲法は、その改正手続きを規定した憲法96条で「国会で憲法改正案を発議すること」自体に国会の議論と決議という「間接民主制」の側面からの民意の反映だけでなく、国民投票という「直接民主制」の側面からの民意の反映をも求めているのです。

ではなぜ、その国家権力の権力行使に「歯止め」を掛けるための憲法を「歯止めをかけられる側」の国家権力が改正してしまう危険を回避するために「間接民主制」と「直接民主制」の2つの側面から民意を反映させる必要があるかと言うと、それは憲法が基本原理として国民主権原理を採用しているからです。

【日本国憲法:前文(※前半部分のみ抜粋)】

日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し…(中略)…ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。…(中略)…これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。(以下省略)

憲法はその前文で「国に主権が国民に存することを宣言し…」と述べることで憲法の基本原理が国民主権原理にあることを宣言していますが、その国民主権の意義は国家の基本方針を国民が主権者となって決定するところにあります。

この点、その国民主権原理を具現化する手段としては、国民が議論と評決に直接参加する「直接民主制」による手段と、国民に選挙で選ばれた議員が議論と評決に参加することで国民が間接的に民主主義にコミットする「間接民主制(代表民主制)」による手段の2種類がありますが、「直接民主制」では専門的な知識や経験の不足する国民が直接議論と評決に参加することで誤った判断をしてしまうというポピュリズム(衆愚政治)の危険性がどうしても生じてしまいます。

一方、「間接民主制(代表民主制)」では国民が直接的に議論と評決に参加することはできませんが、国民が選挙で選んだ議員を専門的な知識や経験にあたらせて客観的で冷静な議論を行わせることができますので、「直接民主制」で生じたポピュリズム(衆愚政治)の危険を可能な限り軽減させることが可能です。

そのため憲法の改正手続きでは、「間接民主制」と「直接民主制」の2つの制度的側面から手続きの正当性を担保することにしているのです。

憲法は国家権力の権力行使から国民の権利と自由を守るために国家権力に「歯止め」をかけるための最後の手段となりますので、その「歯止めをかけられる側」の国家権力が安易にその歯止めを緩めてしまわないように、その改正手続きには国民主権を徹底して具現化し国民の意思を反映させる必要があります。

ですから、憲法の改正手続きを定めた憲法の第96条は、その前半部分で憲法改正案の発議に「国会の決議」という間接民主制による民意の反映を担保させ、その後半部分で「国民投票」という直接民主制による民意の反映を担保させることで、憲法の改正手続きにおいても憲法の基本原理である国民主権原理を具現化させる役割を果たしていると言えるのです。

衆議院を解散せずに憲法改正案を発議すれば国民主権における「間接民主制」の側面からの民意の反映を無視することになる

このように、憲法の改正手続きを定めた憲法第96条は憲法が基本原理として採用した国民主権原理を憲法改正手続きにおいても具現化させるために、その手続きに「間接民主制(代表民主制)」と「直接民主制」の側面からそれぞれの手続きを介在させていることが分かります。

そうであれば、政府が憲法改正案を作成して国会に提示する場合には、その前提として衆議院を解散し、その国会に提出しようとする具体的な憲法改正案を国民に提示したうえでその是非を争点とした総選挙を実施して「その憲法改正案を国会で発議してよいか」という点について国民の民意を取るプロセスを省略させることは認められません。

そのプロセスを省略してしまえば、たとえ国会でその憲法改正案が発議されたとしても、その発議が行われた国会の決議には間接民主制の側面からの民意が反映されていないことになるからです。

もちろん、憲法第96条は国会で発議された憲法改正案を最終的に国民投票にかけて国民から直接的に民意を取ることを要請していますので、憲法改正案の発議の前に衆議院を解散して総選挙を実施しなくても、国民投票という「直接民主制」の側面から民意を反映させて国民主権原理を具現化させることは可能です。

しかし、先ほどから説明しているように、憲法改正手続きを規定した憲法第96条は「間接民主制」と「直接民主制」の2つの側面から民意を反映し国民主権を実現することを要請しているわけですから、国民投票を行って「直接民主制」の側面からだけ民意を反映させたとしても憲法の基本原理である国民主権を憲法改正手続きにおいて具現化させたことにはなりません。

ですから、政府が憲法を改正しようとする場合には、憲法改正案を作成して国会に提示し国会で発議させる前提として、まず衆議院を解散して総選挙を実施し「その憲法草案を国会で発議することに賛成するか」という点を争点にした総選挙で国民の民意を問う「間接民主制」から要請されるプロセスを省略することは、憲法の国民主権原理の観点から考えて絶対に認められないと言えるのです。

2017年9月の「国難突破解散」では「憲法9条の改正」に関する民意は問われていない

以上のように、憲法の改正手続きを定めた憲法第96条が憲法の基本原理である国民主権の要請から間接民主制と直接民主制の2つの側面から国民の民意を反映させることを求めている点に鑑みれば、政府(与党及びそれに迎合する改憲勢力の議員)が憲法改正案を国会で発議する場合には、内閣総理大臣がその前提として衆議院を解散し国政選挙で民意を問うプロセスを経ることは絶対的に必要と言えます。

この点、現在の政権と自民党(及び公明党と憲法改正に迎合する改憲勢力)は憲法9条に自衛隊を明記する憲法改正案の国会での発議を予定しているようですが、衆議院の解散は全く議論されていないようですので、政府と自民党とその他の改憲勢力は衆議院を解散せず憲法改正案を国会で発議し国民投票にかけるつもりなのでしょう。

しかし、2017年10月に行われた前回の衆議院総選挙では憲法9条の改正案は選挙の争点となっていませんでしたし、国会で発議する予定にしている自衛隊を明記した憲法9条の条文案すら公開されていないわけですから(※自民党は憲法改正草案を自民党のサイトで公開していますが、それは国防軍を規定するもので自衛隊を明記したものではありませんし、実際に国会に提出する改正案でもないので憲法9条の改正案は未だ公開されていないことになります)、前回の衆院選で憲法9条に自衛隊を明記する憲法改正案について「民意を問うプロセスを経た」という事実はありません。

また、2016年7月の参議院選挙では自民党や公明党を中心とした憲法改正に前向きないわゆる「改憲勢力」が衆参両議院で3分の2以上の議席を確保することになりましたが、この参院選の選挙後にテレビ朝日のニュースステーション(2016年7月10日放送分)に中継で応じた安倍首相は「今回の選挙でですね、えー憲法改正の是非が問われたわけではないんだろうと思います…」と回答していますから、その参院選の際にも憲法改正案について「民意を問うプロセスを経た」という事実はないと言えるでしょう。

そうであれば、今回もし本当に政府や自民党やその他の改憲勢力が憲法9条に自衛隊を明記した憲法改正草案を国会で発議するというのであれば、その前提として衆議院を解散して総選挙を実施し、その憲法9条に自衛隊を明記する憲法改正案を「国会に発議してよいのか」という点について民意を問うプロセスを経なければならないのは当然と言えます。

もちろんその選挙では、事前に憲法改正案となる「具体的な憲法9条の改正条文」を作成したうえで国民に開示し、その改正の是非を選挙の争点として国民に信を問わなければなりません。

そのプロセスを経ずに政府(自民党その他の改憲勢力)が憲法草案を国会に提示して国会で発議する場合には、それはもう国民主権を無視した数の力による専制政治と言えるでしょう。

ですから、政府と自民党が衆議院を解散せずに憲法9条に自衛隊を明記する憲法改正案を国会で発議しようとしている今の状況は、憲法の基本原理(基本原則)である国民主権の要請を無視した憲法の精神に反する行為であると言えるのです。