憲法の改正に執拗に固執し続ける自民党が公開している憲法改正草案の問題点を一条ずつチェックしていくこのシリーズ。
今回は、毎会計年度の予算で生じた余剰金を翌年度以降の年度に繰り越すことができるとした自民党憲法改正草案第86条4項の問題点を考えてみることにいたしましょう。
毎会計年度予算の余剰金を翌年度以降に繰り越せるとした自民党憲法改正案第条4項
現行憲法の第86条は予算に関する規定を置いていますが、自民党憲法改正草案はそこに第4条を新設し、毎会計年度で生じた余剰金を翌年度以降の予算に繰り越して支出できるとする条文を追加しています。
具体的にどのような規定が新設されたのか、条文を確認してみましょう。
【日本国憲法第86条】
内閣は、毎会計年度の予算を作成し、国会に提出して、その審議を受け議決を経なければならない。
【自民党憲法改正案第86条】
第1項 内閣は、毎会計年度の予算案を作成し、国会に提出して、その審議を受け、議決を経なければならない。
第2項~第3項(省略)
第4項 毎会計年度の予算は、法律の定めるところにより、国会の議決を経て、翌年度以降の年度においても支出することができる。
※出典:自由民主党日本国憲法改正草案(平成24年4月27日決定)|自由民主党 を基に作成
では、こうした条文は具体的にどのような問題を生じさせるのでしょうか。検討してみましょう。
剰余金の次年度予算への繰り越しは財政の健全性を損なう
この点、結論から言えば、自民党憲法改正草案第86条4項のように予算の剰余金を翌年度以降に繰り越して支出できるとする規定を憲法に置くことは問題があると言えます。
なぜなら、そうした規定を憲法に置いてしまうと、会計年度独立の原則の例外を憲法が認めることになってしまい、その例外が原則となって財政の健全性が損なわれる危険があるからです。
「会計年度独立の原則」とは、会計年度として限られた各期間の会計を相互に独立させる考え方で、一会計年度の歳出の財源はその年度の歳入のみとし、ある年度の歳出予算の経費の金額は翌年度以降に使用できないとする原則のことをいいます(※「法律学小辞典 第3版」有斐閣70頁)。
この原則は、現行憲法では第86条に規定され、財政法第12条で具現化されていますが、そもそも憲法がかかる原則を設けているのも、各会計年度ごとに歳入と歳出の状況を明確にして財政の健全性を確保する必要があるからです。
【財政法第12条】
各会計年度における経費は、その年度の歳入を以て、これを支弁しなければならない。
※出典:財政法|e-gov
各年度で生じた予算を翌年度以降に自由に繰り越せるとしてしまえば、当年度予算で生じた余剰金を翌年度で不必要な経費に支弁したり、翌年度に余剰予算が出るのを見越して当年度予算で無理な執行をしてしまったり、翌年度に繰り越す余剰金を意図的に作り出すために当年度に割り当てられた事業に着手せずあたかも着手したような外観を作出して不当に繰越金をねん出するなど、不正な支出で財政の健全性が損なわれる危険があります。
そのため憲法は、会計年度独立の原則を明文化して、そうした危険を排除することにしているわけです。
もっとも、そうはいっても何らかの事情で当初年度に支出を終えられない予算が生じてしまうことはあり得ますから、そうした余剰金を有効に利用する手当も必要です。
そこで現行法上でも、あらかじめ国会の議決を経た繰越明許費(財政法第14条の3)、避けがたい事故のため年度内の支出ができないもの(同法第42条)、数年度にわたる経費についてあらかじめ一括して議会の議決を経ることで継続して支出することができる継続費(同法第43条の2)の3つについては、余剰金の翌年度支出を例外として認めています。
【財政法第14条の3】
第1項 歳出予算の経費のうち、その性質上又は予算成立後の事由に基き年度内にその支出を終らない見込のあるものについては、予め国会の議決を経て、翌年度に繰り越して使用することができる。
第2項 前項の規定により翌年度に繰り越して使用することができる経費は、これを繰越明許費という。【財政法第42条】
繰越明許費の金額を除く外、毎会計年度の歳出予算の経費の金額は、これを翌年度において使用することができない。但し、歳出予算の経費の金額のうち、年度内に支出負担行為をなし避け難い事故のため年度内に支出を終らなかつたもの(当該支出負担行為に係る工事その他の事業の遂行上の必要に基きこれに関連して支出を要する経費の金額を含む。)は、これを翌年度に繰り越して使用することができる。
【財政法第43条の2第1項】
継続費の毎会計年度の年割額に係る歳出予算の経費の金額のうち、その年度内に支出を終らなかつたものは、第四十二条の規定にかかわらず、継続費に係る事業の完成年度まで、逓次繰り越して使用することができる。
※出典:財政法|e-gov
また、各年度で生じた剰余金についても例外的にその利用が認められていますが、その場合でもその2分の1以上の金額を公債または借入金の償還財源に充てることを条件とすることで、財政の健全性を損なわないように縛りを設けています。
【財政法第6条】
第1項 各会計年度において歳入歳出の決算上剰余を生じた場合においては、当該剰余金のうち、二分の一を下らない金額は、他の法律によるものの外、これを剰余金を生じた年度の翌翌年度までに、公債又は借入金の償還財源に充てなければならない。
※出典:財政法|e-gov
第2項 前項の剰余金の計算については、政令でこれを定める。
しかし、自民党憲法改正案第86条4項は、憲法の明文で
毎会計年度の予算は、法律の定めるところにより、国会の議決を経て、翌年度以降の年度においても支出することができる。
と規定していますから、現行憲法上では「例外」となっている予算の翌年度繰り越しが、国の最高法規である憲法上の「原則」として認められることになってしまいます。
つまり、原則と例外が逆転してしまうわけです。
そうなると、自民党憲法改正案第86条4項が国民投票を通過してしまえば、議会で多数議席を確保している自民党があらかじめ法律を整備しておくことでいくらでも制限なく予算の繰り越しが認められてしまうことになりますから、財政法が例外として認める上記の場合に限定されることなく、予算の翌年度繰り越しが認められることになってしまうでしょう。
各年度で生じる剰余金についても、その支出が憲法で「原則として」認められることになる以上、その2分の1を公債や借入金の償還財源に充てることは「原則として」認められなくてよいことになりますので、公債や借入金の償還財源に充てることなくその全額を予算として支出することもできるようになってしまうのです。
しかしそれでは、予算の繰り越しに際限がなくなってしまいますから、繰越金や剰余金を利用した不必要な支出や、翌年度の余剰金を見越した無理な予算配分が横行する一方、公債や借入金の償還は後回しにされてしまうことで財政の健全性は著しく損なわれてしまうでしょう。
自民党は国防軍を創設することを予定していますから、そうした繰越予算を見越した軍事予算の肥大化や、生じた剰余金の軍事費への組み入れで軍国主義化が加速してしまうことも懸念されます。
このように、自民党憲法改正草案第86条4項は、毎会計年度予算の繰り越しを認める規定を置いていますが、これは財政の健全性を損なう極めて危険な条文です。
財政の健全性が損なわれれば、その尻ぬぐいは将来の国民の大きな負担となるのですから、将来世代の国民に不要な負担を押し付けないためにも、こうした条文は新設すべきではないと言えるのです。