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自民党憲法改正案の問題点:第28条2項|公務員を政府の奉仕者に

憲法の改正に執拗に固執し続ける自民党が公開している憲法改正草案の問題点を一条ずつチェックしていくこのシリーズ。

今回は、公務員の労働基本権を制限するために新設した自民党憲法改正草案の第28条2項の問題点を考えてみることにいたしましょう。

なお、勤労の権利に関する第27条については『自民党憲法改正案の問題点:第27条|保障されない勤労の権利』のページで詳しく解説しています。

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公務員の労働基本権を制限できるようにするために新設した自民党憲法改正草案の第28条2項

現行憲法の第28条は労働者の労働基本権を保障する条文ですが、自民党改正案はそこに第2項を追加して公務員の労働基本権を制限する条文を置いています。

具体的にどのような条文が新設されたのか、条文を確認してみましょう。

日本国憲法第28条

勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。

自民党憲法改正草案第28条

(勤労者の団結権等)
第1項 勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、保障する。
第2項 公務員については、全体の奉仕者であることに鑑み、法律の定めるところにより、前項に規定する権利の全部又は一部を制限することができる。この場合においては、公務員の勤労条件を改善するため、必要な措置が講じられなければならない。

※出典:自由民主党日本国憲法改正草案(平成24年4月27日決定)|自由民主党 を基に作成

このように、自民党憲法改正草案第28条2項は「前項に規定する権利の全部又は一部を制限することができる」と規定して、第1項で保障された労働基本権(団結権・団体交渉権・団体行動権の労働三権)を、公務員に限って制限することを許容しています。

では、こうした規定はどのような問題があるといえるのでしょうか。

公務員の労働基本権を制限する自民党憲法改正草案第28条2項は何が問題か

この点、結論から言えば、こうした公務員の労働基本権を制限する規定は、公務員が「全体の奉仕者」であるという基本理念を損ねる危険性があります。

なぜなら、こうして憲法で公務員の労働基本権を制限することを認めてしまうと、全ての公務員は人事権を掌握した政府(自民党)に抗議することができなくなり、政府(自民党)のロボットになることを強制させられてしまうからです。

(1)憲法が労働基本権を保障した理由

先ほど挙げたように、自民党憲法改正草案第28条2項は公務員の労働基本権を制限する規定を新設していますが、そもそも現行憲法が労働基本権を保障しているのは、労働者を保護するために他なりません。

中世の封建的統治体制の下では民衆の移動は制限され、職業も厳格な身分制の下で固定化されていましたから、経済活動における庶民の自由は限定的なもので窮屈なものでした。

近代に入ると、そうした封建的な経済構造から自由主義的経済構造への転換を図り自由経済を確立させる必要性が求められますが、そうして市民に経済活動における私的自治を広く認めるようになると、今度はそうした自由経済秩序の下で成功した経済的強者が経済的弱者を一方的に搾取するようになり、労働者の健康や生命が脅かされるようになってしまいます。

そのため近代国家では経済的弱者である労働者に経済的強者に対抗しうる権利を保障する必要性が求められるようになるわけですが、絶対的に優位な立場にある企業側(使用者側)と一個人に過ぎない労働者が対抗するのは容易ではありません。

そこで、複数の労働者が集団を形成することで経済的強者である企業側と対等に交渉等ができるようにするために、労働者に「団結権」「団体交渉権」「団体行動権」といういわゆる労働三権を基本的人権の一つとして保障すべきであるとの考えが広がっていきました。

そうした思想的背景があったことから、戦後に制定された日本国憲法においても、第28条で労働者に労働三権(団結権・団体交渉権・団体行動権)を基本的人権として保障して、労働者を保護するようにしているのです。

(2)公務員は職務の特殊性から労働基本権の制約を認める余地はあるが…

このように、現行憲法の第28条が保障した労働三権(団結権・団体交渉権・団体行動権)は、無制約な自由経済秩序から労働者の生命と健康を守るために不可欠な基本的人権ですから、最大限の保障が守られなければなりません。

しかし、これを全ての労働者に当てはめると不都合なケースも生じてしまいます。具体的には公務員の労働基本権です。

公務員は、警察や消防など国民の生存活動に不可欠な業務を担う業種もありますから、こうした業務に従事する公務員にまで無制限に労働基本権を認めてしまうと、国民の生命や財産を守る業務に従事する公務員がストライキなどで業務をストップし、国民生活が危機に陥ってしまうかもしれません。

そのため現行法上は、警察職員や消防職員、自衛隊員や海上保安庁職員、刑務官についてはこの労働三権が否定されていて、その職種によって公務員の労働基本権を制約することも憲法上認められるものと考えられているのです。

(3)司法(最高裁)は公務員の労働基本権の制限を厳格に判断した従来の姿勢から一転、その制約を合憲とする判断を重ねてきた

もっとも、そうはいっても公務員の職種も様々ですから、一般の民間業種と変わらない業務に従事している公務員にまで労働基本権の制約を認めることは、合理性があるとは言えません。

そのため最高裁判所も当初、公務員における労働基本権の制約は、職務の性質の違い等を勘案して必要最小限度の範囲にとどまらなければならないとの立場から、「国民生活全体の利益の保障という見地からの内在的制約」のみが許されるとして厳格な条件を示すことで、公務員の労働基本権の制約を抑制的に判断していました(※全逓東京中郵事件:最高裁昭和41年10月26日|裁判所判例検索|芦部信喜著、高橋和之補訂「憲法」岩波書店269~270頁)。

しかし最高裁は時代を重ねるにつれ、学説からの厳しい批判を受けつつも、徐々に現行法の厳しい全面的な制限を積極的に合憲とする判決へとその判断を変更してきました(※全農林警職法事件:最高裁昭和48年4月25日|裁判所判例検索等※前掲芦部書270頁)。

つまり最高裁判所は、当初は公務員の労働基本権の制約に否定的だったのですが、次代を経るにつれ公務員の労働基本権の制約を積極的に認めるようになり、国家権力による公務員の労働三権の制約が幅広く認めるようになりつつあるのが今日の現状ということになるわけです。

(4)公務員の労働基本権が制限されることで「全体の奉仕者」たる地位が損なわれる危険性

ところで、自民党憲法改正草案第28条2項は第1項で国民に保障した労働基本権について「全部又は一部を制限することができる」と規定していますから、自民党が公務員の労働基本権を積極的に制約しようと考えていることがわかります。

つまり自民党は、最高裁判所が全逓東京中郵事件(最判昭41年10月26日)では消極的だった判例から一転して公務員の労働基本権の制約を認める判例を出してきたのに合わせるように、公務員の労働基本権を幅広い職種で制限したいと考えているのです。

しかし、現行法上で警察職員や消防職員、自衛隊員や海上保安庁職員、刑務官に限って例外的に認められている労働三権の制約を職種に関係なく広げてしまうとなれば、公務員は政府の不当な支配に対して抗う術を全て取り上げられてしまうことになります。

自民党憲法改正草案第28条2項が国民投票を通過すれば、多数議席を確保した自民党があらかじめ法律さえ作っておきさえすれば、あらゆる職種の公務員の労働基本権(労働三権)を否定することができるようになりますので、それ以降の公務員はもはや政府からどんな不当な要求を受けても、団結して対抗することができなくなってしまうでしょう。

この点、気になるのが「反対する官僚は異動してもらう」と述べた菅首相の姿勢です。

2020年の9月13日、民放テレビ局で放送された番組内で、菅首相が政府の決めた政策に反対する官僚がいた場合、その官僚を異動させることも辞さないという趣旨で「私ども(政治家は)選挙で選ばれている。何をやるという方向を決定したのに、反対するのであれば異動してもらう」と述べています(※参考→https://www.jiji.com/jc/article?k=2020091300259&g=pol)。

つまり菅首相は「政府の意に従わない公務員は異動させるぞ」と脅すことで、公務員の行動を掌握しようとしているわけです。

ですが、そもそも公務員は「国民全体の奉仕者」であって「政府(自民党)の奉仕者」ではありません。

国家公務員倫理法第3条1項

職員は、国民全体の奉仕者であり、国民の一部に対してのみの奉仕者ではないことを自覚し、職務上知り得た情報について国民の一部に対してのみ有利な取扱いをする等国民に対し不当な差別的取扱いをしてはならず、常に公正な職務の執行に当たらなければならない。

国家公務員倫理規定第1条1号

職員は、国民全体の奉仕者であり、国民の一部に対してのみの奉仕者ではないことを自覚し、職務上知り得た情報について国民の一部に対してのみ有利な取扱いをする等国民に対し不当な差別的取扱いをしてはならず、常に公正な職務の執行に当たらなければならないこと。

たとえ政府が決定したものであっても、それが違法なものであったり、法の趣旨を逸脱したものである場合には、公務員倫理に照らして公務員が政府(自民党)に異を唱え、政府に従わないことも認められなければならないのです。

公務員は「政府(自民党)の奉仕者」ではなくて「国民全体の奉仕者」なのですから、政府から違法な行為や、法の趣旨や目的を逸脱した措置を行うよう指示された場合には、たとえそれが選挙で多数議席を獲得した政党が組織する政府の要求であったとしても、それは公務員の良心に従って拒否しなければならないのは「全体の奉仕者」としての当然の帰結でしょう。

たとえば、政府から公文書の違法な書き換えや処分を命じられた場合でも「全体の奉仕者」としての役割を全うするためにそうした違法な指示には異を唱えなければなりませんし、国会でいわゆる”ご飯論法”的な答弁で誤魔化すよう政府に求められたとしても「全体の奉仕者」の立場から政府の指示に従うことなく真実を答弁しなければならないのです。

そうであれば、公務員から労働基本権を取り上げる条文を憲法に明記すべきではありません。

憲法で公務員から労働基本権を完全に取り上げてしまうことを許してしまえば、公務員はたとえ違法な行為を政府から求められたとしても、団結して抗う術がなくなるので、そうした違法な指示を事実上拒否できなくなってしまうからです。

自民党憲法改正草案第28条2項の下では、あらかじめ法律さえ作っておけば公務員の労働三権をいくらでも制限できるようになりますので、「国民全体の奉仕者」という公務員倫理に従って政府に抗った公務員が不当に異動させられても、団体交渉や労働争議等を行って政府に抗うことが出来なくなってしまうでしょう。

仮にそうなれば、抗う術のない公務員は、政府の言うことに、たとえそれが違法な行為であっても唯々諾々と従うしかなくなってしまいますから、公務員はもはや「国民全体の奉仕者」ではなくなってしまいます。

つまり、自民党憲法改正草案第28条2項は公務員倫理を破壊して、公務員を「国民全体の奉仕者」ではなく「政府(自民党)の奉仕者」にしてしまうことも可能にする極めて危険な条文であると言えるのです。

自民党憲法改正草案第28条2項は「国民全体の奉仕者」である公務員を「政府(自民党)の奉仕者」に変えてしまう規定

以上で説明したように、自民党憲法改正草案第28条2項は公務員の労働基本権を制限することを可能にする条文を新設していますが、これは公務員が団結して政府に異を唱えることを不能にし、政府の違法な措置に抗う術すらをも公務員から失わせてしまう規定となります。

もし仮にこの規定が国民投票を通過すれば、公務員は政府(自民党)から排除されることを恐れて違法な行為にも唯々諾々として従うようになり「国民全体の奉仕者」であることより「政府(自民党)の奉仕者」であることを望むようになるでしょう。

そうなれば、もはや法の趣旨や目的に逸脱する政府(自民党)に歯止めがかからなくなってしまいますから、「反対する官僚は異動してもらう」との脅しを武器に政府(自民党)は思うがままに公務員を操り国政を思うがままに動かすこともできるようになってしまいます。

公務員を「国民全体の奉仕者」から「政府(自民党)の奉仕者」に変えることを可能にする憲法条文を新設しなければならない理由がどこにあるのか、国民は冷静に考える必要があります。