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自民党憲法改正案の問題点:第27条|保障されない勤労の権利

憲法の改正に執拗に固執し続ける自民党が公開している憲法改正草案の問題点をチェックしていくこのシリーズ。

今回は、勤労の権利等について規定した自民党憲法改正草案の第27条の問題点を考えてみることにいたしましょう。

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勤労の権利及び義務等を規定した憲法第27条

現行憲法の第27条は勤労の権利と勤労の義務を規定した条文ですが、この規定は文言に若干の変更はあるものの自民党憲法改正草案の第27条でも同様に引き継がれています。

まず、現行憲法と自民党改正案の双方の条文を確認してみましょう。

日本国憲法第27条

第1項 すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負う。
第2項 賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、これを法律で定める。
第3項 児童は、これを酷使してはならない。

自民党憲法改正草案第27条

(勤労の権利及び義務等)
第1項 全て国民は、勤労の権利を有し、義務を負う。
第2項 賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律で定める。
第3項 何人も、児童を酷使してはならない。

※出典:自由民主党日本国憲法改正草案(平成24年4月27日決定)|自由民主党 を基に作成

このように、自民党改正案の第27条は現行憲法から若干文字を省略している部分はありますが、その文章自体に大きな変更は見られません。

もっとも、文章自体は異ならなくても、その解釈は大きく変更されることになりますので注意が必要です。

なぜなら、自民党憲法改正草案は第12条で「公益及び公の秩序」の要請からの人権制約を許容しているうえ、第22条1項でいわゆる「新自由主義思想」を強化する変更を行っているため、憲法第27条の勤労の権利等もそれに伴って解釈に変更が加えられる余地があるからです。

自民党憲法改正案の下では「勤労の権利」は保障されない

ところで、憲法第27条が何を意味しているのか分からない人もいるかも知れませんので簡単に説明しておきますが、第27条は労働者を保護するための規定です。

中世の封建的な統治体制から自由主義的統治体制に移行した近代においては資本主義の発達にともない、労働者が失業や劣悪な労働条件のために厳しい生活を強いられてしまうことも多くありました。そのため近代国家では労働者の生命と健康を確保する要請が求められるようになり、そこから勤労者の権利を人権として保障しようとする考えが広がっていきました。

そうしたことから、戦後に制定された日本国憲法においても第27条で勤労の権利を人権として保障するとともに、納税・教育と並んで勤労が国民の義務であることを明確に宣言することで(法律で勤労を国民に強制することができるという意味ではありません)、労働者を保護することにしたのです(※芦部信喜著、高橋和之補訂「憲法」岩波書店267頁参照)。

しかし、このような思想の下で保障される「勤労の権利」ですが、自民党憲法改正案の下ではその権利は政府によって制限されることになります。なぜなら、自民党憲法改正案は「公益及び公の秩序」の要請があれば基本的人権を制約することを認めているからです。

(1)自民党憲法改正案の下で「勤労の権利」は「公益及び公の秩序」の要請からいくらでも制限される

日本国憲法は国民の基本的人権を保障していますが、個人は社会的関係の中で存在するものですからその国民に保障される人権も無制約なものではなく、他者の人権との関係で制約が求められることはあり得ます。

そのため現行憲法の第12条では基本的人権が「公共の福祉」の制約に服することを認めているのですが、自民党憲法改正案の第12条はこの「公共の福祉」の部分を「公益及び公の秩序」に変えてしまいました(※詳細は→自民党憲法改正案の問題点:第12条|人権保障に責務を強要)。

つまり自民党憲法改正案が国民投票を通過すれば、国家権力が「公益及び公の秩序」の要請を根拠に国民の基本的人権を制約することも認められるようになるわけです。

しかし「国益」とは「国の利益」、「国」とはその運営をゆだねられている「政府」のことであって「政府」を形成するのは政権与党、現状では自民党ということになりますから、「国益に反する権利行使は制限され得る」という文章は「自民党の不利益になる権利行使は制限され得る」という意味になってしまいます。

また、「公の秩序」とは「現在の一般社会で形成される秩序」という意味になりますが、その「現在の一般社会で形成される秩序」は現在に生きる多数の一般市民によって形成され、その現在の多数派は自民党ということになりますから「公の秩序に反する権利行使は制限され得る」という文章は「自民党の秩序に反する権利行使は制限され得る」という意味になってしまいます。

つまり「公益及び公の秩序」という言葉は「自民党の利益」と「自民党の秩序」と同義なのです(※この点の詳細は→自民党憲法改正案の問題点:第12条|人権保障に責務を強要)。

そうなると、自民党憲法改正案の下では「自民党の利益」や「自民党の秩序」の要請があれば、国民の基本的人権を制限することも認められるようになりますから、「勤労の権利」も基本的人権の一つである以上、自民党の思惑次第で自由に制限することができるようになってしまいます。

つまり、自民党憲法改正案の第27条は「勤労の権利を有し」と規定していますが、改正案第12条が「公益及び公の秩序」の要請による基本的人権の制約を認めているので、結局は「勤労の権利を有しない」と言っているのと変わらないことになるわけです。

(2)自民党憲法改正案第22条1項が強化する「新自由主義」の下で「勤労の権利」が制約される

この点、自民党憲法改正案の下で具体的にどのような制約がなされ得るかという点が問題となりますが、具体的にはいわゆる「新自由主義」的な思想の下で労働者の「勤労の権利」は制限されていくものと予想されます。

なぜなら、自民党憲法改正案は現行憲法の第22条1項から「公共の福祉に反しない限り」の文章を取り除くことで「新自由主義」的思想による経済活動の私的自治の徹底を強化しているからです。

自民党憲法改正案第22条1項の問題点については『自民党憲法改正案の問題点:第22条1項|新自由主義で格差を拡大』のページで詳しく解説していますので詳しくはそちらを参照いただきたいのですが、自民党憲法改正案は現行憲法が「公共の福祉に反しない限り」という文章を条文に置くことで自由経済が無制約に労働者の権利を搾取することに歯止めを掛けているところ、その部分の文章を削ることで自由経済にかけられた歯どめを撤廃しています。

つまり自民党改正案の下では、自由経済が無制約に許されることになるので、経済的弱者である労働者を保護できる憲法上の根拠がなくなってしまうわけです。

そうなると、自民党改正案の下では国(政府)も労働者の保護より自由経済秩序の発展を優先させなければなりませんから、自民党改正案が国民投票を通過すれば、たとえ自民党改正案の第27条に「国民は、勤労の権利を有し」と規定されていたとしても、その自由経済秩序の発展を優先させることが先ほど説明した「公益及び公の秩序」となってしまいますから、国の政策は労働者の保護より大企業の発展を優先させなければならなくなってしまいます。

具体的には、『自民党憲法改正案の問題点:第22条1項|新自由主義で格差を拡大』のページでも解説したように企業における解雇制限がなくなり、企業が労働者を自由に解雇できるような社会になってしまうようなことも十分に考えられるのです。

先日、あるテレビ局の討論番組で、歴代自民党政権の経済政策に深く関与してきた人材派遣会社の会長でもある竹中平蔵氏が「クビを切れない社員なんて雇えないですよ普通」などと述べたことが大きな批判を浴びましたが(※参考→http://www.jcp.or.jp/akahata/aik20/2020-11-04/2020110401_06_0.html)、そうした労働者の保護を顧みない国の政策が憲法で認められることになるでしょう。

もちろん「勤労の権利」はこうした解雇の問題だけでなく、労働環境や経済的報酬などの待遇などにも関係しますから、そうした労働者の権利は、企業側の発展のために様々な場面で劣後的に取り扱われるようになるのです。

このように、自民党憲法改正草案の第22条1項は現行憲法の条文から「公共の福祉に反しない限り」の部分を取り除くことで労働者の権利を自由経済の要請を基に制約することを認めていますから、自民党憲法改正草案の第27条が「勤労の権利」を国民に保障しているとしても、その保障された「勤労の権利」はいくらでも自由経済秩序の下で制約することができる構造にされています。

条文自体の文章は現行憲法と変わりませんが、「勤労の権利」を保障した憲法第27条の解釈は大きく変えられていて、「勤労の権利」という基本的人権が全く保障されなくなってしまうのが自民党憲法改正草案の第27条だという点は十分に認識しておく必要があると思います。