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自民党憲法改正案の問題点:第15条1項|公務員選定罷免権の剥奪

自民党が公開している憲法改正案の問題点を一条ずつチェックするこのシリーズ。

今回は、「公務員の選定罷免権」に関して規定した自民党憲法改正案の第15条1項の問題点を考えてみることにいたしましょう。

なお、自民党憲法改正案第15項の第2項については現行憲法と変わりがないと思われましたので解説は省略していますが、第3項については『自民党憲法改正案の問題点:第15条3項|外国人を参政権から排除』のページで、また4項については『自民党憲法改正案の問題点:第15条4項|憲法なのに国家目線』のページで解説しています。

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現行憲法第15条1項の「公務員の選定罷免権」の意味

現行憲法の第15条1項は「公務員の選定罷免権」に関する条文です。まず条文を確認してみましょう。

日本国憲法第15条第1項

公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。

「公務員の選定罷免権」とは、公務員を選定(選任)したり罷免(辞めさせる)する権限のことを言います。

日本国憲法は民主主義を採用していて国民主権を基本原理としていますから、国民主権原理の要請から考えれば、国民が主権者として国政(政治・統治)に積極的に参加することが求められますが(いわゆる参政権的要請)、実際の国政(政治・統治)は国民が直接行うわけではなく、主権者である国民に代わって公務員が行います。

そうすると、その国家統治の権力を行使する公務員について、誰が選任し又は辞めさせるのか(公務員の選定罷免権を誰が持つのか)という問題が生じるのですが、これを主権者である国民以外に帰属させるとなれば、国民の政治参加を要請した国民主権原理を具現化させることができません。

そのため現行憲法の第15条1項は、主権者である国民に代わって国家統治の権力を行使する公務員、具体的には「広く立法・行政・司法に関する国および地方公共団体の事務を担当する職員」のことを言いますが(※芦部信喜著「憲法」岩波書店:252頁高橋和之補訂部分参照)、その公務員の選任又は罷免は主権者である国民に帰属させるべきだという思想から、「国民固有の権利である」としてその公務員の選定罷免権を主権者である国民に置くことにしたのです。

もっともこれは、すべての立法・行政・司法に関する国および地方公共団体の事務を担当する公務員について国民が直接的に選定又は罷免しなければならないという趣旨ではありません。

その選定又は罷免の手続きが、直接または間接的に主権者である国民の意思に基づくものであればよいと解釈されていますので(※芦部信喜著、高橋和之補訂「憲法」岩波書店252~253頁)、たとえばある種類の公務員の選定又は罷免を法律で内閣総理大臣が行うと定めた場合であっても、その手続きが主権者である国民の意思を反映させたものである場合には違憲性は生じないものと解されます。

これが現行憲法第15条1項の「公務員の選定罷免権」の規定です。

自民党憲法改正案第15条1項は国民が有していた公務員の選定罷免権を部分的に取り上げてしまうための規定

では、その「公務員の選定罷免権」の規定が、現行憲法の第15条1項から具体的にどのように変更されているのでしょうか。自民党憲法改正案の第15条1項は文言が若干変更されていますのでまず双方の条文を確認してみましょう。

日本国憲法第15条第1項

公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。

自民党憲法改正案第15条第1項

公務員を選定し、及び罷免することは、主権の存する国民の権利である。

※出典:自由民主党日本国憲法改正草案(平成24年4月27日決定)|自由民主党 を基に作成

一見すると同じように見えますが、現行憲法では公務員を選定し罷免する権利が「国民固有の権利」とされているのに対し、自民党憲法改正案では「主権の存する国民の権利」に変更されている部分が異なります。

この点、なぜ自民党が現行憲法第15条の第1項から「固有の権利」の部分を削除したのか、その理由は自民党のQ&A(日本国憲法改正草案Q&A|自民党)にも説明がないので判然としませんが、「固有の権利」の文言をわざわざ削除している以上、公務員の選定罷免権を「国民固有の権利ではないもの」にしたかったのだろうと推測されます。

現行憲法で公務員の選定罷免権は主権の存する国民の「固有の権利」と規定されているので、国は公務員の選定罷免権を「国民以外」に与えることはできませんが、その条文から「固有の権利」を削除すれば、明文上は「国民固有の権利であること」を示す法的根拠がなくなるので、仮に国が「国民以外」に公務員の選定罷免権を与えても憲法違反ではなくなります。

そのため自民党は、おそらくですが、現行憲法では「国民にしか」認められない公務員の選定罷免権を「国民以外のだれか」に与えるために、このように「固有の権利」の部分を削除しているのであろうと思われます。

そうすると、自民党がいったい「だれ」に公務員の選定罷免権を与えようとしているのかという点に疑問が生じるわけですが、候補としては2つ考えられます。

(1)「天皇」に公務員の選定罷免権を与える趣旨である可能性

この点、まず考えられるのが「天皇」です。

自民党憲法改正案は第1条で現行憲法で多数説的見解では「内閣又は内閣総理大臣」と解釈されている「元首」の地位を「天皇」に置きましたから、天皇中心の国に日本を変えたいという思惑が自民党憲法草案には伺えます(自民党憲法改正案の問題点:第1条|天皇を元首に?)。

また、自民党改正案は第5条で「天皇の国事行為」に関する条文(現行憲法では第4条)から「のみ」の部分を削除して、天皇に「国事行為以外の権能」を制限なく行使できるようにしましたから(自民党憲法改正案の問題点:第5条|国事行為に限定されない天皇)、自民党改正案の下では天皇に公務員を選定し罷免する権能を与えても、「天皇の国事行為」の観点からの違憲性は生じません。

さらに、第15条1項から「国民固有の権利」の部分を削除すれば、公務員の選定罷免権は「国民固有の権利」では必ずしもなくなるので、天皇にその公務員の選定罷免権を与えても、「国民主権原理」の観点からの違憲性も問題になりません。

こうした背景があることから、統治権を国民に代わって行使する公務員をその元首となる「天皇」に選任させる趣旨で、第15条1項から「固有の権利」の部分を削除したのではないかと考えられるわけです。

もっとも、公務員の選定罷免権を自民党改正案の下では元首となる「天皇」に置くとしても、自民党改正案では天皇の国事行為には内閣の「進言」が必要とされていますので(自民党憲法改正案の問題点:第6条4項|助言と承認を「進言」に)、「天皇」が独自の判断で公務員の選定罷免権行使できるわけではなく、内閣の「進言」など何らかのコントロールは介在させるでしょう。

しかし、先ほど説明したように、国民主権の要請から考えれば公務員の選定罷免権に関する手続きは直接または間接的に主権者である国民の意思に基づくことが必要なのですから、そこから「国民固有の権利」の部分が削除されてしまうと国民主権の要請は無視することができてしまいますので、もはや公務員の選定罷免権に関する手続きは直接または間接的に主権者である国民の意思に基づかなくてもよいことになってしまいます。

つまり、第15条1項から「国民固有の権利」を取り除けば、内閣が天皇に与えられた公務員の選定罷免権を使って、主権者である国民の意思に基づかずに自由に公務員を選定し罷免しても、憲法上の違憲性は生じなくなるわけです。

ですが、公務員は広く立法・行政・司法に関する国及び地方公共団体の事務を担当する職員を言うのであって、その公務員が主権者である国民に代わって統治権を行使するのですから、その公務員を内閣が主権者である国民の意思に基づかずに任命し罷免できるとしてしまうと、国民は内閣が行使する統治権によって自由に支配されてしまいます。

そうなれば、もはや主権者である国民は国家の統治に間接的にすら関与することが出来なくなりますから、「国民主権」の基本原理は具現化されなくなってしまうでしょう。

つまり、自民党憲法改正案の第15条1項が「国民固有の権利」を削除したことによって、国民主権原理自体も機能不全に陥ることになるのです。

(2)内閣総理大臣が「国民の意思に基づかず」に公務員の選定罷免権を行使できるようにする趣旨である可能性

自民党が「国民固有の権利」を削除した目的が、天皇に公務員の選定罷免権を与える趣旨ではないとすると、あと考えられるのは内閣総理大臣です。

現行憲法では主権者である国民に「固有の権利」として与えられている公務員の選定罷免権を、内閣総理大臣に与えるために、第15条1項から「国民固有の権利」を削除したと考えられるわけです。

もちろん、現行憲法上で公務員の選定罷免権が主権者である国民に帰属するとはいっても、実際に公務員の選定罷免権を行使する際は、必ずしもすべての公務員で国民が直接それを選定又は罷免するわけではなく、公務員の種類によっては内閣総理大臣等が国民に代わって選定又は罷免することもありますから、現行憲法の下でも主権者である国民に帰属する公務員の選定罷免権が間接的にしか行使できない種類の公務員も存在します。

しかし、先ほど説明したように、その場合であっても国民主権原理の要請から、その選定又は罷免の手続きは直接または間接的に主権者である国民の意思に基づくものでなければなりませんから、公務員の選定罷免権を間接的に行使する内閣総理大臣が、国民の意思を全く無視して公務員を選定し罷免することはできません。

ですが、第15条1項から「国民固有の権利」が削除されて内閣総理大臣に公務員の選定罷免権が与えられるとなれば、国民主権原理の要請は無視しても違憲性は生じませんから、内閣総理大臣は国民の意思に基づくことなく、恣意的な判断で自由に公務員を選定し罷免することができることになってしまうでしょう。

仮にそうなれば、先ほどの(1)と同様に、もはや主権者である国民は国家の統治に間接的にすら関与することが出来なくなりますから、「国民主権」の基本原理は具現化されなくなって民主主義は機能不全に陥ってしまうかもしれません。

最後に

以上で説明したように、自民党憲法改正案第15条1項は、公務員の選定罷免権を規定した現行憲法の第15条1項から「国民固有の権利」であるとした部分を削除することによって、「国民以外」に公務員の選定罷免権を与える余地を設けていますが、これによって天皇や内閣総理大臣に公務員の選定罷免権を与えることになれば、内閣総理大臣(国家権力)が恣意的な判断で自由に公務員を選定し罷免することが出できるようになります。

しかし、内閣総理大臣が公務員の選定罷免権を使って統治権を行使する公務員を恣意的に選任し罷免できるようになれば、国民の意思に基づかない統治権の行使を認めることになって国民の主権が制限を受けることになり、国民主権は後退し、民主主義は機能不全に陥ってしまうでしょう。

国民主権は憲法の基本原理であって民主主義の実現に不可欠な要素です。それを後退させる自民党憲法改正案第15条1項が何を及ぼすか、冷静に判断することが求められます。