憲法尊重擁護義務(憲法第99条)の下に置かれた立場にありながら、憲法の改正に執拗に固執し続ける自民党が公開している憲法改正草案の問題点を一条ずつチェックしていくこのシリーズ。
今回は、衆議院と参議院の表決と議事の定足数について規定した自民党憲法改正草案第56条の問題点について考えてみることにいたしましょう。
衆議院と参議院の議事の定足数を撤廃した自民党憲法改正草案第56条
現行憲法の第56条は衆議院と参議院の議事と議決の定足数等に関する規定を置いていますが、この規定は自民党憲法改正草案でも同様のものが引き継がれています。
ただし、自民党改正案では議決の定足数に関する部分が大きく変更されているので注意が必要です。
では、具体的にどのような変更がなされているのか、現行憲法と自民党改正草案の双方を確認してみましょう。
【日本国憲法第56条】
第1項 両議院は、各々その総議員の三分の一以上の出席がなければ、議事を開き議決することが出来ない。
第2項 両議院の議事は、この憲法に特別の定めのある場合を除いては、出席議員の過半数でこれを決し、可否同数の時は、議長の決するところによる。【自民党憲法改正草案第56条】
第1項 両議院の議事は、この憲法に特別の定めのある場合を除いては、出席議員の過半数で決し、可否同数のときは、議長の決するところによる。
※出典:自由民主党日本国憲法改正草案(平成24年4月27日決定)|自由民主党 を基に作成
第2項 両議院の議決は、各々その総議員の三分の一以上の出席がなければすることが出来ない。
自民党改正案は現行憲法の第1項を第2項に、現行憲法の第2項を第1項に入れ替えているので少しわかりにくいですが、現行憲法が衆参両議院の「議事」「議決」の双方で『3分の1』の定足数を要求している一方、自民党改正案は「議決」については3分の1の定足数を承継しながら「議事」に関しては定足数を撤廃し『出席議員』の過半数で足りるとしている部分が異なります。
現行憲法でも議事は「出席議員の過半数でこれを決する」としているので国会の議事を「出席議員」の多数決で決めることはできますが、第1項で「総議員の3分の1以上の出席がなければ議事を開き議決することができない」と規定されているので現行憲法上は最低でも総議員の3分の1以上の出席がなければ議事を開けませんので議決することもできません。
一方、自民党改正案では議事に関しても「出席議員の過半数で決し」とされているので、衆参両議院の議事自体は議員が一人でも出席すれば開くことができるわけです。
では、こうした衆議院と参議院の議事定足数の撤廃は具体的にどのような問題を生じさせるのでしょうか、検討してみましょう。
定足数を撤廃してしまうと衆議院と参議院の議事が形骸化してしまう
この点、結論から言えば、当たり前の話にはなりますけれども衆議院と参議院の議事が形骸化してしまうので大きな問題があります。
衆議院と参議院の議事で定足数を撤廃すれば、ごく少数の議員しか出席していなくても議事を進行させることができるので、議会における深い議論は期待できなくなってしまうからです。
現行憲法上は定足数が「総議員の三分の一以上」となっていますから、議会の議事を進行する際には最低でもそれを充足する議員が出席している必要がありますので、その総議員の三分の一以上の議員による活発な議論が期待できます。
しかし自民党憲法改正案第56条では定足数が撤廃されていますから、数人程度の議員しか出席していなくても議事の進行が可能になるのでまともな議論は期待できなくなってしまうでしょう。
しかも、議院内閣制をとる日本では与党議員が議会で多数議席を確保しているのが通常であって現行憲法の三分の一以上の定足数ですら与党議員だけで充足させることも可能ですから、現行憲法上の定足数であってもまともな議論ができているのか甚だ疑問な状況です。
それにもかかわらず、その現状の少ない定足数をも撤廃しようというのですから、改正後の衆参両議院はもはや与党議員の宣伝場と化してしまいかねません。
日本国憲法が議会制民主主義を採用した趣旨は、国民を代表する国会議員が議会で活発な議論を行い、少数者の意見を多数意見に反映させることで国民主権原理に基づく民主主義を具現化させるところにあるのですから、その議会を形骸化させてしまう定足数の撤廃は、到底認められるものではないと言えるのです。
衆議院と参議院の定足数は「総議員の過半数」にむしろ上げるべき
なお、自民党はこの憲法改正草案第56条で予定しているように衆議院と参議院の定足数を撤廃したいのでしょうが、議会の定足数はむしろ現行憲法の「総議員の三分の一以上」よりも上げるべきでしょう。
現行憲法が定足数を総議員の三分の一以上としているのは明治憲法(大日本帝国憲法)の第46条が帝国議会の定足数を総議員の三分の一以上としていたものを引き継いだものと考えられますが(※芦部信喜著、高橋和之補訂「憲法」301頁)、諸外国と比較すれば、この定足数はあまりにも低すぎます。
【大日本帝国憲法第46条】
両議院ハ各々其ノ総議員三分ノ一以上出席スルニ非サレハ議事ヲ開キ議決ヲ為ス事ヲ得ス
例えばアメリカでは、実際には定足数が満たされていなくても議員から異議が提起されない限り定足数を充足すると見做す取り扱いがあるようですが、本会議の定足数は上院と下院の双方とも「総議員の過半数」とされています(※古賀豪・奥村牧人・那須俊貴著「主要国の議会制度」国会図書館6頁)。
またドイツは連邦制を採用していて、上院(連邦参議院)は州政府の代表的性質を持つこともあって出席している州の有する表決権数の合計が過半数に達する場合に議決することができるとされていますが、下院の本会議については議員の過半数が出席している場合にのみ議決することがゆるされるそうですから(前掲国会図書館書27頁)、ドイツ議会でも定足数は「総議員の過半数」が採用されていると言えます。
フランスでも、下院と上院の双方で、定足数は議員の過半数とされているそうですから(※ただし、表決に先立って会派長より定足数確認の要求がない場合には表決に参加した議員がいかなる数であっても表決は有効とされる(※前掲国会図書館書38頁))、世界の主要国が議会の定足数の下限を「総議員の過半数」と考えていることが分かります。
そうであれば、日本も主要諸外国と同様に最低でも議会の定足数は「総議員の過半数」とすべきではないでしょうか。
しかも、先ほど述べたように、議院内閣制を採用する日本では政権を担う与党が議会で過半数の議席を確保しているのが通常なのですから、「総議員の三分の一以上」ではあまりにも少なすぎるのであって、最低でも「総議員の過半数」とすべきでしょう。現行憲法の「総議員の三分の一以上」が少なすぎるのです。
憲法を改正すると言うのであれば、憲法第56条の議事定足数を撤廃する改正ではなく、むしろ「総議員の過半数」に上げる改正を検討すべきでなのではないでしょうか。