憲法9条2項で放棄された「戦力」とは具体的に何なのか

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憲法9条は、憲法前文で基本原理とされた平和主義の理念を具現化するための規定と考えられていますが、その2項では「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」と規定することで「戦力の不保持」が宣言されています。

【日本国憲法9条】

第1項 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

第2項 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

ですから、日本国憲法が日本国という国家に対して「戦力を保持すること」を禁止していることは明らかといえますが、その放棄された「戦力」が具体的に何を指すのかという点までは条文上必ずしも明らかではありません。

では、この9条2項の「戦力」とは具体的に何を指すのでしょうか。

憲法9条が放棄した「戦力」について、憲法学における通説的見解や政府の見解がそれぞれ具体的にどのように考えているのか、検討してみることにいたしましょう。

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通説的見解における9条2項の「戦力」とは

先ほど述べたように憲法9条2項で放棄された「戦力」には解釈に争いがありますが、憲法学における通説的な見解では

軍隊および有事の際にそれに転化しうる程度の実力部隊

※出典:芦部信喜著、高橋和之補訂「憲法(第六版)」岩波書店60頁より引用

であると解釈されています。

この場合、その「軍隊」の具体的な内容が問題となりますが、この通説的見解では

外敵の攻撃に対して実力をもってこれに対抗し、国土を防衛することを目的として設けられた、人的・物的手段の組織体

※出典:芦部信喜著、高橋和之補訂「憲法(第六版)」岩波書店60頁より引用

と説明されており、またその「軍隊」と「警察力」の違いについては

組織体の名称は何であれ、その人員、編成方法、装備、訓練、予算等の諸点から判断して、外敵の攻撃に対して国土を防衛するという目的にふさわしい内容を持った実力部隊

※出典:芦部信喜著、高橋和之補訂「憲法(第六版)」岩波書店61頁より引用

と考えられています。

(1)警察のSWATなどは9条2項の「戦力」にあたるか

9条2項の「戦力」をこのように解釈した場合、警察に組織されているSWATなどの組織が9条2項の「戦力」にあたるのか、という点に疑問が生じますが、SWATはそれにあたりません。

なぜなら、SWATなどの特殊部隊は国外から侵入した外国籍のテロリストなどに対応する場面もあるため「外敵の攻撃に対して実力をもってこれに対抗」することを目的として組織された一面はあると言えますが、その組織された目的はもっぱら国内の治安維持のためにありますので「国土を防衛することを目的として」組織されたものとは言えないからです。

また、SWATなどの特殊部隊は軍隊に近い装備(機関銃など)を保有していますが、その装備の内容は治安維持のために必要な限度に限られており「敵の攻撃に対して国土を防衛するという目的にふさわしい」内容の装備までは保有していないので、その装備も「警察力」を超えない範囲のものと解釈されます。

ですから、SWATなどの部隊については9条2項の「戦力」には当たらないと解釈されるため、通説的見解においては憲法の違憲性は生じえないと言えます。

(2)海上保安庁の巡視船は9条2項の「戦力」にあたるか

では、海上保安庁の巡視船やそれに乗船している職員が保有している装備はどうでしょうか。

海上保安庁の巡視船には2001年に発生した「九州南西海域工作船事件|Wikipedia」でも明らかなように、漁船を破壊し航行不能にさせるほどの威力のある機関砲を装備していますが、その海上保安庁の装備は9条2項の「戦力」にあたるのでしょうか。

この点、当該事件は外国から侵入したと疑われる不審船を機関砲で撃沈していますから「外敵の攻撃に対して実力をもってこれに対抗」しうる装備を有していると言えますが、海上保安庁もSWATのそれと同じように、外敵から国土を守るために組織されたわけではなく、外国から侵入する船や人の行為から国内の治安を維持することを目的として組織されています。

また、その装備も船舶を航行不能にしうる程度の機関砲を装備しているとは言っても、その装備は「敵の攻撃に対して国土を防衛するという目的にふさわしい」内容を満たすほどの装備とは言えず、治安維持に資する程度の装備に留まるものと考えられます。

ですから、海上保安庁の巡視船やその組織・装備についても9条2項の「戦力」には当たらないと言えるため、通説的見解で解釈した場合は違憲性の問題を生じさせないと言えます。

(3)自衛隊は9条2項の「戦力」にあたるか

では、このような通説的な見解に立った場合、自衛隊の装備は9条2項の「戦力」にあたるでしょうか。

自衛隊は戦闘機や戦車やイージス艦など、他国の軍隊が保有する装備と同等またはそれ以上の装備を保有していますので、その装備が通説的な見解の言う「戦力」に当たらないのか、問題となります。

もっとも、結論から言うと通説的な見解に立った場合、自衛隊の装備は当然に9条2項の「戦力」にあたるものと解釈されます。

なぜなら、自衛隊がもし「外敵の攻撃に対して実力をもってこれに対抗し、国土を防衛すること」ができないというのであれば、そもそも自衛隊を組織した意義が失われるからです。

自衛隊は「外敵の攻撃に対して国土を防衛するという目的」のために組織され、その目的を遂行するための装備を保有しているわけですから、通説的な見解に立った場合には自衛隊の装備は9条2項の「戦力」にあたる、と解釈されます。

ですから、通説的な見解に立った場合には自衛隊は「違憲」となりますので、通説的見解で考えた場合には、現在の日本には憲法上存在しないはずの「戦力」が存在してしまっているということになります。

政府見解における9条2項の「戦力」とは

以上で説明したように、通説的な見解に立った場合には自衛隊は9条2項の「戦力」にあたるものと解釈されますので、憲法学上の通説的見解に立って考えれば自衛隊は「違憲」ということになります(※憲法学の通説が「自衛隊は違憲だ」と解釈しているわけではなく、憲法学の通説的見解で9条2項の”戦力”を解釈すれば「自衛隊は違憲だ」ということが言えるということ)。

ではなぜ、自衛隊が現実に存在しているかというと、それは政府が憲法9条の下においても主権国家として固有の「自衛権」が認められていると解釈していて、その自衛権を行使するために必要な「自衛のための必要最小限度の実力」の保有は憲法9条の下でも認められていると解釈しているからです。

「もとより、わが国が独立国である以上、この規定は、主権国家としての固有の自衛権を否定するものではありません。政府は、このようにわが国の自衛権が否定されない以上、その行使を裏づける自衛のための必要最小限度の実力を保持することは、憲法上認められると解しています。」

※出典:防衛省・自衛隊:憲法と自衛権より引用

つまり政府は、前述した通説的見解における9条2項の「戦力」の解釈は認めながらも、自衛隊は9条2項の「戦力」ではなく憲法9条が認めた自衛権を行使するための「必要最小限度の実力」なので、憲法9条2項の「戦力」には当たらないから違憲ではない、という解釈をとっているわけです。

自衛隊の保有している装備が「戦力」ではなく「必要最小限度の実力」であれば、その装備は「必要最小限度の実力としての装備」であって「戦力としての装備」にはなりませんから、通説的見解によって憲法9条2項の「戦力」を解釈しても自衛隊の装備は「戦力」には当たりません。これが歴代の政府がとってきた理屈です。

もちろん、自衛隊の装備は世界の常識からすれば軍隊の装備に違いありませんし、この理屈は常識的に考えると「屁理屈」の域を出ないので裁判になれば明らかに「違憲」判決が出るはずなのですが、裁判所は意図的に自衛隊の違憲性の判断を避け続けていますし(長沼事件:札幌高裁昭和51年8月5日、最高裁昭和57年9月9日 :憲法判例百選Ⅱ有斐閣参照)、この政府の理屈も理屈としてはいちおう筋が通っているので今のところは憲法上「違憲という判決は出ていない」として自衛隊が運用されているということになります。

9条2項の政府解釈の問題点

この憲法9条2項の政府解釈の問題点はいくつかありますが、一番大きな問題はその「必要最小限度」が具体的にどの限度なのかという点があいまいな部分です。

ア)政府解釈では核兵器の保有も認められることになってしまう

防衛省のサイトでも「その具体的な限度は、その時々の国際情勢、軍事技術の水準その他の諸条件により変わり得る相対的な面があ」ると述べられていますから、政府の見解では自衛隊の保有する「必要最小限度の実力」は、その時代や社会情勢によって変わることがあるということになります。

「わが国が憲法上保持できる自衛力は、自衛のための必要最小限度のものでなければならないと考えています。その具体的な限度は、その時々の国際情勢、軍事技術の水準その他の諸条件により変わり得る相対的な面があり、毎年度の予算などの審議を通じて国民の代表者である国会において判断されます。憲法第9条第2項で保持が禁止されている「戦力」にあたるか否かは、わが国が保持する全体の実力についての問題であって、自衛隊の個々の兵器の保有の可否は、それを保有することで、わが国の保持する実力の全体がこの限度を超えることとなるか否かにより決められます。」

※出典:防衛省・自衛隊:憲法と自衛権より引用

しかしこれは危険です。政府の9条2項の解釈によれば、「その時々の国際情勢、軍事技術の水準その他の諸条件」によっていくらでも装備の保有が許容されることになってしまうからです。

政府のこの解釈に従えば、極端な場合、日本と外交的に敵対する国が核兵器を保有していてそれに対抗する装備が核兵器しかないと政府が判断した場合には、日本は核兵器の保有も許容されるということになってしまいます。

実際、かつての政府は、防衛的な小型の核兵器は保有が認められると解釈していた時期がありますので(芦部信喜著、高橋和之補訂「憲法(第6版)」63頁参照)、政府が憲法9条2項の”戦力”を「自衛のための必要最小限度の範囲を超える実力」と解釈する立場に立つ限りにおいて、政府は核兵器を保有すること自体は否定していないと言えます(※ただしあくまでも政府の解釈では核兵器の保有もできるということであって、憲法学の通説的な見解として核兵器の保有が認められると解釈しているわけではありません)。

もちろん今の政府は非核三原則を国是として採用していますから、核兵器の保有を認めているわけではないので日本が今の状態ですぐに核武装するわけではありませんが(※参考→日本が非核三原則を守り続けなければならない理由)、将来的に核武装を許容しているという点で考えれば私は危険だと思います(※参考→憲法9条を改正して自衛隊を明記するだけで核武装できる理由)。

イ)攻撃型兵器と防衛型兵器を客観的に区別することはできない

また、この政府解釈では攻撃型の兵器を際限なく保有できてしまうことも問題です。

なぜなら、歴代の政府は自衛隊を「自衛のための必要最小限度の実力」と定義したうえで、9条2項の”戦力”を「自衛のための必要最小限度を越えない実力」と解釈し、その必要最小限度の範囲について「他国に侵略的な脅威を与えるような攻撃的武器は保持できない」と説明してきましたので(芦部信喜著、高橋和之補訂「憲法(第6版)」62頁参照)、たとえ「客観的に攻撃的兵器と言える」ような装備であったとしても、政府が「攻撃的ではない」と説明しさえすれば、際限なくその保有が認められることになるからです。

この点、政府は防衛省のサイトでも「攻撃的兵器を保有することは…(中略)…いかなる場合にも許されません」とその見解を述べていますが、その兵器を「攻撃的」か「防衛的」か客観的に区別することはできません。

「個々の兵器のうちでも、性能上専ら相手国国土の壊滅的な破壊のためにのみ用いられる、いわゆる攻撃的兵器を保有することは、直ちに自衛のための必要最小限度の範囲を超えることとなるため、いかなる場合にも許されません。たとえば、大陸間弾道ミサイル(ICBM:Intercontinental Ballistic Missile)、長距離戦略爆撃機、攻撃型空母の保有は許されないと考えています。」

※出典:防衛省・自衛隊:憲法と自衛権より引用

現在も政府はヘリ空母を「攻撃型空母ではない」と主張して運用しており、今後F35を導入する場合でも「攻撃的空母ではない」とアナウンスしていますが、戦闘機の離着陸が可能な空母を「攻撃的ではない」と言えるのか、常識的に考えて疑問です。

この政府の9条2項の「戦力」の解釈では「必要最小限度の実力」であれば「防衛的」な装備を際限なく保有することができてしまうので、他国では「攻撃的」な装備であっても政府が「防衛的」と解釈しさえすれば、いかなる兵器の運用も可能になってしまうでしょう。

ですから、このような点を考えてみても、歴代の政府がとってきた9条2項の「戦力」の解釈は問題があると言えます。

最後に

以上は9条2項の「戦力」解釈における通説的見解と政府見解の簡単な説明です。

9条の解釈はネットで調べて分かるようなものではありませんので上記はあくまでも参考までにとどめ、9条2項の「戦力」の解釈はこのサイトの右側で紹介している参考文献に挙げた専門書などを購入して各自で調べるようにしてください。

なお、憲法の専門書の新版は数千円しますが古本屋に行けば500円程度で売られています。憲法は改正されていないので個人で勉強する分には旧版でも特に差し支えないと思いますので、ぜひ興味がある方は憲法の専門書で勉強するようにしてください。