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自民党憲法改正案の問題点:第95条|機関委任事務の復活

憲法の改正に執拗に固執し続ける自民党が公開している憲法改正草案の問題点を一条ずつチェックしていくこのシリーズ。

今回は、地方自治体の権能に関する条文に変更を加えた自民党憲法改正草案第95条の問題点を考えてみることにいたしましょう。

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地方公共団体の権能を制限した自民党憲法改正草案第95条

現行憲法の第94条は地方公共団体の権能と条例制定権に関する規定を置いていますが、自民党憲法改正草案ではこの規定が第95条に移動して規定されています。

ただし、その条文に若干の変更が加えれられているので注意が必要です。では、具体的にどのような変更が加えられているのか、条文を確認してみましょう。

日本国憲法第94条

地方公共団体は、その財産を管理し、事務を処理し、及び行政を執行する権能を有し、法律の範囲内で条例を制定することができる。

自民党憲法改正草案第95条

地方自治体は、その事務を処理する権能を有し、法律の範囲内で条例を制定することができる。

※出典:自由民主党日本国憲法改正草案(平成24年4月27日決定)|自由民主党 を基に作成

大きく変えられているのは2か所です。

一つ目は現行憲法が「地方公共団体」としている部分を自民党案が「地方自治体」としている部分。

もう一つが現行憲法が地方公共団体の権能に関して「財産を管理」し「事務を処理」し「行政を執行」するとして3つの権能をあげているのに対し、自民党案がその権能を「事務を処理」するだけとして、「財産管理」と「行政執行」の2つの権能を削除している部分が異なります。

この点、「地方公共団体」の文言を「地方自治体」に変えている部分に関しては、現行憲法が規定する「地方公共団体」が都道府県と市町村という標準的な二段階の地方公共団体であるところのいわゆる「普通地方公共団体」を指し、東京都の特別区は憲法上の「地方公共団体」ではないと最高裁判例(昭和38年3月27日)が判示していることを考えると、自民党改正案が「地方自治体」に変えた趣旨は東京都の特別区を「地方公共団体」に含ませる趣旨だと思われますが、高橋和之著「立憲主義と日本国憲法(放送大学教材236頁)」によれば『今日では、特別区も憲法上の地方公共団体と解すべきである』と述べられていますので、自民党改正案のように「地方公共団体」を「地方自治体」に変えたとしても、その解釈自体には特段の変更は生じないように思います。

そのためここでは、自民党改正案第95条が、地方公共団体(地方自治体)の権能を「事務を処理」するだけにしている点について、その問題点を検討してみることにしましょう。

自民党憲法改正草案第95条は、地方自治から「財産管理権」と「行政執行権」を奪うもの

前述したように、自民党憲法改正草案第95条は現行憲法が地方公共団体(※自民党案では「地方自治体」)の権能について「その財産を管理し、事務を処理し、及び行政を執行する権能を有し」と規定している部分を、「その事務を処理する権能を有し」とする文章に変えていますので、これが国民投票を通過すれば、それ以後の地方公共団体(地方自治体)は、「事務を処理」するだけの機関となる一方、「財産を管理」し「行政を執行」することが出来なくなってしまいます。

では、憲法改正によってそれらの権能が失われてしまった場合、具体的にどのような問題が生じるのでしょうか。

(1)地方公共団体が「財産を管理」することが出来なくなるとどうなるか

まず、地方公共団体が「財産を管理」を出来なくなった場合を考えますが、おそらくその場合、地方公共団体の「財産を管理」するのは「国」となるでしょう。

「国(政府)」が地方公共団体の「財産を管理」するということは、地方公共団体の財産の処分権限が「国(政府)」に移されるということです。地方公共団体の財産をどのように利用あるいは処分するか否か、どのような対価の下で処分するかも「国(政府)」が決定するということになるでしょう。

たとえば、都道府県や市町村が所有する公有地や公有林などがあった場合において、その土地を国が何らかの目的で使用したいと考えた場合であっても、国は都道府県や市町村の承諾を得ることなく、自由にその土地を使えるようになるわけです。

この点、懸念されるのは都道府県や市町村の所有する土地や建物の軍事利用です。

自民党憲法改正草案が国防軍を予定し、軍事力を利用して国民に国の資源と国土を守らせることに最大の価値を置いている点は『自民党憲法改正案の問題点:第9条の2|歯止めのない国防軍』や『自民党憲法改正案の問題点:第9条の3|国家総動員法の復活』のページで解説してきましたが、そのためには地方の土地や建物を、国が自由に利用できるようにすることが不可欠です。

地方に所在する土地や建物を軍事に転用したり、国防軍の基地を建設したりする場合に、その土地や建物を所有する自治体が反対すれば、思うような利用が出来なくなるからです。

しかし、自民党憲法改正草案第95条が国民投票を通過すれば、そうした土地や建物といった「財産」の管理権は国(政府)に移りますから、国(政府)は思うがままに日本各地に所在する都道府県や市町村の所有する土地や建物を国防軍のために利用することができるようになるでしょう。

もちろんその場合、その土地や建物の周辺住民が反対しても、その自治体に「財産を管理」する権限はないので、もはや誰もそれを止めることはできません。

沖縄辺野古の米軍基地移設工事や秋田・山口におけるイージスアショアの設置計画では地元住民から強い反対があって工事の着工が遅れたり計画そのものが断念されたりしましたが、そうした反対運動も一切保護されなくなるわけです。

もちろんそうして軍の施設が全国に拡散されれば、沖縄の米軍基地で生じている問題と同じ問題も全国津々浦々に拡散されていきますから、沖縄の今がそうであるように、住民の健康と安全は著しく損なわれてしまうでしょう。

このように、自民党憲法改正草案第95条は地方自治体から「財産を管理」する権能を取り上げていますが、こうした憲法規定の変更は軍国主義を拡大させ、国民の健康と安全を脅かす大きな脅威となりかねません。

国民の健康と安全を保障する国を選ぶのか、それとも同盟国である米国の不沈空母として日本全土を要塞化する国を選ぶのか、この自民党憲法改正草案第95条はその選択であることも心に留めておくべきでしょう。

(2)地方公共団体が「行政を執行」することが出来なくなるとどうなるか

次に、地方自治体から「行政を執行」する権能が失われた場合にどうなるかを検討しますが、その場合に懸念される点としては次の2つが考えられます。

ア)首長における行政事務の指揮監督権がなくなる

この点、現行憲法においては地方自治体で「行政を執行」する権能を持つのは一義的には首長である都道府県知事および市町村長と考えられていますから、その現行憲法における地方公共団体の権能の規定から「行政を執行」する権能を削除する自民党憲法改正草案第95条が国民投票を通過するとなれば、知事も市町村長も「行政を執行」する権能を失うことになってしまいます。

都道府県知事や市町村長が「行政を執行」することができなくなるということは、その行政における指揮監督権を失うということですから、それは都道府県知事や市町村長を、ただ地方行政の事務を処理するだけの事務処理機関にしてしまうということでしょう。

具体的には、地方自治法第149条は次に列挙されるような事務の執行を首長に委ねていますが、これらの事務に関する指揮監督権を失い、ただその事務を処理するだけになってしまうわけです。

地方自治法第148条

普通地方公共団体の長は、当該普通地方公共団体の事務を管理し及びこれを執行する。

地方自治法第149条

普通地方公共団体の長は、概ね左に掲げる事務を担任する。
一 普通地方公共団体の議会の議決を経べき事件につきその議案を提出すること。
二 予算を調製し、及びこれを執行すること。
三 地方税を賦課徴収し、分担金、使用料、加入金又は手数料を徴収し、及び過料を科すること。
四 決算を普通地方公共団体の議会の認定に付すること。
五 会計を監督すること。
六 財産を取得し、管理し、及び処分すること。
七 公の施設を設置し、管理し、及び廃止すること。
八 証書及び公文書類を保管すること。
九 前各号に定めるものを除く外、当該普通地方公共団体の事務を執行すること。

※出典:地方自治法|e-gov

しかしそそれでは、もはや地方自治体に「自治」はなくなってしまいます。

地方自治体から「自治」が失われれば、行政権力の指揮監督権の全ては「国(政府)」に移譲されますから、地方自治体は「国(政府)」の指揮命令に従うことを強制されます。

自民党憲法改正草案第95条は「地方は国の言うことに口を出すな」が徹底された行政組織を全国津々浦々にまで整備したいのかもしれません。

イ)各種委員会が撤廃される

地方自治体が「行政を執行」できなくなることで生じるもう一つの懸念は、法律に基づいて特定の事務の執行にあたる種々の委員会の設置が認められなくなってしまう点です。

現行憲法の第94条は地方公共団体に「行政を執行」する権能を保障していますが、その執行はその地方公共団体の首長が独占するわけではなく、法律に基づいて特定の事務の執行に当たる委員会の存在も予定されていると考えられています。

具体的には、地方自治法第138条の4をもとに設置される教育委員会や農業委員会、地方労働委員会などがそれにあたりますが、仮に自民党憲法改正草案第95条が国民投票を通過して地方自治体が「行政を執行」できなくなるのなら、こうした委員会の設置も認められなくなってしまうでしょう。

地方自治法第138条の4

第1項 普通地方公共団体にその執行機関として普通地方公共団体の長の外、法律の定めるところにより、委員会又は委員を置く。
第2項 普通地方公共団体の委員会は、法律の定めるところにより、法令又は普通地方公共団体の条例若しくは規則に違反しない限りにおいて、その権限に属する事務に関し、規則その他の規程を定めることができる。
第3項 普通地方公共団体は、法律又は条例の定めるところにより、執行機関の附属機関として自治紛争処理委員、審査会、審議会、調査会その他の調停、審査、諮問又は調査のための機関を置くことができる。ただし、政令で定める執行機関については、この限りでない。

しかしそうなれば、教育や労働、地方の農業政策などはすべて「国(政府)」に管理されることになりますから、地方の希望は無視され、全て国(政府)の指示に従わなければならなくなってしまいます。

自民党憲法改正草案第95条はそうした地方における各種委員会の意見を廃して、国(政府)の管理を徹底したいとの表れなのかもしれません。

(3)地方公共団体が「事務を処理」するだけの機関になるとどうなるか

このように、自民党憲法改正草案第95条は地方公共団体から「財産を管理」する権能と「行政を執行」する権能を取り上げていますが、「事務を処理」する権能だけは現行憲法のまま残していますので、改正後の地方自治体は「事務を処理」するだけの機関になってしまいます。

地方自治体は国の代わりに、国の下部機関として事務を処理するだけの組織となってしまうわけです。

しかしそれは、地方自治体を元の姿に戻すだけでしょう。

現在の地方自治法は平成11年(1999年)に「地方分権の促進を図るための関係法律の整備等に関する法律」が成立したことにともない改正されていますが、それまでの地方自治法では、地方自治体が処理する行政事務は「自治事務」と「機関委任事務」に分けられていました。

機関委任事務とは、行政のほとんどを国の事務とし、その事務の執行だけを地方自治体の長である知事や市町村長に委任する体裁をとる事務のことを言い、もともとは国の事務であるという建前から国が包括的な指揮監督権を持つとされていて、その施行細目は通達等で定められ、地方議会が条例や調査権によってコントロールすることは否定され、地方の裁量はほとんど認められない形で運用されていました。

改正前の地方自治体は、国の行政をただ国の手足となって処理するに過ぎない国の地方行政機関のような存在にされていたのです。

しかしそうした機関委任事務に対しては、地方行政に条例制定や議会のコントロールなど民主的コントロールが及ばないという批判があったことから、地方自治体の行う事務の全てを地方公共団体が処理する事務として、その事務を「自治事務」と「法定受諾事務」に構成しなおし、地方分権化を徹底させることにしました。それが平成11年(1999年)の改正です。

それにもかかわらず、自民党憲法改正草案第95条は(2)で説明したように地方自治体から「行政を執行」する権能を奪い、地方自治体を「事務を処理」するだけの存在にするというのですから、それは地方自治体を、国から「機関委任事務」を押し付けられて国の事務を処理するだけの存在に過ぎなかった、平成11年(1999年)前の状態に戻すのと全く変わりません。

自民党憲法改正草案第95条が国民投票を通過すれば、地方自治体は「事務を処理」するだけの機関になりますから、国から与えられる行政事務に関しては条例を制定してコントロールすることはできなくなり、国の指示に従って粛々と機関委任事務を処理する国の地方行政機関となってしまうでしょう。

ですがそれは、地方自治体から「自治」を奪うということですから、地方行政に関しては全く民主的統制は効かなくなってしまいます。

そればかりか、国(政府)に行政権限が集中することを促進させ、中央と地方の権力分立も機能しなくなりますから、民主主義にとって必要不可欠な権力分立原理も働かなくなってしまうでしょう。

地方自治体から「行政を執行」する権能を奪い「自治」を制限して「事務を処理」するだけの組織にしてしまうことは、権力分立原理を機能不全に陥らすことで民主主義も後退させてしまいます。

そうした憲法規定に変更しなければならない理由がどこにあるのか、国民は十分に考える必要があるでしょう。