2021年10月31日(日曜日)は衆議院議員選挙および最高裁判所裁判官国民審査の投票日です。民主主義を実現するためには主権者の投票が不可欠となります。10月31日(日曜日)は必ず投票所に行きましょう。

自民党憲法改正案の問題点:第98,99条|緊急事態宣言で独裁国家に

憲法の改正に執拗に固執し続ける自民党が公開している憲法改正草案の問題点を一条ずつチェックしていくこのシリーズ。

今回は、緊急事態条項を新設した自民党憲法改正草案第98条と第99条の問題点について検討してみることにいたしましょう。

緊急事態条項を新設した自民党憲法改正草案第98条及び第99条

自民党憲法改正草案は第98条と99条において、現行憲法には規定のない緊急事態条項を新設しています。

具体的にどのような規定が新設されようとしているのか、その条文を確認してみましょう。

自民党憲法改正草案(抄)

(緊急事態の宣言)
第98条
第1項 内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。
第2項 緊急事態の宣言は、法律の定めるところにより、事前又は事後に国会の承認を得なければならない。
第3項 内閣総理大臣は、前項の場合において不承認の議決があったとき、国会が緊急事態の宣言を解除すべき旨を議決したとき、又は事態の推移により当該宣言を継続する必要がないと認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、当該宣言を速やかに解除しなければならない。また、百日を超えて緊急事態の宣言を継続しようとするときは、百日を超えるごとに、事前に国会の承認を得なければならない。
第4項 第二項及び前項後段の国会の承認については、第六十条第二項の規定を準用する。この場合において、同行中「三十日以内」とあるのは、「五日以内」と読み替えるものとする。

(緊急事態の宣言の効果)
第99条
第1項 緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる。
第2項 前項の政令の制定及び処分については、法律の定めるところにより、事後に国会の承認を得なければならない。
第3項 緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係る事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない。この場合においても、第十四条、第十八条、第十九条、第二十一条その他の基本的人権に関する規定は、最大限に尊重されなければならない。
第4項 緊急事態の宣言が発せられた場合においては、法律の定めるところにより、その宣言が効力を有する機関、衆議院は解散されないものとし、両議院の議員の任期及びその選挙期日の特例を設けることができる。

※出典:自由民主党日本国憲法改正草案(平成24年4月27日決定)|自由民主党 を基に作成

自民党憲法改正案はこのように、第98条に緊急事態を宣言する際の要件等について規定したうえで、第99条にその緊急事態宣言によって生じさせる効果を具体的に規定しています。

この自民党憲法改正案の緊急事態条項に関しては様々な問題を指摘できますが、その問題点を検討する前に、そもそも「緊急事態条項」が具体的にどのような性質を持つものなのか、また世界や日本において過去から現在に至るまでどのように扱われてきたのかなどの点に関連して、ネット上では事実誤認ともとれる意見が散見されますので、その点を簡単に確認しておきましょう。

ア)「緊急事態条項がないのは日本だけだ」との意見は正しいか

自民党が憲法改正案に盛り込んでいる緊急事態条項に関してよく聞くのが「憲法に緊急事態条項がないのは日本だけだ」という意見です。

この点、確かに諸外国ではアメリカのように大統領に強力な権限を与えている一部の国を除いて、ほとんどの国が憲法に緊急事態条項を置いているようですから、そうした意見も一理あります。

しかし、日本国憲法に緊急事態に対処するための条文が全くないかというと、そうでもありません。現行憲法第54条第2項のただし書きにある「内閣は、国に緊急の必要があるときは、参議院の緊急集会を求めることができる」の部分は、緊急事態に対処するために規定されたものであって、広義では緊急事態条項と言えるからです。

日本国憲法第54条

第1項 衆議院が解散されたときは、解散の日から四十日以内に、衆議院議員の総選挙を行ひ、その選挙の日から三十日以内に、国会を召集しなければならない。
第2項 衆議院が解散されたときは、参議院は、同時に閉会となる。但し、内閣は、国に緊急の必要があるときは、参議院の緊急集会を求めることができる。
第3項 前項但書の緊急集会において採られた措置は、臨時のものであつて、次の国会開会の後十日以内に、衆議院の同意がない場合には、その効力を失ふ。

※出典:日本国憲法|e-gov

もちろん、一般的な諸外国の緊急事態条項は、国の統治権力を行政権力に集中させて危機的状況に対処することを目的としますから、参議院(国会)の緊急集会という立法権だけに作用する現行憲法第54条2項但し書きは、諸外国の緊急事態条項と全く同じとは言えません。

ですが、日本国憲法も一応は緊急事態に対処するための規定を置いていて、第54条2項但し書きも広義では「緊急事態条項」と言えるのですから、「緊急事態条項がないのは日本だけだ」という意見は間違いとは言えないまでも誤解を生じさせますので、その意見をもって憲法に緊急事態条項を設置することを正当化することはできないと思います。

イ)日本国憲法に諸外国のような緊急事態条項が明記されなかった理由

この点、ではなぜ日本国憲法に諸外国のような国の統治権力を行政権力に集中させる狭義の緊急事態条項が置かれていないかというと、それは日本国憲法が本来的に戦争と軍隊を予定しない憲法だからです。

そもそも諸外国の憲法にあるような一般的な緊急事態条項は、戦争や内乱などが発生した場合に自国の立憲主義を守るために存在するものですから、緊急事態条項は必然的に戦争や軍隊の存在が前提とされています。

狭義の緊急事態条項は、戦争や軍隊が存在するからこそ必要性を伴うわけです。

しかし、日本国憲法は前文で「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し…」「日本国民は、恒久の平和を念願し…」と述べることで平和主義を憲法の基本原理とすることを宣言し、第9条で自衛のためも含むすべての戦争を放棄し、戦力の不保持も規定していますから、そもそも日本国憲法は基本原理として戦争を認めておらず、軍隊の存在も一切認めていません。

つまり、日本国憲法はそもそも戦争と軍隊を否定しているので、戦争や軍隊を前提とした緊急事態条項は必要とされていないです。

なお「他国が攻めてきたらどうするんだ」との意見については『憲法9条に「攻めてきたらどうする」という批判が成り立たない理由』のページを参照ください。

ウ)「諸外国の憲法には緊急事態条項があるから日本も」は正しいか

憲法に緊急事態条項を入れるべきと言う人からは「諸外国の憲法には緊急事態条項があるから日本も入れるべきだ」という意見も聞かれます。

この点、「イ」で述べたように、そもそも戦争や軍隊を予定していない現行憲法がそれを前提とした緊急事態条項を持たないのは当然なのですが、自民党憲法改正草案は『自民党憲法改正案の問題点:第9条|自衛の為なら戦争できる国に』や『自民党憲法改正案の問題点:第9条の2|歯止めのない国防軍』のページでも解説したように自衛のための戦争を認めていて国防軍の創設も予定していますから、自民党憲法改正草案が戦争や軍隊をあらかじめ予定していることを考えると、自民党憲法改正草案が緊急事態条項を入れるのは当然であるような気もします。

しかし、自民党憲法改正草案が戦争や軍隊を予定しているからといって、憲法に緊急事態条項を盛り込むことを正当化することはできません。自民党改正案で予定されている緊急事態条項は、諸外国の緊急事態条項とは性質が大きく異なるからです。

例えば、自民党憲法改正草案の緊急事態条項は、緊急事態の対象を戦争や内乱だけでなく自然災害にまで広げていますが、緊急事態の対象を自然災害の場合にまで広げているのはドイツとポーランドぐらいで諸外国の緊急事態条項はその対象を戦争や内乱の場合に限定しているそうです(※伊藤真著「憲法問題」PHP新書210~211頁)。そうした点を考えると、自民党案の緊急事態条項が諸外国と異なり、その射程をかなり広く予定しているのが分かります。

また、自民党案の緊急事態条項における緊急事態の宣言は国会の事後承認で足りるとされていますが、たとえばドイツ憲法ではあらかじめ国会議員の中から指名された数名が組織する合同委員会が議論して事前承認が得られた場合に限って緊急事態の宣言が認められることになっているそうですから(※前掲伊藤書参照)、他国の緊急事態条項と異なり緊急事態を宣言しやすくしている点が特徴的といえます。

これらの点は後で詳しく説明していきますが、自民党案の緊急事態条項はこのように諸外国の緊急事態条項と比較して、宣言の縛りがかなり緩く設定されていますので、諸外国の憲法が緊急事態条項を置いているからと言って、自民党案の緊急事態条項が正当化されるものではありません。

自民党憲法改正草案の緊急事態条項については、諸外国のそれと大きく異なる内容を多分に含んでいる点を念頭に置いてその正当性を考える必要があります。

エ)緊急事態条項が危険だと言われる理由

なお、自民党憲法改正草案の緊急事態条項に関しては、様々な専門家がその危険性を指摘していますが、なぜそれほどまでに緊急事態条項がやり玉に挙げられているかというと、それは憲法に設置される緊急事態条項が、本質的に権力者に濫用される性質を含むものだからです。

先ほど述べたように、そもそも緊急事態条項は、戦争や内乱などが生じた場合に、政府が緊急事態を宣言することで国家権力のすべてを行政権力に集中し、その行政権力に集中させた権力を利用して緊急事態を収束させることに使われますから、いったんその強大な権力を掌握した政府(時の権力者)が暴走してしまえば、国民の自由や権利や財産は大きく制限されることになるうえ、国民は対抗する術がないので宣言を止めさせることもできません。

緊急事態条項を憲法に明記するということは、国家権力に掛けた憲法という”歯どめ”をその緊急事態宣言によって解放するということなので、その歯止めを掛けた国家権力が暴走しないようにするために、その内容を十分に精査し議論しておかなければならいのです。

たとえば、ナチスも当時ドイツで施行されていたワイマール憲法の緊急事態条項を濫用し国民の人権制約を拡大していくことで国家の全権を掌握していきましたから、憲法に緊急事態条項を設置するにしても、そうした濫用がなされないような構造で設計されているのかを十二分に議論することは不可欠です。

憲法への緊急事態条項の明記は、そうした危険を十分に考えて議論する必要があるでしょう。

自民党憲法改正草案の緊急事態条項が孕む問題点

前置きが長くなりましたので、そろそろ本題に入ります。

自民党憲法改正草案の緊急事態条項に関しては、第98条と第99条の各項でそれぞれ様々な問題を指摘することができます。以下それぞれ条文ごとに分けて検討していきましょう。

【1】自民党憲法改正案第98条の問題点

自民党憲法改正案第98条の問題点としては、大別して次の(1)~(4)の問題を指摘できます。

(1)第98条1項の問題点…緊急事態を宣言できるケースが限定されていない

自民党憲法改正案第98条1項は、内閣総理大臣が緊急事態を宣言できる具体的なケースを列挙した条文になっています。

自民党憲法改正草案第98条1項

内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。

※出典:自由民主党日本国憲法改正草案(平成24年4月27日決定)|自由民主党 を基に作成

この点、この条文の大きな問題は、内閣総理大臣が緊急事態を宣言できるケースが限定されていない点です。

a)「等」があることであらゆるケースで緊急事態が宣言されてしまう

改正案第98条1項は緊急事態を宣言できる事例を「我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱」と一応は限定しているような体裁を整えていますので、一見すると戦争やクーデターなど大規模な戦闘が起きた場合にのみ緊急事態が宣言されると思う人もいるかもしれません。

しかし、そのあとに「…等による社会秩序の混乱…」と記述され「等」の文字が入れられていますから、これではその「等」があることで、あらゆるケースが緊急事態を宣言できる対象にされてしまいます。

たとえば、2001年に北朝鮮のものと思われる工作船が海上保安庁の巡視船と銃撃戦を起こしたことがありましたが、そうした事例でも内閣総理大臣が改正案第98条1項の「等」に含まれると判断すれば緊急事態を宣言することができますし、たとえば1994年に起きた松本サリン事件や翌95年の地下鉄サリン事件などの事案でも、「社会秩序の混乱」があったから「等」に含まれるとの理屈で緊急事態を宣言することができてしまいます。

北朝鮮が日本海に向けてミサイルを発射しただけで、内閣総理大臣が「社会秩序の混乱」があったと判断して緊急事態を宣言することも認められてしまうでしょう。

ですがそれでは、強力な私権制限を伴わせることができる緊急事態を宣言できるケースが際限なく広がってしまいますから、「等」のようなすべてを含みうる文言を入れるのは危険すぎると言えます。

b)緊急事態を宣言できるケースを自然災害にまで広げている

自民党改正案第98条1項は、内閣総理大臣が緊急事態を宣言できるケースを「地震等による大規模な自然災害」と自然災害にまで広げている点も問題です。

これでは、地震や大雨、台風や洪水、火山の噴火などあらゆる自然災害で内閣総理大臣が緊急事態を宣言できてしまうからです。

前述したように、自然災害にまで緊急事態条項に含ませているのはドイツとポーランドぐらいで、他の国はその対象を戦争や内乱の場合に限定しているのですから、仮に緊急事態宣言を設けるにしてもその対象は戦争や内乱の場合に限定すべきでしょう。内閣総理大臣の恣意的な判断による緊急事態の宣言を抑制する必要からも、自然災害にまで広げてしまうのはあまりにも危険です。

特に、日本は他国に比較して地震や大雨・大雪、台風、火山の噴火など様々な災害が多発する地理的条件を備えていますから、自然災害にまで広げてしまうことは、内閣総理大臣にいつでも自由に緊急事態を宣言できる権能を与えるのと変わりません。

緊急事態条項は内閣総理大臣に国の統治権力を集中させ強大な権力を与えるものとなるのですから、仮に緊急事態条項を設けるにしても、それを宣言できるケースは限定すべきです。

c)「その他の法律で定める緊急事態」が許されるなら制限がないのと同じ

改正案第98条1項は「その他の法律で定める緊急事態」にまでも宣言を可能にしている点も問題です。「その他の法律で定める」場合にまで緊急事態を宣言できるなら、多数議席を確保した政党が国会で数の力で法律を整備することで、どのような場合でも緊急事態を宣言できるようになるからです。

「その他の法律で定める緊急事態」にまで緊急事態を宣言できるというのなら、もはや緊急事態を宣言できるケースは無限に広がると言っていいでしょう。宣言の限定はあってないのと同じです。

これでは国会で多数議席を確保した政権与党が内閣総理大臣を介していつでも自由に緊急事態を宣言できることになりますから、自民党憲法改正案の緊急事態条項は緊急事態を宣言できる場合を全く限定していないという点でとても危険な条文と言えます。