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「民意を問う」ために衆議院の解散総選挙が必要になる理由

政府が国民の権利や自由に大きな影響を与える法律であったり国論を二分する経済や外交テーマなど重要な法案や政策を実現したいと考える場合、国会でその議論を行う前に衆議院を解散して総選挙を実施することが往々にしてあります。

総理大臣が「民意を問う!」と宣言して衆議院を解散して新聞に「○○解散」などと書きたてられる、いわゆるあれです。

たとえば、2017年の10月に行われた衆議院選挙は任期満了によって行われた選挙ではなく、10%に引き上げが予定されていた消費税財源の使途変更や、核とミサイル問題に関連する北朝鮮への制裁の可否について「民意を問う」ために安倍政権が前月の9月に衆議院を解散したことによる解散総選挙として行われています(いわゆる国難突破解散)。

また、2014年の12月に行われたその前の衆院選も任期満了によって行われたものではなく、安倍政権がそれまで行ってきた経済政策(いわゆるアベノミクス)の継続と翌年10月に予定されていた消費税の8%から10%への引き上げを2017年4月まで延期することの是非について「民意を問う」ために当時の安倍政権が前月の11月に衆議院を解散したことによる解散総選挙によるものでした(いわゆるアベノミクス解散)。

このように、政府が重要な法案や国家方針を大きく左右する政策を実施する場合には、おしなべて衆議院が解散されて「民意を問う」ために総選挙が実施されるのが通例となっているわけですが、ではなぜ政府が重要な決断をする際に「民意を問う」として衆議院を解散し総選挙を行う必要があるのでしょうか。

「民意を問う」ために行われる衆議院の解散とそれによって行われる衆議院総選挙の意義が問題となります。

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政府の行う法案提出や政策選択には民意が反映されない

このように、政府が重要な法案提出や政策決定を行う際に「民意を問う」ために衆議院を解散して総選挙を実施することがありますが、結論から言うとその理由は、その政府が取る行為に民意が反映されていないからです。

民主主義国家では国家権力である政府は国家の方針を国民の民意に従って判断しなければなりませんが、政府の行うすべての行為に民意が反映されているわけではありません。

なぜなら、政府を組織する内閣総理大臣と内閣には、その独自の判断で法案を国会に提出したり、外交関係を処理したり、予算を作成したりすることが憲法で保障されているからです(憲法第72条及び同73条)。

【日本国憲法第72条】

内閣総理大臣は、内閣を代表して議案を国会に提出し、一般国務及び外交関係について国会に報告し、並びに行政各部を指揮監督する。

【日本国憲法第73条】

内閣は、他の一般行政事務の外、左の事務を行ふ。
一 法律を誠実に執行し、国務を総理すること。
二 外交関係を処理すること。
三 条約を締結すること。但し、事前に、時宜によつては事後に、国会の承認を経ることを必要とする。
四 法律の定める基準に従ひ、官吏に関する事務を掌理すること。
五 予算を作成して国会に提出すること。
六 この憲法及び法律の規定を実施するために、政令を制定すること。但し、政令には、特にその法律の委任がある場合を除いては、罰則を設けることができない。

もちろん、政府(内閣及び内閣総理大臣)が国会に提出する法案や予算は国会で審議の対象となりますし、国の外交政策も内閣不信任の対象となりますから(憲法第69条)、時の政府が国会という議論の場を無視して法案や予算を通したり外交政策を勝手我儘に決定することはできません。

ですから、政府が決定するすべての事項に間接的に国会が関与し、その国会が国民から選挙で選ばれた議員で構成されていることを考えれば、政府の行為には最終的に民意が反映されているとも言えます。

しかし、その政府(国家権力)は、国会で多数の議席を確保した与党とその与党に迎合する国会議員の総体で形成されていますので、いったん多数の議席を確保した与党勢力は、その思うが儘に政府を形成し、民意の反映を受けずに法案や予算や国家方針を国会に提示して数の力でそれを実現させることも、やろうと思えばやることは可能です。

しかしそれでは、いったん多数の議席を確保すればやりたい放題できることになってしまい、野党議員に投票した国民の意思を無視することになりますから、民主主義の本質に反することになってしまいます。

そのため政府は、重要な法案や政策を実施する前に国民の「民意を確認した」という大義名分を得るために「民意を問う」として衆議院を解散して総選挙を実施するのです。

政府が衆議院を解散せずに、重要な法案や政策を国会に提出し国会で承認を受けてしまえば、その国会の承認は「その政府が提出した法案や政策」については民意が反映されたものではないので、いつまでたってもその正当性に疑問符が付いて回り国民を納得させることができません。

そのような国民の疑問をあらかじめ解消させるために、重要な法案や政策を国会に提示しようとする政府(内閣総理大臣)は、その前提として衆議院を解散し、総選挙でその国会に提出しようとしている法案や政策を争点として国民に提示し、総選挙の場で国民の「民意を問う」というプロセスを介在させようとするのです。

「民意を問う」必要があるのは憲法の基本原理である国民主権からの要請

このように、政府(内閣及び内閣総理大臣)が重要な法案や政策を国会に提示する際に衆議院を解散してその国会に提示しようとする法案や政策を「争点」として国民に提示し総選挙を実施するのは、その「争点」にした法案や政策に国民の民意を取ることでその法案や政策の成立に民主主義としての「お墨付き」を与える意味合いがあると言えます。

ところで、ではなぜ、政府(内閣または内閣総理大臣)は重要な法案や政策を国会に提示する前にその法案や政策について事前に選挙で民意を確認して国民の「お墨付き」を得る必要があるのでしょうか。

もちろんそれは、先ほどから述べているように政府が国会に提示しようとする法案や政策に国民の民意を反映させてその正当性を担保するためなのですが、その民意を反映させなければ正当性を担保できないことの根源はどこから来るのか、という疑問です。

この点を理解していない人が意外と多いですが、それはもちろん日本国憲法が国民主権原理を憲法の基本原理として採用しているからです。

日本国憲法はその全文の前半部分で「ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する」と述べることで国の主権が国民にあることを宣言していますから、国家権力による権限行使にはそのすべてに国民の主権が介在されることが必要となります。

【日本国憲法:前文※前半部分のみ抜粋】

日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し…(中略)…ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。

この点、国家権力に国民の主権を介在させる手段としては、国民が議論と評決に直接的に参加する「直接民主制」と、国民が選挙で議員に議論と評決を代理させることで間接的に主権を介在させる「間接民主制(代表民主制)」の2つの手段がありますが、憲法の前文は「その権力は国民の代表者がこれを行使し」と述べることで国の権限行使を「間接民主制(代表民主制)」に委ねることを宣言していますので、国政は「間接民主制(代表民主制)」によって運営される必要があります。

そのため、国は主権を持つ国民に国家権力(内閣または内閣総理大臣)を構成する国会議員を選定させるための「選挙」を行うのです。

しかし、政府(国家権力)が実現しようとする法案や政策のすべてに国民の民意が反映され国民主権が具現化されるわけではありません。衆議院の任期は4年、参議院の任期は6年となっていますから、いったん国政選挙で選ばれた議員はその任期が満了するまで国民の代弁者となり得るからです。

国民の権利や自由に大きな影響を与えうる法案や世論を二分するような政策については国民に与える影響が大きくなりますが、その重要な法案や政策が争点となっていない選挙で選ばれた議員に国会での議論と評決を代理させてしまえば、国民の民意が反映されていない議員によってその法案や政策が実現されてしまう危険性があります。

そのため、政府が重要な法案や政策を実施しようとする場合には、衆議院を解散して総選挙を実施するのです。

ですから、政府が重要な法案や政策を国会に提示する前に衆議院を解散して実施する総選挙は、その国会に提示しようとする法案や政策に間接民主制(代表民主制)の側面から憲法が基本原理として採用した国民主権原理を具現化させるために行われるものであると言えるのです。

国論を二分するテーマで衆議院の解散総選挙が行われない場合は違憲性の問題を惹起させる

以上で説明したように、国論を二分するような法案や政策など国民の自由や権利に密接に関連する重要事項については、憲法が国民主権を基本原則として採用している趣旨から考えて、内閣総理大臣は必ずそれを国会に提示する前に衆議院解散して総選挙を実施しなければならないと言えます。

もし仮に政府が、衆議院を解散しないままそのような重要案件を国会に提示して強引に国会の決議を成立させてしまった場合には、その国会で決議された法案や政策は、憲法が採用した国民主権原理の要請を無視したものとして違憲性の問題を惹起させることについては国民のすべてが理解しなければなりません。

これを国民が理解しないと、いったん特定の政党(与党またはそれに迎合する国会議員の総体)が衆議院と参議院でそれぞれ3分の2以上の議席を確保してしまえば、法案や政策を国会に提示して国会の議決で決定できるだけでなく、憲法の改正案ですら政府が民意を問うことなく自由に国会に提示して国民投票にかけることができてしまうからです。

ですから、政府が重要な法案や政策を国会に提示しようとする場合には、国民はただ漫然とその政府の行動を傍観するのではなく、できる限りの世論を総動員して政府に対し衆議院の解散と総選挙の実施を求めていかなければならないと言えるのです。