菅首相が日本学術会議から推薦された会員候補者105名のうち6名を任命しなかった問題が収まることなく炎上しています。
この件は、日本学術会議法第7条に学術会議の会員210名のうち「その半数(3項)」を学術会議の「推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命する(2項)」と規定されているにもかかわらず、菅首相が99名しか任命していないわけですから、違法以外の何物でもありません。
【日本学術会議法第7条】
第1項 日本学術会議は、210人の日本学術会議会員(中略)をもって、これを組織する。
第2項 会員は、第17条の規定による推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命する。
第3項 会員の任期は、6年とし、3年ごとに、その半数を任命する。
もちろん、この菅首相の措置が違法なことはこれだけが理由ではなく、その他さまざまな違法性を含んでいることは、このサイトでも次のページで詳しく解説してきた通りです。
ところで、この菅首相が学術会議から推薦された会員候補者105名のうち6名を任命しなかった件に関して、いまだ菅首相はその任命しなかった理由を明らかにしていません。
菅首相は当初「総合的・俯瞰的な活動を確保する観点」で任命しなかったと釈明しましたが、その後「推薦者名簿は見ていなかった」と言いだしたかと思えば、最近にいたっては、推薦された会員候補者が「結果的に一部の大学に偏っている」からだと述べる一方「説明できることとできないことがある」などと意味不明な回答に終始している状況です。
こうした菅首相に対しては、専門家や有識者などから「任命しなかった理由を説明せよ」「説明責任を果たせ」などと厳しい指摘がなされていますが、こうした指摘に対しては
- 企業だって採用試験で不採用の理由を説明しなくても違法にはならないじゃないか
- 任命しなかった理由を説明すれば名誉を棄損することになるから説明しないのは当然
- 任命人事を説明する組織はどこにもない、そんなこと説明したら人事はできない
- 学術会議側だって推薦した理由を説明してないじゃないか
などという反対意見もSNSなどで多く見られます。
では、なぜ今回の件で菅首相は、学術会議から推薦された会員候補者6名を任命しなかった理由を説明しなければならないのでしょうか。
今回の件で菅首相に説明責任が生じる根拠はどこにあるのか、検討してみましょう。
日本学術会議法は内閣総理大臣に会員の任命拒否権を与えていない
まず、この学術会議の任命問題でなぜ菅首相に説明責任が生じるのかを考える前提として、そもそもこの件で菅首相に会員の任命拒否権があるのか否かを考えなければなりませんのでその点について簡単に解説しておきましょう。
この点、そもそもの話になりますが、日本学術会議法は内閣総理大臣に学術会議の会員の任命拒否権を与えていません。
なぜそう言えるか。その理由は様々な角度から説明することが可能ですが、法律の趣旨や目的の面から説明するならば、内閣総理大臣に会員の任命拒否権を与えてしまうこと自体が日本学術会議法という法律を自己矛盾に陥らせてしまうからです。
日本学術会議法は日本学術会議を設立させるために制定された法律ですが、そもそもこの法律によって設立される日本学術会議は、科学が文化国家の基礎であるという確信に立って科学者の総意の下に、日本の平和的復興、人類社会の福祉に貢献し、世界の学界と提携して学術の進歩に寄与することを使命としています(日本学術会議法前文)。
【日本学術会議法前文】
日本学術会議は、科学が文化国家の基礎であるという確信に立つて、科学者の総意の下に、わが国の平和的復興、人類社会の福祉に貢献し、世界の学界と提携して学術の進歩に寄与することを使命とし、ここに設立される。
また、そうした使命を背景として設立された日本学術会議は、日本の科学者の内外に対する代表機関として科学の向上発達を図り、行政・産業・国民生活に科学を反映浸透させることを目的としていて(同法第2条)、そうした使命や目的を具現化させるために、政府に対して科学の振興や技術の発達、研究成果の活用や研究者の養成、科学を行政や産業、国民生活に反映又は浸透させるための方策を勧告したり(同法第5条)、あるいは政府から科学研究等に関する助成や補助金等の配分、研究所等の予算編成等、専門科学者の検討を要する重要施策などについて諮問を受けた場合にはそれに答申を出す(同法4条)権限が与えられています。
【日本学術会議法第4条】
政府は、左の事項について、日本学術会議に諮問することができる。
一 科学に関する研究、試験等の助成、その他科学の振興を図るために政府の支出する交付金、補助金等の予算及びその配分
二 政府所管の研究所、試験所及び委託研究費等に関する予算編成の方針
三 特に専門科学者の検討を要する重要施策
四 その他日本学術会議に諮問することを適当と認める事項
【日本学術会議法第5条】
日本学術会議は、左の事項について、政府に勧告することができる。
一 科学の振興及び技術の発達に関する方策
二 科学に関する研究成果の活用に関する方策
三 科学研究者の養成に関する方策
四 科学を行政に反映させる方策
五 科学を産業及び国民生活に浸透させる方策
六 その他日本学術会議の目的の遂行に適当な事項
簡単に要約すれば、科学の立場から学問的見地に立って専門的な意見を政府に伝えることで科学的知見を政治に反映させ、国民の生活を科学の観点から良くしていくために設立されたのが日本学術会議ということでしょう。
この点、こうした目的や役割を具現化させるためには、学術会議は政府から独立した立場が保障されていなければなりません。学術会議が政府(政治的見地)から独立した立場を維持できず、政府の支配力によって政府と一体化してしまえば、科学的見地から政府に対して科学(学問)に基づいて勧告又は答申することができなくなり、前述した学術会議法の趣旨や目的を具現化させることが出来ないからです。
そのため日本学術会議法は、第3条で「独立して」と規定して、政治権力(政府)からの高度な独立性を担保しているのです。
【日本学術会議法第3条】
日本学術会議は、独立して左の職務を行う。
一 科学に関する重要事項を審議し、その実現を図ること。
二 科学に関する研究の連絡を図り、その能率を向上させること。
こうした日本学術会議法の趣旨や目的から考えれば、「日本学術会議法は内閣総理大臣に学術会議の会員の任命拒否権を与えていない」という帰結はおのずと明らかになります。
仮に内閣総理大臣に日本学術会議の会員にかかる任命拒否権を与えてしまえば、内閣総理大臣が学術会議のメンバーを恣意的に選別することで政府(国家権力)に都合の良い意見しか述べない学者しか任命しなくなり、学術会議を構成する会員(学者)が政府の御用学者集団と化してしまうからです。
そうして学術会議が政府の御用学者ばかりになり政府と一体化してしまえば、もはや学術会議は政府に都合の良い勧告や答申しか出せなくなりますので、政府(政治的見地)から独立した立場から科学的見地に基づいて政府に勧告や答申を行い、科学を政治に反映させることで国民生活を発展向上させるという日本学術会議法の本来の趣旨や目的を達成することが出来なくなってしまいます。
そうなれば、日本学術会議法を制定した意味自体が失われてしまいますから、内閣総理大臣に学術会議の任命拒否権を与えるということそれ自体が日本学術会議法の趣旨や目的の具現化を不能にさせてしまうという自己矛盾に陥ってしまうわけです。
ですから、そもそも日本学術会議法という法律は、内閣総理大臣に学術会議の会員の任命拒否権を与えていないということが言えるわけです。
菅政権の「憲法第65条及び第72条」また「憲法第15条1項」を根拠にした違法性否定のロジックは成り立たない
なお、菅首相は前政権(安倍政権)が2018年(平成30年)に内閣府と内閣法制局が協議し「解釈を確認した」とする内部文書に記載された見解を持ち出して「憲法第65条及び第72条」や「憲法第15条1項」を根拠にこの任命問題の違法性を否定していますが、この見解は日本学術会議法や憲法の誤った解釈に基づきますので、その理屈で違法性を否定することはできません。
このことについては以下のページで詳しく解説していますのでそちらを参照願います。
菅首相が学術会議から推薦を受けた6名を任命しなかった理由を説明しなければならない理由
以上で説明したように、今回菅首相が学術会議から推薦を受けた6名を任命しなかった問題は、日本学術会議法の解釈から検討しても、日本国憲法の解釈から検討しても、どの方向から検討しても明らかに違法ですから、菅首相は即刻この措置を改めて、任命しなかった6名を速やかに任命することが求められているのが今の状況です。
ところで、そうは言っても、なぜ菅首相が学術会議から推薦を受けた6名を任命しなかった理由を説明しなければならないのか、という点に疑問を持つ人も多いようですので、それがなぜなのかという点を検討してみましょう。
(1)会員候補者に「病気その他やむを得ない事由」または「会員として不適当な行為」があるときに限って内閣総理大臣の任命拒否権を認める余地はある
この点、結論から言えば、それは日本学術会議法という法律が、会員候補者に「病気その他やむを得ない事由」または「会員として不適当な行為」があるときの2つのケースしか内閣総理大臣による任命拒否を認めていないからです。
先ほど説明したように、日本学術会議法は本来的に内閣総理大臣の任命拒否権を認めていませんが、日本学術会議法の趣旨や目的から内閣総理大臣の任命拒否権を認める余地が全くないわけではありません。
なぜなら、日本学術会議法の第25条と26条が、学術会議の会員に「病気その他やむを得ない事由」または「会員として不適当な行為」があるときに限って学術会議の同意又は申出を要件として内閣総理大臣が会員の辞職を承認しまたは退職させることを認めているので、「辞職」や「退職」と表裏一体の関係にある「任命」の時点においても、その2つのケースに限って内閣総理大臣の任命拒否権を認めることは、必ずしも日本学術会議法が予定していないとは言えないからです。
日本学術会議法の第25条は会員に「病気その他やむを得ない事由」があった場合において、その会員自身が自分の自由意思で学術会議の会員を辞めたいと申し出た場合には、日本学術会議の同意があることを要件として、内閣総理大臣がその会員の辞職を承認することを認めています。
【日本学術会議法第25条】
内閣総理大臣は、会員から病気その他やむを得ない事由による辞職の申出があつたときは、日本学術会議の同意を得て、その辞職を承認することができる。
つまり、会員の辞職のケースでは「病気その他やむを得ない事由」のケースに限って、学術会議の申出を要件として、内閣総理大臣がその会員を辞職させることを認めているわけです。
また、日本学術会議法の第26条は、学術会議の会員に「会員として不適当な行為」があった場合(※例えば犯罪行為で受けた有罪判決が確定した場合など、誰が見ても客観的に学術会議の会員として不適当と判断できる事情があった場合など)において、学術会議からその会員を退職させたいとの申出があることを要件として、内閣総理大臣がその会員を退職させることを認めています。
【日本学術会議法第26条】
内閣総理大臣は、会員に会員として不適当な行為があるときは、日本学術会議の申出に基づき、当該会員を退職させることができる。
つまり、会員の退職のケースでも「会員に会員として不適当な行為」があるケースに限って、学術会議からの申出を要件として、内閣総理大臣がその会員を退職させることを認めているわけです。
そうすると、日本学術会議法という法律は、学術会議の会員に「病気その他やむを得ない事由」または「会員として不適当な行為」があるケースに限って学術会議の同意又は申出を要件として内閣総理大臣が会員の辞職を承認しまたは退職させることを本来的に認めているということになりますが、そうであれば、「辞職」や「退職」と表裏一体の関係にある「任命」の場合において、その2つのケースに限って内閣総理大臣による罷免(任命しない措置)を認めても、必ずしも日本学術会議法という法律の趣旨や目的に反することにはなりません。
そのため、学術会議の会員の任命の際において、学術会議から推薦された会員候補者に「病気その他やむを得ない事由」または「会員として不適当な行為」がある場合には、内閣総理大臣がその会員の任命を認めないという解釈も、必ずしも否定されない余地があるといえるのです。
(2)菅首相が任命しない措置をとれるのは、その候補者に「病気その他やむを得ない事由」または「会員として不適当な行為」がある場合に限られる
このように、日本学術会議法という法律は本来的には内閣総理大臣の任命拒否権を認めていませんが、法第25条と26条の趣旨から考えると、学術会議から推薦された会員候補者に「病気その他やむを得ない事由」または「会員として不適当な行為」があるケースに限って内閣総理大臣が推薦された会員候補者を任命しないことができるとする解釈も論理的には成立する余地があると言えます。
しかし、仮に菅首相がその解釈をとるにしても、日本学術会議法という法律が会員任命の際に内閣総理大臣の任命拒否を認めているのは学術会議から推薦された会員候補者に「病気その他やむを得ない事由」または「会員として不適当な行為」があるケースに限られますので、菅首相が学術会議から推薦された会員候補者を任命しないことが許されるのも、その会員候補者に「病気その他やむを得ない事由」または「会員として不適当な行為」がある場合に限られなければなりません。
つまり、菅首相が学術会議から推薦を受けた会員候補者に「病気その他やむを得ない事由」または「会員として不適当な行為」があるという理由以外の理由で、その会員候補者の任命を拒否すれば、それは明らかに違法と言えるのであって、そうすることは法論理的にできないわけです。
(3)菅首相がその会員候補者に「病気その他やむを得ない事由」または「会員として不適当な行為」があることを説明しないと「それ以外の理由で任命しなかった」ことが推定されることになる
そうすると、菅首相が学術会議から推薦された会員候補者105名のうち6名を任命しない場合には、菅首相はその任命しない6名について、「病気その他やむを得ない事由がある」か、または「会員として不適当な行為がある」ことを説明しなければなりません。
先ほど説明したように、日本学術会議法は学術会議の会員候補者に「病気その他やむを得ない事由」または「会員として不適当な行為」がある場合以外の理由で内閣総理大臣が任命しない取り扱いをそもそも予定していないので、そのどちらかの事由があることの説明がなされなければ、内閣総理大臣の任命拒否を認めることが法的に出来ないからです。
そのため、菅首相は任命をしなかった6名の学者について「なぜ任命しなかったか」を説明しなければならないのです。
菅首相がその理由を説明しなければ、菅首相がその6名について「病気その他やむを得ない事由」または「会員として不適当な行為」があったこと以外の理由で任命しなかったことが推定されてしまいますので、菅首相が説明しないことが、菅首相の違法性を強力に推定させてしまうことになるわけです。
菅首相が推薦された6名の学者を任命しなかった理由が「病気その他やむを得ない事由」または「会員として不適当な行為」のいずれかの事情があったのであれば、それを正直に説明すれば菅首相の違法性はなくなるので、「説明できないことがある」と述べて説明しない菅首相は、その2つの事由以外の理由で任命しなかったということが推定されることになり、違法性の推定を受けたままの状態にあるのが現在の菅首相ということになります。
このような事情があるので、菅首相に対して「任命しなかった理由を説明せよ」「説明責任を果たせ」などと厳しい指摘がなされているわけです。