憲法9条の戦争放棄を吉田茂首相はどう帝国議会に説明したのか

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一部の政治家や知識人、またそれらに無批判的に迎合するタレント等の間では憲法9条の改正に関する議論が積極的になされているようです。

【日本国憲法9条】

第1項 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

第2項 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

彼らが憲法9条の改正が必要と考える根拠はいくつかあるようですが、その中でも頻繁に繰り返しアナウンスされているのが「9条は占領軍に押しつけられたものだから…」という主張です。

現行憲法である日本国憲法は、先の戦争が終結してから2年足らずの間で制定され施行されていますが、その期間の日本は連合国に軍事的に占領された状態にありましたので、その占領軍が影響力を行使していた状況下で制定されたものだから破棄して新しく作り変えるべきだ、という理屈なのでしょう。

しかし、これは現行憲法の制定過程の事実を調べてみる限り明らかに事実誤認であり間違いだということがわかります。

その理由はいくらでも挙げることができますが(※詳細は→「押し付け憲法論」を明らかに嘘だと批判し反論できる15の理由)、その中でも比較的分かりやすい理由の一つに、吉田茂首相自身が制定当時の帝国議会で9条における戦争放棄を積極的に肯定する説明を行っている点が挙げられます。

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帝国議会行われた憲法9条の戦争放棄に関する議論

現行憲法である日本国憲法はGHQ(連合国軍総司令部)が作成した憲法草案をたたき台にして作成されたものであることは一般に広く知られているかと思いますが、そのGHQが作成した草案がそっくりそのままの形で現行憲法として制定されたわけではありません。

憲法の制定過程については『日本国憲法が制定されるまでの過程とその概要』のページで詳しく解説していますが、そのGHQ草案の提示を受けた松本委員会(※幣原首相が政府内に設置した憲法問題調査会のこと)がGHQと議論と折衝の末に憲法改正草案を作成し、その政府が作成した憲法草案が帝国議会の衆議院と貴族院で約半年間にわたって議論されたうえで圧倒的多数で可決されたものが現在の日本国憲法の条文として規定されているからです。

ちなみに帝国議会の衆議院では「賛成421、反対8」の圧倒的多数で可決されています。→日本国憲法が制定されるまでの過程とその概要

この帝国議会で具体的にどのような議論がなされているかという点は、衆議院の憲法審査会のサイト(日本国憲法制定時の会議録(衆議院)|衆議院憲法審査会)で公開されている当時の議事録に記述されていますので時間がある方は全てチェックされてみてもよいと思いますが、その議事録の中でも重要になるのが、当時の吉田首相が憲法9条の規定に関して具体的にどのような説明を行っていたかという部分です。

民主主義における議会は、国家権力である政府がその考える国家方針を国民の代表者である議員に「説明する場」となりますから、国家権力の代表者たる総理大臣が帝国議会で具体的にどのような説明をしたのかという事実は、その議会で可決された議決の正当性を考えるうえで重要な資料となります。

これは当然、明治憲法(大日本帝国憲法)から現行憲法への改正の議論についても同じことが言えますから、現行憲法の制定について議論が交わされた帝国議会で当時の吉田茂首相が具体的にどのような説明をしたのかという事実を知っておくことは非常に重要なのです。

帝国議会で吉田茂首相は憲法9条を具体的にどのように説明したのか

では、当時の吉田茂首相は帝国議会で憲法9条の戦争放棄について具体的にどのような説明を行ったのでしょうか?

現行憲法の憲法草案を取りまとめたのは、吉田茂を首相に据える当時の政府(第一次吉田内閣※その吉田内閣も幣原内閣から憲法草案を引き継いでいますが)となりますから、仮に憲法改正を必死になって推し進めている政治家や(自称)知識人らの言うように「憲法9条は占領軍に押し付けられたものだ!」というのが事実であれば当時の吉田首相も憲法9条の戦争放棄に否定的な意見を述べているはずです。

しかし、当時の議事録を確認する限り、吉田首相が憲法9条の戦争放棄について否定的に説明した記録は見当たりません。むしろ吉田首相は憲法9条の戦争放棄について積極的に肯定する説明を行っています。

具体的に吉田首相がどんな説明をしているかは、当時の議事録を読んでみれば分かります。

当時の議事録は先ほど説明したように衆議院の憲法審査会のサイトで公開されていますが、吉田首相の答弁部分を探すのも骨が折れると思いますので以下に引用しておきましょう。

【昭和21年6月26日衆議院本会議における吉田茂首相の答弁より引用】

「次に自衛権に付ての御尋ねであります、戦争抛棄に関する本案の規定は、直接には自衛権を否定はして居りませぬが、第九条第二項に於て一切の軍備と国の交戦権を認めない結果、自衛権の発動としての戦争も、又交戦権も抛棄したものであります、従来近年の戦争は多く自衛権の名に於て戦われたのであります、満洲事変然り、大東亜戦争亦然りであります、今日我が国に対する疑惑は、日本は好戦国である、何時再軍備をなして復讐戦をして世界の平和を脅かさないとも分らないと云うことが、日本に対する大なる疑惑であり、又誤解であります、先ず此の誤解を正すことが今日我々としてなすべき第一のことであると思うのであります、又此の疑惑は誤解であるとは申しながら、全然根底のない疑惑とも言われない節が、既往の歴史を考えて見ますると、多々あるのであります、故に我が国に於ては如何なる名義を以てしても交戦権は先ず第一自ら進んで抛棄する、抛棄することに依って全世界の平和の確立の基礎を成す、全世界の平和愛好国の先頭に立って、世界の平和確立に貢献する決意を先ず此の憲法に於て表明したいと思うのであります(拍手)」

(※出典:衆議院本会議 昭和21年6月26日(第6号)|衆議院憲法審査会(http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_kenpou.nsf/html/kenpou/s210626-h06.htm)を基に作成)※読みやすくするため「カタカナ文語体」を「ひらがな表記」に変更しています。)


※上記の引用部分は上記のURLで衆議院のサイトにアクセスし、該当ページで「Ctrl」+「f」を押して「次ニ自衛権ニ付テノ」をコピペして検索を掛ければ簡単に検出することができます。

上記の吉田首相の答弁を見ても分かると思いますが、吉田首相はまず憲法9条の規定について

「本案の規定は、直接には自衛権を否定はして居りませぬが、第九条第二項に於て一切の軍備と国の交戦権を認めない結果、自衛権の発動としての戦争も、又交戦権も抛棄した」

と説明していますので、当時の政府は、憲法9条の規定は直接「自衛権」を放棄したものではないけれども9条2項で「一切の軍備」と国の「交戦権」が認められていないので、「自衛」のための戦争(つまり侵略戦争だけでなく自衛戦争)も、自衛のために他国と「交戦」することも「放棄した」ものであると考えていたこと、またそのように国民の代表者である議員に説明していることがわかります。

つまり、当時の政府(吉田首相)は「憲法9条は侵略戦争だけでなく自衛戦争も含めた全ての戦争行為を否定しているもの」という解釈の上でその草案を帝国議会に提出していたわけです。

そして、その理由については

「従来近年の戦争は多く自衛権の名に於て戦われた」

事実があり、当時の日本は世界各国から

「日本は好戦国である、何時再軍備をなして復讐戦をして世界の平和を脅かさないとも分らない」

という疑惑を向けられていることから、その疑惑を解消するために

「如何なる名義を以てしても交戦権は先ず第一自ら進んで抛棄する」

ことを決意した、と説明していますから、当時の日本が世界から「自衛戦争」の名の下に「侵略戦争」を繰り返す危険な国家であるとの疑惑を持たれても致し方ない事実が過去にあることを認めたうえで、その疑惑を晴らすためには「侵略戦争」だけを放棄するのでは足りず、「自衛戦争」をも放棄する憲法9条の規定が不可欠であると考えていたことがわかります。

つまり、当時の政府(吉田内閣)は、そういう戦争を好む危険な国家であるという疑惑を晴らすためにあえて現行憲法の9条に「自衛戦争」をも放棄する戦争放棄条項を規定したことがこの議事録の記述から明らかになるわけです。

吉田首相の答弁を読めば当時の政府が憲法9条を積極的に肯定していたことは明らか

以上の事実を考えると、吉田首相が現行憲法の制定が議論された帝国議会の場で、当時の政府自らがその憲法9条の戦争放棄の必要性を国民の代表者である議員に説明したうえで理解を求めたことがわかります。

当時の政府は、日本という国家に向けられていた好戦国であるとの疑惑を払しょくするために必要不可欠だったと考えていたからこそ、憲法9条に自衛戦争も含めた全ての戦争を放棄する戦争放棄条項を草案として規定して帝国議会に提出したわけです。

また、先ほど挙げた吉田首相の答弁では

「抛棄することに依って全世界の平和の確立の基礎を成す、全世界の平和愛好国の先頭に立って、世界の平和確立に貢献する決意を先ず此の憲法に於て表明したい」

という文章で結んでいますから、当時の政府(吉田首相)は侵略戦争だけでなく自衛戦争も自ら進んで放棄することが世界平和の樹立に最も近道であり、その先頭に日本が立って世界を先導することを国民に呼びかけていたことがわかります。

このような吉田首相の答弁の事実を踏まえれば、当時の政府(第一次吉田内閣)が憲法9条の戦争放棄を肯定していたのはあきらかといえます。

その吉田首相の説明を基礎にして帝国議会で可決された憲法9条が占領軍の「押し付け」でないのも明らか

以上の吉田首相の答弁は帝国議会で行われていますから、上記の答弁で行われた説明は国民の代表者である議員に対する説明であって国民に対する説明とも言えます。

そして、その吉田首相の答弁(説明)を基に帝国議会で審議が行われ衆議院と貴族院の両議院で圧倒的多数で可決されていますから、現行憲法の9条の戦争放棄については吉田首相の答弁に基づいた説明を国民(国民の代表者である議員)が十分に審議したうえで日本国の自由な意思として制定したものであることは明らかです。

それを「アメリカ(占領軍)に押し付けられた!」という理屈で否定するというのであれば、それはもう民主主義の否定以外の何物でもありません。

だからこそ、憲法改正に積極的な政治家や一部の(自称)知識人、タレントらが言う「憲法9条の戦争放棄は占領軍に押し付けられたものだ!」との主張は明らかに「嘘」と言えるのです。