日本「憲法9条と憲法改正」昔ばなし

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~序幕~

むかしむかし、あるところに小さな村がありました。

「大日本帝国」という名前の小さな村です。

その村は、決して豊かな村ではありませんでしたが、「船」の技術に秀でていることで有名でした。

「軍事力」という名の大きな船を作っては、その巧みな操船技術で海を駆け巡り、周りの村の人々を驚かせていたのです。

そんなある日、その村に大きな災いが訪れました。

遠い場所に住んでいたはずの「鬼」たちが、村を襲いに来たのです。

「戦争」や「国際紛争」、ときには「専制」「隷従」「圧迫」「偏狭」「恐怖」「欠乏」などと呼ばれるその鬼たちは、その村に襲い掛かり、村人たちの持ち物を奪い取ったり、それはそれはひどい仕打ちを行いました。

鬼の仕打ちに耐えかねた村人たちは、村長さんと話し合いをして鬼退治に出かけることを決めました。

ただ、一つだけ問題がありました。

遠いところに住んでいる鬼のところまで、どうやってたどり着くかという問題です。

鬼の住んでいるところまでたどり着くためには、「船」を作って海を渡る海路を進むか、それとも「歩いて」山や谷を越える陸路を進むか、どちらか一方に決めなければなりません。

結局、その村の村人たちは「船」を作って海を渡る、海路を進む方法を選びました。

大日本帝国という名のその村の村人は「軍事力」という名の「船」を作ったり操ったりするのが得意でしたので、長い道のりを「歩いて」行くよりも、「船」を使って海を越える方が、より早くより確実に「鬼」の住む場所までたどり着いて鬼退治ができると考えたからでした。

それから毎晩、村人たちは手分けして夜なべをし、ようやく鬼退治に向かうための2つの船を作りあげました。

「帝国陸軍」と「帝国海軍」という名の二隻の船です。

その「船」は、周りの村々の間でも一二を争うほど大きな船で「これだけ大きな船を作れば絶対に沈まない」と村人たちが自慢できるほど頑丈なすばらしい船でした。

「これさえあれば絶対に鬼を退治できるぞ」と確信した村人たちは、威勢よくその船に乗り込んで鬼退治に出発しました。

けれども結局、村人たちは鬼を退治することはできませんでした。

帝国陸軍と帝国海軍という名のその二隻の大きな船は、大海原の途中で「太平洋戦争」、ときには「大東亜戦争」や「第二次世界大戦」とも呼ばれる大嵐が起こした「玉砕」や「特攻」、「空襲」や「原爆」などと呼ばれる大波にのまれてしまい、「鬼」の住む場所にたどり着く前に、どちらも海に沈められてしまったからです。

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~ 再建 ~

「船」の沈没によって多くの村人が命を落としましたが、それでも命からがら村に戻って来た村人たちは、荒れ果てた村の再建を始めました。

そうしてできたのが、「日本」という名の新しい村です。

「日本」として新しく生まれ変わったその村の、かつて「大日本帝国」と呼ばれた村の村人たちは、ふたたび鬼退治の準備を始めました。

いくら村が新しく生まれ変わっても、「戦争」や「国際紛争」、ときには「専制」「隷従」「圧迫」「偏狭」「恐怖」「欠乏」などと呼ばれるあの恐ろしい鬼たちが、再び襲いに来ることは間違いなかったからです。

ただ、問題が一つだけありました。

そうです。鬼の住んでいるところまでたどり着くために、「船」を作って海を渡る海路を進むか、それとも「歩いて」山や谷を越える陸路を進むか、という問題です。

村人たちは悩みました。

前の鬼退治では「船」を使って失敗しましたが、かといって「歩いて」山や谷を越える陸路を進むのも相当な困難が予想されたからです。

歩いて山や谷を超える場合には、「憲法9条」と呼ばれる「国際協調主義と平和主義」で作られた道を通らなければなりません。

しかし、その途中には「平和構想の提示」や「国際的な紛争解決の提言」などと呼ばれる高い「山」であったり、「外交」や「国際援助」などと呼ばれる深い「谷」がいくつもあって、たやすく通れるわけではありませんでした。

しかもその道は、周辺の村々でも未だかつて誰もたどり着いたことがないといわれる難路でしたから、「歩いて山や谷を超えるなんて本当にできるのか?」という疑問もあったのです。

でも結局、村人たちは「歩いて」山や谷を超える陸路を進む方法を選びました。

いったん大嵐に遭ってしまえば、どんなに大きく頑丈な「船」を作っても必ず沈んでしまうということを、前の鬼退治の時の経験で知っていたからです。

もちろん「歩いて」山や谷を超える「国際協調主義と平和主義」で作られた「憲法9条」という道は、これまで誰も通ったことのない道でしたから、その道を歩くのは容易ではありません。

しかし、「軍事力」という名の「船」で海に漕ぎ出して「戦争」という名の大嵐で転覆し「玉砕」や「特攻」、「空襲」や「原爆」などといった大波で大切な人を亡くしてしまうのは、ほとんどの村人がもうこりごりでしたから、今度は「船」に頼らず「歩いて」行く道を選んだのです。

~ 旅立 ~

そうして村人は、再び鬼退治に出発しました。

もちろん、今度は「船」は使わず、「歩いて」山や谷を超える道を進んで行きます。

村長を先頭に、村人たちの一行が「憲法9条」と名の付く道を歩いていると、とある港町に到着しました。

「朝鮮戦争」という名の港町です。

すると、そこに停泊していた一隻の大きな船の船長さんが近づいて来ました。「アメリカ」という名の船の船長さんです。

アメリカの船長さんはこう言いました。

このまま歩いて行くのも良いけれど、次の港町までカヌーで行ってみたらどうだい?

次の港町までは海岸線を歩きますので、確かに「歩いて」行くよりも、カヌーを使う方が格段に楽なようです。

そこで、村人たちは話し合いました。

「カヌーで行く?」それとも「やっぱり歩いて行く?」と…。

このとき、多くの村人は

『船は使わない』って決めたんだから『カヌー』を使うのはおかしいんじゃない?
『船』は使わずに『歩いて』行くって決めたんだから、陸路を歩いて行こうよ。

と提案しました。

しかし、村長さんは

いや、『カヌー』は『船』じゃないから『船は使わない』っていう決まりには違反しないでしょう。
『カヌー』で行けないところは『歩いて』行くんだから『歩いて行く』って決めたことに違反することにはならないと思いますよ。

と聞く耳を持ってくれません。

結局、村人たちは村長さんの意見に従って、カヌーを作ることにしました。

「警察予備隊」という名のカヌーです。

カヌーが完成すると、村人たちはその「警察予備隊」という名のカヌーに乗り込んで次の港街を目指して漕ぎ出しました。

~ 船出 ~

村人たちの一行がカヌーで進むと、しばらくして次の港町に到着しました。

「高度経済成長」という名の港町です。

すると、そこに停泊していた一隻の大きな船の船長さんが近づいて来ました。

よく見ると、どうやら前の港町で出会った「アメリカ」という名の船の船長さんのようです。

アメリカの船長さんは今度はこう言いました。

そんな小さなカヌーより、ボートを使ってみたらどうだい?

確かに小さな「カヌー」よりも、みんなで一緒に乗れる「ボート」の方が安全ですし、早く先に進むことができますから、「ボート」に乗り換えた方が格段に楽なようです。

そこで、村人たちは相談しました。

「ボートで行く?」それとも「やっぱりカヌーと歩きで行く?」と…。

このとき、多くの村人は

『船は使わない』って決めたんだから『ボート』を使うのはおかしいんじゃない?
『カヌーは船じゃない』っていうのは理解できるけど、さすがに『ボート』は『船』でしょ?…だから、やっぱり『カヌー』と『歩き』だけで進もうよ。

と提案しました。

しかし、村長さんは

いいかい?…そもそも『船』っていうのはね、『戦力(軍事力)』のことを言うんだよ。
でもね、『ボート』は『戦力(軍事力)』じゃなくて『必要最小限度の実力』にすぎないんだ。
だったら『ボート』は『船』じゃないでしょ?
だから『ボート』を使うことは『船は使わない』っていう村の決まりには違反しないことになるんだよ。
もちろん『ボート』で行けないところは『歩いて』行くんだから『歩いて行く』って決めたことにも違反することにはならないんだよね。

と言って聞く耳を持ってくれません。

結局、村人たちは村長さんの意見に従って、ボートを作ることにしました。

「自衛隊」という名のボートです。

ボートが完成すると、村人たちはその「自衛隊」という名のボートに乗り込み、勢いよく海へと漕ぎ出して行きました。

~ 航海 ~

「高度経済成長」の港を出港した村人たちの「ボート」は途中、「中東戦争」「冷戦」「キューバ危機」「ベトナム戦争」などと呼ばれる多くの嵐に遭いましたが、どうにかその大波をかいくぐり、何とか先に進み続けました。

ただ、大きな嵐に出遭うたびに、村長さんの指示でボートの改修が重ねられていきました。

特に「神武景気」「岩戸景気」「いざなぎ景気」などと呼ばれる港町では、村長さんの指示で「ボート」の大幅な拡張作業が進められていったのです。

そうしているうちに、「バブル経済」という港町に立ち寄った頃には、村人たちの「ボート」は周りに停泊する「船」に引けを取らないほど大きなものになってしまいました。

さすがに”世界一”と言われる「アメリカ」という名の船には及びませんが、「イギリス」や「フランス」という名前の船などよりも大きく見えます。

「中国」という名の大きな船と比べればそれなりに小さく見えますが、それでも内装や舵などの装備は引けを取りません。

村人たちは

さすがにこれは『ボート』じゃなくて『船』なんじゃないの?

という疑問を持ちましたが、村長さんから

『ボート』は『必要最小限度の実力』にすぎなくて『戦力』じゃないって前にも言ったじゃん。
他の『船』と比べれば『船』に見えるかもしれないけど、これは『ボート』なんだから『船』じゃないんだよ。
『ボート』で行けないところは『歩いて』行くんだからそんなに心配しなくても大丈夫だよ。
それに、この辺りの海は荒れてるから中途半端な『ボート』で漕ぎ出すのは危険なんだ。今のうちにしっかり大きくしておかないと後で後悔することになっちゃうからね。

と言われると、不思議なことになんだかそんな気がして来るので、とりあえずそのままにして鬼退治への旅を続けました。

~ 分裂 ~

「バブル経済」という港町を出港した村人たちの「ボート」は、「平成不況」という名の港町に立ち寄った後、「イラク戦争」や「イスラム国」などと呼ばれる嵐を何とか乗り越えながら、先に進みました。

そしてある時、村人たちは自分たちのボートが沖へ沖へと進み過ぎてしまっていたことに気付きます。

「憲法9条」という名の「国際協調主義と平和主義」で作られた道を「歩いて」鬼の住む場所を目指すはずだったのが、気付けば陸地が水平線の遥かかなたに見えなくなってしまうほど、村人たちが乗った「ボート」は沖合まで漕ぎ進められていたのです。

すると、「現在」と呼ばれる海域に差し掛かったところで、村長さんがこう言い出しました。

歩いて鬼退治に向かうことに決めてたけど、やっぱり鬼退治に向かうには『船』が必要だから、このままこの『ボート』で鬼の住む場所に向かうことにしようよ。
なんなら、次の港で『ボート』を『船』にしちゃってもいいしさ…ね?どうかな?いいアイデアだと思わない?

と…。

これに村人の一人が

でも村長、村の会議で『歩いて鬼の住む場所を目指す』って決めたでしょう?…もう『船』は使わないって決めたんだから、岸まで戻って『歩いて』旅を続けましょうよ…。
どんな大きくて頑丈な『船』を作っても、大きな嵐が来れば転覆してしまうことは前の鬼退治のときに分かったじゃないですか…だからこそ今度は『歩いて』行くって村のみんなで決めたんでしょう?

と抗議しました。

しかし村長さんは

でもさ、ほら…あそこに大きな雲みえるでしょ?…あれってさ、海が荒れる前兆なんだよね…もうそろそろ『北朝鮮』とか『中国』とかいう大嵐が来るはずだから、今さら岸になんて戻ってられないよ。
それに…そんなに『船』が嫌だって言うんだったらこの『ボート』は捨ててもいいけど、今ここで『ボート』を捨てたら溺れ死んじゃうよ…それでもいいの?
だいたいさ、君は『船はいらない』なんて言ってるけど、そもそもそんなことできるわけないじゃん。『船』があるから今まで嵐や大波を避けてこれたの分かんねーの?
『船』なしで大嵐から村人を守るなんてできっこないんだから、『船』は必要なんだよ。俺だって村人を守る責任があるんだから、そこんとこ理解してよ。

と、まったく聞く耳を持ってくれません。

村人は

いや、そもそも村長さんが『船』を『ボート』って言いくるめてここまで漕ぎ進めて来たから海で嵐や大波に遭う羽目になったんじゃないですか…。
最初から『国際協調主義と平和主義』で作られてる『憲法9条』の道を『歩いて』れば、こんなことにはならなかったんじゃないですか?
寄り道なんてしないで『憲法9条』の道をまっすぐ『歩いて』れば、たとえ大嵐が来たとしても、少なくとも大波にのまれる心配なんてしなくても済んだんじゃないですかね…?
それに、何もここでこの『ボート』を捨てて泳いで帰ろうって話をしてるんじゃないんですよ…。こんな沖まで来てそんなことをしたらみんな溺れて死んでしまいますからね…。私は、今からでも遅くないからとりあえず岸まで引き返して『歩いて』山や谷を越える道を探しましょうよって話をしてるんですよ。

と詰め寄りますが

その話を聞いていた別の村人が

ここまで来て今さら岸になんて戻れるわけねーだろ?…あの後ろの雲が見えねーの?ありゃ嵐の前兆だぜ?…もう今さら戻れっこないの分かんだろ…。
それにさ…お前さっきから『歩いて山や谷を越える』って言ってるけどよ、そもそもあの『憲法9条』とかいう『平和主義』で作られた道なんて今まで誰も最後まで歩いたことねえって言うじゃねえか…そんな道を『歩いて』行くなんてそもそも最初から無理なんだよ…。
だいたいさ、この前だって『ボート』に詰んであった『尖閣諸島』って木箱が『中国』っていう大波にもまれて落っこちそうになってたじゃん…あの木箱が落ちなかったのは村長さんが港でしっかり『ボート』を大きくしてくれてたからなんじゃねーの?…だからやっぱ『ボート』とか『船』は必要なんだよ。
そもそもさ…『船』とか『ボート』持たないでどうやって鬼のところに行くんだよ。…他の村だって鬼退治のときは『船』を使うのが常識だぜ?…俺たちだけ『歩いて』行くなんて馬鹿げてるよ。そんな理想論ばかり言ってるからうちの村は舐められて『鬼』に襲われたりするんじゃん…。

と言い出したりしたので、二人の間で大げんかが始まってしまいました。

結局、その二人の喧嘩は他の村人たちにも伝染し、村長さんの「歩くのは止めて船で行こう」という主張に賛同する村人たちと、「岸に引き返して歩いて行こう」と主張する村人たちの間で、「戻る!」「戻らない!」「岸に引き返せ!」「船が嫌なら泳いで帰れ!」と罵りあう大激論になってしまいました。

~ 海峡 ~

そうしている間にも村人たちの乗っている「ボート」は「現在」の海域を更に進み、気付けば「海峡」が望めるところまで来てしまいました。

遠くに見えるのは「憲法改正」という名の海峡です。

あの海峡を越えると、「鬼」を退治しない限り、もう引き返すことはできません。

海峡の先は、村人の中にもまだ誰も見た者がいない未知の世界です。

村長さんや一部の村人たちは

後ろから大嵐が近づいているから早く先に進もう。

と言いますが、他の村人たちは

後ろに雲が近づいているのは見えますけど、大嵐が来るようには思えませんけどね。

と言っていますし

仮に嵐が来るとしても、今ならまだ岸まで引き返して大波を避けることができるはずですよ。

とも言っています。

村長さんや一部の村人たちは

あの海峡の先には青空が広がっているように見えるよ。

と言いますが、他の村人たちは

あの海峡の先には大嵐が待ち受けているようにしか見えませんけどね。

と言っています。

村人たちが乗った「ボート」はどんどん海峡に近づいています。

 

村人たちが乗っている「ボート」に積んであったはずの「北方領土」や「竹島」や「拉致被害者」といった名前の木箱は、村長さんが気づかないうちにいつの間にか無くなっていたようです。