自民党が公開している憲法改正草案の問題点を一条ずつチェックするこのシリーズ。
今回は、「領土等の保全等」について新設された自民党憲法改正案の「第9条の3」の問題点を考えていくことにいたしましょう。
なお、このページは自民党憲法改正案の第9条と第9条の2で説明した内容を前提として作成していますので、『自民党憲法改正案の問題点:第9条|自衛の為なら戦争できる国に』と『自民党憲法改正案の問題点:第9条の2|歯止めのない国防軍』のページも合わせてお読みいただく方が趣旨が伝わると思います。
国防のために「国民に協力させること」ができるようにした自民党憲法改正案第9条の3
自民党憲法改正案の「第9条の3」は「領土等の保全等」に関する条文が新設されています。まずはその条文を見てみましょう。
【自民党憲法改正案9条の3】
国は、主権と独立を守るため、国民と協力して、領土、領海及び領空を保全し、その資源を確保しなければならない。
※出典:自由民主党日本国憲法改正草案(平成24年4月27日決定)|自由民主党 を基に作成
主語の部分は「国は」となっていますから、この条文は国(政府)に領土や領海、領空や資源の保全確保を義務付ける条文です。
もっとも、この条文の核心部分は「国民と協力して」とあえて規定されている部分です。「国民と協力して」という文言を入れたことで、国が領土や領空等を保全する際、国民に対して「協力を求める」ことができる構造にされているからです。
この「国民と協力して」という文言を入れたことで、国(政府)が領土や領空等を保全する必要があると判断した場合に法律をもって国民に「協力すること」を強制したとしても、それは憲法上の要請として合憲性が担保できるので、国民はそれを拒否できなくなってしまいます。
具体的に説明しましょう。たとえば尖閣諸島問題を考えてください。
尖閣諸島は中国や台湾もその領有権を主張していて交船を航行させていますが、日本からすれば領土の保全が危ぶまれているということになりますので、自民党憲法改正案第9条の3が国民投票を通過すれば、国(日本政府)は「国民と協力して」尖閣諸島の領土・領海と周辺海域の資源を確保しなければなりません。
これは憲法上の要請となりますから、「国民と協力して」尖閣諸島にかかる領土・領海・資源等を保全しないことが憲法違反となってしまうので、国(政府)には「国民と協力して」その保全を確保することが義務付けられるわけです。
そうなると、仮に国民が国と「協力しない」ことになれば、国(政府)が憲法違反となってしまいますから、国民の側にも必然的に「国と協力すること」が義務付けられなければならなくなってしまいます。
つまり、自民党憲法改正案第9条の3は「国民と協力して」と規定されていますが、これは「国民は国と協力して」と同義なわけです。
ちなみに、自民党憲法改正案の「前文」には「日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り」と記されていますから、その前文の趣旨から考えても自民党憲法改正案第9条の3が国民に対して国防のために「国と協力」する義務を課しているのは明らかと言えます。
【自民党憲法改正案:前文】
(中略)日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り、基本的人権を尊重するとともに、和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する。(以下省略)
※出典:自由民主党日本国憲法改正草案(平成24年4月27日決定)|自由民主党 を基に作成
このように、自民党憲法改正案9条の3の規定が国民投票を通過すれば、国民にも「国と協力して」領土や領海や領空や資源を確保し保全することが義務付けられることになり、国(政府)は領土領海や資源を確保するために「国民に協力させること」ができることになりますので、その点をまず理解する必要があります。
自民党憲法改正案9条の3の下では「国家総動員法」も合憲となる
このように、自民党憲法改正案9条の3は国土や領海、資源を保全し確保することを国に義務付ける規定ですが、実質的には国民に対して「国と協力すること」を義務付けるための条文となっています。
この点、この自民党憲法改正案9条の3の規定が国民投票を通過した場合、先の戦争中に制定された国家総動員法も合憲になります。
国家総動員法は、国防のために戦争に必要な人的・物的資源を国が統制するため昭和13年に制定された法律ですが、自民党憲法改正案9条の3の規定で国防のために国民に「国と協力すること」を義務付けることができるようになれば、その国防のためという範囲で国民の基本的人権を制限しても、憲法上の要請として認められることになるからです。
国家総動員法は、燃料や工業資源、生活物資の統制(配給制限)を可能としただけでなく、労働者を徴用して国のために工場等で働かせることができるようにしたり、新聞や雑誌等の掲載内容の規制や禁止(いわゆる検閲)も規定していました。
本法二於テ国家総動員トハ戦時(戦争ニ準ズベキ事変ノ場合ヲ含ム以下之ニ同ジ)ニ際シ国防目的達成ノ全力ヲ最モ有効ニ発揮セシムル様人的及物的資源ヲ統制運用スルヲ謂フ
【国家総動員法第2条】
本法二於テ総動員物資トハ左ニ揚グルモノヲ謂フ
1号 兵器、艦船、弾薬其ノ他ノ軍用物資
2号 国家総動員上必要ナル被服、食糧、飲料及飼料
3号 国家総動員上必要ナル医薬品、医療機械器具其ノ他ノ衛生用物資及家畜衛生用物資
(以下省略)
【国家総動員法第4条】
政府ハ戦時ニ際シ国家総動員上必要アルトキハ勅令ノ定ムル所ニ依リ帝国臣民ヲ徴用シテ総動員業務ニ従事セシムルコトヲ得但シ兵役法ノ適用ヲ妨ゲズ
【国家総動員法第8条】
政府ハ戦時ニ際シ国家総動員上必要アルトキハ勅令ノ定ムル所ニ依リ総動員物資ノ生産、修理、配給、譲渡其ノ他ノ処分、試用、消費、所持及移動ニ関シ必要ナル命令ヲ為スコトヲ得
【国家総動員法第10条】
政府ハ戦時ニ際シ国家総動員上必要アルトキハ勅令ノ定ムル所ニ依リ総動員物資ヲ使用若ハ収容スルコトヲ得
【国家総動員法第20条】
政府ハ戦時ニ際シ国家総動員上必要アルトキハ勅令ノ定ムル所ニ依リ新聞紙其ノ他ノ出版物ノ掲載ニ付制限又ハ禁止ヲ為スコトヲ得
政府ハ前項ノ制限又ハ禁止ニ違反シタル新聞紙其ノ他ノ出版物ニシテ国家総動員上支障アルモノノ発売及頒布ヲ禁止シ之ヲ差押フルコトヲ得此ノ場合ニ於テハ併セテ其ノ原版ヲ差押フルコトヲ得
もちろん、燃料や工業・生活資源の統制は生存権(日本国憲法第25条)や財産権(同第29条)に、労働者の徴用は意に反する苦役の禁止(同18条)や職業選択の自由(同22条)に、報道規制は表現の自由や検閲の禁止(同21条)に抵触しますから、このような法律は現行憲法では明らかに違憲です。
現行憲法上は国家総動員法のような法律は明らかに憲法に違反することになるので、国は国家総動員法のような法律を作ることはできないでしょう。
しかし、自民党憲法改正案9条の3の規定が国民投票を通過すれば、国に「国民と協力して」国土や資源を保全確保することが義務付けられる一方、国民にもその防衛と資源の保全確保に「協力」することが義務付けられることになるので、国家総動員法のような法律も合憲となってしまいます。
憲法で国民に「国防の為に国に協力すること」が義務付けられるなら、法律で国民の生存権や財産権、苦役からの自由や職業選択の自由、表現の自由などの基本的人権を制限しても、国防の為の協力が憲法上の要請となっているので人権制約の違憲性が排除されることになるからです。
仮に国家総動員法のような法律が制定されれば、民間事業者に尖閣諸島の灯台の建設を命じたり、漁業従事者を尖閣諸島に強制的に移住させて漁業に従事させたりすることもできるようになりますし、本土や沖縄などで国防軍の基地を新たに建設する必要が生じた場合なども、一般市民の土地を徴用して(もちろん対価は払うでしょうが)自宅から退去させたりすることもできるようになります。
政府が国防のために原発が必要だと決定すれば、その建設予定地に家や土地を持つ人は当人の意思に関係なく強制的に退去させられ、国民がどのように反対しようと原発の建設を止めることはできなくなりますし、仮にその原発で事故が起きた場合には、被爆の恐れがあろうとなかろうと国民を強制的にその後始末に駆り出すこともできるようになるでしょう。
もちろん、国防のためであれば報道や表現行為についても国民は国に「協力」しなければなりませんから、国(政府)に都合の悪い報道や表現行為は「国土の防衛や資源の保全確保に支障が出る」との理由でいくらでも制限を受けることになるのは間違いありません。
ちなみに「いまどき国家総動員法なんか作るわけないだろ!」などと思う人もいるかもしれませんが、自民党が作成し公開している憲法改正案のQ&Aは下に引用するように離島における港・灯台等の整備や生産活動等に関する「民間の行動」が「我が国の安全保障に大きく寄与することになる」と述べていますので、民間の行動を国防に寄与させるために制定された国家総動員法に類似する法律が制定される可能性は十分にあると思われます。
領土等を守ることは、単に地理的な国土を保全することだけでなく、我が国の主権と独立を守ること、さらには国民一人一人の生命と財産を守ることにもつながるものなのです。
もちろん、この規定は、軍事的な行動を規定しているのではありません。国が、国境離島において、避難港や灯台などの公共施設を整備することも領土・領海等の保全に関わるものですし、海上で資源探査を行うことも、考えられます。
加えて、「国民との協力」に関して言えば、国境離島において、生産活動を行う民間の行動も、我が国の安全保障に大きく寄与することになります。
※出典:日本国憲法改正草案Q&A|自民党 12頁を基に作成
このように、仮に自民党憲法改正案9条の3の規定が国民投票を通過し、国家総動員法のような法律が制定されるようなことになれば、国民の財産権や職業選択の自由は制限され、報道や表現の自由も国(政府)の都合で自由に制限できることになります。
基本的人権が制限されれば、国民は有効に主権すら行使できなくなり、民主主義自体も機能不全に陥るのですから、その危険性は十分に認識しておく必要があるのです。
徴兵制について
なお、蛇足になりますが最後に徴兵制について少しふれておきましょう。
先ほど引用した自民党のQ&Aには第9条の3に関して次のような解説も載せられています。
Q13 「領土等の保全等」について規定を置いたのは、なぜですか? 国民はどう協力すればいいのですか?
領土は、主権国家の存立の基礎であり、それゆえ国家が領土を守るのは当然のことです。あわせて、単に領土等を守るだけでなく、資源の確保についても、規定しました。
党内議論の中では、「国民の『国を守る義務』について規定すべきではないか。」という意見が多く出されました。しかし、仮にそうした規定を置いたときに「国を守る義務」の具体的な内容として、徴兵制について問われることになるので、憲法上規定を置くことは困難であると考えました。
そこで、前文に於て「国を自ら守る」と抽象的に規定するとともに、9条の3として、国が「国民と協力して」領土等を守ることを規定したところです。
※出典:日本国憲法改正草案Q&A|自民党 12頁を基に作成
このQ&Aを読むと、自民党改正案第9条の3の規定が「国民が国に協力する義務」を内在させていることがわかります。
自民党は「(国民が)国を守る義務」についても明文の規定として憲法に盛り込もうと考えていたのですが、「国を守る義務」を明記してしまうと、どうしても徴兵制の議論につながってしまい国民の反発を招く(選挙で負ける)ので、あえてその規定は盛り込まず、その代わりに「国民は」とすべき主語の部分を「国は」に入れ替えて「国民と協力して」という文言を入れることで妥協した(抽象的な表現で誤魔化した)わけです。
もっとも、そうした主語の入れ替えを行っていたとしても、クエスチョンの部分で「国民はどう協力すればいいのですか?」と述べられているように、自民党がこの第9条の3の規定に「国民が国に協力する義務」の意味合いを内在させていることは変わりません。
前にも述べましたが、この自民党憲法改正案9条の3の規定が国(政府)に国土や資源等の確保や保全を義務付けるだけの規定ではなく、「国民に」対しても「国を守る義務」を課している点はこのクエスチョンの部分からも明らかなわけです。
そして、徴兵制に関してですが、現行憲法の日本国憲法は憲法18条で「意に反する苦役」を禁止していますので、国が国民に一定期間の兵役を義務付ける徴兵制を制度化することはできません。
ただし、憲法に「国防軍」や「自衛隊」を明記する改正案が国民投票を通過すれば国民が国家権力に対して「軍事力で国民の安全保障を確保する権能を与えた」ということになりますので、その「軍事力で安全保障を確保する」との要請が「公共の福祉(※自民党改正案では”公益及び公の秩序”)」となって憲法18条の「意に反する苦役」の禁止に制限を掛けることになって徴兵制も合憲となってしまいます(※詳細は→憲法9条を改正して自衛隊を明記すると徴兵制が復活する理由※この記事は憲法に「自衛隊」が明記された場合の徴兵制について論じていますが、憲法に「国防軍」が明記された場合も考え方は同じです)。
つまり、仮に自民党がこの改正案第9条の3のように明文で「国民が国に協力する義務」を明記しなかったとしても、他の条文で「自衛隊」や「国防軍」を明記して軍事力の行使を明文化すれば、ただそれだけで解釈として徴兵制は認められることになるわけです。
そしてもちろん、自民党憲法改正案は第9条の2で「国防軍」を明記していますから、この第9条の3に「国民が国に協力する義務」が明記されていなくても、徴兵制は合憲という解釈を導くことが可能となります。
自民党はQ&Aで、「国民が国に協力する義務」を明記してしまうと徴兵制の議論になって反対されるから「国民が国に協力する義務」は明記しなかったとしていますが、だからと言って自民党改正案が徴兵制を許容していないわけではなく、第9条の2で「国防軍」が明記されている以上、9条の3の規定に徴兵制につながる「国民が国を守る義務」の文言があろうとなかろうと、自民党改正案が国民投票を通過すれば徴兵制も合憲とされてしまうわけです。
自民党改正案の第9条の3は、その条文とQ&Aを読むと一見して徴兵制を考慮していないようにも読めますが、9条の2やQ&Aで述べられた自民党の意図から考えれば十分に徴兵制を想定していて、憲法改正が国民投票を通過すれば、解釈によって徴兵制を合憲とすることのできる余地を持たせていますので、その点は注意しておく必要があります。