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自民党憲法改正案の問題点:第25条の3|邦人保護で海外取材制限

憲法の改正に執拗に固執し続ける自民党が公開している憲法改正草案の問題点を一条ずつチェックしていくこのシリーズ。

今回は、「在外国民の保護」に関する規定を新設した自民党憲法改正草案の第25条の3の問題点を確認してみることにいたしましょう。

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「在外国民の保護」を新設した自民党憲法改正草案の第25条の3

このように自民党憲法改正草案の第25条の3は「在外国民の保護」に関する規定を新設しています。

その条文がどのようなものなのか、まず確認しておきましょう。

自民党憲法改正草案第25条の3

国は、国外において緊急事態が生じたときは、在外国民の保護に努めなければならない。

※出典:自由民主党日本国憲法改正草案(平成24年4月27日決定)|自由民主党 を基に作成

この条文を見ても分かるように、海外で緊急事態が生じた場合に海外に所在する国民の安全を守るため、国にその保護に関する努力義務を課したのがこの規定です。

この点、その在外国民の保護を求められる名宛人は「国」ですから、一見すると国民の保護を手厚くする点で国民には利益しかないようにも思えます。

では、こうした条文は国民に有益なだけで不利益は及ぼさないのでしょうか。検討してみましょう。

海外におけるジャーナリストの取材が妨害されてしまう危険性

この点、結論から言えば、このように緊急事態を理由として海外に所在する国民の保護を努力義務として国に課す規定は、国民の基本的人権を著しく制限することにつながるため危険があると言わざるを得ません。

なぜなら、こうした条文が憲法に規定されてしまうと、緊急事態を根拠にして政府が海外に所在する国民を「保護」の名の下に拘束し、強制的に日本に送還することができるようになるからです。

ア)政府が緊急事態と判断すれば海外で活動するジャーナリストの帰国を強制することもできるようになる

こうした憲法条文が規定されることで最も懸念されるのが、海外で活動するジャーナリストの取材が制限されてしまう点です。

海外では日本からも多くの報道関係者が渡航して取材のために活動していますが、憲法に国による在外邦人の保護義務を明記してしまうと、緊急事態が生じた際に国が「在外国民を保護しないこと」が憲法違反になってしまいます。

そうなると、もし仮に海外で緊急事態が生じた場合には、国は海外に所在する国民の移動を制限して物理的に確保しなければなりませんから、ジャーナリストも日本国民である限り、国によって保護の対象とされてしまうでしょう。

つまり、緊急事態が生じた場合には、国が「海外で活動するジャーナリストを保護しないこと」が国において憲法違反になってしまうので、国は海外で活動するジャーナリストを「保護」の名の下に移動を制限し物理的に確保できるようになり、それが憲法で合憲とされてしまうわけです。

そうなると、仮にジャーナリストがその緊急事態が生じた国や地域で活動していたとしても、国に憲法からの要請として保護(拘束)され日本に送還されてしまいますから、その地域での取材が出来なくなってしまいます。

イ)政府が海外におけるジャーナリストの取材を排除するために緊急事態と判断する危険性

もちろん、それは国民の生命と安全を確保することが目的である限り合理性を認め得る側面はあるかもしれません。

しかし、必ずしも国がそうして在外国民の生命や安全のために「保護」するとは限らないでしょう。なぜなら、仮に国が海外でよからぬ行為をしている場合には「保護」の名の下にジャーナリストを拘束し取材を妨害することもできてしまうからです。

たとえば、どこかの政情不安定な国において、日本政府が関与して開発を行い自然を破壊しているような事案が現地で問題になっているようなケースを想像してください。

そうした場合、仮にその噂を聞きつけたジャーナリストが日本にいれば、当然そのジャーナリストはその国に取材に赴くことになるでしょう。

しかしそうした場合であっても、日本政府がその国で緊急事態が生じたと認定すれば、自民党改正案第25条の3を根拠として取材に訪れたジャーナリストを拘束し日本に帰国させることも認められるわけです。

そうなると、政府は海外でいくらでもジャーナリストを排除することができますから、どんな違法な行為でもやりたい放題やれることになってしまいます。

政府は、緊急事態と認定すれば自由にジャーナリストを排除できるので、国民に知られることなく、いかなる行為でも海外できてしまうのです。

仮にそうなれば、もはや国民は海外で政府が何をやっているのか知ることができなくなりますから、海外における政府の暴走に歯止めがかからなくなってしまうでしょう。

ウ)国が海外で活動するジャーナリストを排除できるなら戦前のような報道統制もできてしまう

しかし、それでは戦前の日本と同じです。

先の戦時中、旧日本軍は海外で様々な人道的な罪を犯し今なお外交上の大きな禍根となって残り続けていますが、当時の国民がそうした行為に歯止めを掛けられなかったのは、当時の政府が報道を制限することで海外における行為を隠ぺいすることが可能だったからです。

当時の国民は制限された報道の下で、政府が垂れ流す大本営発表からしか情報を入手できませんでした。そのため当時の日本は、国全体が戦争に迎合・熱狂することになり全体主義的な方向に作用して戦禍を拡大し敗戦まで突き進んでしまったのです。

そうであれば、自民党改正案の第25条の3のような、国が裁量でジャーナリストの取材を排除できるような条文を憲法に規定すべきでないはずです。

エ)現行憲法の第21条が「取材の自由」や「知る権利」を保障しているのは戦前の反省があるから

そしてそもそも、そうした反省を踏まえたうえで制定されたのが現行憲法であって、そうした報道への国家権力の介入を防ぐために制定されたのが、現行憲法第21条の表現の自由です。

現行憲法は第21条で表現の自由を保障していますが、そこでは報道機関の「報道の自由」や「取材の自由」も保障されますし、その報道機関の報道の受け手である国民の「知る権利」も保障されるものと考えられています。

戦後にこうした「取材の自由」や「知る権利」を保障する第21条の「表現の自由」が制定されたのは、国家権力の介入によって「報道の自由」や「取材の自由」が制限され、国民の「知る権利」が侵されることによって国民の民主的意思決定が機能不全に陥った先の戦争の苦い反省があったからです。

そうであれば、国家権力の判断でジャーナリストの取材を排除できるような法的根拠を憲法に明記すべきではありません。明記すれば、先ほど述べたような報道統制が可能になるからです。

自民党改正案の第25条の3は、政府が海外におけるジャーナリストの取材を緊急事態の名の下に自由に制限できることを可能にしているのですから、報道機関の「取材の自由」だけでなく国民の「知る権利」も損ねてしまう余地を与えている点で大きな問題があると言えるのです。

オ)海外へのジャーナリストの出国を違法に制限している自民党がこうした規定を悪用するのは明らか

なお、こうした政府の濫用を危惧する意見に対しては、「政府がそんなことするわけないだろう」とか「緊急事態が起きた時にお前は保護してもらわなくてもいいのか」などの批判もあるかもしれません。

しかし『ジャーナリストの出国を禁止する旅券返納命令が違憲となる理由』のページでも述べたように、今の政府(自民党政権)がジャーナリストの海外渡航を違法に制限することに全く抵抗を感じていないのは周知の事実です。

これはその記事で紹介したジャーナリストだけではなく、他のジャーナリストにも不当に旅券を発行しない状況が続いていますから(※参考→パスポートを発給拒否する外務省のおかしな「理由」<安田純平氏緊急寄稿> | ハーバー・ビジネス・オンライン)、今の政府(自民党)は現時点ですでに権利を濫用しジャーナリストの海外渡航を制限し続けているのです。

そうであれば、「政府がそんなことするわけないだろう」とか「緊急事態が起きた時にお前は保護してもらわなくてもいいのか」などと呑気な事を言っている場合でないのはわかるはずです。

今の日本政府は、日本政府や日本政府と友好関係にある国にとって都合の悪い事実をジャーナリストに取材されるのを法律を侵してでも妨害することを良しとする思想を持っているのです。だから自民党はこうしたジャーナリストの取材を排除できる条文を新設したいのでしょう。

そうした「取材の自由」や国民の「知る権利」を制限した過去の日本がどのような結末を迎えたか、十分に考える必要があると思います。