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憲法9条の戦争放棄だけが北方領土の問題を解決できる理由

憲法9条があるのに北方領土が返還されない本当の理由』のページでは、憲法9条の戦争放棄の下で北方領土の問題が解決しない根本的な原因が、憲法の平和主義の理念や憲法9条の戦争放棄条項そのものにあるわけではなく、歴代の政府が憲法が本来的に予定していない自衛隊と日米安保条約という武力(軍事力)によってもっぱら国の安全保障を確保してきたことにその原因があり、その歴代の政府がとってきた安全保障施策の破綻が北方領土の問題が解決しない一番の要因であることを論じました。

このような解釈で国の安全保障施策の破綻を論じる場合、憲法9条の改正に賛成する立場の人から「じゃあ憲法9条でどうやって北方領土の問題を解決できるんだよ」と問われるのは避けられません。

憲法9条の改正に賛成する立場の人たちは、憲法に「国防軍(または自衛隊)」や「交戦権(自衛権)」を明記し武力(軍事力)による抑止力や実行力によってのみ北方領土の問題が解決できると盲信しているからです。

歴代の政府が憲法9条や憲法の平和主義の理念を「実践していないこと」が北方領土問題が解決できない原因であると説明づける場合には、憲法9条や憲法の平和主義の理念を実践すれば北方領土問題が解決できることを理論的かつ実践的に説明しなければ、憲法9条の改正に賛成する立場の人は納得しないでしょう。

では、憲法9条の戦争放棄と憲法の平和主義の理念の下で、具体的にどのようにすれば北方領土問題を解決することができるのでしょうか。

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ロシアにとって北方四島の問題は「日本との領土問題」なのではなく「アメリカとの安全保障の問題」

北方領土問題の解決方法を考える場合、その前提として、ロシアが北方四島をどのような意図をもって実効支配しているのかという点を考えなければなりません。ロシアの意図が分からなければ、北方領土問題の解決に向けた提言や交渉ができないからです。

では、ロシアが北方四島を実効支配しその返還に応じない意図は何でしょうか。

私はロシアの専門家でも国の安全保障の専門家でもありませんからロシアの真意はわかりませんが、以前行われた日ロ首脳会談後の共同記者会見におけるプーチン大統領のスピーチ(※参考動画→https://youtu.be/AdHy2uc0YN8)がロシアの意図を考えるうえでのヒントになろうかと思います。

その記者会見でプーチン大統領は、北方四島の返還に関して日本に柔軟性を求めるのであればロシアは日本にどのような柔軟性を示すのかという趣旨の日本人記者の質問に対し、ロシアにとってはアメリカとの対立関係において国の安全保障を確保するうえでロシアの港から太平洋に安全に船を出すために利用できる北方四島が不可欠であること、また安保条約の下でアメリカに責任を果たさなければならない状況に日本が置かれている限り北方四島の返還はロシアの安全保障の観点から消極的に考えなければならないことなどを説明したうえで、ロシア側が北方四島に関して柔軟性を示すためには、経済的相互関係の確立だけではなく、平和条約の締結という安全保障上の課題を第一に考えなければならないというような趣旨の回答をしています(※参考動画→https://youtu.be/AdHy2uc0YN8)。

これは、ロシア側の意図として、北方四島の返還はロシアと日本との平和条約の締結なしではありえないということを示唆しているといえるでしょう。

この訪露外交で日本政府は、北方四島に経済支援を行い、北方四島の経済発展を実現させることでロシア側の譲歩を引き出し、北方四島(またはとりあえず4島のうち2島でも)の返還を実現させようとする意図をもって、莫大な税金を投入して北方四島への経済協力を確約しました。

しかし、ロシアとしては、もちろんその経済協力は日ロ間の領土問題解決のためのアプローチとして歓迎してはいますが、領土問題の解決には両国の平和条約の締結が不可欠であると考えているわけです。

これはもちろん、ロシアとしては北方四島の問題が日本との領土問題としてだけではなく、アメリカとの安全保障上の問題として重要だからです。

ロシアにとってはアメリカからの軍事的圧力に対抗することが国の安全保障にとって何より重要ですから、そのためには太平洋に安全に船を出すための北方四島の帰属は譲れません。

北方四島の問題は、日本にとっては「領土問題」ですが、ロシアにとってはアメリカとの軍事的対立関係によって生じている「安全保障の問題」という位置づけになるのです。

ロシアの「安全保障の問題」は憲法9条の戦争放棄と憲法の平和主義の理念でしか解決できない

このように、北方領土の問題をロシアにおける「安全保障の問題」と考えた場合、憲法9条と憲法の平和主義の理念の下で具体的にどのようにして北方領土の問題を解決することができるでしょうか。

そのヒントは憲法の前文にあります。『憲法9条があるのに北方領土が返還されない本当の理由』のページでも説明しているように、憲法9条の戦争放棄と憲法の平和主義は、憲法前文で示される国際協調主義と積極的な外交努力の要請に求められるからです。

この点、憲法の前文は、国際的な平和構想の提示や紛争解決のための提言など積極的な外交活動を行い世界の平和を実現することで日本の安全保障を確保しようという考え方を基礎にしていますから、北方領土の問題もそのような平和構想の提示や紛争解決に向けた提言を外交的手法によって積極的に行うことで解決を図ることが求められるといえます。

もちろん、その憲法前文の平和主義は憲法9条として具現化されていますので、その平和構想の提示や紛争解決に向けた提言は、武力(軍事力)を用いない方法によらなければなりません。

その場合「平和構想の提示や紛争解決に向けた提言」が具体的にどのようなものになるのかという点が問題となりますが、先ほどのプーチン大統領のスピーチを基に考えれば、それはロシアにおける安全保障上の問題を解決するための「平和構想の提示や紛争解決に向けた提言」が必要になると言えるでしょう。

プーチン大統領が言っているように、ロシアとしては北方四島の問題は「領土問題」ではなく「アメリカとの安全保障の問題」なのですから、ロシアとしてもアメリカからの軍事的脅威がなくならなければ北方四島を返還することはできないからです。

そうであれば、日本はロシアにおけるアメリカからの軍事的脅威が解消されるよう、ロシアとアメリカが対立関係を解消できるような平和構想の提示であったり、ロシアとアメリカの軍事的緊張関係が解消されるような提言を、ロシアとアメリカの双方に行うことが求められるでしょう。

そして、ロシアとアメリカの対立関係が解消され両国の平和を実現したうえで日本とロシアの平和条約を締結し、北方四島の返還を求めることが必要になります。

もちろん、このような意見に対しては「北方四島は日本固有の領土なのになんで日本がロシアのためにそこまでしてやらないといけないんだ!」という意見もあるかもしれません。

しかし、『憲法9条があるのに北方領土が返還されない本当の理由』のページでも説明しているように、日本国憲法における平和主義の神髄は、武力(軍事力)を用いない方法で、国際的な平和構想の提示や紛争解決のための提言など積極的な外交活動を行い、世界の平和を実現することで日本の安全保障を確保することを要請するところにあります。

憲法は、世界から貧困と紛争の種を除去するべく積極的な外交努力を行うことを要請しており、その努力の過程の中に日本における平和の実現があるという確信を基にするものであり、日本を攻めてくる国をなくすことによって日本の安全保障を確保することを求めているわけです。もちろん、その「世界」にはロシアも含まれますから、憲法は日本の安全保障を確保するためにロシアの安全保障上の懸念を解消し、ロシアから紛争の種を除去することを求めているといえるでしょう。

そして、そのロシアの安全保障上の懸念解消を実現させることが日本の安全保障に最大の効果を及ぼすと考えているのが日本国憲法における平和主義の神髄なのですから、その実現のためロシアとアメリカの間に立って両国の利害が対立しないように軍事的緊張関係を解消させる努力が必要になると言えるのです。

これはなにも、今すぐ安保条約を破棄してロシアと軍事同盟を結べというようなことを言っているのではありません。今の日本の安全保障施策は安保条約に依存しきっていますから、今すぐに安保条約を破棄することは現実的ではないからです。

しかし、ロシアに対してアメリカとの対立関係を解消させるための提言をする場合には、今のような安保条約の下でアメリカに追随している状況ではロシアも耳を傾けてくれませんから、将来的には安保条約も何らかの見直しが必要でしょう。

そして、憲法が要請するように、中立的な立場を維持したうえで、ロシアとアメリカの軍事的緊張関係を解消させるよう、平和構想の提示等を積極的に行う必要があると言えます。

憲法9条を改正して憲法に国防軍や交戦権を明記することは北方領土の問題を不能にする

このように、プーチン大統領のスピーチを基にして北方領土の問題をロシアにおける「安全保障の問題」と考えた場合には、憲法における平和主義の理念を実現することによって、その解決が図れる可能性があることが分かります。

もちろん、先ほど挙げたプーチン大統領のスピーチがすべてロシアの本心かどうかは分かりませんので、ロシアとアメリカの軍事的緊張関係を解消させてもロシアが北方四島の返還に応じないことも考えられないわけではありません。

しかし、北方四島がアメリカと対立するロシアにとって安全保障上重要な地理的要素となっていることは事実なのですから、その解消を図ることは北方四島の返還に結び付く重要なアプローチであることに間違いないでしょう。

では、このような事情を踏まえたうえで、憲法9条の改正に賛成する立場の人たちが言うように、憲法に国防軍や交戦権を明記することで北方領土の問題が解決できると言えるでしょうか?

答えは「否」です。

なぜなら、憲法9条を改正して国防軍や交戦権を明記することは、ロシアの安全保障における脅威を拡大させるだけだからです。

そもそも政府が憲法9条を改正して国防軍や自衛権(交戦権)を明記しようと躍起になっているのは、自衛隊における集団的自衛権の行使を憲法上「合憲」とするためです。

政府はそれまでの憲法解釈を閣議決定で変更し自衛隊の集団的自衛権の行使を容認してしまいましたが、かかる集団的自衛権の容認に至るまでには衆議院の憲法審査会で政府から呼ばれた憲法学者3人がこぞって反対の意見を表明するなど、大きな抵抗を受けてしまいました。

そのため、自民党を中心とする与党は、その集団的自衛権の行使を憲法上名実ともに合憲として、国民の反対を封じ込めることを目的として、憲法9条を改正して国防軍や交戦権を明記しようとしているわけです。

では、その集団的自衛権の容認は何のためかというと、それは当然、アメリカのためです。

現在の日米安保条約では、日本が攻撃されればアメリカはそれを軍事力をもって援護しなければなりませんが、その逆にアメリカが攻撃されても自衛隊は援護することができません。集団的自衛権の行使が違憲と考えられているからです。

しかし、憲法9条を改正して国防軍や交戦権を明記すれば集団的自衛権の行使も当然に容認されることになりますから、自民党は憲法9条の改正に躍起になっているのです(※もっとも自民党の憲法改正草案では「9条の2」を新設し集団的自衛権の行使を明文化しています)。

つまり、日本が憲法9条を改正して国防軍や交戦権を明記することは、アメリカの軍事的優位性を補完するために役立つことになるわけです。

それは当然、ロシアにとっては脅威でしょう。ロシアにとってはアメリカの軍事的圧力が安全保障の上で一番の懸念材料にあるわけですから、そのアメリカの軍事的優位性を補完する日本の憲法改正は、ロシアの安全保障にとってマイナスに作用することは当然の帰結です。

そうであれば、憲法9条を改正して国防軍や交戦権を明記することが、北方領土問題に何の役にも立たないことが分かるでしょう。

憲法9条を改正して国防軍や交戦権を明記することは、北方領土の問題を解決するどころか、その逆に北方領土問題の解決を不能にしてしまうだけなのです。

憲法9条を改正して国防軍や交戦権を明記して喜ぶのはアメリカだけ

このように、北方領土の問題はロシアの本質的な意図を考えれば憲法9条の戦争放棄や憲法の平和主義の理念の下でも十分解決可能な問題であることが分かりますし、むしろ憲法9条の下でしか解決しえない問題であることが分かります。

そして、憲法9条を改正して国防軍や交戦権を明記することの方がよほどその問題解決を困難にすることが明らかとさえいえるでしょう。

そもそも、憲法9条を改正して国防軍や交戦権を明記することで得をするのはアメリカでしかありません。

憲法9条を改正して国防軍や交戦権を憲法に明記するのであれば日本は軍備の増強を図らなければなりませんが、そのためには当然、アメリカに莫大な金額を支払って戦闘機やミサイルを購入しなければならないでしょう。

つまり、憲法9条を改正して国防軍や交戦権を明記するのは、アメリカの軍需産業を肥え太らせるためであって、日本の安全保障のためではないのです。

先ほども述べたように、政府は多額の予算を投じて北方四島に経済支援を行うことをロシアとの間で合意しましたが、その一方で憲法9条を改正して国防軍や交戦権を明記しようとしています。

これはすなわち、片方の手でロシアにお金を渡し、もう片方の手でアメリカにお金を渡しているのと同じです。

そのような稚拙な外交で北方領土の問題が解決するわけがありません。つまるところ、今の政府の安全保障施策では、ロシアとアメリカから体よくお金を巻き上げられて終わるだけなのです。