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ドローン規制法が国民の「知る権利」を侵害することになる理由

昨日、参議院の本会議において、小型無人機(いわゆるドローン)の飛行を一部制限するいわゆるドローン規制法(小型無人機等飛行禁止法※以下、単に「ドローン規制法」)の改正案が与党などの賛成対数で可決され成立しました。

この改正案の成立により、防衛大臣はその裁量によって自衛隊関連施設や米軍基地等を「対象防衛関連施設」と指定することにより、それら指定された施設やその周辺およそ300mの地域についてドローンの飛行を禁止することができるようになりました(※ドローン規制法改正案第6条等参照→ドローン規制法改正案新旧対象法|内閣官房ドローン規制法改正案概要|内閣官房)。

このドローン規制法の改正については、良識のある報道機関各所(※良識のないメディアは黙認しています)から「国民の知る権利と報道の自由を損なう」などの批判も多くなされています。

しかし、このような法規制がなぜ「国民の知る権利」を損ねることになるのかという点を正確に理解していない人も多いように思います。

では、このドローン規制法の改正はなぜ「国民の知る権利」を損なうことになると言えるのでしょうか。検討してみます。

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「知る権利」は憲法21条の表現の自由として保障される

ドローン規制法の改正が国民の「知る権利」を侵害することになる理由を考える前提として、そもそも「知る権利」が具体的にどのような理由から保障されるべきなのかという点を理解していない人も多いようなので、念のため説明しておきましょう。

「知る権利」とは、国家権力の行為やその保有する情報等を国民が国家権力の影響に妨げられることなく享受または要求することのできる権利のことを言います。

日本国憲法は国民主権主義をその基本原理として民主主義を統治制度として採用する立件民主主義国家ですが、その主権者である国民が有効に主権を行使して民主主義を実現させるためには、その主権の存する国民が積極的に国政に参加することが求められます。

そのためには当然、国民個人が国家権力の保有する情報やその行為等について十分に「知る」ことは不可欠です。それらを満足に「知る」こともできない状態に置かれれば、その国家権力の行為が正しいのか正しくないのか、その国家権力の行為に賛成するのかしないのか、その正確な判断ができなくなってしまうからです。

しかし、個人が国家権力の情報を収集するのは困難を伴いますので、個人に代わって国家権力の行為や情報を収集し、報道(言論、表現)してくれる報道機関の存在は不可欠となります。そのため報道機関の「報道の自由」は憲法21条の表現の自由として最大限に保障される必要があるのです。

【日本国憲法第21条】

第1項 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
第2項 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

そうであれば当然、その「報道の自由」を有効に保障するために報道機関が国家権力の影響力を排除し独立して自由に取材することができる「取材の自由」も保障される必要があります。国家権力の影響力を排除した「取材の自由」が保障されてこそ国民の「知る権利」も十分に保障されることになるからです。

そのため憲法21条で保障される「表現の自由」には、国民の「取材の自由」の保障を実現するために必要不可欠である「取材の自由」だけでなく、国民の「知る権利」も保障されると解されているわけです。

憲法21条はその表現者の側だけの人権を保障しているようにも読めてしまいますが、その表現行為はその受け手である「表現の受領者」がなければ実現することはできません。

いくら表現者の自由が保障されていても、その表現行為を受け取る「受領者」の自由も保障されなければ、誰もいない無人島で一人で表現しているのと同じであって、到底「表現の自由(言論の自由)」が保障されたとは言えないからです。

そのため、表現の自由における表現の受領者である国民の「知る権利」も憲法21条の表現の自由から導かれる基本的人権として保障されると考えられているわけです。

ドローン規制法の改正によって防衛関連施設や米軍基地等で何が起きているか「知る」ことができなくなった

このように、国民の「知る権利」は主権の存する国民が積極的に国政に参加して民主主義を実現していくうえで最大限保障されなければなりませんし、そのためには報道機関の「取材の自由」も最大限の保障を必要とします。

しかし今回、ドローン規制法の改正によって報道機関はその「取材の自由」が制限されることになってしまいました。

報道機関がドローンを飛ばして防衛関連施設や米軍基地等を取材しようとしても、防衛大臣の裁量でそれら防衛関連施設等の周辺300mを飛行禁止区域に指定すれば、いくらでもその取材を制限することができるようになったからです。

この法律が施行されれば、もはや報道機関はそれら防衛関連施設等を上空から撮影し現状を確認することができなくなってしまいますので、報道機関のチェック機能は働きません。

そうなれば、もはや日本政府や米軍は国民(報道機関)の監視を排除した防衛関連施設等の内部でやりたい放題です。報道機関の取材を排除し、国民の監視が届かなくなった防衛関連施設では、政府や米軍がいくら国民の権利や財産を侵害しても、誰もそれを「知る」ことはできなくなってしまうでしょう。

もちろん、防衛関連施設や米軍基地はその施設の特殊性から情報の公開が一定の範囲で制限される必要があるのは分かります。

しかし、それらの秘匿性は施設側で配慮すべきであって、報道機関の「取材の自由」や国民の「知る権利」という国民主権原理と民主主義を実現する上で必要不可欠な基本的人権を制限してまで制限してよいものではありません。

今回のドローン規制法の改正によって、辺野古の工事を上空から撮影することが事実上制限されるだけではなく、今後発生する可能性のある在日米軍や自衛隊等の事故に関する取材においても制限を受けることになるのは必至ですから、国民の「知る権利」が侵害されることによって国民の生命や財産にも直接的に影響を及ぼすことは避けられないと言えます。

ドローン規制法の改正が国民の基本的人権を侵害することになる理由

このように、今回のドローン規制法の改正によって、報道機関は防衛関連施設等や米軍基地等のうち防衛大臣が恣意的な判断で「対象防衛関連施設」として指定する施設とその周囲およそ300mの範囲をドローンで空撮するという「取材の自由」が制限されることになりましたが、これはすなわち我々国民の「知る権利」という憲法21条で保障された基本的人権が国家権力によって制限されることに他なりません。

このドローン規制法の改正によって、我々国民はその防衛大臣が「対象防衛関連施設」として指定する施設を空から確認し「知る」術を失ってしまうことになるわけですから、我々国民個人の「知る権利」が制限されることになるのです。

この件については、単に報道機関の「取材の自由」という基本的人権(憲法21条)が制限されるだけであって、我々国民の権利が侵害されたわけではないと認識している人が多いようですが、それは違います。

この件は、報道機関の「取材の自由」が制限されるだけの問題ではありません。国民主権原理を徹底して民主主義を実現するために不可欠な「知る権利」という我々国民個人の基本的人権をも制限されてしまう重大な問題なのです。

このような「知る権利」の侵害を野放図に見逃せば、国家権力の真実を「知る」ことができなくなった国民は政府が垂れ流す大本営発表だけを盲信するようになり、ひいては先の戦争の過ちを繰り返してしまう危険性があることに、すべての国民が気付かなければならないのです。