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自民党憲法改正案の問題点:第1条|天皇を元首に?

憲法の改正を執拗にアナウンスしている自民党の憲法改正案を条文ごとに細かくチェックしていくこのシリーズ。

今回は、天皇の地位について規定した自民党憲法改正案の第1条を確認してみることにいたしましょう。

なお、このページの概要は大浦崑のYouTube動画でもご覧いただけます。

記事を読むのが面倒だという方は、動画の方をご視聴ください。

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日本国の元首が「天皇」になる

自民党のサイトで公開されている憲法改正案では、その天皇の地位を規定した第1条は次のように書かれています。

自民党憲法改正案第1条

天皇は、日本国の元首であり、日本国及び日本国民統合の象徴であって、その地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく。

※出典:自由民主党日本国憲法改正草案(平成24年4月27日決定)|自由民主党 を基に作成

一方、現行憲法の日本国憲法の第1条は「天皇」の地位について次のように規定しています。

日本国憲法第1条

天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく。

この条文を見てもわかるように、現行憲法では「象徴でしかない」天皇の地位が、自民党の憲法改正案では「象徴であり元首にもなる」点が異なっています。

つまり、自民党は憲法を改正することによって現行憲法では「象徴でしかない」天皇を、「元首」に変えたいわけです。

天皇が「元首」になることで何が変わるのか

このように、自民党の憲法改正案では現行憲法の日本国憲法では「象徴でしかない」天皇が「象徴であり元首である」ものに変更されるとしています。

では、その変更は我々国民に何を及ぼすことになるのでしょうか。

(1)現行憲法では「内閣及び内閣総理大臣」が元首

自民党の憲法改正案では「天皇は、日本国の元首であり」としていますから、自民党の望む憲法改正が実現すれば、天皇が日本国の「元首」になることになります。

この点、自民党が作成した憲法改正案のQ&Aでは現行憲法の日本国憲法でも天皇が「元首」であるのが「紛れもない事実」と説明していますが、この表現は正しくありません。

憲法改正草案では、1条で、天皇が元首であることを明記しました。 元首とは、英語では Head of State であり、国の第一人者を意味します。明治憲法には、天皇が元首であるとの規定が存在していました。また、外交儀礼上でも、天皇は元首として扱われています。

したがって、我が国において、天皇が元首であることは紛れもない事実ですが、それ をあえて規定するかどうかという点で、議論がありました。

自民党内の議論では、元首として規定することの賛成論が大多数でした。反対論としては、世俗の地位である「元首」をあえて規定することにより、かえって天皇の地位を軽んずることになるといった意見がありました。反対論にも採るべきものがありましたが、多数の意見を採用して、天皇を元首と規定することとしました。

※出典:自由民主党日本国憲法改正草案Q&A(増補版)|自由民主党 を基に作成

なぜなら、憲法学の学説では現行憲法における「元首」は「内閣及び内閣総理大臣」とする学説が多数説的見解として採用されているからです(芦部信喜著、高橋和之補訂「憲法」有斐閣47頁)。

「元首」の役割はいろいろあると思いますが、有斐閣の法律学小辞典(第三版)では「主として対外的に国を代表する資格を持つ国家機関」と説明されていますので、その主な役割は対外的に国を代表する権能ということになるでしょう。

しかし、条約を締結したり大使や公使の信任状を発受したりといった対外的に国を代表する権能について日本国憲法は、天皇には「認証」や「接受」という形式的・儀礼的な役割しか与えておらず(日本国憲法第7条各号)、その実質的な締結や発受は、その天皇の国事行為に助言と承認を与えて責任を負う内閣が担うものとされていて(日本国憲法第3条)、その内閣を組織するのは国会で指名を受けた内閣総理大臣です。

【日本国憲法第7条】

天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。

第1~4号(省略)
第5号 国務大臣及び法律の定めるその他の官吏の任免並びに全権委任状及び大使及び公使の信任状を認証すること。
第6~7号(省略)
第8号 批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認証すること。
第9号 外国の大使及び公使を接受すること。
第10号(省略)

日本国憲法第3条

天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負ふ。

ですから、現行憲法における「元首」は、多数説的見解では「内閣及び内閣総理大臣」と解釈されているわけです。

なお、この点の詳細は『天皇を「元首」とする憲法改正の意図はどこにあるか』のページで詳しく解説しています。

(2)天皇を「元首」にすると形式的・儀礼的な国事行為の意味が実質化し拡大する恐れが生じる

このように、自民党は現行憲法では「内閣及び内閣総理大臣」と解釈される「元首」の地位を天皇に与えることを目的として、憲法改正案の第1条を作成していることがわかります。

つまり自民党は、日本国の元首の地位を「天皇」に変えたいわけです。

しかし、日本における元首という概念はそれ自体が何らかの実質的な権限を含むものと一般に理解されてきた歴史がありますから、天皇を「元首」としてしまうと、現行憲法では儀礼的・象徴的な意味合いしか持たない天皇の国事行為に実質的な意味が含まれるようになってしまいます。

わが国では、元首という概念それ自体が何らかの実質的な権限を含むものと一般に考えられてきたので、天皇を元首と解すると、認証ないし接受の意味が実質化し、拡大するおそれがあるところに、問題がある。

※出典:芦部信喜著 高橋和之補訂「憲法(第5版)」47~48頁より引用

ですから、日本国の元首を「内閣及び内閣総理大臣」と解釈する憲法学の多数説的見解に立って考えた場合には、天皇を「元首」とする自民党憲法改正案は、天皇の国事行為に実質的な意味を与える余地を生じさせる点で問題があるという指摘ができるのです。

ではなぜ天皇の国事行為に実質的な意味が与えられ、それが拡大することが問題になるのかというと、それはもちろん、天皇の権能に実質的な意味が与えられていた明治憲法(大日本帝国憲法)の下で軍国主義を拡大させ戦争に突き進んでしまった反省があるからです。

明治憲法(大日本帝国憲法)では、「神聖ニシテ侵スヘカラス」として神格化された天皇が「元首」であるとともに「統治権ヲ総攬」する権力(政治的権力・主権)も与えられていました(帝国憲法第1条ないし第4条)。

【大日本帝国憲法(抄)】

第1章 天皇
第1条 大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス
第2条 皇位ハ皇室典範ノ定ムル所ニ依リ皇男子孫之ヲ継承ス
第3条 天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス
第4条 天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ此ノ憲法ノ条規ニ依リ之ヲ行フ
第5条 天皇ハ帝国議会ノ協賛ヲ以テ立法権ヲ行フ
~(中略)~
第55条1項 国務各大臣ハ天皇ヲ輔弼シ其ノ責ニ任ス
   2項 凡テ法律勅令其ノ他国務ニ関ル詔勅ハ国務大臣ノ副署ヲ要ス
(以下省略)

明治憲法(大日本帝国憲法)では、神聖化され絶対的・普遍的な存在だった天皇に国を統治する「主権」だけでなく、対外的に国家を代表する「元首」としての権能も与えられていたわけです。

そして、その天皇に集中していた権能が当時の国家指導者や軍人によって「協賛(帝国憲法第5条)」や「輔弼(帝国憲法第55条1項)」の根拠の下に利用され、それに天皇も含めた少なからぬ国民が同意を与えることで軍国主義を拡大させてしまい、結果的に自国民のみならず周辺諸国の国民にも多大な犠牲を強いてしまいました。

つまり、明治憲法(大日本帝国憲法)では天皇に実質的な権能が与えられていた憲法上の欠陥が、不毛な戦争を招いて国を破綻させた一因でもあったわけです。

こうした反省があったことから、戦後に制定された現行憲法では、天皇の権能が時の権力者や政治勢力に利用できないようにすることが求められました。

そのため、現行憲法の日本国憲法では、天皇の権能を儀礼的・象徴的な国事行為に限定することで天皇の権能から実質的な意味を排除し、一部の政治勢力が天皇の権能を利用できないようにしたのです。

(3)天皇の国事行為に「実質的な意味」が生じれば天皇の発言を無視することが憲法違反となってしまう

このように、天皇に主権や元首といった実質的な権能を与えていた明治憲法(大日本帝国憲法)の反省から、天皇の国事行為を儀礼的・象徴的な権能に限定することにしているのが現行憲法における象徴天皇制です。

にもかかわらず、自民党はその現行憲法で「象徴でしかない」天皇に、「元首」の地位を与えようとしているわけですから、自民党としては、天皇の国事行為に「実質的な意味」を与えることがこの憲法第1条の目的なのでしょう。

しかし、天皇に「元首」の地位が与えられて天皇の国事行為に「実質的な意味」が生じるようになってその解釈が拡大していけば、国政は天皇の発言や行為を無視することができなくなってしまいます。天皇の行為に実質的な意味が生じれば、国政運営上で天皇の行為を無視することが憲法違反となるからです。

天皇の国事行為に実質的な意味まったくない現行憲法では、たとえば天皇が発する「おことば」で国政に関する発言をしたとしても「なかったもの」として無視することができます。天皇は「象徴でしかない」うえに天皇の国事行為に実質的な意味は存在しないので、天皇の発言を国政に影響させることの方が憲法違反になるからです。

しかし、天皇の国事行為に実質的な意味が生じるようになればそうはいきません。天皇の「おことば」にも当然実質的な意味が生じることになるので、国政を運営するうえでそれを「なかったもの」にすることの方が憲法違反となってしまうからです。

つまり、天皇が「元首」となってその行為に「実質的な意味」が生じるようになれば、それ以後の天皇は、その「実質的な意味」を持つ行為によって間接的にでも国政に関与することができるようになるわけです。

そうなれば、それ以後の天皇は明治憲法(大日本帝国憲法)の天皇とさほど変わらないでしょう。

先ほど説明したように、明治憲法(大日本帝国憲法)では、天皇が有していた「統治権を総攬者」たる地位や「元首」としての権能を、時の権力者が帝国議会に「協賛」させ国務大臣に「輔弼」させることで自由に利用できる構造にされていました。

もし今、自民党の憲法改正が実現すれば、天皇が「元首」になることで天皇の行為に「実質的な意味」が生じることになりますので、時の権力者が天皇の権能を利用して国政を操る可能性が生じる点は、明治憲法(大日本帝国憲法)の天皇制と実質的には変わりません。

それは当然、明治憲法(大日本帝国憲法)で生じた専制政治の危険を招来しますから、自民党の憲法改正案は、つまるところ天皇の地位を限りなく明治憲法(大日本帝国憲法)のそれに近づけて、天皇の政治利用ができる憲法に変える余地が生じてしまう点において重大な問題があるといえるのです。

自民党の憲法改正案第1条は天皇の政治利用を可能にする点で危険

以上で説明したように、天皇を「元首」とする自民党の憲法改正案の第1条が国民投票で承認されれば、天皇の国事行為に実質的な意味が生じることになります。

また、天皇の国事行為に実質的な意味が生じるようになれば、国政がその実質的な意味が生じるようになった天皇の行為を無視することができなくなってしまいますので、現行憲法では国政に全く影響のなかった象徴でしかない天皇の行為が、国政に少なからぬ影響を与えることになってしまいます。

そうなれば、その天皇の有する権能を利用して政治を操ろうと考える輩が出現した場合に、その天皇の実質的な意味を持つ国事行為を無視することが憲法違反となってしまいますので、権力を掌握した時の権力者に天皇の権能を利用されて思うがままに政治を操られる危険性が生じてしまいます。

もちろん、自民党が天皇を政治利用して国政を思うがままに操りたいと思っているかどうかはわかりません。しかし少なくとも、自民党の憲法改正案第1条が実現することによって天皇を政治利用しても違憲性を生じさせない憲法に変えられてしまうことになるのは事実です。

その憲法改正をどう判断するかは国民一人一人が判断するしかありません。

明治憲法(大日本帝国憲法)のように、一部の国家指導者や政治勢力が天皇を政治利用できる危険性のある憲法に変えてもよいというのであれば自民党の憲法改正案に賛成すればよいですし、そう思わないのなら自民党の憲法改正に反対の声をあげればよいだけです。