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自民党憲法改正案の問題点:第70条2項|総理の臨時代行を憲法に

憲法尊重擁護義務(憲法第99条)を無視して執拗に憲法改正に固執し続ける自民党が公開している憲法改正草案の問題点を一条ずつチェックしていくこのシリーズ。

今回は、内閣総理大臣が欠けたとき等の場合における国務大臣の臨時職務代行を規定した自民党憲法改正草案第70条2項の問題点をかんがえてみることにいたしましょう。

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内閣総理大臣が欠けたとき等における職務の臨時代行に関する規定を新設した自民党憲法改正草案第70条2項

現行憲法の第70条は内閣総理大臣が欠けたとき等における内閣の総辞職に関する規定を置いていますが、この規定は自民党憲法改正草案第70条にも同様に引き継がれています。

ただし、自民党改正案では第70条に第2項が新設され、文章が追加されているので注意が必要です。

では、具体的にどのような規定が新設されたのか、改正案の条文を確認してみましょう。

日本国憲法第70条

内閣総理大臣が欠けたとき、又は衆議院議員総選挙の後に初めて国会の召集があつた時は、内閣は、総辞職をしなければならない。

自民党憲法改正草案第70条

第1項 内閣総理大臣が欠けたとき、又は衆議院議員の総選挙の後に初めて国会の召集があったときは、内閣は、総辞職をしなければならない。
第2項 内閣総理大臣が欠けたとき、その他これに準ずる場合として法律で定めるときは、内閣総理大臣があらかじめ指定した国務大臣が、臨時に、その職務を行う。

※出典:自由民主党日本国憲法改正草案(平成24年4月27日決定)|自由民主党 を基に作成

このように、自民党改正案は第2項に内閣総理大臣が欠けたとき等における職務の臨時代行に関する規定を新たに挿入しています。

では、こうして新設された国務大臣による内閣総理大臣の職務の臨時代行に関する規定は具体的にどのような問題を生じさせるのでしょうか。検討してみましょう。

現行憲法で「内閣総理大臣が欠けたとき」はどうなるか

このように、自民党憲法改正草案第70条2項は「内閣総理大臣が欠けたとき」と「その他これに準ずる場合として法律で定めるとき」における職務の臨時代行に関する規定を新設していますが、現行憲法にはこうした規定はありません。

では、現行憲法上で「内閣総理大臣が欠けたとき」はどうなるのでしょうか。

この点、現行憲法第70条の「内閣総理大臣が欠けたとき」とは、死亡した場合、総理大臣となる資格を失ってその地位を離れた場合のほか、辞職した場合を含むと解釈されていますので(※芦部信喜著、高橋和之補訂「憲法」岩波書店319頁)、そうしたケースで内閣総理大臣が職務を行うことが不可能であることが確定している場合には、第70条に従って内閣総辞職が必要になります。

そうなると、たとえば病気や事故で生死不明になった場合など、内閣総理大臣に暫定的な故障が生じた場合が問題となりますが、そうしたケースでは内閣法第9条に従って、いわゆる副総理が臨時に職務を代行することになります(※前掲芦部書319頁参照)。

内閣法第9条

内閣総理大臣に事故のあるとき、又は内閣総理大臣が欠けたときは、その予め指定する国務大臣が、臨時に、内閣総理大臣の職務を行う。

内閣法の第9条は、このように「内閣総理大臣に事故のあるとき」または「内閣総理大臣が欠けたとき」には「あらかじめ指定する国務大臣」が「臨時に、内閣総理大臣の職務を行う」と規定していますので、仮に内閣総理大臣に暫定的な故障が生じた場合には「内閣総理大臣に事故のあるとき」に該当するものとして、この規定に従って、事実上はあらかじめ内閣総理大臣によって「内閣法第九条の第一順位指定大臣」として指定された「副総理」がその職務を行うことになるわけです。

もっとも、内閣法第9条はこのように、「内閣総理大臣が欠けたとき」にも「予め指定する国務大臣が、臨時に、内閣総理大臣の職務を行う」としていますので、「内閣総理大臣に事故があるとき」だけではなく「内閣総理大臣が欠けたとき」にもあらかじめ指定された国務大臣による職務の臨時代行は行われることになります。

つまり、現行憲法では、「内閣総理大臣が欠けたとき」と「内閣総理大臣に事故があるとき」に必要となる予め指定された国務大臣による内閣総理大臣の職務の臨時代行は『憲法』の規定によるものではなく、内閣法という『法律』に根拠づけられたもので、その内閣法という『法律』によって指定されるものという位置づけになっているわけです。

自民党憲法改正案は現行憲法の下で『法律』で根拠づけられた内閣総理大臣の職務の臨時代行を『憲法』で根拠づけた

一方、この内閣総理大臣の職務の臨時代行を法律ではなく『憲法』に根拠づけたのが自民党憲法改正草案の第70条2項です。

自民党憲法改正草案第70条2項は

内閣総理大臣が欠けたとき、その他これに準ずる場合として法律で定めるときは、内閣総理大臣があらかじめ指定した国務大臣が、臨時に、その職務を行う。

と規定していますので、この改正案が国民投票を通過すれば「内閣総理大臣が欠けたとき」と「その他これに準ずる場合として法律で定めるとき」には、この『憲法』の規定に基づいて、「予め内閣総理大臣から指定された国務大臣が、臨時にその職務を行う」ことになるからです。

つまり、現行憲法の下では『法律』で根拠づけられていた国務大臣による内閣総理大臣の職務の臨時代行を、『憲法』に根拠づけようとするのが、自民党憲法改正草案第70条2項の目的と言えます。

なお、自民党憲法改正草案第70条2項は、内閣総理大臣の職務の臨時代行が行われる場合について「内閣総理大臣が欠けたとき」と「その他これに準ずる場合として法律で定めるとき」の2つの場合をあげていますが、その意味についてはQ&Aで次のように説明しています。

「内閣総理大臣が欠けたとき」とは、典型的には内閣総理大臣が死亡した場合、あるいは国会議員の資格を失ったときなどをいいます。「その他これに準ずる場合として法律で定めるとき」とは、具体的には、意識不明になったときや事故などに遭遇し生存が不明になったときなど、現職に復帰することがあり得るが、総理としての職務を一時的に全うできないような場合を想定しています。

※出典:日本国憲法改正草案Q&A|自民党 25頁を基に作成

この説明からすれば「内閣総理大臣が欠けたとき」の意味合いは、前述した現行憲法70条や内閣法第9条と変わりません。先ほど説明したように、現行憲法第70条の「内閣総理大臣が欠けたとき」も、死亡した場合や総理大臣となる資格を失ってその地位を離れた場合、辞職した場合を含むと解釈されているからです。

一方、「その他これに準ずる場合として法律で定めるとき」については、先ほど説明した内閣法第9条の「内閣総理大臣に事故のあるとき」よりもその範囲は広げられることになります。

なぜなら、前述した内閣法第9条の「内閣総理大臣に事故のあるとき」の意味合いは、たとえば病気や事故で生死不明になった場合など、内閣総理大臣に暫定的な故障が生じた場合に限られますが、自民党憲法改正草案第70条2項の「その他これに準ずる場合として法律で定めるとき」の意味合いは、そうした病気や事故等だけでなく、「現職に復帰することがあり得るが、総理としての職務を一時的に全うできないような場合」も広く含まれるからです。

自民党のQ&Aの説明を前提とすれば、「その他これに準ずる場合として法律で定めるとき」の意味合いは、病気や事故で生死不明になった場合が含まれる点で内閣法第9条の「内閣総理大臣に事故のあるとき」と変わりませんが、文理的には「事故のあるとき」以外であっても、あらかじめ「法律で定め」ておけば内閣総理大臣の職務の臨時代行を広く認める解釈が成立する余地が生じますので注意が必要です。

内閣総理大臣が欠けたとき等における職務の臨時代行に関する規定を憲法に明記することで生じ得る3つの問題点

以上で説明したように、自民党憲法改正草案第70条2項は「内閣総理大臣が欠けたとき」と「その他これに準ずる場合として法律で定めるとき」の2つの場合に、予め指定した国務大臣に内閣総理大臣の職務を臨時代行させる規定を新設していますが、こうした規定は次の点で疑義があります。

(1)内閣総理大臣の臨時代行の根拠を「憲法」に置いたことで濫用される危険性

まず指摘できるのが、予め指定した国務大臣に内閣総理大臣の職務を臨時代行させる法的根拠を『憲法』に置く必要があるのかという点です。

先ほど説明したように、現行憲法で内閣総理大臣の職務の臨時代行の規定は『憲法』には置かれておらず内閣法という『法律』に置かれていますから、それはあくまでも『法律』上の根拠であって『憲法』の根拠ではありません。

この点、こうして『憲法』で根拠づけた点について自民党はQ&Aで次のように説明しています。

Q30 内閣総理大臣の職務の臨時代行の規定を置いたのは、なぜですか?

 内閣総理大臣は、内閣の最高責任者として重大な権限を有し、今回の草案で、その権限をさらに強化しています。

そのような内閣総理大臣に不慮の事態が生じた場合に、「内閣総理大臣が欠けたとき」に該当するか否かを誰が判断して、内閣総辞職を決定するための閣議を誰が主催するのか、ということが、現行憲法では規定が整備されていません。

しかし、それでは危機管理上も問題があるのではないか、指定を受けた国務大臣が内閣総理大臣の職務を臨時代行する根拠は、やはり憲法上規定すべきではないか、との観点から、今回の草案の70条2項では、明文で「内閣総理大臣が欠けたとき、その他これに準ずる場合として法律で定めるときは、内閣総理大臣があらかじめ指定した国務大臣が、その職務を行う」と規定しました。

※出典:日本国憲法改正草案Q&A|自民党 25頁を基に作成

つまり自民党は、職務代行の規定を『憲法』に置かないと、内閣総理大臣が欠けたときに内閣総辞職を決定するための閣議の主催者が明確でないし、危機管理上も問題があるので、改正案であえて『憲法』で根拠づけたと言っているわけです。

しかし、『憲法』で職務代行を根拠づけてしまうと、あくまでも内閣総理大臣に事故等があって欠けた場合に「臨時」にその職務を代行するに過ぎない国務大臣の地位が『憲法』上の地位となってしまいますので、それは議員内閣制を採用した憲法の趣旨から乖離してしまうような気がします。

具体的に説明すると、たとえば現行憲法上は内閣総理大臣に事故等があった場合にその職務を代行する国務大臣は、あくまでも内閣法という『法律』によって根拠づけられ就任するに過ぎませんので、仮にその職務を代行する国務大臣が権利を濫用するようなことがあれば、『憲法』に違反するとしてその違憲性を指摘することもできるわけです。

しかし自民党改正案のように『憲法』で臨時代行の規定を根拠づけてしまうと、内閣総理大臣に事故等があった場合にその職務を代行する国務大臣は国の最高法規である『憲法』によって根拠づけられて職務代行として就任することになりますから、たとえ権利を濫用するようなことがあっても「私は憲法によって臨時代行をしているのだから私に反対することが憲法違反だ」という理屈が成り立つようになるので、その憲法違反を指摘することが事実上困難になってしまうかもしれません。

『憲法』は国の最高法規であって、そこに臨時代行を根拠づけてしまうということは、絶対的な権力を与えてしまうということですから、その点で問題が生じてしまう余地があると言えるのです。

(2)国会の指名に基づかない国務大臣に『憲法』で内閣総理大臣の権限を与える原理的問題

また、自民党憲法改正草案第70条2項のように『憲法』で内閣総理大臣に事故等があった場合の職務の臨時代行の規定を置いてしまうと、国会の指名に基づかない国務大臣に『憲法』が内閣総理大臣の権限を付与してしまうことになって原理的な矛盾を抱えてしまう点でも問題があるように思います。

現行憲法も自民党憲法改正草案も議院内閣制を採用している点は共通していますので、内閣総理大臣は国会議員の中から国会で指名され、その地位に就くことになりますが(現行憲法第67条、自民党改正案第70条)、内閣総理大臣を「国会」が「国会議員」の中から指名するとしているのは、主権者である国民の民意を反映させ、行政権を行使する内閣総理大臣の権限に主権者である国民の民主的統制を利かせる必要があるからです。

国民主権原理の下で議院内閣制を採用している憲法では、行政権を委ねる内閣を組織させる内閣総理大臣の指名は国民主権の要請に基づかなければならないので、内閣総理大臣の地位が国会の指名に基づくことは原理的にも当然なことなのです。

しかし、自民党改正案第70条2項は、あらかじめ指定した国務大臣が臨時に職務を臨時代行することを認めていますので、内閣総理大臣が欠けたり事故等があった場合にその職務を代行する国務大臣は、国会の指名に基づかずに内閣総理大臣の権限を代行することになりますから、そこでは国民主権原理の要請は働かないことになってしまいます。

つまり自民党憲法改正案第70条2項は、国民主権原理を採用したはずの『憲法』が国民主権原理の例外を認めてしまっていることになるので、改正案第70条2項自体が国民主権原理の観点から原理的な矛盾を抱えてしまうことになるのです。

もちろん、現行憲法上で認められた内閣法第9条も国会の指名に基づかない国務大臣を臨時の職務代行として指定できるので、現行憲法の下でも国会の指名に基づかない国務大臣が内閣総理大臣の職務を代行することになるのですから、そこでは国民主権原理の要請は働いていないとも言えます。

しかしそれは、あくまでも内閣法という『法律』で根拠づけられたものであって『憲法』で根拠づけられたものではありません。

自民党憲法改正草案第70条2項における内閣総理大臣の臨時代行は、「臨時」とはいえ国民主権原理を採用したはずの『憲法』が国民主権原理の例外を認めてしまっているわけです。

しかし、憲法改正という方法で主権者である国民が国民主権原理の例外を『憲法』で認めてしまうと、国民投票さえ通過させれば憲法の基本原理である国民主権原理でさえいくらでも制限することができるという既成事実になりかねません。

いったん国民が国民主権原理の例外を許容してしまえば、なし崩し的に国民主権原理の例外が広げられていく危険性は生じないでしょうか。

憲法は国の最高法規であって、全ての法規範に優先されるものですから、安易な国民主権原理の例外を認めるべきではありません。

内閣総理大臣の臨時代行は、現行憲法のように憲法に規定するのではなく法律(内閣法)で規定するにとどめ、国民主権原理はしっかりと憲法で守り、安易な例外の許容は慎むべきでしょう。

(3)内閣総理大臣に「事故のあるとき」以外にも職務代行が就任してしまう危険性

さらに言えば、あらかじめ法律で定めておきさえすれば内閣総理大臣の臨時代行を「事故のあるとき」以外にも、いくらでも自由に就任させることができてしまう点も問題です。

先ほど説明したように、現行憲法には内閣総理大臣の臨時代行に関する規定はなく、内閣法第9条で「内閣総理大臣に事故のあるとき」と「内閣総理大臣が欠けたとき」に限って臨時代行の就任が認められるだけですから、現行憲法上はそうした「欠けた」場合や「事故のある」ときという不可抗力に起因する以外のケースで内閣総理大臣の臨時代行を就任させることはできません。

しかし、自民党憲法改正草案第70条2項は「内閣総理大臣が欠けたとき」だけでなく「その他これに準ずる場合として法律で定めるとき」にまで内閣総理大臣の臨時代行を認めていますから、自民党改正案が国民投票を通過すれば、予め法律さえ整備しておけば内閣総理大臣が「欠けた」り「事故」に遭遇しなくても、内閣総理大臣の臨時代行を就任させることができるようになってしまいます。

つまり、自民党改正案では不可抗力がなくても意図的に臨時代行という形で内閣総理大臣の首を挿げ替えることもできるようになってしまうのです。

この点、先ほど引用したようにQ&Aは「その他これに準ずる場合」について「具体的には、意識不明になったときや事故などに遭遇し生存が不明になったときなど、現職に復帰することがあり得るが、総理としての職務を一時的に全うできないような場合を想定しています」と説明していますから、臨時代行はそうした不可抗力の生じたケースに限定して就任が認められるとも思えます。

ですが「これに準ずる場合」などとあいまいな規定がいったん憲法に置かれてしまうと、憲法は国の最高法規ですから、その規定を根拠にして「憲法に”これに準ずる場合として法律で定めるとき”と規定されているのだから法律にあらかじめ規定さえしておけばいかなるケースでも臨時代行を就任させることはできる可能だ」との理屈で、「事故」など不可抗力でなくても意図的に臨時代行を就任させるができるようになってしまうでしょう。

自民党憲法改正草案第70条2項は法律に規定しておくだけで「臨時代行」という形ではあっても意図的に内閣総理大臣の首を挿げ替えることを許容している点で問題があると言えるのではないでしょうか。

また、仮にそうなれば、内閣総理大臣の臨時代行は国務大臣であればよく、その国務大臣の過半数は必ずしも国会議員である必要はありませんから(現行憲法第68条1項、自民党改正案第68条1項)、結果的に国会議員ではない人物が臨時代行として内閣総理大臣の職を引き継ぐことになるかもしれませんが、内閣総理大臣は本来、国会議員の中から選ばれるものです(日本国憲法第67条1項)。

日本国憲法第68条1項

内閣総理大臣は、国務大臣を任命する。但し、その過半数は、国会議員の中から選ばれなければならない。

自民党憲法改正草案第68条1項

内閣総理大臣は、国務大臣を任命する。この場合においては、その過半数は、国会議員の中から任命しなければならない。

自民党憲法改正草案第70条2項が国民投票を通過すれば、あらかじめ法律に規定しておくだけで意図的に国会議員ではない人物を内閣総理大臣の臨時代行に就任させ内閣総理大臣と同等の行政権を付与することもできるようになるわけですが、そうした国民主権の例外を「事故」など不可抗力ではなく意図的にできる点でも大きな問題があると言えます。

内閣総理大臣の臨時代行に関する規定を憲法に明記する必要性はあるのか

以上で説明したように、自民党憲法改正草案第70条2項は内閣総理大臣の臨時代行の規定を憲法に置いていますが、憲法にそうした規定が置かれてしまうと、国の最高法規である憲法が議院内閣制や国民主権の例外を許容してしまう点で問題があると言えます。

自民党は改正案第70条2項の趣旨についてQ&Aで「危機管理上も問題がある」などと言いますが、そうした危機管理上の問題は憲法ではなく「法律」を整備しておけば解決できる問題なはずです。

そうした努力を怠ったまま、議院内閣制や国民主権の例外を安易に憲法に盛り込もうとする自民党の危うさが懸念されます。