広告

自民党憲法改正案の問題点:第86条2項|際限なき補正予算の増大

憲法改正を執拗に呼びかける自民党が公開している憲法改正草案の問題点を一条ずつチェックしていくこのシリーズ。

今回は、内閣による補正予算案の提出権を明記した自民党憲法改正草案第86条2項の問題点を考えてみることにいたしましょう。

広告

内閣における補正予算案の提出権を明文化した自民党憲法改正草案第6条2項

現行憲法の第86条は内閣による予算の提出についての規定を置いていますが、自民党憲法改正草案はそこに第2項を追加して内閣における補正予算案の提出権を明文化する規定を新設しています。

具体的にどのような規定が新設されているのか、条文を確認してみましょう。

日本国憲法第86条

内閣は、毎会計年度の予算を作成し、国会に提出して、その審議を受け議決を経なければならない。

自民党憲法改正案第86条

第1項 内閣は、毎会計年度の予算案を作成し、国会に提出して、その審議を受け、議決を経なければならない。

第2項 内閣は、毎会計年度において、予算を補正するための予算案を提出することができる。

※出典:自由民主党日本国憲法改正草案(平成24年4月27日決定)|自由民主党 を基に作成

このように、自民党憲法改正案第86条2項は、内閣に会計予算の年度内補正をする権利があることを明文として置く規定を新設しています。

では、このような規定を新設することは、具体的にどのような問題を生じさせるのでしょうか。検討してみましょう。

自民党憲法改正案第条2項の問題点

このように、自民党憲法改正草案第86条は第2項に内閣の補正予算案提出権を明文化する規定を新設しています。

この規定に関しては、次の3つの問題点を指摘できると思いますので順に説明していきます。

(1)条文自体が不明確

まず指摘したいのは、自民党憲法改正案第86条2項の条文自体が不明確という点です。

改正案第86条2項は、補正予算案の提出権を内閣に置いたうえで、内閣が予算を補正する場合にその予算案を「提出することができる」としていますが、それをどこに提出するのか、また提出するだけで足りるのかそうでないのか明確ではありません。

もちろん、第一項で予算案を国会に提出してその審議と議決を経なければならないとされていますので、常識的に考えれば補正予算案を国会に提出して国会の審議と議決を経るということになるのだと思います。

しかし、そうであれば「…予算を補正するための予算案を国会に提出することができる。この場合、第一項の審議を受け、議決を経なければならない。」と明確に規定するべきではないでしょうか。

自民党案のような規定では、『補正予算は単に”提出”としか憲法に規定されていないから国会に提出すれば足り、審議や議決がなくても執行できるのだ』という無理のある理屈で、国会の承認のない補正予算の執行が強行されてしまう危険があるような気がします。

仮にそうなれば国会の予算審議権と国会による財政支出の抑制機能が機能しなくなり、財政民主主義の建前が失われてしまうので大変危険です。

憲法は国の最高法規なのですから、疑義が生じないような明確な条文が望ましいのではないでしょうか。

(2)無制約な補正予算がなし崩し的に拡大されてしまう

問題点の二つ目は、内閣に補正予算案の提出権を認める規定を憲法に置くことで、財源の裏付けを伴わない無制約な補正予算がなし崩し的に拡大されてしまう危険がある点です。

現行憲法上、予算の成立手順は憲法に明記されていないので財政法という法律に委ねられていますが、そこでは一月中に閣議決定された次年度予算案が国会に提出された後、国会でその予算案が審議されて可決され、当初予算(本予算)として成立するものとされています。

財政法第27条

内閣は、毎会計年度の予算を、前年度の一月中に、国会に提出するのを常例とする。

※出典:財政法|e-gov

そしてその当初予算(本予算)で不足が生じる場合、具体的には財政法第29条1号ないし2号に列挙されるような、たとえば災害が発生したり当初予算(本予算)では不足する経費が生じた場合などに限って、内閣が予算作成の手続きに準じて補正予算を作成して国会に提出することができ、国会(通常であれば臨時国会)の審議と可決を経て成立させることになっています。

財政法第29条

内閣は、次に掲げる場合に限り、予算作成の手続に準じ、補正予算を作成し、これを国会に提出することができる。
一 法律上又は契約上国の義務に属する経費の不足を補うほか、予算作成後に生じた事由に基づき特に緊要となつた経費の支出(当該年度において国庫内の移換えにとどまるものを含む。)又は債務の負担を行なうため必要な予算の追加を行なう場合
二 予算作成後に生じた事由に基づいて、予算に追加以外の変更を加える場合

※出典:財政法|e-gov

補正予算についても国会の審議と議決を必要としているのは、国民から徴収した税の使途は国民の代表機関である国会で審議させる必要があるという財政民主主義の観点によるものです。

この点、自民党憲法改正草案第86条2項は、この内閣の補正予算(案)提出権を憲法に規定するということですから、現行憲法上で財政法という法律で明記された内閣の補正予算(案)提出権を、国の最高法規である憲法に位置付けて、内閣の補正予算(案)提出権を強固なものにしたい意思の表れということができるかもしれません。

ところで、この補正予算はあくまでも当初予算(本予算)の中の追加または修正された部分のみを変更する効果を持つものであって、暫定予算のように補正予算それ自体が当初予算から独立して執行されるものではないものと考えられています(※「法律学小辞典 第3版」有斐閣「補正予算」の項参照)。

そのため、財政法第29条は、内閣が補正予算を提出できる場合を、法律上又は契約上国の義務に属する経費の不足を補うといった必要に基づく追加予算の場合(1号)と、追加以外の変更を行うための修正予算の場合(2号)の二つの場合に限定することで、当初予算(本予算)と補正予算の一体性を担保しているわけです。

しかし、自民党改正案のように内閣の補正予算(案)提出権を憲法に明記してしまうと、それは憲法事項となり国の最高法規となってしまいますから、内閣がその限定された2つの場合を越えて補正予算を提出できるようになってしまう懸念が生じます。

自民党改正案は内閣の補正予算(案)提出権を憲法に明記していますので、国民投票によって主権者である国民が当初予算(本予算)を越えた補正を行う権能を内閣に与えたとの理屈が成り立てば、当初予算(本予算)から独立した補正予算の執行を許容する解釈も説得力を持つことになるからです。

仮にそうなれば、財政法第29条で限定された場合を越えた補正予算が認められることで、補正予算の許容範囲が際限なく拡大し、財源の裏付けのない補正予算や無制約な補正予算が乱発される懸念も生じてしまいますが、それでは国の予算が雪だるま式に膨れ上がりかねません。

そうした懸念があることを考えると、自民党憲法改正案第2項のように内閣の補正予算(案)提出権を憲法に明文化してしまうことは、危険があるような気がします。

(3)すでに財政法にある条文をわざわざ憲法に規定する必要性がない

3つ目は、そもそも憲法に内閣の補正予算(案)提出権を規定する意味があるのかという点です。

前述したように、内閣の補正予算提出権は現行憲法上でも財政法に明記されて認められているわけですから、内閣が補正予算案を提出することだけを望むなら、現行憲法の条文ですでにそれは実現できていると言えます。

それをわざわざ憲法に明記しなければならない理由がそもそもないわけです。

自民党が公開している憲法改正案のQ&Aを見ても、86条第4項については説明がありますが、第2項については何も説明がないので、その意図は明らかではありません。そのうえでそれをわざわざ憲法に明記するということは、何か不当な意図があるのではないかという懸念はどうしても生じてしまいます。

なぜかかる条文を新設したのか、自民党は説明すべきではないでしょうか。