自民党がウェブ上で公開している憲法改正草案の問題点を一条ずつチェックしていくシリーズ。
今回は、自民党憲法改正草案の「第5条」を確認してみることにいたしましょう。
なお、この記事の概要は大浦崑のYouTube動画でもご覧になれます。
記事を読むのが面倒な方は動画の方をご視聴ください。
天皇の国事行為から「のみ」を取り払うことで天皇の権能が国事行為に限定されなくなる
現行憲法では第4条に「天皇の権能」に関する規定が置かれていますが、自民党の憲法改正草案の第5条にも同様の規定が置かれることになっています。
自民党憲法改正草案では第4条に「元号」の規定が新設されて挿入されましたので、現行憲法の第4条1項に規定されている「天皇の権能」に関する規定が、第5条に移動した形です。
この点、現行憲法の第4条1項は、天皇の権能について次のように規定しています。
【日本国憲法第4条1項】
天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行い、国政に関する権能を有しない。
一方、自民党憲法改正草案の第5条は次のように規定されています。
(天皇の権能)
※出典:自由民主党日本国憲法改正草案(平成24年4月27日決定)|自由民主党 を基に作成
第五条 天皇は、この憲法に定める国事に関する行為を行い、国政に関する権能を有しない。
一見すると差異はないように思えますが、現行憲法では「国事に関する行為のみを行い」と規定されている部分が、自民党憲法改正草案では「国事に関する行為を行い」とされていて「のみ」の文言が取り除かれている点が違います。
「のみ」という文言は、その前に置かれた事柄を限定する意味を持ちますから、現行憲法では「のみ」と規定されることで天皇の権能が「国事に関する行為」に限定されていたものが、自民党憲法改正草案では天皇の権能が「国事に関する行為」に必ずしも限定されなくなる点に変更が生じます。
つまり、憲法改正後の天皇は国事行為以外の行為を行ったとしても、その行為が必ずしも違憲と判断されることがなくなるので、天皇の権能が国事行為(国事に関する行為)以外にも広げられる余地を生じさせることになるわけです。
天皇の国事行為の規定から「のみ」が削除されれば、天皇の権能が拡大される余地を生じさせる
この点、現行憲法上でも天皇は「国事に関する行為(国事行為)」以外の行為を行うこともできると考えられていますから、仮に自民党改正草案が国民投票を通過して天皇の権能が「国事に関する行為(国事行為)」に限定されなくなったとしても、改正の前後で事実上差異はないとも思えます。
たとえば、「国事に関する行為(国事行為)」とは国家機関として行う行為のことを言いますが、現行憲法における天皇は、その”国家機関”として以外にも、生物の研究をしたりその研究論文を発表したりするなど純粋に”私人”としての行為をすることが当然に求められていると考えられていますので、そうした行為は「私的行為」として認められていると言えます。
また、天皇は植樹祭に出席するため全国に足を運んだり、被災地を慰問したり、国体などであいさつしたり、そうした場で「おことば」を述べられたり、外国の国賓を接待したりするなどすることがありますが、これらは憲法第6条ないし7条の国事行為には含まれませんので「国事行為」ではありませんが「公的な行為」として認められています。
このように、天皇の権能が「国政に関する行為(国事行為)」に限定される現行憲法であっても、天皇の権能はその国事行為に限定されることなく「公的行為」や「私的行為」が憲法上認められていると考えられていますので、自民党改正草案が国民投票を通過することによってその現行憲法から「のみ」の文言が取り払われて天皇の権能が「国政に関する行為(国事行為)」に限定されなくなったとしても、現行憲法とさして違いないとも思えます。
しかし、そう安易に考えてしまうのは危険でしょう。現行憲法で天皇の権能に「のみ」と規定されることでその行為が「国事に関する行為(国事行為)」に限定されることが明確なものが、「のみ」の文言が取り除かれることによってその制限が曖昧になれば、天皇ができる行為が際限なく広げられる可能性があるからです。
たとえば将来、天皇が「国政に関する行為(国事行為)」以外の行為を行う必要が生じた場合のことを考えてください。
この点、天皇ができる行為が国事行為「のみ」に限定される現行憲法においては、国事行為に含まれない行為は本来的に違憲性を生じさせますので、その国事行為に含まれないその行為が「公的行為」や「私的行為」として例外的に認められるのか、またその行為に政治的な意味合いが含まれる余地が生じないか、十分に議論することが必要になります。
本来認められない国事行為以外の行為を認める以上、国民主権の観点からそこに内閣のコントロールを介在させる必要性がありますので、その天皇が行う国事行為に含まれない行為が憲法上の違憲性を生じさせないのか、様々な角度から議論し検証される必要があるからです。
しかし、条文から「のみ」の文言を取り除いた自民党憲法改正草案が国民投票を通過すれば、天皇の行為は必ずしも国事行為「のみ」に限られないことになりますので、天皇が国事行為に含まれない行為をする場合であっても、そうした議論や検証の必要性は格段に低くなってしまいます。
仮にその議論や検証が必要とされるにしても、その度合いは憲法改正前と比べて格段に軽くなりますから、十分な議論や検証をしないまま天皇が「国政に関する行為(国事行為)」に含まれない行為をすることが憲法上認められてしまう余地が生じることになるでしょう。
そうなれば、それ以後の天皇の権能は”なし崩し的”に拡大され、憲法で定められた「国政に関する行為(国事行為)」以外の行為も憲法上の歯止めがかからないまま無制限に広げられる懸念も生じてしまう危険性があります。
天皇ができる行為がなし崩し的に拡大すれば、国民主権もなし崩し的に後退する
このように、憲法の天皇の権能に関する規定から「のみ」の文言を取り除く自民党憲法改正草案第5条は、天皇のできる行為を広げる方向に作用することで結果的に天皇の権能をなし崩し的に拡大させ天皇の地位や権限を強化することにつながります。
しかし、そうして天皇の地位や権能を強化することは、相対的に主権者である国民の地位や権能を後退させることになります。現行憲法は国民主権原理を採用しており、天皇の地位さえも主権者である国民の意思を前提にすることで、天皇の地位や権能を制限しているからです。
現行憲法では第1条で天皇の地位を「主権の存する日本国民の総意に基づく」としていますが、これは天皇の地位が絶対的・普遍的なものとされていた明治憲法(大日本帝国憲法)の反省が基になっています。
【日本国憲法第1条】
天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。
明治憲法(大日本帝国憲法)ではその第3条で天皇を神聖なもの不可侵的なものと規定することで天皇の神聖性や不可侵性を絶対的・普遍的なものと規定しており、またそうした絶対的・普遍的な地位にある天皇に第4条で「統治権ヲ総攬」する権能、すなわち国の主権者たる地位が置かれていました。
【大日本帝国憲法(抄)】
第1章 天皇
第1条 大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス
第2条 皇位ハ皇室典範ノ定ムル所ニ依リ皇男子孫之ヲ継承ス
第3条 天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス
第4条 天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ此ノ憲法ノ条規ニ依リ之ヲ行フ
(以下省略)
しかし、そうして絶対的・普遍的な地位にある天皇に置かれた主権者たる地位や権能が、当時の国家指導者や軍部に利用され、またそれに当時の天皇と少なからぬ国民が同意を与えた結果、国全体が一丸となって軍国主義的な政治体制にまい進していくことになります。そうして起きたのが先の戦争であって先の敗戦です。
このような失敗があったことから、戦後に制定された日本国憲法では、天皇の地位や権能が一部の政治勢力などに利用されてしまわないように、天皇の地位を主権者である国民の意思に基づくものとしてその絶対性・普遍性を否定し、天皇の権能を象徴的・儀礼的な国事行為に限定して、天皇の地位や権能を制限することが求められました。
そのため、現行憲法の日本国憲法では、第1条で「主権の存する日本国民の総意に基づく」と規定したうえで、天皇の権能について「国事に関する行為のみを行い」とすることで、天皇の地位や権能を制限したのです。
にもかかわらず、自民党の憲法改正草案第5条はその規定から「のみ」の文言を取り除いて天皇の地位と権能を強化し、天皇のできる行為を国事行為以外の行為にも拡大させていますから、それは明治憲法(大日本帝国憲法)への逆戻りとなるでしょう。
天皇の地位や権能が強化されれば、それを憲法によって制限してきた国民の主権は相対的に弱められますから、それはすなわち国民主権が後退することにつながります。
そして国民主権原理は民主主義の実現に不可欠な基本原則ですから、当然それは民主主義の後退を意味します。
ですから、天皇の権能に関する規定から「のみ」の文言を取り除いた自民党憲法改正草案第5条は、国民主権を後退させ、明治憲法(大日本帝国憲法)で実現されていたような天皇中心の国に変えてしまう危険性を生じさせる点で、民主主義の観点から大きな問題があると言えるのです。
天皇の権能に関する規定から「のみ」を取り除く自民党改正案は明治憲法(大日本帝国憲法)で生じた過ちを招来する点で問題がある
以上で説明したように、天皇の権能に関する規定から「のみ」の文言を取り除く自民党憲法改正草案第5条は、その行為が象徴的・儀礼的な国事行為に限定されている天皇の地位と権能を、国事行為以外も可能にしてその権限を拡大することで、その地位と権能を絶対的・普遍的な地位にあった明治憲法(大日本帝国憲法)上の天皇に限りなく近づける作用を生じさせます。
それは当然、明治憲法(大日本帝国憲法)で生じた天皇の政治利用の問題を惹起させることにつながり、国民主権を後退させますから、民主主義の観点から問題があるのです。
もちろん、自民党がこうした天皇の政治利用を意図してこの条文を起草したのか、それはわかりません。
しかし、少なくともこの自民党憲法改正草案第5条が国民投票を通過することによって、国民主権が後退し民主主義が機能不全に陥る危険性が生じることになるのは間違いありませんから、その点を十分に理解したうえで自民党の憲法改正案に賛否を判断することが求められます。