広告

自民党憲法改正案の問題点:第79条5項|報酬減額で最高裁が傀儡に

憲法改正に執拗に固執し続ける自民党が公開している憲法改正草案の問題点を一条ずつチェックしていくこのシリーズ。

今回は、最高裁判所裁判官の報酬の減額を容認した自民党憲法改正草案第79条第5項の問題点を考えてみることにいたしましょう。

広告

最高裁判所裁判官の報酬の減額を許容する自民党憲法改正草案の第5項

現行憲法の第79条第5項は最高裁判所裁判官の報酬についての規定を置いていますが、この規定は自民党改正案でも同様な規定が引き継がれています。

ただし、その内容に若干の変更がなされているので注意が必要です。では、具体的にどのような変更がなされているのか、双方の条文を確認してみましょう。

日本国憲法第79条5項

最高裁判所の裁判官は、すべて定期に相当額の報酬を受ける。この報酬は、在任中、これを減額することができない。

自民党憲法改正草案第79条5項

最高裁判所の裁判官は、全て定期に相当額の報酬を受ける。この報酬は、在任中、分限又は懲戒による場合及び一般の公務員の例による場合を除き、減額できない。

※出典:自由民主党日本国憲法改正草案(平成24年4月27日決定)|自由民主党 を基に作成

このように、現行憲法が最高裁判所裁判官の報酬について「減額することができない」としている部分を、自民党改正案が「分限又は懲戒による場合及び一般の公務員の例による場合」にその減額を認めた部分が異なります。

では、こうした変更は具体的にどのような問題を惹起させるのでしょうか。

最高裁判所裁判官の報酬の減額を認められることで司法判断が歪められる危険性

この点、結論から言えば、こうして最高裁判所裁判官の報酬の減額を認めることは、裁判官の独立性を損ない、司法判断が歪められる危険性があるため問題があると言えます。

なぜなら、最高裁判所裁判官の在任中の報酬減額が認められてしまえば、その報酬減額の可能性が裁判官への圧力となりうるからです。

そもそも現行憲法が最高裁判所裁判官の報酬減額を禁止しているのは、司法権の独立を報酬の面から担保するところにあります。

裁判が公正に行われ人権の保障が確保されるためには、裁判を担当する裁判官が、いかなる外部からの圧力や干渉を受けずに、公正無私の立場で職責を果たすことが必要ですが、司法権は非政治的権力であり、政治性の強い立法権・行政権から干渉される危険性が大きいこと、また司法権は裁判を通じて国民の権利を保護することを職責としているため、政治的権力を排除し、特に少数者の保護を図ることが必要なことから、司法権が立法権や行政権から独立していることは不可欠です(蘆部信喜著「憲法」345~346)。

そのため、報酬の減額を盾に、立法や行政が裁判官に影響力を行使し、裁判官の司法判断を歪めてしまわないように、憲法第79条6項は、「この報酬は、在任中、これを減額することができない」として、立法や行政による報酬への介入を防いでいるわけです。

それにもかかわらず、自民党改正案第79条5項は、この減額を禁止した現行憲法の条文を変更し、「分限」と「懲戒」、また「一般の公務員の例」による場合に最高裁判所裁判官の報酬減額を認めようとしているわけです。

この点、「分限」と「懲戒」の場合については、現行憲法上でも裁判官の弾劾は認められており(憲法第78条)、現行法制上でも罷免(裁判官弾劾法第15条、37条)と職務の停止(同法39条)、懲戒による一万円以下の過料を含む戒告(裁判官分限法第2条)が法制化されていますから、それが直ちに問題があるとは言えません。

日本国憲法第78条

裁判官は、裁判により、心身の故障のために職務を執ることができないと決定された場合を除いては、公の弾劾によらなければ罷免されない。裁判官の懲戒処分は、行政機関がこれを行ふことはできない。

裁判官弾劾法第15条1項

何人も、裁判官について弾劾による罷免の事由があると思料するときは、訴追委員会に対し、罷免の訴追をすべきことを求めることができる。

裁判官弾劾法第37条

裁判官は、罷免の裁判の宣告により罷免される。

裁判官弾劾法第39条

弾劾裁判所は、相当と認めるときは、何時でも、罷免の訴追を受けた裁判官の職務を停止することができる。

裁判官分限法第2条

裁判官の懲戒は、戒告又は一万円以下の過料とする。

※出典:裁判官弾劾法|e-gov裁判官分限法|e-gov

問題は、自民党案の「一般の公務員の例による場合を除き」の部分です。

この「一般の公務員の例による場合」とは、具体的には一般の公務員と同じく人事院勧告によって減額することを意味するものと思われますが、「…場合を除き」となれば、一般の公務員と同様に、最高裁判所裁判官の報酬も人事院勧告によって減額することができるようになってしまうでしょう。

しかし、人事院は建前的には「国家公務員の人事管理を担当する中立的な第三者・専門機関」とされていますが(教えて!人事院)、内閣の所轄の下に組織され、その人事院を組織する三人の人事官は両議院の同意を得て内閣が任命することになっていますので(国家公務員法第4条1項、同5条1項)、衆参両議院で過半数を獲得した政党が政権を掌握すれば、時の内閣に都合の良い人事官を任命することで、人事院勧告を内閣の都合のいいように操作することも不可能ではなくなってしまいます。

国家公務員法第3条1項

内閣の所轄の下に人事院を置く。人事院は、この法律に定める基準に従つて、内閣に報告しなければならない。

国家公務員法第4条1項

人事院は、人事官三人をもつて、これを組織する。

国家公務員法第5条第1項

人事官は、人格が高潔で、民主的な統治組織と成績本位の原則による能率的な事務の処理に理解があり、かつ、人事行政に関し識見を有する年齢三十五年以上の者のうちから、両議院の同意を経て、内閣が任命する。

※出典:国家公務員法 e-gov

仮にそうして内閣に都合の良い人事官で人事院が組織されてしまえば、内閣の息のかかった人事院勧告によって最高裁判所裁判官の報酬が操作されることで、それを嫌う裁判官の司法判断が歪められてしまう危険性も生じてしまいかねません。

また、過去に最高裁判所裁判官の会議で人事院勧告と同様に裁判官の報酬を引き下げても司法の独立を侵すものではない旨の決議がなされている事実がありますが、人事院勧告が一律の引き下げではなく地域間格差を含むケースでは、都市部への転勤要望が今以上に強まることでそれを利用した裁判官統制がしやすくなるとの批判も指摘されています。

国家公務員の給与の減額を提案した2002(平成14)年8月8日の人事院の勧告等については、同年9月4日の最高裁判所裁判官会議で、人事院勧告の完全実施に伴い国家公務員の給与全体が引き下げられるような場合に、裁判官の報酬を同様に引き下げても司法の独立を侵すものではない旨の決議をされている。だが、2005(平成17)年9月28日の最高裁判所裁判官会議で受け入れた同年8月15日の人事院勧告は、一律の引き下げではない。それは、(1) 地域ごとの民間賃金水準の格差を踏まえ、全国共通に適用される俸給表の水準を平均4.8パーセント(中高齢層は更に2パーセント程度)引き下げる、(2) 民間賃金が高い地域には、3パーセントから最大18パーセントまでの地域手当を支給するという重要な内容を含んでいる。そのため、地域間格差が拡大し、都市部への転勤要望が今以上に強まり、それを利用した裁判官統制が一層しやすくなる危険性がある。

※出典:徹底批判 自民党新憲法草案|自由法曹団

こうした指摘を踏まえれば、自民党憲法改正草案第79条第5項は報酬の面から最高裁判所裁判官の司法判断に影響を及ぼすことで、司法の独立を損なう危険性がありますから、到底容認できるものではないと言えるのです。

自民党憲法改正草案第79条第5項は司法の独立を脅かす危険な条文

このように、自民党憲法改正草案第79条第5項は人事院勧告によって最高裁判所裁判官の報酬を減額する道を開いていますが、こうした変更を最高法規である憲法に明記してしまうと、最高裁判所裁判官の司法判断が時の政権に操作されることで、国家権力によって都合の良い判決が乱発される一方、国民の基本的人権を無暗に制限する判決が量産されかねません。

司法は主権者である国民が権力から受ける不当な抑圧に対抗しうる最後の砦ですから、これが内閣の思いのままにされてしまうと、人権保障が失われるばかりか、民主主義自体も機能不全に陥ってしまいます。

そうした危険な条文に変えてしまう必要性がどこにあるのか、国民は十分に考える必要があるでしょう。