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自民党憲法改正案の問題点:第65条|内閣総理大臣に権力を集中

憲法尊重擁護義務(憲法第99条)を無視して執拗に憲法改正に固執し続ける自民党が公開している憲法改正草案の問題点を一条ずつチェックしていくこのシリーズ。

今回は、内閣の行政権について規定した自民党憲法改正草案第65条の問題点を考えてみることにいたしましょう。

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内閣から行政権の一部を取り上げた自民党憲法改正草案第65条

現行憲法の第65条は内閣の行政権に関する規定を置いていますが、この規定は自民党憲法改正草案でも同様に引き継がれています。

もっとも、自民党憲法改正草案では内閣の行政権を大きく制限していますので注意が必要です。

では、自民党憲法改正草案は具体的にどのような変更を行っているのか、条文を確認してみましょう。

日本国憲法第65条

行政権は、内閣に属する。

自民党憲法改正草案第65条

行政権は、この憲法に特別の定めのある場合を除き、内閣に属する。

※出典:自由民主党日本国憲法改正草案(平成24年4月27日決定)|自由民主党 を基に作成

このように、現行憲法の第65条が行政権のすべてを「内閣に属する」としているところを自民党憲法改正草案は「この憲法に特別の定めのある場合を除き」と変更して、「憲法に特別の定めのある」行政権を内閣から取り上げている部分が異なります。

では、こうした変更は具体的にどのような問題を生じさせるのでしょうか。検討してみましょう。

自民党憲法改正草案第65条の「憲法に特別の定めのある場合」とは何か

このように、自民党憲法改正草案第65条は内閣の権限とされる「行政権」のうち「憲法に特別の定めのある場合」について「除」いていますが、その問題点を考える前提として、その「行政権」とは何なのか、また「憲法に特別の定めのある場合」が具体的にどのような場合なのかという点が問題となりますのでその点をまず確認しておきましょう。

(1)「行政権」とは

この点、憲法第65条の「行政権」の概念については解釈に学説上若干の争いがありますが、すべての国家作用のうちから立法作用と司法作用を除いた残りの作用と解釈するのが憲法学上の通説的な見解です(控除説又は消極説※芦部信喜著、高橋和之補訂「憲法」312~313頁)。

ですから、国家作用のうちから立法作用と司法作用を除いた残りの作用のすべてを内閣におき、その立法作用と司法作用以外の作用の全てを「内閣」ができるとしたのが現行憲法の第65条ということになります。

(2)自民党憲法改正草案第65条の「憲法に特別の定めのある場合」とは

一方、改正案第65条の「憲法に特別の定めのある場合」とは、その内閣に置かれた行政権のうち、憲法が「特別の定め」をもって内閣からその行政権を除いている部分が該当することになります。

この点、自民党憲法改正草案では、その通説で言うところの「行政権」のうち次の①②③の3つについて「特段の定め」を置いて「内閣総理大臣」の権限としていますので、改正案第65条の「憲法に特別の定めのある場合」は具体的には次の3つが該当することになるでしょう。

  • ① 衆議院の解散権(改正案第54条第1項)
  • ② 行政各部の指揮監督権および総合調整権(改正案第72条)
  • ③ 国防軍の指揮監督権および統括権(改正案第9条の2第1項、同第2条第3項)

自民党憲法改正草案第54条第1項

衆議院の解散は、内閣総理大臣が決定する。

自民党憲法改正草案第72条第1項

内閣総理大臣は、行政各部を指揮監督し、その総合調整を行う。

自民党憲法改正草案第9条の2第1項

我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する。

自民党憲法改正案第72条第3項

内閣総理大臣は、最高指揮官として、国防軍を統括する。

※出典:自由民主党日本国憲法改正草案(平成24年4月27日決定)|自由民主党 を基に作成

つまり、この3つの行政権を「内閣」ではなくあえて「内閣総理大臣」に与えると規定したのが自民党憲法改正草案第65条の規定になるわけです。

行政権を内閣から内閣総理大臣に委譲して権限を強化すれば内閣総理大臣に権力が集中して権力の均衡が失われる

このように、自民党憲法改正草案第65条は、現行憲法の第65条が「内閣」に位置付けた行政権のうち「この憲法に特別の定めのある」部分を「内閣総理大臣」に委譲した点が異なります。

この点、こうした変更によって具体的にどのような問題を生じるかが問題となるわけですが、結論から言えば、こうした行政権の所在の変更は、内閣総理大臣に権力を集中させることになる結果、権力の専横や濫用を招く危険を生じさせるため問題があると言えます。

なぜなら、行政権を内閣から内閣総理大臣に委譲して権限を強化すれば、議院内閣制を採用し政策決定を内閣の合議制に委ねることで具現化されてきた権力の均衡が損なわれてしまうからです。

ア)現行憲法が議院内閣制を採用した趣旨は内閣の合議制(全会一致)に政策決定を委ねるところにある

現行憲法の日本国憲法が議院内閣制を採用していることは、内閣総理大臣の指名権が国会に置かれていることや(憲法67条)、国務大臣の任命権が内閣総理大臣にあること(憲法68条)などからも明らかですが、内閣は国会に連帯して責任を負わなければなりませんので(憲法66条)、内閣の閣議は全会一致が前提となります(※芦部信喜著、高橋和之補訂「憲法」岩波書店318頁、「法律学小辞典」有斐閣『閣議』の項を参照)。

日本国憲法第66条3項

内閣は、行政権の行使について、国会に対し連帯して責任を負ふ。

日本国憲法第68条

第1項 内閣総理大臣は、国務大臣を任命する。但し、その過半数は、国会議員の中から選ばれなければならない。
第2項 内閣総理大臣は、任意に国務大臣を罷免することができる。

日本国憲法第67条1項

内閣総理大臣は、国会議員の中から国会の議決で、これを指名する。この指名は、他のすべての案件に先だつて、これを行ふ。

内閣の責任が連帯責任になるのなら、その意思決定も多数決は取れないからです。

つまり、日本国憲法が採用した議院内閣制の下では、内閣総理大臣といえども独断で政策を決定できるわけではなく、必ず内閣の合議体にその是非を図り、全会一致の了承を得ることが求められるわけです(※閣議に反対する国務大臣がいた場合は内閣総理大臣がその国務大臣を憲法第68条2項でいったん罷免したうえで憲法第68条1項で別の国務大臣を任命し、再度閣議を開いて全会一致をとる必要があります)。

ではなぜ、現行憲法がそうしたシステムを採用しているかというと、それはもちろん内閣総理大臣という一個人が独断で政策を決定してしまうと国政を誤らせる危険性が生じるからです。

特定の権力者に権限を集中させ独断で政策を決定できるとしてしまうと、冷静な判断ができず誤った政策を決定して国民に不利益を及ぼす可能性も生じてしまいます。

また、内閣総理大臣という一個人に権力を集中させてしまえば、その権力を掌握した内閣総理大臣の専横や濫用を招き、国政が誤った方向に誘導されてしまう危険も生じてしまうでしょう。

一方、全会一致が求められる内閣の閣議に政策決定を委ねれば、合議体の冷静な議論を経ることで誤った選択をしてしまう確率を減少させることができますし、内閣の合議体のチェック機能が働くことで内閣総理大臣の専横や濫用に歯止めを掛けることも期待できます。

そのため、現行憲法は議院内閣制を採用して、国の政策決定を内閣という合議体に委ねるシステムを採用しているわけです。

イ)内閣総理大臣に行政権の主要部分が移譲されれば内閣の合議制は機能しなくなる

しかし、自民党憲法改正草案第65条は、内閣に置かれた行政権について「この憲法に特別の定めのある場合を除き」との一文を挿入することで、内閣の行政権のうち前述した①②③の3つの権限を内閣総理大臣の下に位置付けていますから、その3つの権限は内閣総理大臣が独断で決定することができてしまいます。

ですがそれでは、内閣総理大臣が内閣の合議体の閣議を経ないで行政権の重要部分を行使できることになるので、もはや内閣の合議体は機能しなくなるでしょう。

先ほど挙げたように、自民党憲法改正草案の第72条は

内閣総理大臣は、行政各部を指揮監督し、その総合調整を行う。

と規定していますので、内閣の合議体が内閣総理大臣の意思によって「総合調整」されてしまう以上、内閣の全会一致による閣議決定も内閣総理大臣に「総合調整」されてしまうからです。

改正後の内閣は内閣総理大臣という一個人の意思を反映させなければなりませんから、内閣の閣議はもはや合議体による意思決定を期待できない内閣総理大臣の翼賛機関と化してしまいます。

つまり、自民党憲法改正草案第65条が国民投票を通過すれば、内閣の合議体は機能しなくなるので内閣総理大臣の一存で自由に政策を決定することができるようになるわけです。

ウ)立法作用と司法作用を除く行政作用の全てが内閣総理大臣に集約されれば専横や濫用の危険を招くのは当然

しかしそれでは、内閣総理大臣という一人の人間が国の政策を何の議論もなしに決定できるということですから、その決定が冷静な合議体の議論を経るものでない以上、誤った選択となる可能性も格段に上がってしまいます。

また、内閣の合議体のチェック機能も働きませんから、内閣総理大臣個人の専横や濫用を招く危険性も格段に上がってしまうでしょう。

内閣総理大臣の政策決定に内閣の全会一致という合議体の承諾を介在させる現行憲法の議院内閣制の下であれば、たとえ内閣総理大臣であっても内閣の合議体を無視することはできないので、そうした専横や濫用を防ぐこともできるのに、それが出来なくなってしまうのです。

エ)天皇に権力を集約させ一部の国家指導者や軍部が濫用した明治憲法(大日本帝国憲法)の失敗を繰り返すのではないか

さらに言えば、そうして内閣総理大臣に強力な権能を与えてしまうことになれば、その内閣総理大臣に集約された強力な権力を利用しようと企む政治勢力や団体が影響力を行使することも懸念されます。

戦前に施行されていた明治憲法(大日本帝国憲法)では、統治権や統帥権などの権力が天皇という一人の個人に集中されていましたが、そうして天皇に権力を集中させていた統治システムが「輔弼」や「統帥権の独立」の名の下に一部の国家指導者や軍部が都合よく利用できる隙を与えることになり、議会(政党政治)の民主的統制が有効に機能しなくなって戦争の惨禍を拡大させてしまいました。

つまり先の戦争は、一個人(天皇)に権力を集中させていた憲法上の欠陥が、議会制民主主義を機能不全に陥らせてしまった一因でもあったわけです。

そうであれば、行政権を内閣総理大臣という一個人に集中させるべきではありません。自民党憲法改正草案第65条のように「特別の定めのある場合を除き」との文章を挿入することで内閣総理大臣に権力を集中させてしまえば、一部の政治勢力や団体などにその権力を利用される隙を与えることになり、明治憲法(大日本帝国憲法)で生じさせた失敗を繰り返す恐れも生じてしまうからです。

現行憲法が議院内閣制を採用した趣旨は、内閣総理大臣を指名する議会(衆議院と参議院)と、内閣を組織する国務大臣を指名する内閣総理大臣、そしてその国務大臣が組織する合議体の内閣に権力を分散させ、権力の均衡を図ることで国家権力の暴走を防ぐところにあるわけですから、そうした均衡を損なう内閣総理大臣への権力の集中は危険以外の何物でもありません。

強力な行政権を内閣という合議体から取り上げて内閣総理大臣に権力を集中させる自民党憲法改正草案第65条は、明治憲法(大日本帝国憲法)で生じた失敗を繰り返すだけなのですから、先の戦争の反省を踏まえれば、到底許容できるものではないと言えるのです。

内閣総理大臣に権限を集中させる自民党憲法改正草案第65条は合議制が前提となる議院内閣制を骨抜きにする点で危険

以上で説明したように、自民党憲法改正草案第65条は内閣に属するとされた行政権について「この憲法に特別の定めのある場合を除き」との一文を挿入することで、その行政権の重要部分を内閣総理大臣が行使できる構造にしていますが、そうして内閣総理大臣に権力を集中させることは、内閣総理大臣による権力の専横や濫用を招く点で大変危険な条文と言えます。

また、そうした権力の集中は、全会一致の合意を必要とする内閣の閣議を機能不全に陥らせ、合議体による冷静な議論と検証を骨抜きにしてしまいますから、議院内閣制を採用した趣旨をその根本から覆してしまう点でも大きな問題があると言えるでしょう。

現行憲法が採用した議院内閣制は、内閣という合議体を組織する国務大臣の冷静な議論よって内閣総理大臣の権力行使を監視させその暴走に歯止めを掛けるところにその意義があります。

そうした議院内閣制を根本から破壊してしまう条文を憲法に規定しなければならない理由がいったいどこに存在するのか、国民は冷静に判断することが必要でしょう。