【自民党憲法改正案の問題点:第11条】臣民の権利思想の復活

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自民党が公開している憲法改正草案の問題点を一条ずつチェックするこのシリーズ。

今回は、「基本的人権の享有」に関して規定した自民党憲法改正案第11条の問題点を考えていくことにいたしましょう。

なお、このページは自民党憲法改正案の第10条の問題点を検討した『【自民党憲法改正案の問題点:第10条】国民の範囲が狭くなる』のページの内容を前提として記述していますので、不明な点はそちらを参考にしてください。

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自民党憲法改正案の第11条は現行憲法の第11条をどう変えたか

自民党憲法改正案の第11条は「基本的人権の享有」に関する条文ですが、これは現行憲法の第11条でも同様の規定が置かれていますので、現行憲法の第11条に規定された「基本的人権の享有」の規定が自民党憲法改正案の第11条にそのまま移行したという形になっています。

もっとも、その条文の文章が大きく変更されていますので、その点をまず確認しましょう。

日本国憲法第11条

国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在および将来の国民に与へられる。

自民党憲法改正案第11条

国民は、全ての基本的人権を享有する。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利である。

※出典:自由民主党日本国憲法改正草案(平成24年4月27日決定)|自由民主党 を基に作成

現行憲法の第11条では「人権の享有を妨げられない」とされている部分を単に「人権を享有する」に変えている点、また現行憲法の第11条では「現在及び将来の国民に与へられる」とされている部分を丸ごと削除して単に「永久の権利である」としている点が異なります。

(1)自民党憲法改正案の第11条は憲法で保障される基本的人権が「妨げられる」構造にした

自民党憲法改正案第11条の問題としてまず指摘できるのが、憲法で保障される基本的人権を「妨げられる」ようにした点です。

現行憲法の第11条は「すべての基本的人権の享有を妨げられない」としていますので、国家権力が国民の基本的人権を制限することはできません。

もちろん基本的人権であっても無制約なものではなく「公共の福祉」を損なう場合は基本的人権の制限が許されることもあります。例えばネット上でエロ動画が規制されたり(表現の自由の制限)、バスの運転手を免許制にしたりする(職業選択の自由の制限)など、現行憲法の下でも基本的人権の制限が許される場面はあります。

しかしそれは、エロ動画の配信を許したり無免許の人に車の運転を許すことが「公共の福祉」を損なうからであって、これはあくまでも「公共の福祉」という例外的な制約の下で許されるものです。基本的人権の享有は「妨げられない」のが原則であって、こうした「公共の福祉」による制限は例外的に許されるものにすぎないわけです。

ではなぜ、現行憲法の第11条が「妨げられない」として基本的人権の不可侵性を原則にしているかというと、それは現行憲法が基本的人権を保障することが「人類普遍の原理」だと考えているからです。

現行憲法の前文では「わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し」と述べられた部分で基本的人権を尊重することを宣言し「これは人類普遍の原理であり、この憲法は…かかる原理に基づくもので…これに反する一切の憲法、法令…を排除する」と述べられていますが、これは現行憲法が基本的人権を保障し尊重することに絶対的・普遍的な価値があると確信しているからに他なりません。だからこそ第11条で「妨げられない」として、国家権力が国民の基本的人権を「妨げる」ことを禁止しているわけです。

しかし、自民党憲法改正案の第11条はそこから「妨げられない」との文言を取り除いてしまいましたから、自民党憲法改正案の第11条が国民投票を通過すれば、憲法で保障される基本的人権が国家権力によって「妨げられる」余地が出てきてしまいます。

というよりも、自民党は基本的人権を「妨げる」ことができるようにするためにその文章を削除したのでしょう。

(2)基本的人権が「人が生まれながらにして持つ権利」であるという自然権思想を排除して、臣民の権利思想に親和性を持たせた

次に指摘できるのが、自民党憲法改正案の第11条が憲法で保障される基本的人権が「人が生まれながらにして持つ権利」という自然権思想を排除している点です。

自民党憲法改正案の第11条は現行憲法第11条の条文に規定された「現在及び将来の国民に与へられる」の部分を丸ごと削除して単に「永久の権利である」としています。

これは、この「現在及び将来の国民に与へられる」と述べた部分が、憲法で保障される基本的人権が国家権力や憲法によってはじめて保障されるものではなく「人が生まれながらにして持つ権利」であって「人」であればすべて「ただ生まれただけ」で基本的人権が保障されなければならないという自然権思想を基礎にしていることから、その自然権思想を憲法から排除するために、その部分をあえて削除したものです。

この点は自民党が公開しているQ&Aでも解説されていますので念のため引用しておきましょう。

(中略)権利は、共同体の歴史、伝統、文化の中で徐々に生成されてきたものです。したがって、人権規定も、我が国の歴史、文化、伝統を踏まえたものであることも必要だと考えます。現行憲法の規定の中には、西欧の天賦人権説に基づいて規定されていると思われるものが散見されることから、こうした規定は改める必要があると考えました。例えば、憲法11条の「基本的人権は……現在及び将来の国民に与へられる」という規定は、「基本的人権は侵すことのできない永久の権利である」と改めました。

※出典:日本国憲法改正草案Q&A|自民党 13頁を基に作成

つまり、自民党は憲法で保障される基本的人権に本質的に内在されている「人が生まれながらにして持つ権利」という自然権思想を憲法から排除するために、現行憲法第11条から「現在及び将来の国民に与へられる」という部分を取り除いたわけです。

しかし、基本的人権が「人が生まれながらにして持つ権利」という自然権思想は、憲法で保障される基本的人権が国家や憲法によって与えられるものではなく「ただ生まれただけ」で与えられるという思想なのですから、これが排除されてしまうと必然的に憲法の基本的人権が「国(あるいは君主)によって国民に与えられるもの」という臣民の権利の思想に傾斜せざるを得なくなってしまいます。

憲法で保障される基本的人権が「国(あるいは君主)によって国民に与えられるもの」という思想は、明治憲法(大日本帝国憲法)の思想そのものです。

明治憲法(大日本帝国憲法)でも基本的人権は保障されていましたが、それは「法律ノ定ムル所ニ従ヒ…」「法律ノ範囲内ニ於テ…」などと法律の留保が付けられたり「天皇大権ノ施行ヲ妨クルコトナシ」と天皇の名において自由に制限ができるものでした。

これは、明治憲法(大日本帝国憲法)では天皇が主権者(統治権の総覧者)として位置付けられ、天皇が臣民に基本的人権を保障するという思想が基礎にされているためです。

つまり、自民党憲法改正案の第11条は、憲法で保障される基本的人権を「国家(天皇)が臣民に保障するもの」という明治憲法(大日本帝国憲法)の思想に限りなく近づけているところにその目的があると言えるのです。

「人が生まれながらにして持つ権利」という自然権思想を排除すれば、明治憲法(大日本帝国憲法)の失敗が繰り返される

このように、自民党憲法改正案の第11条は、自然権思想(いわゆる天賦人権説)を憲法から排除するために「現在及び将来の国民に与へられる」の文章を取り除くことで、憲法で保障される基本的人権が「国家(天皇)によって臣民にあたえられるもの」という明治憲法(大日本帝国憲法)で実現されていた臣民の権利の思想を憲法に取り込んでいます。

ではなぜ、自民党が憲法の人権規定から自然権思想(天賦人権説)を排除し、明治憲法(大日本帝国憲法)で実現されていた臣民の権利の思想を憲法に取り込んだかというと、それは「天皇」を中心とした憲法に変えることが自民党の目的だからです。

自民党が公開している憲法改正案は、その第1条で天皇を「元首」にしたり、前文に「日本国は(中略)国民統合の象徴である天皇を戴く国家であって」などと記述し天皇を主権者である国民の「上」に位置付けるなど、全体的に天皇を中心とした体裁にしています。

この点、先ほど引用した自民党のQ&Aでも日本の「歴史、文化、伝統を踏まえたものであることも必要だ」という理由で自然権思想(天賦人権説)の部分を改めたと述べられていますから、自民党の中では「天皇を中心とした憲法」にすることが「日本の歴史、文化、伝統を踏まえた」ことになるのでしょう。

(中略)権利は、共同体の歴史、伝統、文化の中で徐々に生成されてきたものです。したがって、人権規定も、我が国の歴史、文化、伝統を踏まえたものであることも必要だと考えます。現行憲法の規定の中には、西欧の天賦人権説に基づいて規定されていると思われるものが散見されることから、こうした規定は改める必要があると考えました。例えば、憲法11条の「基本的人権は……現在及び将来の国民に与へられる」という規定は、「基本的人権は侵すことのできない永久の権利である」と改めました。

※出典:日本国憲法改正草案Q&A|自民党 13頁を基に作成

しかし、明治憲法(大日本帝国憲法)では、天皇に統治権を総攬する権能や軍の統帥権を与えていたことが大きな要因となって軍部の政治介入を招き、軍国主義の道を進んで戦禍を拡大させてしまったのですから、天皇を国民の「上」に位置付けて、天皇を中心とした憲法に変えることは、先の戦争の反省から制定された現行憲法を廃して再び明治憲法(大日本帝国憲法)に限りなく近づけるだけであって80年前の失敗を繰り返す危険性があります。

また、先ほど述べたように、自然権思想(天賦人権説)を廃するということになれば、必然的に憲法で保障される基本的人権が「国家(あるいは君主)によって与えられる権利」という臣民の権利という思想に傾斜することになりますが、先の戦争は人権が「天皇によって臣民に与えられるもの」という天皇を中心とした国体思想を背景にしていたことが国家権力による人権制限を容易にして、報道の自由を制限したり、徴用や徴兵につながって、挙句の果てには玉砕や特攻などを正当化する思想にまで昇華してしまったのですから、明治憲法(大日本帝国憲法)に親和性を持つ人権思想に近づけるのは危険です。

明治憲法(大日本帝国憲法)では基本的人権に関して「人が生まれながらにして持つ権利」ではなく「国家(天皇)が臣民に与える権利」であるという臣民の権利思想を基礎にしていたことが、軍国主義や全体主義を招き入れる結果となり、国を焦土に変えてしまったのですから、そうした憲法に戻すべきではありません。

現行憲法は先の戦争の反省を基礎にして制定されているにもかかわらず、自民党はその反省を全く無視して、憲法規定から天賦人権説に関する部分を排除することで明治憲法(大日本帝国憲法)のように国家権力が容易に国民の基本的人権を制限できるような憲法に変えようとしているのですから、その点で大きな問題があると言えるのです。

自民党憲法改正案の第11条は明治憲法(大日本帝国憲法)のように国民の人権を自由に制限できるようにするための規定

以上で説明したように、自民党憲法改正案の第11条は「現在及び将来の国民に与へられる」との文章を削除することで憲法で保障される基本的人権が「人が生まれながらにして持つ権利」という自然権思想を排除し「国家(天皇)によって臣民に与えられるもの」という臣民の権利思想に傾斜させるとともに、「妨げられない」との文言を削除することで国家権力が国民の基本的人権を自由に制限できるように変えている点が特徴的です。

そしてこうした変更は、自民党改正案の他の条項や前文の文章からも明らかなように、先の戦争の反省から制定された現行憲法を、天皇を中心として臣民を統治した明治憲法(大日本帝国憲法)に限りなく近づける作用を持たせているところにその目的があるのがわかります。

自民党改正案の第11条が国民投票を通過すれば、国民に保障された基本的人権は国家権力によって容易に制限できるようになりますから、戦前と同じように報道(表現)の自由や学問の自由が制限されたり、移動の自由や職業選択の自由が制限されることになるのは容易に想像できます。

そうなれば、国民の自由は制限され、国家権力の求めるままに国に奉仕することを強いられるでしょう。

「人が生まれながらにして持つ権利」という自然権思想を背景に持たなかった明治憲法(大日本帝国憲法)が当時の国民に何をもたらしたか、その点を十分に考える必要があります。