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自民党憲法改正案の問題点:第72条1項|内閣の合議制を骨抜きに

憲法改正に執拗に固執し続ける自民党が公開している憲法改正草案の問題点を一条ずつチェックしていくこのシリーズ。

今回は、内閣総理大臣に行政各部の総合調整権を与えた自民党憲法改正草案の第72条1項の問題点を考えてみることにいたしましょう。

なお、自民党憲法改正草案の第72条は第3項を新設していますが、3項については別のページで解説する予定です。

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内閣総理大臣に行政各部の総合調整権を与えた自民党憲法改正草案第72条1項

現行憲法の第72条は内閣総理大臣の議案提出権や行政各部の指揮命令権を規定した条文ですが、自民党憲法改正草案ではこの条文が第1項と2項に分割して規定されています。

もっとも、自民党案ではその内容に若干の変更がなされていますので注意が必要です。

では、具体的にどのような変更が施されているのか、条文を確認してみましょう。

日本国憲法第72条

内閣総理大臣は、内閣を代表して議案を国会に提出し、一般国務及び外交関係について国会に報告し、並びに行政各部を指揮監督する。

自民党憲法改正草案第72条

第1項 内閣総理大臣は、行政各部を指揮監督し、その総合調整を行う。

第2項 内閣総理大臣は、内閣を代表して、議案を国会に提出し、並びに一般国務及び外交関係について国会に報告する。

第3項(省略)

※出典:自由民主党日本国憲法改正草案(平成24年4月27日決定)|自由民主党 を基に作成

このように、自民党改正案は現行憲法第72条で規定されている内閣総理大臣の行政各部に対する指揮監督権を第1項に規定した一方、内閣総理大臣の議案提出権と一般国務及び外交関係に関する国会への報告義務を第2項に移動させています。

また、第1項に規定した内閣総理大臣の指揮監督権から「内閣を代表して」の文言を取り除くことで、内閣総理大臣が「内閣を代表」しなくても行政各部を指揮監督できるようにした点と、第1項で内閣総理大臣に新たに行政各部に対する総合調整権を与えている点が大きく異なります。

では、こうした変更を加えた自民党憲法改正草案は具体的にどのような問題を生じさせるのでしょうか。検討してみましょう。

自民党憲法改正草案第72条第1項の問題点

このように、自民党憲法改正草案第72条は現行憲法第72条からいくつかの変更がなされていますが、この改正案は次の3つの点で問題があると言えます。

(1)「総合調整」が何を意味するか曖昧

この点、まず指摘できるのが「総合調整」が具体的に何を意味しているのかが不明な点です。

自民党が公開しているQ&Aは「総合調整」について次のように説明していますが、具体的にどういった内容が「総合調整」に含まれるのかまではなんら説明がなされていませんので、このQ&Aからも自民党改正案第72条1項に規定される内閣総理大臣の行政各部に対する「総合調整(権)」によって内閣総理大臣に具体的にどのような権限が付与されるのかは読み取ることができません。

Q28 内閣総理大臣の権限を強化したということですが、具体的には、どのような規定を置いたのですか?

 現行憲法では、行政権は、内閣総理大臣その他の国務大臣で組織する「内閣」に属するとされています。内閣総理大臣は、内閣の首長であり、国務大臣の任命権などを持っていますが、そのリーダーシップをより発揮できるよう「専権事項」を、以下のとおり、3つ設けました。

① 行政各部の指揮監督・総合調整権
② 国防軍の最高指揮権
③ 衆議院の解散の決定権

(1)行政各部の指揮監督・総合調整権

現行憲法及び内閣法では、内閣総理大臣は、全て閣議にかけた方針に基づかなければ行政各部を指揮監督できないことになっていますが、今回の草案では、内閣総理大臣が単独で(閣議にかけなくても)、行政各部の指揮監督、総合調整ができると規定したところです。

(※以下省略)

※出典:日本国憲法改正草案Q&A|自民党 14頁を基に作成

つまり、自民党は「総合調整」にどのような権限が含まれるのか明らかにしないまま、内閣総理大臣に行政各部を「総合調整」できる権限を与えようとしているわけです。

これは極めて危険です。「総合調整」が何を意味するのか不明なままの状態で憲法改正に同意してしまえば、改正後にいくらでも政府解釈で「総合調整」の範囲を決めることができてしまうからです。

「総合調整」という言葉を素直に読めば、内閣総理大臣に単独で行政各部を「総合的」に「調整」できる権限を与えるものと読むこともできますので、内閣総理大臣が行政各部の国務大臣や内閣の合議体の意思を無視して独断であらゆる行政決定を「総合的」に「調整(決定)」できるとも理解できますが、仮に改正後の政府(自民党政権)が、文理的にそうした解釈をとり『72条1項の「総合調整」は行政各部の指揮監督権を超えて、内閣総理大臣に行政権の全てを総合調整させることを認める趣旨だ』とすると取り扱いを執るのであれば、各国務大臣の反対や内閣の合議体の反対があっても内閣総理大臣が独断ですべての行政各部の予算選定や政策立案もできるようになってしまいます。しかしそれでは、内閣総理大臣一人の独裁体制を認めるのと同じでしょう。

「総合調整」などという、内閣総理大臣の権限が際限なく広げられてしまう文言を国の最高法規である「憲法」に明記することは、時の権力者の恣意的な判断によって内閣総理大臣の権限を自由に強化できることになり、独裁体制を許容する方向に作用させる懸念が生まれます。

そうした危険な文言を憲法に追加しなければならない必要がどこにあるのか、十分に議論することが必要でしょう。

(2)仮に「総合調整」が「指揮監督」を超えて行政権の行使までを含むなら国務大臣は意味がなくなる

自民党憲法改正草案第72条1項の問題点として指摘できる2点目は、「総合調整」の意味合いが「指揮監督」を超えて行政権の行使までを含むなら、国務大臣の存在価値はなくなってしまうという点です。

(1)でも述べたように、「総合調整」の意味は曖昧ですが、仮にこれが行政権の行使までを内閣総理大臣一人に与える趣旨であるなら、内閣総理大臣は行政各部に対する総合調整権を根拠に行政権を行使して、予算編成や政策立案などの権限を振るうようになるでしょう。

仮にそうなれば、各省において選任された国務大臣の意見は一切無視できるようになりますから、内閣総理大臣一人が独断であらゆる行政権を行使できるようになる結果、国務大臣は単なる飾り、内閣総理大臣を翼賛するだけの機関となりさがってしまいますが、それでは議院内閣制の下で国務大臣を選任する意味はなくなってしまいます。

憲法に「総合調整」なる文言を追加して内閣総理大臣の権限を強化することは、現行憲法の下で機能している国務大臣のシステム自体も大きく変えてしまうことは十分に認識しておかなければならないと思います。

(3)内閣総理大臣が「内閣を代表」せずに行政各部を指揮監督し総合調整できるなら内閣の合議制は機能しない

自民党憲法改正草案第72条1項の問題点の3つ目は、内閣総理大臣が「内閣を代表」せずに行政各部を指揮監督し、また総合調整できてしまう点です。

現行憲法の第72条においても内閣総理大臣に行政各部を指揮監督する権限を与えていますが、それはあくまでも「内閣を代表して」その権限を行使できることが認められているにすぎません(日本国憲法第72条)。

この点、「内閣を代表して」とは内閣の閣議決定に基づくことが前提となりますが、内閣の閣議決定は全会一致が基本ですので、内閣総理大臣が行政各部を指揮監督するにしても、内閣の合議体による全会一致でその指揮監督方針を了承することは不可欠となります。

つまり、現行憲法上で内閣総理大臣に与えられた行政各部の指揮監督権は、あくまでも内閣の合議体による議論を経て全会一致の閣議決定で了承を受けることが前提となっているわけです(※なぜ内閣の閣議が多数決によらずに全会一致を必要とするかという点に疑問を持つ人もいるかと思いますが、それは内閣が「連帯して」国会に責任を負うからです→『自民党憲法改正案の問題点:第54条1項|解散権が内閣総理大臣に』)。

ですから、現行憲法上はたとえ内閣総理大臣といえども、内閣の合議体の意思(反対)を無視して一存で行政各部の指揮監督することはできない構造になっているわけですが、ではなぜ現行憲法がこうした構造をとっているかというと、それは内閣の合議体における冷静な議論を介在させることで、内閣総理大臣の独善的な行政権の行使に歯止めを掛けることができるからです。

現行憲法は、内閣総理大臣一人に権力(行政権)を集中させずにその権力を内閣の合議体に分散させ、各国務大臣に相互に監視させ合うことで権力の暴走を防ぐことを可能にしています。これが日本国憲法が採用した議院内閣制の目的の一つとも言えます。

しかし、自民党憲法改正草案第72条1項では、内閣総理大臣の指揮監督権や総合調整権について「内閣を代表して」の文言が除かれていますから、自民党改正案の下で内閣総理大臣は「内閣を代表し」なくても行政各部の指揮監督権や総合調整権を行使できることになってしまいます。

つまり、自民党憲法改正草案が国民投票を通過すれば、内閣総理大臣は内閣の合議体による全会一致を経なくとも独自の判断で行政各部を指揮監督し、また総合調整できるようになるわけです。

しかしそれでは、内閣総理大臣という一個人に行政権の全てを与えることになりますから、仮に内閣総理大臣が誤った判断をしてしまったり、あるいは内閣総理大臣が暴走し権力を濫用しようとするケースがあったとしても、もはや誰もそれを止めることはできなくなってしまうでしょう。

このように、自民党憲法改正草案第72条1項は、「内閣を代表して」という文言を取り除くことで内閣総理大臣が行政各部に対して内閣の合議体による全会一致の決議を経ずとも指揮監督権や総合調整権を行使することを許容していますが、それは内閣の合議体という冷静な議論の場を空洞化させるとともに、内閣の存在意義を失わさせ、議院内閣制という制度自体も根本的に破壊してしまうものとなります。

そうして内閣総理大臣一個人に権力を集中させることが国民とこの国に何を及ぼすか、冷静に判断することが必要でしょう。

自民党憲法改正草案第72条1項は議院内閣制を破壊する

以上で説明したように、自民党憲法改正草案第72条1項は内閣総理大臣に行政各部を指揮監督権にその射程が不明な「総合調整」権を与えただけでなく、「内閣を代表して」の文言を取り除くことで内閣の合議体の議論を経ずとも内閣総理大臣の一存で強力な行政権を行使することを許容していますが、こうした憲法規定は内閣という合議体の機能を空洞化させ、議院内閣制自体も機能不全に陥らせてしまう危険があります。

そうして内閣総理大臣に権限を集中させ、権力の濫用と暴走の危険性を招く条文をあえて憲法に明記しなければならない理由がどこにあるのか、国民は冷静に判断することが必要でしょう。