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自民党憲法改正案の問題点:第9条の2|歯止めのない国防軍

【第3項の問題点】国防軍の存在がかえって国民に危険を招く危険性

自民党憲法改正案9条の2第3項は国連の平和維持活動などへの派兵を念頭に置いた条文ですが、後半部分で国内の治安維持等のための武力行使も明記されています。

前半部分と後半部分で異なる問題点を指摘できるので、それぞれ別個に検討していきましょう。

ア)今まで以上に危険な戦場に国防軍が派遣される可能性

自民党憲法改正案9条の2第3項の前半部分は憲法に明記される国防軍が「第一項に規定する任務」以外にも「国際社会の平和と安全を確保するために国際的に強調して行われる活動」を遂行できることについて明記しています。

自民党憲法改正案9条の2第3項

国防軍は、第一項に規定する任務を遂行するための活動のほか、法律の定めるところにより、国際社会の平和と安全を確保するために国際的に強調して行われる活動及び公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことができる。

※出典:自由民主党日本国憲法改正草案(平成24年4月27日決定)|自由民主党 を基に作成

つまり、憲法に新たに明記される国防軍を、日本が国外勢力から攻撃を受けた場合の防衛(第一項に明記された任務)だけでなく、国連の平和維持活動(PKO)や多国籍軍などの活動にも自由に派遣できるようにしたわけです。

この点、現行憲法でもイラクに陸上自衛隊の部隊を派遣したりペルシャ湾に海上自衛隊の掃海艇を派遣したりしていますが、その実現のためには国会やメディアから厳しい批判を受けることになりましたし、派遣地域も比較的安全な地域に限られるなど、政府の(※実際にはアメリカの要求なのでしょうが)思い通りには派遣ができませんでした。

そのため、政府の思い通りに国防軍を海外に派遣できるようにするために、こうした条文を規定しているわけです。

しかし、憲法に明文で「国際社会の平和と安全を確保するために国際的に強調して行われる活動」への派遣ができるとしてしまうと、国防軍の海外派兵を止める法的根拠がなくなりますから国防軍の海外派兵は制限がなくなってしまいます。

海外派兵に制限がなくなるということは、今まで以上に危険な地域への派遣が可能になるということであり、武器の使用にも制限が掛けられなくなるということです。イラク戦争のような国連決議に基づかない開戦事由に疑問符の付く戦争へも積極的に参加するようになるでしょう。

そうなれば当然、派遣される隊員が命を落とす確率だけでなく、現地の民間人を「誤爆」してしまう確率も今とは比べ物にならないくらい高くなってしまいます。もちろん、そうして死んでいくのは日本の国防軍として派遣される若い隊員たちであって、現地の子どもや女性、お年寄りたちです。

他国の兵士や民間人を殺傷すれば、何世代にもわたって日本人は恨みを買うことになります。仮にそうなれば、以後の日本人の生命と財産は今のアメリカ人と同じように、世界のあらゆる地域で報復の対象として狙われることになるかもしれません。

この自民党憲法改正案9条の2第3項はそうした犠牲を受け入れることができるのかという点も考える必要があるのです。

現行憲法は憲法前文で平和主義を宣言し、9条で軍事力の保持と行使の一切を否定していますが、これは非武装中立を貫いて自国の平和だけを謳歌しようと考えるものではありません。

現行憲法は前文で「自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」と述べていますから、世界の平和実現に向けて紛争解決のための提言を行ったり平和構想を提示したり積極的な外交努力を行うことを求めていて、そうした武力に依らない世界平和の実現に尽力することを要請しているのが現行憲法の平和主義です(※参考→憲法9条は国防や安全保障を考えていない…が間違っている理由)。

現行憲法の平和主義と9条は先の戦争の反省から「もう絶対に誰も殺さない」ことを決意し、武力(軍事力)を使わず、武力(軍事力)以外の手段に人的・経済的資源を集中させることで世界平和の実現に貢献することを要請しているのであって、その「軍事力を使わずに世界平和を実現していく努力の中にこそ日本国民の安全保障が確立できるんだ」という確信に基礎を置いています。

一方、自民党憲法改正案9条の2第3項はそれを捨てて「自国の兵士や他国の民間人が死ぬのを甘受してでも軍事力で平和を実現していくんだ」というところにその確信があります。

自国の若者だけでなく、地球の裏側の女性や子供やお年寄りの命を犠牲にしてでも守らなければならないものとは何なのか、そもそもそのようなものが本当に存在しうるのか、その点をよく考えることが必要でしょう。

イ)国防軍の銃口が国民に向けられる危険性

自民党憲法改正案9条の2第3項の後段は、憲法に明記される国防軍が「公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動」にも充てられることを明記しています。

自民党憲法改正案9条の2第3項

国防軍は、第一項に規定する任務を遂行するための活動のほか、法律の定めるところにより、国際社会の平和と安全を確保するために国際的に強調して行われる活動及び公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことができる。

※出典:自由民主党日本国憲法改正草案(平成24年4月27日決定)|自由民主党 を基に作成

つまり、憲法に明記される国防軍は、国外勢力の武力攻撃だけでなく国内の「公の秩序」を乱す日本国民に対しても、その銃口を向けることになるわけです(※「公の秩序」の意味については→自民党憲法改正案の問題点:第12条|人権保障に責務を強要)。

もちろん、「公の秩序」が乱されたか否かを判断するのは国防軍を動かす政府の側ですから、たとえ国民が平和的なデモをしていたとしても、政府が「公の秩序が乱された」と判断すれば、自動小銃を持った国防軍が出動してそのデモの鎮圧にあたることになるでしょう。

たとえば昨年から今年にかけて、香港では逃亡犯条例撤回などを求めて大規模なデモが行われましたが、その際は香港警察が無抵抗の一般市民に対して催涙弾や警棒で、あるケースでは実弾も用いて鎮圧にあたりました。

仮にこのような時の権力者にとって都合の悪いデモが日本で行われた場合、自民党憲法改正案第9条の2第3項後段の規定によって国防軍が出動し、香港警察がしたように武力で国民のデモを鎮圧することもできるようになるわけです。

「軍隊」は自国民の生命と財産を守るために組織されるものですが、必ずしもその武力の矛先が日本を侵略する「敵」に向けられるとは限りません。

時の権力者の思惑次第で、その銃口が本来守られるべき立場にある我々国民自身に対して向けられる危険性があることも、十分に認識しておかなければならないでしょう。

【第4項の問題点】報道・取材・表現の自由が損なわれる危険性

自民党憲法改正案9条の2第4項は国防軍に係る機密の保持等に関する条文が規定されています。

自民党憲法改正案9条の2第4項

前二項に定めるもののほか、国防軍の組織、統制及び機密の保持に関する事項は、法律で定める。

※出典:自由民主党日本国憲法改正草案(平成24年4月27日決定)|自由民主党 を基に作成

数年前、自民党は数の力で押し切って特定秘密保護法を成立させましたが、報道の自由や知る権利を損なうなどと大きな批判をうけました。

そのため、この9条の2第4項で憲法に機密保持の条文を明記し、特定秘密保護法の違憲性を排除しようと考えているのかもしれません。

この規定は、国防軍の機密等の開示が法律等で制限されることを意味しますから、自民党憲法改正案9条の2第4項が国民投票を通過すれば、国防軍に何らかの問題が生じた場合(例えば軍人の不祥事や人道に反する兵器の使用など)であっても「機密」の名の下に報道機関の取材の自由が制限される危険性があります。

これは表現する側の人間が一般市民の場合もあてはまりますから、例えば国防軍の基地から有害物質が垂れ流されているなどしている状況があった場合であっても(※ちなみに沖縄では米軍基地から有害物質が流れ出て地下水を汚染していることが一部で問題になっていますのでありえない話ではありません)、一般市民がSNS上でそれを指摘しようとすれば「機密」の名の下に表現行為が制限されたり逮捕されたりすることがあるかも知れません。

軍隊は特殊な組織ですから機密が保持されなければならないことはわかります。しかしその反面、機密として国民の知る権利が害されることで、シビリアンコントロールが利かなくなってしまう危険性があることも認識する必要があります。

軍隊を持つということは、そういう危険も受け入れるということですから、その点は十分に考えなければならないでしょう。

【第5項の問題点】軍法会議で兵士(国民)の人権が損なわれる危険性

自民党憲法改正案9条の2第5項は軍法会議(軍事裁判)に関する条文です。

自民党憲法改正案9条の2第5項

国防軍に属する軍人その他の公務員がその職務の実施に伴う罪又は国防軍の機密に関する罪を犯した場合の裁判を行うため、法律の定めるところにより、国防軍に審判所を置く。この場合においては、被告人が裁判所へ上訴する権利は、保障されなければならない。

※出典:自由民主党日本国憲法改正草案(平成24年4月27日決定)|自由民主党 を基に作成

現在の自衛隊にはこのようなものはありませんから、仮に自衛隊員が自衛隊法その他の法律に違反したとしても、法令に従って一般の裁判所で一般の被告人と同じように裁判を受けることになります。

たとえば、現在の自衛隊法では敵前逃亡は第122条で「7年以下の懲役または禁錮」とされていますが、裁判自体は通常の裁判所で行われますので、敵前逃亡した自衛隊員が有罪か無罪かは一般の地方裁判所で審理されるわけです。もちろん刑事裁判では弁護士を必ずつけなければなりませんから、その点で被告人の人権は守られていると言えます。

しかし、自民党憲法改正案9条の2第5項は軍法会議(※自民党案では「審判所」)が明文の規定で明記されていますので、仮に国防軍の兵士が敵前逃亡した場合には、通常の裁判所ではなく、国防軍内部に設置された審判所(軍法会議)において裁かれることになるわけです。

これは軍に所属する軍人だけの話ではありません。第5項は「その他の公務員」にまでその対象を広げていますから、たとえば一般の公務員がブログに国防軍の機密に係るような記事を公開した場合なども通常裁判ではなく軍法会議で裁くことが可能となるのです。

二・二六事件では事件に直接関係していない政治指導者の北一輝が強硬派将校に思想的影響を与えたという理由で軍法会議にかけられ銃殺されましたが、そうした拡大解釈が許されてしまうことで軍法会議の適用が広げられることも懸念されます。

もちろん、軍法会議が必ずしも密室裁判になるかどうかはわかりませんが、自民党案があえてわざわざ通常裁判とは異なる軍法会議(審判所)を設けているわけですから、「機密」を理由に非公開にするとか「迅速性」を理由に弁護士を付けさせないとか、通常裁判とは違った手続きになる可能性は考えておかなければならないでしょう。

なお、自民党案でも通常裁判所への上訴が認められているので人権保障は守られているという意見もあるかも知れませんが、三審制をとる日本において第一審裁判所(又は第二審まで)における裁判が通常裁判ではなく軍法会議になるわけですから、それは紛れもなく裁判を受ける権利という基本的人権が制限される作用を持つことになります。

この軍法会議に係る規定が、国民の基本的人権を制限するものであることは十分に認識しておく必要があるでしょう。

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自民党憲法改正案9条の2は、国防軍を権力者が恣意的に動かすことができる構造になっている点で大きな問題があると言える

以上で指摘したように、自民党憲法改正案9条の2は国防軍について明記していますが、その国防軍の使用に「その他の統制」などと国会決議以外の抜け道を設けたり、「公の秩序」のために活動させる道を開くなど、時の政権の都合によって恣意的に運用できる構造になっている点で大きな問題があると言えます。

先ほど述べたように、私個人としては軍隊や軍事力の保有に反対なのでそもそも憲法に国防軍の規定を置くこと自体反対ですが、仮に憲法に国防軍の規定を置くにしても、時の権力者によって恣意的な運用ができないように厳しく歯止めをかけておくべきでしょう。

時の権力者が思うがままに国防軍を動かすことができる構造にあえて設計している自民党憲法改正案9条の2は、”統帥権の独立”の名の下に軍部が天皇の統帥権を使って恣意的に軍隊を動かすことのできた明治憲法(大日本帝国憲法)に似ています。

80年前に失敗した憲法に戻すのか、それとも80年前の過ちを真摯に学び、二度と国民を戦争に巻き込まない国にしてゆくのか、冷静な判断が求められると言えるでしょう。