憲法の改正に執拗に固執し続ける自民党が公開している憲法改正草案の問題点を一ずつチェックしていくこのシリーズ。
今回は、地方自治体の特別法に関する規定に大きな変更を加えた自民党憲法改正草案第97条の問題点について考えてみることにいたしましょう。
「一の地方公共団体にのみ適用される特別法」に関する規定を大きく変えた自民党憲法改正草案第97条
現行憲法の第95条は一の地方公共団体のみに適用される特別法の住民投票に関する規定を置いていますが、自民党憲法改正草案ではこの規定が第97条に移動されています。
ただし、その条文に大きな変更が加えられているため注意が必要です。
では、具体的にどのような変更が加えられているのか、条文を確認してみましょう。
【日本国憲法第95条】
一の地方公共団体のみに適用される特別法は、法律の定めるところにより、その地方公共団体の住民の投票においてその過半数の同意を得なければ、国会は、これを制定することができない。
【自民党憲法改正草案第97条】
特定の地方自治体の組織、運営若しくは機能について他の地方自治体と異なる定めをし、又は特定の地方自治体の住民にのみ義務を課し、権利を制限する特別法は、法律の定めるところにより、その地方自治体の住民投票において有効投票の過半数の同意を得なければ、制定することができない。
※出典:自由民主党日本国憲法改正草案(平成24年4月27日決定)|自由民主党 を基に作成
条文を見てもわかるように、自民党憲法改正案は現行憲法の規定に大きく変更を加えていますが、その変更点は大別して次の4点に分けられます。
ひとつは、現行憲法で「地方公共団体」としている部分を「地方自治体」に変えている部分。
もう一つは、一の地方公共団体(特定の地方自治体)のみに適用される特別法の種類について、現行憲法が特段の限定をしていない部分を、自民党案が地方自治体の「組織」「運営」「機能」にかかるものに限定している部分。
3つ目は、住民投票を要すべき特別法について、現行憲法が単に「一の地方公共団体のみに適用される特別法」としているところを、自民党案が「特定の地方自治体の住民にのみ義務を課し、権利を制限する特別法」と規定して、住民に対する自由・権利の制限まで許容している部分。
4つ目は、現行憲法が地方公共団体を対象とした特別法を制定する場合における自治体の住民投票について、その決議要件を「その過半数の同意」としている部分を、自民党案が「有効投票の過半数の同意」に変えている部分です。
もっとも、このうち「地方公共団体」の文言を「地方自治体」に変えている部分に関しては、現行憲法が規定する「地方公共団体」が都道府県と市町村という標準的な二段階の地方公共団体であるところのいわゆる「普通地方公共団体」を指し、東京都の特別区は憲法上の「地方公共団体」ではないと最高裁判例(昭和38年3月27日)が判示していることを考えると、自民党改正案が「地方自治体」に変えた趣旨は東京都の特別区を「地方公共団体」に含ませる趣旨だと思われますが、高橋和之著「立憲主義と日本国憲法(放送大学教材236頁)」によれば『今日では、特別区も憲法上の地方公共団体と解すべきである』と述べられていますので、自民党改正案のように「地方公共団体」を「地方自治体」に変えたとしても、東京都の区を含む点には現行憲法も自民党案も変わりはありませんので、解釈自体には特段の変更は生じないように思います。
そこでここでは、自民党案が特定の地方自治体のみに適用される特別法で住民投票を要する対象を地方自治体の「組織」「運営」「権能」に関する特別法に限定している点と、住民の権利制限まで許容している点、またそれらの場合の住民投票の決議要件を「有効投票の過半数の同意」に変えている点が、具体的にどのような問題を生じさせるのかという点について検討してみることにしましょう。
特定の地方自治体を植民地にしかねない自民党憲法改正草案第97条
今述べたように、自民党憲法改正草案第97条は、一の地方公共団体のみに適用される特別法を制定する場合に住民投票を介在させることを規定した現行憲法の第95条に大幅な変更を加えていますが、こうした規定は、住民(国民)の基本的人権を大きく損ない、特定の地方自治体を国の植民地にすることも可能としてしまう極めて危険な変更と考えます。
以下、その理由を順に説明していきましょう。
(1)地方自治体の「組織」「運営」「権能」に関係しない特別法であれば国会が住民投票の同意なしに制定できてしまう
先ほど紹介したように、自民党憲法改正草案第97条は、現行憲法の第95条が地方自治体の住民投票を要すべき特別法について単に「一の地方公共団体のみに適用される特別法」としているところを、「特定の地方自治体の組織、運営若しくは機能について他の地方自治体と異なる定めをし、又は特定の地方自治体の住民にのみ義務を課し、権利を制限する特別法」に変えています。
この点、この変更部分の後段の「又は…」以降の部分については後述の(2)で詳しく解説するためここでは除くとして前段の部分を検討することにしますが、結論から言えば、こうした変更は地方自治体に大きな不利益を及ぼすことになるため危険があると言えます。
なぜなら、自民党改正案第97条では、特定の地方自治体の「組織」「運営」「権能」に関係のない事項について他の自治体と異なる定めをする場合であれば、その地方自治体の住民投票の承諾を得られなくても、国会の決議だけでその自治体を不利益に扱う法律を定めることが可能となってしまうからです。
先ほど挙げたように、現行憲法は「一の地方公共団体のみに適用される特別法」を制定する場合に、その地方公共団体の住民投票を要件としていますから、仮に国会が特定の地方自治体に不利益を及ぼす法律を制定しようと思っても、その自治体の住民投票の賛成が得られなければ、国会はその法律を制定させることができません。
現行憲法上は、国会が地方自治体の住民投票の賛成を得ずに、特定の自治体に不利益を及ぼす特別法を制定することはできないわけです。
しかし、自民党憲法改正草案第97条では、住民投票を要する特別法の種類を地方自治体の「組織」「運営」「権能」に関するものに限定していますから、その3つの種類とは関係のない事柄で他の自治体と異なる定めをする場合には、その自治体の住民投票は必要とならなくなってしまいます。
つまり、自民党憲法改正草案第97条が国民投票を通過すれば、特定の地方自治体の「組織」「運営」「権能」に関係のない事項について他の自治体より不利益に扱う特別法を、その地方自治体の住民投票を得ることなく、国会が国会決議だけで制定することができるようになってしまうわけです。
たとえば、特定の地方自治体だけ公有地(県有林など)を国が自由に収用し軍事目的に利用できるような法律を制定しようとする場合などで考えると、そうした法律は「一の地方公共団体のみに適用される特別法」となりますので、現行憲法のままであればその自治体の住民投票の賛成がなければ、国会はそうした特別法を制定することはできませんが、自民党憲法改正草案第97条では住民投票を要すべき特別法の種類を「組織」「運営」「権能」の3つに限定していますので、「組織」「運営」「権能」には含まれない「土地の収用」に関する特別法を制定する場合にはその地域に居住する住民の住民投票を得る必要はなくなる結果、国会が、その特定の自治体の住民の賛成なしに、その自治体の公有林等を自由に収用して軍事目的に使用することができるようになってしまうのです。
もちろん、その場合の国会は、多数議席を確保した政党の意見が中心となりますから、これは国会で多数議席を確保した政党が、地方自治体の「組織」「運営」「権能」以外の事項の全てについて、自治体の住民の意向を無視して、さまざまな特別法を制定できるということに他なりません。
ですがそれでは、地方自治体は国会で多数議席を確保した政党が制定する特別法によって思うがままに利用されることになり、地方における「自治」は機能しなくなってしまうでしょう。
『自民党憲法改正案の問題点:第92条1項|地方自治の本旨を破壊』のページでも述べましたが、「地方自治は民主主義の小学校」であって、地方の自治が機能しなくなれば、中央政府との権力分立原理は働かなくなり民主主義の具現化も困難になってしまいます。
そうした憲法規定に変更する必要性がどこにあるのか、国民は冷静に判断することが必要でしょう。
(2)住民の基本的人権が法律によって制限される
自民党憲法改正草案第97条が危険といえる理由の2つ目は、改正案の条文が住民に義務を課し、またその基本的人権を制限するものになっている点です。
憲法は一般に「国家権力の権力行使に歯止めを掛けるためのもの」であると言われることがありますが、なぜそう言われるかというと、それは国家が社会契約によって形成されるものだからに他なりません。
そもそも我々人間は、一人では生きていくことが困難であることから「社会」を形成しその共同体の中に所属して生きていきますが、その所属した共同体に自分の自由(安全)と財産を守らせるため、その一人一人が本来的に保有している権限をその共同体に移譲する契約を結びます。
この契約がいわゆる社会契約であり、その契約によって形成される権限(立法権・行政権・司法権)の総体が国民国家と呼ばれる国家概念となります。
このような社会契約によって形成された国民国家では、その国家権力はともすればその帰属する国民から移譲を受けた権限を濫用し、国家を形成する国民の自由や権利を侵害する方向に作用する危険性があります。
国家権力は立法府の権限によって法律を制定し、その法律の支配力によって国民の権利を奪い、また国民に義務を課すことができますが、ひとたび国家権力が暴走すれば法律を制定することでいくらでも国民の自由や権利を侵すことができるからです。
そのため、国家権力に権限を移譲しようとする国民は、国家権力の暴走を防ぐために、あらかじめ国家権力に「歯止め」をかけておこうと考えます。その手段が「憲法」という法です。
国民が国家権力に権限を移譲する際に「この規定に反する法律は作っちゃだめですよ」「この規定に違反しない範囲でだけ法律を作る権限を移譲しますよ」という決まりを憲法という法典に記録し、その憲法に記録(規定)された制限の範囲内に限って、国民が保有する権限(立法権・行政権・司法権のいわゆる三権)を国家権力に移譲するわけです。
こういう思想が国民国家の根底にあるからこそ、憲法は「国家権力の権力行使に歯止めを掛けるためのもの」と言われるわけですが、先ほど挙げたように、自民党憲法改正草案第97条はその逆に「特定の地方自治体の住民にのみ義務を課し、権利を制限する特別法」を許容することで、「住民(国民)の権力行使に歯止めを掛けるためのもの」になってしまっています。
ですがそれでは本末転倒でしょう。国家は、個人が自分の自由と財産を国家に守らせるために他者と社会契約を結んでその本来的に持っている統治権(立法権・行政権・司法権)を委譲し組織するものなのに、その統治権を委譲された国家の立法府である国会が、地方自治体の住民(国民)に義務を課し、権利を制限する法律を制定できるとしているのですから、その憲法の目的が全く真逆に使われてしまっています。
自民党憲法改正草案第97条は、「国家権力の権力行使に歯止めを掛ける」ための憲法を、「国民の権利行使に歯止めを掛ける」ための道具として利用している点で、「憲法」と呼べる代物ではないのです。
また、改正案第97条は住民に義務を課し、権利を制限する立法を許容していますが、そもそも国民(住民)に保障された権利(基本的人権)は、人に生まれながらに備えられているものであって、絶対的・普遍的なものであって、国家権力が法律によって制限できるものではあってはなりません。
もちろん、他者の権利を侵してまで権利を主張することは個人主義ではなくただの利己主義に過ぎませんから、現行憲法でも「公共の福祉」の範囲で国民の権利が制限されることはあり得ます。
しかし、それは法律によって無制約に制限が可能なものではなく「公共の福祉」の範囲で制限が認められるものに過ぎないのです。
それにもかかわらず、自民党憲法改正草案第97条は、住民投票の賛成があればその地方自治体に居住する住民に義務を課し、権利を制限する法律を制定できるとしているのですから、自民党案は「基本的人権は国会が制定する法律の範囲でしか保障しない」と言っているのと変わりません。
この点、これとよく似た憲法が過去に存在しています。戦前に施行されていた大日本帝国憲法(明治憲法)です。
明治憲法でも基本的人権は保障されていましたが、それは天皇大権や法律の範囲で保障されるものであって、絶対的な保障がされていない不十分なものでした。
しかしその人権保障の不十分さが当時の国家指導者に利用され、国民の自由や権利を立法で制限することを容易にして、国民を戦争に駆り立てることを正当化させました。その結果が先の戦争と敗戦です。
そのため戦後に制定された現行憲法では、基本的人権を絶対的・不可侵的なものと位置付けて「基本的人権の尊重」を基本原理とし、「公共の福祉」の範囲内でのみ制限することを認めることで国家権力の介入を防いでいるわけです。
それにもかかわらず、自民党憲法改正草案第97条は、国会が制定する特別法で住民(国民)の権利を制限できるとしているのですから、これは基本的人権を法律の範囲でのみ保障するとしていた明治憲法とまったく変わりません。
自民党憲法改正草案第97条は、基本的人権の保障を戦前の明治憲法(大日本帝国憲法)の不十分なものに戻すのと何ら変わらないのです。
ですがそれでは、さきほど述べたように戦前や戦時中と同じような抑圧を生むだけではないでしょうか。
このように、自民党憲法改正草案第97条は、「国家権力の権力行使に歯止めを掛けるためのもの」という憲法の目的を全く無視して、その逆に「国民の権利行使に歯止めを掛けるためのもの」にしており、絶対的・不可侵的なものであるべき基本的人権を立法府(国会)が制限できるものとしている点で、国民に大きな危険を及ぼすものと言えます。
国民(住民)の権利を国会が立法によって制限しうる憲法規定が国民に何を及ぼすか、十分に考える必要があります。
(3)特定の地方自治体に不利益を及ぼす特別法が地方住民の少数決によって制定されてしまう
自民党憲法改正草案第97条の危険性を指摘できる理由として挙げられる3つ目は、特定の自治体に不利益を及ぼす特別法が、地方住民の少数決によって制定されてしまう点です。
冒頭に挙げたように、自民党憲法改正草案第97条は、住民投票の決議要件を「有効投票の過半数の同意」としていますから、その住民投票で「有効投票の過半数」の同意があれば、立法府である国会が、特定の自治体に不利益を及ぼしたり、特定の自治体の住民の権利を制限したりする法律を制定することが可能です。
しかし「有効投票の過半数」で住民投票が成立するということは、ごく少数の住民しか賛成していない場合であっても住民投票が可決されてしまうということに他なりません。
たとえば、総人口が13万人、有権者が10万人の自治体があって、その自治体またはその自治体の住民に不利益を及ぼす特別法を制定しようとする場合があったと仮定すると、このケースの特別法の賛否を問う住民投票は「有効投票の過半数」の賛成があれば成立しますから、仮に投票率が20%でその投票すべてが有効投票であったとすれば、10001票の賛成票で住民投票が成立してしまうことになるでしょう。
つまり、自民党憲法改正草案第97条では、13万人の住民に不利益を及ぼす特別法をわずか1万人の賛成で成立させることも可能なのです。
ですがそれは、居住する地方自治体に不利益を及ぼすか否か、あるいはそこに居住する住民の権利を奪うことを認めるか否かを、そこに居住する少数者が決めるということですから、民主主義の原則に反します。
民主主義の本質は多数決原理にあるからです。
このように、自民党憲法改正草案第97条は民主主義の原理原則である多数決原理をも否定する要素を含んでいますから、その危険性は十分に認識すべきものと考えます。
自民党憲法改正草案第97条は地方自治体を国の植民地にしかねない
以上で説明したように、自民党憲法改正草案第97条は特定の地方自治体の「組織」「運営」「権能」について他の自治体と異なる定めし、また特定の地方自治体の住民にのみ義務を課し、または権利を制限する特別法を制定する場合の住民投票に関する規定を置いていますが、この規定は立法府である国会が地方自治体の「組織」「運営」「権能」以外の事項について不利益を及ぼす特別法を制定する際に住民投票を排除しているだけでなく、地方自治体の住民の基本的人権を制限することを容認している点で、地方自治体とそこに住む住民にとって害悪しかなく、しかも少数決による住民投票を認めている点において民主主義をも否定している極めて問題のある条文と言えます。
仮にこの規定が国民投票を通過するようなことがあれば、国会で多数議席を確保した政党が特定の地方自治体に不利益を及ぼし、また特定の地方自治体の住民にだけ義務を課し、あるいは権利を制限する特別法を数の力で国会で可決させ、少数決によって決せられる住民投票にかけさせることでその地方の住民に不利益を及ぼす特別法が濫発される懸念も生じます。
もしそれが現実に生じて少数決で住民投票が成立するようなことになれば、もはや憲法で保障される住民投票は形骸化して意味のないものとなり、地方自治体は多数議席を確保した政党の思うがままに利用され、権利を取り上げられて国の植民地にされてしまいかねません。
こうした民主主義と相反し、地方自治体とその住民(国民)に有害無益でしかない条文を制定しようとしている国政政党の危うさに、一人でも多くの国民が早急に気付くことが望まれます。