【自民党憲法改正案の問題点:第20条1項】政教分離の無効化

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憲法改正に執拗に固執し続ける自民党が公開している憲法改正草案の問題点を一条ずつチェックするこのシリーズ。

今回は、「信教の自由」について規定した自民党憲法改正案の第20条のうち、第1項の問題点を検討することにいたしましょう。

なお、自民党憲法改正案の第20条3項の問題点については『【自民党憲法改正案の問題点:第20条3項】国の宗教活動が無制約に』のページで詳しく解説しています。第20条の2項については現行憲法から変更がないので解説は省略しています。

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自民党憲法改正案の第20条1項は現行憲法から何を変えたのか

自民党憲法改正案の第20条は「信教の自由」について規定していますが、現行憲法の第20条でも同様の規定を置いていますので、現行憲法の「信教の自由」の規定をそのまま移動させた形になっています。

もっとも、条文の文言に変更がなされていますので、その解釈も大きく変わることになるのは避けられません。

では、具体的にはどのような文章の変更がなされているのでしょうか。自民党案の第20条1項と現行憲法の双方の規定を確認してみましょう。

日本国憲法第20条1項

信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。

自民党憲法改正案第20条1項

信教の自由は、保障する。国は、いかなる宗教団体に対しても、特権を与えてはならない。

※出典:自由民主党日本国憲法改正草案(平成24年4月27日決定)|自由民主党 を基に作成

一見すると同じようにも見えますが、大きく変えられている部分が2か所あります。

まず一つ目が、現行憲法で信教の自由を「何人に対しても」保障すると規定されている部分が削除され、単に「保障する」と変えられた部分。

二つ目が、現行憲法で宗教団体に「政治上の権力を行使してはならない」と政教分離が明確にされた部分がまるごと削除された部分です。

では、これらがどのような問題を生じさせるのか、それぞれ検討してみましょう。

信教の自由が「保障されない」可能性

まず言えるのが、「何人に対しても」の部分が削除されたことで、信教の自由が「保障されない何人なんぴとか」が生まれてしまう可能性です。

現行憲法の第20条1項は「何人に対しても」信教の自由を保障していますから、国(国家権力)が国民の信教の自由を制限することは「何人に対しても」できません。現行憲法ではいかなる人に対しても信教の自由を保障することが義務付けられているわけです。

しかし自民党改正案はそこから「何人に対しても」の文章を取り除いてしまいましたから、自民党改正案の下では、国(国家権力)の判断によって「何人なんぴとか」に信教の自由を「保障しないこと」が認められる余地がでてきてしまいます。

では、自民党改正案の下で具体的にどのような人に対して信教の自由が保障されない余地があるかというと、それは「公益及び公の秩序」に反するような「何人なんぴとか」です。

自民党憲法改正案の第12条は人権の制約原理を現行憲法の「公共の福祉」から「公益及び公の秩序」に変えていますから、自民党改正案の下では「公益及び公の秩序」すなわち政権与党の自民党の方針に反する人権の行使を国家権力が制限することが認められるようになります。

なぜなら、「公益」は「国の利益」の言い換えであってその国とは「政府」つまり「政権与党の自民党の利益」ということになり、「公の秩序」とは「現在の多数派の秩序」のことでその多数派を形成するのは自民党ですから「自民党の秩序」という意味になるからです(※この点の詳細は→【自民党憲法改正案の問題点:第12条】人権保障に責務を強要)。

自民党改正案の下では、政権与党の自民党の都合次第で、政府の方針に反対する国民の基本的人権を改正案第12条に規定される「公益及び公の秩序」の名の下に制限することが可能となりますから、信教の自由も基本的人権の一つである以上、政府(政権与党の自民党)の方針に反対する国民の信教の自由を制限しても、それは「公益及び公の秩序」の要請として認められることになるわけです。

しかし、20条1項が「何人に対しても(これを保障する)」の文章のままでは「何人に対しても」信教の自由を保障しなければなりませんので、「公益及び公の秩序」の名の下に信教の自由を制限してしまうと文理的に矛盾を抱えてしまいます。

そのため自民党は、文理的に矛盾が生じないように、現行憲法の第20条第1項から「何人に対しても」の部分を削除したのでしょう。

このように、自民党憲法改正案の第20条1項は、現行憲法の同条項から「何人に対しても」の部分を削除することで、改正案第12条に規定する「公益及び公の秩序」の名の下に、国民の信教の自由を政府の判断で自由に制限できるようにしたところが特徴的です。

改正案第20条1項は信教の自由を「保障する」としていますが、それは現行憲法のように「何人に対しても」保障されるものではなく、政府(政権与党の自民党)の方針に反対する国民の信教の自由は、国家権力によっていくらでも制限されることになりますのでその点を十分に考える必要があるでしょう。

宗教団体が「政治上の権力を行使する」可能性

次に言えるのが、自民党憲法改正案の第20条1項が現行憲法から「政治上の権力を行使してはならない」の部分を削除したことで、政治団体が政治上の権力を行使することを認める余地を生じさせている点です。

現行憲法の第20条1項は、いかなる政治団体も「政治上の権力を行使してはならない」と規定していますので、特定の政治団体が政府(国家権力)と結びつき、政治上の権力を行使することは許されません。

これはいわゆる「政教分離」原則の一側面として、国から特権を受ける宗教を禁止する規定ですから、「信教の自由」が民主主義の実現に不可欠な基本的人権であることを考えても、最大限に守られなければならない原則です。

「政教分離」が守られないと、国家権力が特定の宗教と癒着して宗教的中立性を損ない、個人の信教の自由が侵されることになるからです。

そのため現行憲法は、20条1項で国から特権を受ける宗教を禁止して、特定の宗教が政治権力と癒着して権力を行使することに歯止めを掛けているのです。

しかし、自民党改正案第20条1項は、そこから「政治上の権力を行使してはならない」の部分を削除してしまいましたから、自民党改正案の下では、国家権力が特定の宗教と結びつくことで、その特定の宗教が政治的な権力を行使することも、必ずしも否定されなくなってしまうでしょう。

たとえば、ある報道によれば、現在の菅内閣を組織する閣僚のほとんどが特定の宗教団体と何らかの関係性を持っているそうですから(※参考→統一教会系閣僚9人。安倍政権と変わらぬ菅政権の「新宗教・スピリチュアル・偽科学」関係 | ハーバー・ビジネス・オンライン)、この報道が事実とすれば、仮にこの状態で自民党改正案が国民投票を通過した場合には、それらの特定の宗教団体が政治に関与して政治的な権力を行使したとしても、憲法違反とは言えなくなってしまうのです。

仮にそうなれば、その特定の宗教が政治権力と一体化することで国家権力の宗教的中立性は損なわれ、国民の政治的意思決定が歪められることで民主主義は機能不全に陥ってしまうでしょう。

このように、自民党憲法改正案の第20条1項が現行憲法の規定から「政治上の権力を行使してはならない」の部分を削除したことは、民主主義の実現に不可欠な「政教分離」の原則を破壊する点で大きな問題があると言えます。

特定の宗教が政治権力を行使することを認める国家に変えることが国民に何を及ぼすか、なぜ自民党がそうした国家に変えようとしているのか、この自民党改正案第20条1項はその点を十分に考えて賛否を判断する必要があるのかも知れません。