韓国では9回も憲法改正してるから日本も…が暴論である理由

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憲法改正を積極的に推し進めようとする政治家や知識人、タレントなどの中に「韓国では戦後に9回も憲法改正してるのに日本は1回も改正してないなんておかしい」と主張する人が稀にいます。

「外国では何回も憲法を改正してるんだから日本も改正するべきだ」という理屈です。

しかし、これははっきり言って暴論といえます。

なぜなら、確かに韓国では戦後(1945年以降)9回にわたって憲法が改正された事実がありますが、そのうち3回はクーデター政権下もしくは戒厳令下における改正で民主的な手続きを経たものではありませんし、他の改正についてもそのほとんどすべてが「統治機構(日本でいえば国会・内閣・裁判所・地方自治といった国の統治に関する機関のこと)」に関する細かな修正に限られており、自民党が予定しているような「国民主権」「基本的人権」「平和主義(9条)」という憲法の基本原則にかかる改正とはその性質がまったく異なるからです。

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韓国における戦後の憲法改正の実情

韓国で戦後(1945年以降)具体的にどのような内容の憲法改正が行われたのかという点は、国会図書館が作成しウェブ上でも公開している「諸外国における戦後の憲法改正(第5版)」に詳しく挙げられています。

この点、この国会図書館の資料を確認すると、韓国では以下のような改正を経て現在に至っているのがわかります。

【戦後(1945年以降)の韓国における憲法改正の状況】

  • 大統領の直接選挙、二院制の採用等(1952年改正)
  • 初代大統領の3選禁止、自由市場体制への転換等(1954年改正)
  • 大統領制から議院内閣制へ転換、人権保障強化等(1960年6月改正)
  • 旧政権時代の不正行為者の処罰等の特別法の制定等(1960年11月改正)
  • 大統領制・一院制への変更、憲法裁判所廃止など(1962年改正)※注1
  • 国会議員定数の変更、大統領の3選許容(1969年改正)
  • 人権条項の法律の留保追加、大統領権限の強化等(1972年改正)※注2
  • 統一主体国民会議廃止、基本的人権不可侵強調等(1980年改正)※注3
  • 大統領直接選挙制、基本的人権の拡充等(1987年改正)※注4

※出典:国会図書館作成:諸外国における戦後の憲法改正(第5版)(http://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_10249597_po_0932.pdf?contentNo=1&alternativeNo=)12頁ないし13頁を基に作成。

≪注釈≫

  • ※注1:正規の憲法改正手続きではなくクーデターによる軍事政権による改正のため「第三共和国憲法」と呼ばれています。
  • ※注2:正規の憲法改正手続きではなく憲法の効力が一時停止された戒厳令下で改正されたものであるため「第四共和国憲法」と呼ばれています。
  • ※注3:正規の憲法改正手続きではなくクーデターを背景に改正されたものであるため「第五共和国憲法」と呼ばれています。
  • ※注4:「第五共和国憲法」からの正規の改正手続きによって改正されていますが、従前の権威主義的な政府形態から民主化された憲法であるため新憲法として認識され「第六共和国憲法」と呼ばれています。

韓国における憲法改正のうち3回はクーデター政権もしくは戒厳令下における非民主的手続によるもの

上の一覧に挙げたように、韓国では戦後(1945年以降)9回、憲法の改正が行われていますが、そのうち1962年の第5次改正(第三共和国憲法の制定)と1980年の第8次改正(第五共和国憲法の制定)の2回はクーデター政権下での改正で、1972年の第7次改正(第四共和国憲法の制定)も戒厳令下での改正であり、いずれも正規の改正手続きを経たものではありません。

したがって、韓国で行われたこれら3回の憲法改正は、日本における憲法改正の議論としてはそもそも参考になりえないといえます。

韓国における憲法改正は「統治機構」の細かな修正にすぎない

このように、韓国では戦後9回にわたって憲法が改正された事実がありますが、「第5次改正(1962年)」「第8次改正(1980年)」「第7次改正(1972年)」の3回はクーデター政権もしくは戒厳令下で非民主的手続によって行われたものですから、これら3回の改正の事実については日本の憲法改正に関する議論には全く比較対象になり得ません。

そこで他の改正部分を検討してみますが、「第5次改正(1962年)」「第8次改正(1980年)」「第7次改正(1972年)」の3回以外の改正は正当な憲法改正手続きを経て改正されてはいるものの、そのほとんどすべてが「統治機構」という国の統治に関する規定の細かな修正に限られています。

「統治機構」とは先ほども若干述べたように国会や内閣、裁判所、地方自治など国を統治するための機関などのことを言いますが、上記で挙げた韓国における戦後の憲法改正事項を見てもわかるように、韓国で戦後行われた憲法改正のほとんどは、大統領制に関する事項や国会議員の定数変更など議会に関する事項の細かな修正にすぎません。

しかし、日本はそもそも議院内閣制を採用していて大統領制への移行は議論にもなっていませんから、日本が議院内閣制を捨てて大統領制に移行しようとしているのなら格別、韓国における大統領制の細かな修正に関する憲法改正の事実は日本の憲法改正を正当化する根拠にはそもそもなりえません。

また、韓国では国会議員の定数の変更に関する憲法改正が行われていますが、日本では国会議員の定数については公職選挙法という”法律”で規定されていますから、議員定数の変更についてもそもそも憲法改正の必要性を生じさせるような事項ではないでしょう。

【日本国憲法43条】
第1項 両議院は、全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する。
第2項 両議院の議員の定数は、法律でこれを定める。
【公職選挙法4条】
第1項 衆議院議員の定数は、465人とし、そのうち、289人を小選挙区選出議員、176人を比例代表選出議員とする。
第2項 参議院議員の定数は242人とし、そのうち、九96人を比例代表選出議員、146人を選挙区選出議員とする。
第3項 地方公共団体の議会の議員の定数は、地方自治法(昭和22年法律第67号)の定めるところによる。

日本では、憲法の構造上、統治機構に関しては大まかな枠組みを規定しているだけであって統治機構の細かな部分については「法律」で規定されているわけですから、韓国におけるこれらの統治機構に関する事項の改正は、日本の憲法改正を議論するうえでの参考にはなり得ないといえます。

自民党が予定しているのは「国の原則」を変更する改正

以上で指摘したように、確かに韓国では戦後、9回にわたって憲法改正が行われた事実がありますが、そのうち3回は非民主的な手段によって行われた修正であり、他の6回の改正も統治機構に関する細かな修正に限られ日本ではそもそも憲法の議論にならなかったり法律の改正で済むような改正にすぎませんから、そもそも日本における憲法改正の議論では参考にならないものと言えます。

1960年改正で「基本的人権保障の強化等」が、1980年改正で「基本的人権の不可侵の強調等」がそれぞれ改正されていますが、これについては後述します。

しかし、今の日本で自民党を中心とした与党が目指しているのは「統治機構」の部分にとどまらない、「国民主権」「基本的人権」「平和主義(憲法9条)」という「国の原則」を「後退(制限ないし縮小)」させることを目的とした改正です。

自民党が予定している憲法改正についての具体的な内容については自民党がウェブ上で公開している憲法改正案(日本国憲法改正草案(平成24年4月27日(決定))|自由民主党憲法改正推進本部)を見てもらえばわかりますが、その内容はほぼ全てが「国民主権」や「基本的人権」「平和主義」という憲法の三原則を後退(縮小ないし制限)するものになっています。

たとえば、現行憲法では日本国の元首は「内閣または内閣総理大臣」と解釈されますが(芦部信喜「憲法(第六版)」47~48頁参照(※参考文献))自民党の憲法改正案では「天皇」を元首とするものとされていますので(自民党改正案第1条参照)、その点で国民主権が後退(ないし制限)を加えられる余地が生じます。

また、たとえば現行憲法では「基本的人権」は「公共の福祉」に反して濫用することが禁止されているだけですが(日本国憲法12条)、自民党の改正案では「公益及び公の秩序」に反して濫用することが禁じられるものに変更されていますので、「公益(国の利益)」すなわち政権与党(つまり自民党)の不利になる言論や表現も政府の権限によって自由に制限がかけられることになってしまいます(自民党改正案12条参照)。

もちろん、メディアが盛んに取り上げている憲法9条の改正も、それが自衛隊を明記するものであれ、国防軍を明記するものであれ、9条2項を削除するものであれ、自衛戦争をも放棄した現行憲法から自衛戦争を許容する憲法に改正することになる点を考えれば、国家権力に掛けられた制限を緩和する点で「平和主義の後退」といえるでしょう。

なお、この点については『アメリカは6回も憲法改正してるから日本も…が詭弁である理由』のページで詳しく解説しています。

このように、政府が憲法改正案として公表している自民党が作成した憲法草案では「基本的人権の尊重」や「国民主権」「平和主義」といった国の根幹(日本国憲法の基本原理)に関わる条項までも改正しようとしているわけですから、「統治機構」に関する憲法の改正しかしていない韓国の事例は、そもそも日本の憲法改正を肯定する理由としては不適といえます。

1960年と1980年の基本的人権に関する改正は人権を「拡充」するもの

なお、韓国では、1960年改正で「基本的人権保障の強化等」が、1980年改正で「基本的人権の不可侵の強調等」がそれぞれ改正されていますが、1960年改正についてはそれまで不十分だった基本的人権を強化するものであり、1980年改正については前のクーデター政権で制限されていた人権を復権もしくは拡充するものにすぎません。

しかし、日本のように憲法11条以下の規定で基本的人権がすでに明文化され、クーデターも発生していない国ではそのような憲法改正の必要性自体がそもそも生じませんから、これらの人権規定に関する改正も日本の憲法改正を正当化させる根拠とはなり得ないといえます。

もちろん、日本において基本的人権を「拡充」する必要性がある場合は憲法改正が必要となる場面も生じ得るといえますが、先ほども説明したように自民党が作成している憲法草案では基本的人権や国民主権を「後退(ないしは制限)」する規定は盛り込まれていても、それを「拡充」するような規定は見当たりません。

ですから、その意味でも韓国の事例は参考にならないといえるのです。

このように、韓国では頻繁に発生したクーデター政権下において憲法が改正されたという特殊性がありますし、民主的な手続きを経た改正が若干はあると言っても統治機構に関する細かな修正しかしていないわけですから、その特殊な韓国の事例を引き合いに出すことはあまりにも乱暴すぎます。

韓国で戦後に行われた憲法改正の事実を日本の憲法改正を正当化させる根拠として利用する政治家や(自称)知識人やタレントは、その主張自体がクーデター政権下による非民主的な憲法改正をも許容してしまうことに気付くべきでしょう。

ですから、このような韓国の特殊性を一切無視した憲法改正を正当化させるためだけに用いる「韓国は9回も憲法を改正してるんだから日本も改正すべきだ」という主張は「暴論」と言えるのです。