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国民投票の最低投票率導入で「民意のパラドックス」は生じるか

憲法の改正には憲法96条で国民投票における過半数の賛成が要件とされていますが、その憲法の規定だけでは憲法の改正に「すべての国民の過半数」の賛成を必要とするのか、「すべての有権者の過半数」の賛成を必要とするのか、それとも「投票者の過半数」の賛成で足りるのか、という点は明らかではありません。

【日本国憲法第96条1項】

この憲法の改正は、各議院の総議員の3分の2以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。

この点、国民投票の手続きを定めた国民投票法(※正式名称は「日本国憲法の改正手続に関する法律」)では、「賛成の投票数」が「投票総数(有効投票総数※賛成票と反対票の合計票数)」の2分の1を超えた場合に憲法改正を有効と判断して改正の効果を生じさせることが明記されてありますので、国民投票に「投票した人(有効投票総数)の過半数」が憲法改正案に賛成票を投じれば、その憲法改正は実現することになっています。

【国民投票法第126条】

国民投票において、憲法改正案に対する賛成の投票の数が第98条第2項に規定する投票総数の2分の1を超えた場合は、当該憲法改正について日本国憲法第96条第1項の国民の承認があったものとする。

しかし、ここで問題になるのが、投票率が低くなった場合に、ごく少数の賛成票だけで憲法改正が実現してしまうという問題です。

今述べたように国民投票法の126条では「賛成票の数」が「(有効)投票総数」の過半数を超えれば憲法改正が実現されることになっていますので、たとえば10万人しか国民投票に投票した人がいないケースであれば「50,001名」の賛成票があれば憲法改正が実現することになってしまいますが(※すべての投票が有効票だったと仮定します)、1億2千万人の国民を守るための憲法をわずか「50,001人」の国民の意思だけで「国民の承認があった」と判断して変更してしまうのは、国民の意思を十分に反映したものと言えるかという点に疑問が生じてしまうでしょう。

そこで考えられるのが、国民投票の手続きに「最低投票率」を介在させる制度です。

国民投票の手続きに「最低投票率制度」を介在させれば、そこで設定した「最低投票率」に達しない国民投票の結果を排除することができますので、投票率が低い場合に生じる少数者によって憲法が改正されてしまう不都合を回避することが可能です。

たとえば今の例で、有権者の総数が1億人いたと仮定して、あらかじめ最低投票率を「50%」と定めておいた場合であれば、たとえ10万人が投票に参加してそのうちの賛成票が過半数を上回ったとしても、その投票自体が「最低投票率の50%(5000万人)を満たさない」ということになって効力が生じないので、少数者の賛成だけで憲法が改正されてしまう不都合を回避することができるわけです。

そのため、実際に憲法改正を行う場合には、事前に国民投票法を改正してこの「最低投票率制度」を手続きに加えようという議論がなされているわけですが、この「最低投票率制度」を国民投票に介在させる案については、「民意のパラドックス」を生じさせてしまうという反対意見も出されています。

では、憲法改正の国民投票に最低投票率制度を介在させた場合、本当に「民意のパラドックス」が生じることで不都合が生じるものなのでしょうか。検討してみます。

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「民意のパラドックス」とは

「民意のパラドックス」とは「投票が不成立になった場合の賛成者数が、投票が成立した場合の賛成者数を上回ってしまう」というような逆説的な不都合が生じてしまう現象を言います。

たとえば有権者が1億人ですべての投票が有効票であったという前提の下において、国民投票法に「50%」の最低投票率を制度として取り入れた場合で考えると、投票率が「45%(有効票を投じた人が4500万人)」のケースで賛成投票率が「80%」あり有権者の「36%(賛成票を投じたのが3600万人)」が賛成した場合は投票率が最低投票率に満たないので国民投票は不成立となってしまいますが、投票率が「60%(有効票を投じた人が6000万人)」のケースで賛成投票率が「55%」あるケースでは、有権者は「33%(賛成票を投じたのが3300万人)」しか賛成していないにもかかわらず投票率が最低投票率の50%を上回っているので国民投票が成立してしまいます。

つまり、国民投票に最低投票率を導入すれば、賛成した人が「3600万人」いるケースで成立しない場合があるにもかかわらず、賛成した人が「3300万人」しかいないケースでは国民投票が成立してしまうケースが生じてしまうという、なんとも納得しがたい現象が生じてしまうわけです。

これがいわゆる「民意のパラドックス」の問題です。

国民投票に最低投票率制度を導入しても「民意のパラドックス」は問題となり得ない

このように、国民投票に最低投票率制度を導入した場合には、国民投票が不成立になった場合の賛成者数が成立した場合の賛成者数を上回ってしまうという「民意のパラドックス」の問題を生じさせてしまうわけですが、結論から言うと、国民投票に最低投票率制度を導入したとしても、この「民意のパラドックス」は問題とはなり得ません。

理由はいくつかありますが、代表的には以下の3つが挙げられます。

(1)「民意のパラドックス」は相対的な概念なので一つの国民投票でそれが生じたか否かを判断することはできない

国民投票に最低投票率制度を導入した場合に「民意のパラドックス」が問題とならない理由として、まず特定の国民投票で実際に「民意のパラドックスが生じたか生じていないか」判断することができないという点が挙げられます。

なぜこのような指摘ができるかと言うと、「民意のパラドックス」は2つの投票結果を相対的に比較した場合に初めてその現象が確認できる概念なので、特定の一つの国民投票でその「民意のパラドックス」が生じたか生じていないか判断することは不可能だからです。

たとえば先ほどの例では、国民投票法に「50%」の最低投票率を制度として取り入れた場合において、投票率が「45%」、賛成投票率が「80%」で有権者の「36%」が賛成しても国民投票は不成立となる一方で、投票率が「60%」、賛成投票率が「55%」で有権者の「33%」が賛成すれば国民投票が成立してしまう結果として「民意のパラドックスが起きた」と言えましたが、それはその2つの国民投票の結果として出た「36%と33%を比較して」初めてそう言えるものに過ぎません。

一つの特定の国民投票で仮に「最低投票率を下回ることで国民投票が不成立となったケース」が生じたとしても、その”同じ国民投票”で「最低投票率を上回って国民投票が成立したケース」を生じさせることは不可能ですから、特定の一つの国民投票で「国民投票が成立した場合と成立しない場合を対比させること」は不可能なわけです。

もちろん、同じテーマの国民投票を再度実施すれば「同じテーマの2つの国民投票」を対比させることはできますが、仮にそこで最低投票率を上回る投票率が生じて「民意のパラドックス」が生じたとしても、そこで行われた国民投票は、前の国民投票とは異なる時間軸で実施された国民投票なわけですから、その2つの国民投票を「同じテーマだから」という理由だけで「同じ国民投票」として対比させることはできません。

実際に行われる一つの国民投票は「その時」行われる「一つの」結果しか出すことはできませんから、最低投票率制度を導入した状態で国民投票を実施した場合であっても、果たしてそこでその時行われた国民投票で実際に「民意のパラドックス」が起きたか起きていないかを判別することは不可能なわけですから、そもそも国民投票に最低投票率制度を導入する議論において検証しようのない「民意のパラドックス」の問題を議論することができるのか、という点の疑問が生じてしまいます。

ですから、国民投票に最低投票率制度を導入するにあたって、その有無を検証することが不可能な「民意のパラドックス」の可能性を持ち出して、国民投票に最低投票率制度を導入することに反対する意見は妥当ではないと言えるのです。

(2)「民意のパラドックス」の指摘自体が「多くの国民を保護する」という理念に対立するパラドックスを生じさせてしまう

国民投票に最低投票率制度を導入する意見に対して「民意のパラドックス」を理由に反対することは、その「民意のパラドックス」の指摘自体が「多くの国民を保護する」という理念に対立してしまうというパラドックスを生じさせてしまうことも問題です。

そもそも憲法改正手続きにおける国民投票に最低投票率制度を導入しようとする趣旨は、少数者だけの投票によって憲法が改正されてしまうことによって、国民投票を棄権して参加しなかった「多数の国民」が受けてしまう不都合を回避するところにあります。

国民投票に最低投票率制度を導入しなければ、このページの冒頭で例示したように、10万人しか投票していないのに僅か「50,001名」の賛成票があるだけで1億2千万人という「多くの国民」を拘束する憲法改正が実現してしまう不都合が生じてしまうので、その不都合を回避するために最低投票率制度を導入しようと考えるわけです。

しかし、「民意のパラドックス」の指摘も同じように「多くの国民」の意思が国民投票に反映されない不都合を回避するために用いられます。

先ほど説明したように、「民意のパラドックス」は最低投票率制度を導入した場合に、最低投票率を下回って投票が不成立になった場合の賛成者数が最低投票率を上回って投票が成立した場合の賛成者数よりも多くなってしまう不都合を問題視する主張なわけですから、その主張の根源には最低投票率の導入によって投票が不成立になる場合に無視されてしまう「多数の賛成者(多くの国民)」を保護しようとする思想が含まれているからです。

そうすると、「多数の賛成者(多くの国民)」を保護するために「民意のパラドックス」を主張して最低投票率制度の導入に反対の意思を示すこと自体が、「民意のパラドックス」を主張することによって保護しようとしているその同じ「多くの国民」の不都合に作用することになってしまいます。

つまり「多数の賛成者(多くの国民)」の利益のために「民意のパラドックス」を主張して最低投票率制度に反対すること自体が、その「多くの国民」の不利益に作用してしまうというパラドックスに陥ってしまうわけです。

ですから、その点に鑑みても、国民投票に最低投票率制度を導入する考え方に対して「民意のパラドックス」を理由に反対することはできないものと考えられるのです。

(3)「民意のパラドックス」は「最低絶対得票率」を導入することで回避できる

国民投票に最低投票率制度を導入する場合に反対意見として指摘される「民意のパラドックス」の問題は、「最低絶対得票率」の制度を介在させることで回避できるという指摘も可能です。

「絶対得票率」とは「有権者総数に占める、あるテーマの得票数の割合」などと説明できますが(※参考→絶対得票率(ぜったいとくひょうりつ)とは – コトバンク)、そこに「最低」ラインを設けることを意味しますので、国民投票の場合に制度化するとすれば、国民投票に参加した有権者総数の一定割合の得票数が得られない場合にその国民投票の効果を不成立にするような制度が「最低絶対得票率(の制度)」となります。

たとえば、先ほどの例で考えると、有権者が1億人ですべての投票が有効票であったという前提の下において、国民投票法に「50%」の最低投票率を制度として取り入れた場合に、投票率が「45%(有効票を投じた人が4500万人)」、賛成投票率が「80%」で有権者の「36%(賛成票を投じたのが3600万人)」が賛成しても投票率が最低投票率に満たないので国民投票が不成立となってしまう一方で、投票率が「60%(有効票を投じた人が6000万人)」、賛成投票率が「55%」で有権者の「33%(賛成票を投じたのが3300万人)」が賛成すれば国民投票は成立してしまうので「民意のパラドックス」の問題が生じてしまいます。

しかしここで「最低絶対得票率制度」を介在させて「40%」を「最低絶対得票率」と設定しておけば、この事例では「最低絶対得票率の40%」に相当する投票数は「4000万人(票)※1億人×0.4=4000万人(票)」となりますので、この事例の後者のような結果が出た場合は「最低絶対得票率を満たさない」という理由で「民意のパラドックス」の生じた国民投票の結果を不成立とすることができます。

このように、国民投票に最低投票率制度を導入した結果「民意のパラドックス」の問題が生じるとしても、それと並行して「最低絶対得票率」の制度を介在させれば「民意のパラドックス」の問題を回避することが可能ですので、国民投票に最低投票率制度を導入する意見に対して「民意のパラドックス」が生じることを理由に反対することはできないと考えられます。

国民投票に最低投票率制度を導入するかしないかの議論に「民意のパラドックス」は問題とすべきではない

以上で説明したように、国民投票法に「最低投票率制度」を導入しようとする議論においては「民意のパラドックス」の問題点を指摘してその導入に反対する意見が出されることがよくありますが、「民意のパラドックス」は国民投票法における最低投票率制度の導入の議論における反対意見としては合理的な理由がないと考えられます。

国民投票法に最低投票率制度を導入するかしないかは「民意のパラドックス」の問題以外の点においてそれが妥当か否かを議論することが必要だと思いますので、「民意のパラドックスが云々…」という議論に惑わされないように注意が必要です。

参考サイト

このページの作成にあたっては以下のページを参考にしました。

憲法審査会事務局 宮下茂著「憲法改正国民投票における最低投票率~検討するに当たっての視点~」|参議院