憲法改正に執拗に固執し続ける自民党が公開している憲法改正草案の問題点を一条ずつチェックしていくこのシリーズ。
今回は、下級裁判所の裁判官の任期と報酬に変更を加えた自民党憲法改正草案第80条の問題点を考えてみることにいたしましょう。
下級裁判所の裁判官の任期と報酬に変更を加えた自民党憲法改正草案第80条
現行憲法の第80条は下級裁判所裁判官の任期について第1項に、その報酬について第2項に規定していますが、この規定は自民党憲法改正案でも同様に引き継がれています。
ただち、その条文に若干の変更が加えられているので注意が必要です。では、具体的にどのような変更がなされているのか、双方の条文を確認してみましょう。
【日本国憲法第80条】
第1項 下級裁判所の裁判官は、最高裁判所の指名した者の名簿によって、内閣でこれを任命する。その裁判官は、人気を十年とし、再任されることができる。但し、法律の定める年齢に達した時には退官する。
第2項 下級裁判所の裁判官は、すべて定期に相当額の報酬を受ける。この報酬は、在任中、これを減額することができない。
【自民党憲法改正草案第80条】
第1項 下級裁判所の裁判官は、最高裁判所の指名した者の名簿によって、内閣が任命する。その裁判官は、法律の定める任期に限って任命され、再任されることができる。ただし、法律の定める年齢に達した時には、退官する。
第2項 前条第五項の規定は、下級裁判所の裁判官の報酬について準用する。
※出典:自由民主党日本国憲法改正草案(平成24年4月27日決定)|自由民主党 を基に作成
このように、自民党改正案は現行憲法が下級裁判所裁判官の任期を10年としている部分を「法律の定める任期」と全て法律に委任することにした部分(第1項)、またその報酬について「前条第5項」つまり自民党改正案第79条5項を準用するとした部分(第2項)が異なります。
では、こうした変更は具体的にどのような問題を生じさせるのでしょうか。検討してみましょう。
下級裁判所裁判官の任期が不当に長く、または短くされてしまう危険性
この点、自民党改正案第80条1項について指摘できるのは、下級裁判所裁判官の任期が不当に長くされたり、あるいは不当に短くされてしまう危険性があるという点です。
現行憲法の第80条1項は下級裁判所裁判官の任期を10年としていますから、その任期を10年より長くすることも、短くすることも違憲となるためできません。下級裁判所裁判官の任期は上限も下限も10年で固定されています。
しかし、自民党改正案はその任期を「法律の定める任期」と法律に委任していますから、議会で多数議先を確保した与党が法律を整備すれば、10年以上でも10年以下でも政権の望むとおりに自由に設定できることになってしまうわけです。
極端な場合には、任期を10年以上としたり、任期を1年未満とすることも論理的には可能になってしまうでしょう。
しかし仮にそうなれば、たとえば政権に大きな打撃を与えるような裁判が進行しているような状況があった場合に、政権に都合の悪い判決を出す裁判官が選任されているような状況があれば、国会で多数議席を掌握した政党が法律を整備(又は改正)することで、裁判官の任期を短縮させ、その政権に都合の悪い裁判官を合法的に辞めさせたりすることもできるようになりますし、あるいはその逆に、政権に都合の良い判決を濫発する裁判官の任期が迫っているようなケースでは、法律を改正(あるいは整備)することで任期を伸長させて、その政権に都合の良い裁判官の退官を引き延ばし、政権に打撃を与える判決を意図的に防ぐこともできるようになってしまうかもしれません。
数年前、安倍内閣が政権にとって都合の良い東京高検検事長の某氏の定年を半年延長する閣議決定をして違法にその任期を引き延ばそうとしたことが大きな問題となりましたが、そうした政権の恣意的な任期引き延ばしの”裁判官版”が憲法で認められることになってしまうわけです。
ですがそれでは、たとえば政権に都合の悪い裁判が進行している状況があった場合に、時の政権が意図的に裁判官の任期を伸長させることでその裁判を担当している裁判官の任期を延長させたり、あるいは任期を短縮させることで別の裁判官に首を挿げ替えたりすることもできるようになってしまいますから、結果として司法判断が歪められてしまう恐れも生じてしまいます。
そうした司法への介入は当然、司法の独立性を損ないますから、国民にとって有害無益となるのは言うまでもないでしょう。
下級裁判所裁判官の報酬が人事院勧告で減額され裁判官の意思決定が歪められる危険性
また、第2項で改正案第79条5項を準用するとしている点も、同様に司法の独立を損なうので問題があります。
自民党改正案の第79条5項は最高裁判所裁判官の報酬を人事院勧告で減額することができるとする規定ですが、これが下級裁判所で準用されるとなれば、下級裁判所裁判官の報酬も人事院勧告によって恣意的に減額することができるようになってしまうからです。
詳細は改正案第79条5項の問題点を検討した『自民党憲法改正案の問題点:第79条5項|報酬減額で最高裁が傀儡に』のページで解説しているので詳細はそちらのページに譲りますが、人事院勧告によって裁判官の報酬が減額できるなら、時の政権がその報酬の減額を人質に、裁判官の人事に間接的に口をはさみ、裁判官の統制に使うこともできるようになってしまうでしょう。
仮にそうなれば、報酬の減額を嫌う裁判官は、人事院勧告による報酬減額の影響が及ばない人事に従うようになりますから、司法判断も歪められ、司法の独立は損なわれることになってしまうでしょう。
しかし司法は、政治性を持つ行政・立法から国民を守る最後の砦ですから、これが時の政権に歪められれば、人権保障だけでなく、民主主義自体も機能不全に陥ってしまいかねません。
そうした憲法改正案に変えてしまう必要性がどこにあるのか。国民は冷静に検討することとが必要でしょう。