本日(2019年1月28日)、辺野古の米軍基地移設工事に関連して、国の出先機関である防衛省沖縄防衛局が海上警備を依頼した民間の警備会社に対して移設工事に反対する市民のリストを作成して監視するよう依頼したことを示す内部文書の存在が毎日新聞社の報道により明らかとなりました。
この報道では、防衛省の沖縄防衛局が民間の警備会社に対して
「反対運動を継続的に行っている人及び船舶の傾向を把握し、より安全な作業を実施してゆくために、反対派リストのようなものを作り監視してほしい」
出典:辺野古反対派リスト「国が作成依頼」 警備会社の内部文書を入手 – 毎日新聞2019年1月28日付
旨の依頼を行っていたことが、当該民間警備会社の内部文書で明らかとなっているほか、
市民らが船上で抗議活動している様子を撮影し、顔写真を2枚1組にして60人分を一覧表にしていた
※出典:在日米軍再編:辺野古移設 反対派60人の顔一覧 警備会社作成、一部は個人情報も – 毎日新聞2019年1月28日付より引用
事実も明らかになっていますが、では、このように防衛省沖縄防衛局と言う「国家権力」が、行政の行為に反対する市民の顔写真を撮影したり、その氏名や住所等をリスト化する行為は、憲法上具体的にどのような問題を生じさせるのでしょうか。
このサイトは憲法のサイトですので、この「辺野古反対派リスト作成事件」について、憲法の側面から具体的にどのような問題を提起できるのか、検討してみます。
プライバシー権(憲法13条)を侵害していることの違憲性
この件でまず挙げられる憲法上の問題は、辺野古の米軍基地移設工事に反対する市民の容貌を撮影し氏名や住所等をリスト化した事実が憲法で保障された個人のプライバシー権を侵害している可能性があるという問題です。
個人のプライバシー権とは、憲法13条の幸福追求権から導き出される人格権の一つで、私法上の権利として近年認知されるようになった基本的人権(新しい人権)のことを言います。
【日本国憲法第13条】
すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
このプライバシー権という基本的人権は主に
- ① 一人で放っておいてもらう権利(個人の私的な情報に他人を勝手に立ち入らせない権利)
- ② 自己の情報をコントロールする権利
という2つの側面にその保護すべき権利が存在するものと考えられていますが、今回の「辺野古反対派リスト作成事件」においてはその2つの側面双方から個人のプライバシー権が侵害されている問題を指摘することが可能であると考えられます。
① 一人で放っておいてもらう権利(個人の私的な情報に他人を勝手に立ち入らせない権利)の側面からのプライバシー権侵害としての違憲性の問題
本件において民間の警備会社によって収集された「顔写真(外見上の特徴など)」や「氏名」や「住所」や「職業」など個人を特定し得る情報や、「その個人の政治信条(辺野古の米軍基地移設工事に反対する意思を持っているという事実)」という個人の思想を包含する情報は、個人が自身の判断で自由に管理すべき情報であり「他人に勝手に立ち入ってもらいたくない個人の情報」と言えますから、当然それらの個人情報も憲法13条で保障されるプライバシー権の範囲内にあるものとして憲法上の保障を受けられるものと考えられます。
そして本件では、警備会社がその個人情報を収集しリスト化したのは、国家機関であるところの防衛省沖縄防衛局からの依頼であったことが分かっていますから、「国家権力」が辺野古の米軍基地移設工事に反対する「個人」のプライバシー権に含まれる情報を、その個人の承諾を得ずに勝手に収集してリスト化した事件ということになるでしょう。
ですから本件では、憲法13条で保障される個人のプライバシー権を不当に侵害したという意味合いにおいて、国家権力による個人のプライバシー権侵害という憲法上の違憲性の問題を十分に提起できるものと考えられます。
なお、本件に類似する事件としては、平成10年に早稲田大学で発生した「江沢民講演会参加者名簿提出事件(最高裁平成15年9月12日|裁判所判例検索)」が挙げられます。
この事件では、大学が主催した中国の江沢民国家主席の後援会に参加を申し込んだ学生の名簿を、警備を担当した警察の求めに応じて大学側が学生に無断で提出したことが学生のプライバシー権を侵害する行為に当たるかという点が争点となりましたが、裁判所は氏名・住所・電話番号等の個人を識別しうる単純な情報であっても「自己が欲しない他者にはみだりにこれを開示されたくないと考えることは自然なことであり、そのことへの期待は保護されるべきものであるから…(中略)…プライバシーに係る情報として法的保護の対象となる」と判示して、大学側の学生に対するプライバシー権(憲法13条)の侵害を認定し、学生からの損害賠償請求が認められています。
「本件個人情報は、D大学が重要な外国国賓講演会への出席希望者をあらかじめ把握するため、学生に提供を求めたものであるところ、学籍番号、氏名、住所及び電話番号は、D大学が個人識別等を行うための単純な情報であって、その限りにおいては、秘匿されるべき必要性が必ずしも高いものではない。また、本件講演会に参加を申し込んだ学生であることも同断である。しかし、このような個人情報についても、本人が、自己が欲しない他者にはみだりにこれを開示されたくないと考えることは自然なことであり、そのことへの期待は保護されるべきものであるから…(中略)…本件個人情報は、上告人らのプライバシーに係る情報として法的保護の対象となるというべきである。」
※出典:江沢民講演会参加者名簿提出事件:最高裁平成15年9月12日|裁判所判例検索より引用
この事件では、憲法上で保護されるプライバシー権(憲法13条)を直接的に「対大学」という私人間に適用したわけではありませんが、プライバシー権(憲法13条)が法的保護の対象となり得ることを認定していることは変わりません。
ですから、この最高裁の判例から考えても、今回の「辺野古反対派リスト作成事件」では、リストに掲載された個人から民間の警備会社に対して「収集した個人情報を防衛省に提供した(提供するために個人情報を収集した)こと」に関するプライバシー権(憲法13条)の侵害を根拠とした損害賠償請求権が認められることはもちろん、防衛省沖縄防衛局という「国家権力」が憲法13条に違反して個人情報を収集し個人のプライバシー権を侵害したという問題が「違憲性の問題」として提起でき得るものと考えられます。
② 自己の情報をコントロールする権利の側面からのプライバシー権侵害としての違憲性の問題
本件においては辺野古の米軍基地移設工事に反対する個人の個人情報(氏名や顔写真や住所など)を収集して「リスト化」していること自体もプライバシー権における「自己の情報をコントロールする権利」として側面からの問題(情報検索性の問題)として別の問題を提起できます。
プライバシー権の情報検索性の問題とは、その収集された個人情報が国家権力によって容易に検索され利用されてしまうことの問題のことを言います。
国家権力が国民個人の個人情報(氏名や容貌や住所など)とその思想(辺野古への米軍基地移設工事に反対するという思想)を関連付けて「リスト化」することを認めてしまえば、国家権力がそのリストを利用して簡単に個人の情報(氏名や容貌や住所といった個人情報と一定の思想が紐づけられた情報)を検索し様々な場面で利用することができてしまいます。
つまり、今回の件でリストに載せられてしまった個人は、その個人情報がリスト化されることによって自分の個人情報(※「こいつは国家権力に抵抗して辺野古の工事に反対する奴だ」という情報)を国家権力によって秘密裏に勝手に管理(コントロール)されることになり、自分でその情報を変更したり抹消したりできなくなる可能性があったことになるわけです。
このようなプライバシー権の侵害は、先ほど説明した 「一人で放っておいてもらう権利(個人の私的な情報に他人を勝手に立ち入らせない権利)」としての側面とは全く別の「自己の情報をコントロールする権利」としての側面から個人のプライバシー権の侵害として問題提起できますから、その「リスト化された」という事実もまた別のプライバシー権の問題として議論しなければなりません。
ですから、本件においてはまず先ほど説明したように、国家権力によって「氏名や住所や顔写真や個人の思想という個人情報が収集された」という点で憲法13条で保障されるプライバシー権(※一人で放っておいてもらう権利(個人の私的な情報に他人を勝手に立ち入らせない権利)の側面のプライバシー権)を侵害しているという問題と、その収集された個人情報が「リスト化された」という点で憲法13条で保障されるプライバシー権(※自己の情報をコントロールする権利の側面からのプライバシー権)を侵害しているという問題の2つの問題が提起できるということが言えます。
思想及び良心の自由(憲法19条)を侵害していることの違憲性
今回の件は、このように憲法13条で保障されたプライバシー権を侵害している問題の外にも、憲法19条の「思想及び良心の自由」を侵害している可能性も指摘できます。
【日本国憲法第19条】
思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。
憲法19条は上記のように個人が自由な思想を持つことを憲法の基本的人権として保障していますから、辺野古の米軍基地移設工事に賛成するか反対するかその意思の選択はもっぱら個人の自由に委ねられなければなりません。
にもかかわらず、本件のような国家権力であるところの防衛相の沖縄防衛局が民間業者に命じてその顔写真を撮影させたり氏名や住所の調査を行わせたり、その個人情報をリスト化して収集させたりすることを認めてしまえば、個人情報が収集されることを嫌う個人は自身の自由な意思に反して「辺野古の米軍基地移設工事に反対する」という思想を持つことを諦めて「工事に賛成する」という思想に変更しなければならなくなってしまうでしょう。
つまり、本件のような思想調査の側面を持つ情報収集を国家権力が行うことが許容されてしまえば、個人が憲法19条で保障された「思想・良心の自由」を不当に侵害されて、自由な思想や良心の保持が制限されることになり得ると言えますので、本件においては国家権力による「思想及び良心の自由」の侵害の問題が提起できるということになるのです。
最後に
このように、今回の防衛相沖縄防衛局の行った辺野古の米軍基地移設工事に反対する市民の個人情報を収集するだけでなくリスト化した行為は、憲法上さまざまな問題を提起できる重大な人権侵害行為と言えます。
本件のように個人の情報とその思想がリスト化された情報が国家権力に渡ってしまった場合には、実際にその情報が抹消されていなくても国家権力から「抹消した」と言われれば個人が「本当にその情報が抹消されたか否か」を確認することはできませんから、いったんその情報が国家権力に収集されてしまえば個人がその収集された情報を抹消させることは事実上不可能になってしまいます。
ですから、このような個人とその思想を結び付ける情報の収集とリスト化は絶対にあってはならないことなのです。
今回の人権侵害の問題は、沖縄だけの問題ではなく、日本国民すべての問題として議論されるべきものであることをすべての国民が認識しなければなりません。