眞子さまのご結婚・ご婚約を国民が制限してはならない理由

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秋篠宮家の長女眞子さまの結婚が延期されている件に関し、週刊誌やワイドショーあるいはネットメディアが盛んに取り上げて報道する状態が昨年から継続しています。

これはもちろん、その報道を求める視聴者や購読者が一定数存在しているからに他なりません。

需要のない情報を報道してもメディアの利益には繋がりませんから、ワイドショーのコメンテーターが眞子さまの婚約に関してあれこれ注文を付けたり、週刊誌の取材班が婚約者の男性をアメリカまで追いかけまわしているのは、その情報を求める国民が少なからずこの国に存在していることの証左といえます。

しかし、このようなメディアの姿勢、またそのメディアの情報を求める国民の姿勢は、見直すべきであると私は考えています。

なぜなら、眞子さまのご婚約や結婚は本来、眞子さま個人の自由な意思決定に委ねられるものであり、それに国民があれこれ口を出して制限することは、個人の幸福追求権(憲法14条)を損ねる人権侵害行為と言えるからです。

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天皇や皇族であっても人間である限り認められる基本的人権は当然に保障される

天皇や皇族に基本的人権が保障されるのか、という点に疑問を持つ人もいるかもしれませんが、現行憲法で認められた基本的人権は天皇や皇族の方々にも当然に保障されるのが基本です。

なぜそう言えるかというと、それは天皇が1946年の元旦に人間宣言を行われて以降、天皇は「神」ではなく「人間」として位置づけられるようになったからです。

戦前、正確に言えば現行憲法が施行された1947年(昭和22年)5月3日の前日までの天皇は、憲法上「神(現人神)」という位置づけでした。だからこそ明治憲法(大日本帝国憲法)の第3条では天皇を「神聖」なもの「侵すべからざる」ものと規定していたのです。

【大日本帝国憲法(抄)】

第1章 天皇
第1条 大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス
第2条 皇位ハ皇室典範ノ定ムル所ニ依リ皇男子孫之ヲ継承ス
第3条 天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス
第4条 天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ此ノ憲法ノ条規ニ依リ之ヲ行フ
(以下省略)

しかし、そのような神格化され絶対的・普遍的な存在とされていた天皇の統治権の総覧者(明治憲法第4条)たる地位が軍部(軍人)や一部の国家指導者に利用され、またその権力者に少なからぬ国民が迎合ないし癒着してしまうことで日本は軍国主義を拡大し、満州事変から日中、対米戦争へと続く泥沼の侵略戦争に突き進んでしまいました。

このような反省を基礎において制定されたのが現行憲法である日本国憲法です。

戦後の日本では、戦争の惨禍を再び生じさせないことが求められましたから、天皇が「神(現人神)」のままであってはなりません。天皇が「神」として認知されたままでは、いずれまた時の権力者にその神格化された地位が悪用され、国政を誤らせる危険を排除できないからです。

そのため昭和天皇は、1946年(昭和21年)の1月1日に人間宣言を行い、自ら「神」ではなく国民と同じ「人間」であることを宣言されたわけです。

【天皇の人間宣言(昭和21年1月1日)※一部抜粋】

朕ハ爾等国民ト共ニ在リ、常ニ利害ヲ同ジウシ休戚ヲ分タント欲ス。朕ト爾等国民トノ間ノ紐帯ハ、終始相互ノ信頼ト敬愛トニ依リテ結バレ、単ナル神話ト伝説トニ依リテ生ゼルモノニ非ズ。天皇ヲ以テ現御神(アキツミカミ)トシ、且日本国民ヲ以テ他ノ民族ニ優越セル民族ニシテ、延テ世界ヲ支配スベキ運命ヲ有ストノ架空ナル観念ニ基クモノニモ非ズ。

※出典:官報號外 昭和21年1月1日 詔書 [人間宣言](テキスト)|国会図書館 より引用

このように、天皇や皇族はもはや「神(現人神)」ではなく「人間」なのですから、人間として認められる基本的人権が天皇や皇族の方々にも保障されなければならないのは当然です。

日本国憲法で保障される基本的人権は「人が生まれながらにして持つ権利」という自然権思想を基礎にしており、人間が「ただ生まれただけ」で保障されるのが基本的人権だからです。

ですから、天皇や皇族の方々も人間である以上、日本国憲法で保障された基本的人権が保障されるというのは当然の帰結になるのです。

天皇や皇族の基本的人権を制限しているのは我々国民

このように、天皇は「神」ではなく我々国民と同じ「人間」という位置づけにありますから、天皇や皇族であっても人間である限り認められる基本的人権は保障されるというのが基本的な考え方になります。

もっとも、だからと言ってすべての基本的人権が憲法上、天皇や皇族に保障されるわけではありません。天皇には憲法上その地位に特殊性があるからです。

たとえば、天皇には現行憲法上、国政に関する権能は与えられておらず、国事行為という象徴的・儀礼的な行為を行う権能しか与えられていませんので(憲法4条)、国政に直結する参政権(憲法15条)は認められないと考えられていますし、国政に関する言論が制限されるという点で言論の自由(表現の自由※憲法21条)も一部制限されていると言えます。

【日本国憲法第4条】

天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない。

では、そのようにして天皇や皇族の基本的人権を制限しているのはいったい「誰」なのかと言うと、それは我々国民です。

天皇の地位については憲法の第1条で「天皇の地位は…主権の存する日本国民の総意に基づく」と規定されていますが、この部分は現行憲法が採用する天皇制が明治憲法のような絶対的・普遍的・不可変的なものではなく、可変的なものであることを確認する規定であると解釈されています。

【日本国憲法第1条】

天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。

つまり、天皇制が国民の主権に基づく国民の総意によって成立するものであり、国民の総意、つまり憲法第96条の憲法改正手続きをもってすれば変更できることを確認したのがこの憲法1条なのです。

現行憲法では、天皇制は絶対的・普遍的なものではなく、可変的なものなのですから、今の日本で天皇制が継続されているという事実は、我々国民がその総意によって天皇制があることを求めており、その国民の総意が天皇や皇族の存在を実現させているということになります。

ですから、天皇に天皇であることを求め、また皇族に皇族であることを求めているのは我々国民自身ということになりますので、その天皇や皇族が本来的に有している基本的人権を制限しているのは、他ならぬ我々国民自身ということになるわけです。

そもそも皇族女子の婚姻に皇室会議の議は必要とされていない

では、このような憲法における天皇制の位置づけと、天皇や皇族の基本的人権が一定の範囲で制限されうる事実を踏まえたうえで、眞子さまのご結婚やご婚約を制限することが認められるのか考えてみましょう。

この点、皇室の婚姻については皇室典範の第10条に規定されていますが、そこでは「皇室男子」については婚姻の際に皇室会議の議を経ることが要件と規定されています。

【皇室典範第10条】

立后及び皇族男子の婚姻は、皇室会議の議を経ることを要する。

つまり、皇室典範では皇族の「男子」についてはその婚姻に皇室会議の議を要件とすることで一定の制限を掛けていますが、皇族の「女子」に対しては一切制限を掛けていないのです。

そうであれば、皇族の女子である眞子さまの婚姻や結婚は、我々国民の婚姻と同じように本来的に自由なものであり、眞子さま個人の自由な意思決定に委ねられるべきものであると言えます。

ですから、眞子さまのご婚約やご結婚に注文を付けたり、その婚約相手の男性についてとやかく口出しをすること自体、法的な根拠のないことであって、そもそもおかしなことなのです。

本来自由であるはすの眞子さまの結婚・婚姻を制約することは幸福追求権(プライバシー権)の侵害にあたる

このように、皇室典範では皇族の女子についてはその婚姻について何ら制限が設けられていませんから、眞子さまをはじめとした皇族の女子の方々の婚姻は本来的に本人の自由意思に委ねられるべきものです。

では、その婚姻が本人の意思に委ねられることは憲法のどの部分で保障されているかというと、それは憲法の第24条と第13条です。

【日本国憲法第24条第1項】

婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。

【日本国憲法第13条】

すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

憲法第24条は「婚姻は両性の合意のみに基づいて成立し」とすることで婚姻の自由を保障していますが、この婚姻の自由はこのような制度的自由権の側面とは別に、憲法の13条における個人が個人として尊重され、その自由な意思の選択によって幸福を追求する権利(幸福追求権※自己決定権、プライバシー権)としての自然権的側面から保障される基本的人権ですから、婚姻の自由はこの幸福追求権の規定によって保障されていると解釈されています。

そして先ほど述べたように、天皇や皇族にも人間として認められる基本的人権は当然に保障されますから、眞子さまも人間である以上、婚姻の自由や婚約の自由はこの憲法13条で保障されることになります。

ですから、眞子さまの結婚や婚約を制約したり、その婚約相手にあれこれ注文を付ける行為は、憲法13条の幸福追求権を制限する人権侵害行為にあたると言えるのです。

皇族を離れる際に支給される一時金は品位を保持してもらうためのもの

以上で説明したように、皇室典範で「皇族女性」の婚姻に制限は設けられておらず、皇族であっても憲法13条の幸福追求権が保障されることを考えれば、眞子さまの結婚や婚約は本来的に自由なものであって、我々国民がそれを制約したり制限したりする行為は、明らかな人権侵害と言えます。

この点、このような意見に対しては、皇族が結婚して皇族を離れる場合は国から皇族費として一時金(最近は約1億円ほどが多い)が支給されるのだから、その一時金の財源が国民から徴収した税金である以上、国民も一定の範囲で口を出すことができるはずだなどという意見もあります。

つまり、法的には結婚や婚姻が自由だとしても、国民の税金で一時金を1億円以上支給するんだから道義的には国民の意思に沿った結婚をすべきだ、という理屈です。

しかし、皇族が皇族の身分を離れる際に支給される一時金は、皇族を離れた後の品位を保持してもらうために支給されるものです。

【皇室経済法第6条第1項】

皇族費は、皇族としての品位保持の資に充てるために、年額により毎年支出するもの及び皇族が初めて独立の生計を営む際に一時金額により支出するもの並びに皇族であつた者としての品位保持の資に充てるために、皇族が皇室典範の定めるところによりその身分を離れる際に一時金額により支出するものとする。その年額又は一時金額は、別に法律で定める定額に基いて、これを算出する。

つまり、この一時金は、我々国民が皇室を離れる皇族に対して「皇族を離れた後も品位を保たせたい」と求めているからこそ支給されるものであって、皇室を離れる皇族が「皇族を離れた後も品位を保ちたい」と国に求めて支給を受けるものではないのです。

この一時金は、皇室を離れる皇族に対して「祝儀」として支給されるものではなく、我々国民が自ら望んでその「品位を保たせるため」に支給しているものであり「その支給された一時金を受け取った皇族の品位が保たれること」によって生じるその「品位が保たれた」という利益の受益者は、その皇族ではなく我々国民の側なのですから、皇族がその支給を受けたからといって国民の望む相手と結婚しなければならない道義的な理由も生じえません。

ですから、この一時金が支給されることを考えたとしても、国民が眞子さまの結婚や婚約を制限したり制約することは、憲法13条の幸福追求権を侵害する人権侵害行為として到底許容できるものではないと言えるのです。

最後に

眞子さまのご婚約やご結婚は、本来的にご本人の自由意思に委ねられるものであり、我々国民にはそれを制約したり制限したりできる法的な根拠も道義的な根拠もないわけですから、ただ静かに見守って祝福すればよいだけの話です。

ワイドショーや週刊誌は、この話題をいつまでも下世話なゴシップ情報として垂れ流し続けていますが、国民がそれにつられて口をはさんで世論を形成し、それによって眞子さまのご意思に影響を与えてしまうようなことになれば、それ自体が重大な人権侵害行為にあたってしまうことを国民は自覚すべきなのです。

個人の幸福追求権を侵害する情報を収集して利益を得ようとするメディアの姿勢は、人の不幸の上に金儲けを目論むものであり到底是認できるものではありません。

そのような蛮行に知らぬ間に加担してしまわないように、我々国民は常に人権保障の大切さを考えなければならないと言えるのです。



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1条(天皇の地位・国民主権) 13条(個人の尊重・幸福追求権)
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