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自民党憲法改正案の問題点:第29条|国防の為に財産権をはく奪

憲法の改正に執拗に固執し続ける自民党が公開している憲法改正草案の問題点を一条ずつチェックしていくこのシリーズ。

今回は、財産権について規定した自民党憲法改正草案第29条の問題点を考えてみることにいたしましょう。

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財産権の条文に手を加えた自民党憲法改正案第29条

現行憲法の第29条は国民の財産権を保障する条文ですが、自民党憲法改正案の第29条にも同様の規定が置かれています。

もっとも、自民党改正案では文章にいくつか手が加えられていますので注意が必要です。では具体的にどのように文章が変えられたのか、現行憲法の条文と比較して確認してみましょう。

日本国憲法第29条

第1項 財産権は、これを侵してはならない。
第2項 財産権の内容は、公共の福祉に適合するように、法律でこれを定める。
第3項 私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。

自民党憲法改正草案第29条

(財産権)
第1項 財産権は、保障する。
第2項 財産権の内容は、公益及び公の秩序に適合するように、法律で定める。この場合において、知的財産権については、国民の知的想像力の向上に資するように配慮しなければならない。
第3項 私有財産は、正当な補償の下に、公共のために用いることができる。

※出典:自由民主党日本国憲法改正草案(平成24年4月27日決定)|自由民主党 を基に作成

自民党憲法改正案が現行憲法と大きく異なる点は2点。まず一点目が第1項で「侵してはならない」とされている部分を「保障する」に変えたところ。そして二点目が第2項で現行憲法の「公共の福祉」の部分を「公益及び公の秩序」に変えたうえ知的財産権に関する文章を新たに追加したところが異なります。

では、こうした変更や文章の追加は具体的にどのような解釈の変更を及ぼし、どのような問題を生じさせ得るのでしょうか。検討してみましょう。

自民党憲法改正案第29条が第1項の「侵してはならない」を「保障する」に変えたのは財産権を「侵す」ことをあらかじめ予定しているから

この点、まず自民党憲法改正草案第29条1項が、財産権について「侵してはならない」と規定している現行憲法の部分を「保障する」に変えている点を検討しますが、これは恐らく、自民党憲法草案が財産権を「侵す」ことをあらかじめ織り込み済みで設計されているからでしょう。

自民党憲法改正草案自体が財産権を「侵す」ことをあらかじめ前提としているにもかかわらず財産権を保障した第29条1項で「侵してはならない」と規定されていると、財産権を「侵す」ことを前提とした他の規定と文理的に矛盾してしまうので都合がよくありません。

そのため自民党は、わざわざ第29条1項の文言を「侵してはならない」から「保障する」に変えたのではないかと思うわけです。

ア)自民党憲法改正草案は国民の財産権を「侵す」ことをあらかじめ予定している

ではなぜ、そう言えるかというと、それは他の規定で国民の財産権を「侵す」ことが明らかになっているからです。

具体的には自民党憲法改正草案の『第9条の3』の規定になりますが、自民党改正案の同条では国民に『国と協力して領土・領海・領空を保全しその資源を確保する義務』が課せられています。

自民党憲法改正案9条の3

国は、主権と独立を守るため、国民と協力して、領土、領海及び領空を保全し、その資源を確保しなければならない。

※出典:自由民主党日本国憲法改正草案(平成24年4月27日決定)|自由民主党 を基に作成

条文上は「国は…国民と協力して…確保しなければならない」と規定されていますので、改正案第9条の3はあくまでも『国』に対して『国民と協力すること』を義務付けた規定ですが、そうした条文を憲法に明記してしまうと国防の為に『国が国民と協力しないこと』が憲法違反となってしまいます。

つまり、条文の文章自体は『国に対して国民と協力すること』を述べたものなのですが、その反射的効果として『国民にも国と協力すること』が義務付けられてしまうのです(※この点の詳細は→自民党憲法改正案の問題点:第9条の3|国家総動員法の復活)。

イ)自民党憲法改正案第9条の3の下では国家総動員法のような法律も合憲となる

このように、自民党憲法改正案の第9条の3は国民にも『国と協力して』領土や領海、領空を保全しその資源を確保することを法的に義務付けていますから、仮に自民党改正案が国民投票を通過すれば、国(政府)が『国防のために必要だ』と判断した土地や建物、その他の財産がある場合には、国民はその財産の供出を拒否できなくなってしまいます。

たとえば、国(政府)が『国防の為にここに国防軍の基地を作る必要がある』と判断した土地があればそこに土地や建物を持つ国民は対価は支払われるでしょうが土地や建物の所有権移転に同意しなければならなくなってしまうわけです。

また、たとえば国防のために何らかの資源が不足するような事態が発生した場合には、それを国(政府)が統制し国民への供給を制限するようなこともできてしまうでしょう(例えば軍事研究に必要となる原油やレアアースなどの資源物資の市場への供給を制限するなど)。

これはすなわち、戦前に施行されていた国家総動員法と同じです。

国家総動員法は、国防のために戦争に必要な人的・物的資源を国が統制するため昭和13年に制定された法律ですが、自民党憲法改正案9条の3の規定で国防のために国民に「国と協力すること」を義務付けることができるようになれば、その国防のためという範囲で国民の財産権を制限しても、憲法上の要請として認められることになってしまうのです(※この点の詳細は→自民党憲法改正案の問題点:第9条の3|国家総動員法の復活)。

ウ)自民党憲法改正案第9条の3は国民の財産権を「侵す」ことを前提とした規定

このように、自民党憲法改正案の第9条の3は、本来的に国民が自由に処分できる資源や資産を国防の為にコントロールすることを許容していて、国(政府)が望めばそれを国民から供出させることも法的に可能にしていますから、それは国民の側から見れば財産権が『保障されていない』ということです。

つまり自民党憲法改正案の第9条の3はそもそも国民の財産権という基本的人権を「侵す」ことをあらかじめ折り込み済みで設計されているわけです。

エ)「財産権は、保障する」は『財産権は、保障しない』と同義

しかし、こうして自民党憲法改正案が国民の財産権を「侵す」ことをあらかじめ想定したうえで設計されているとしても、第29条で財産権が「侵してはならない」と規定されていれば文理的に矛盾が生じてしまうので不都合です。

ですが「侵してはならない」の部分を「保障する」に変えてしまえば『保障はするけど国防の為なら例外的に保障しない場合もある』との解釈を文理的に矛盾を生じさせることなく成立させることができます。

そのため自民党は、現行憲法で「財産権は、これを侵してはならない」と規定されている第29条の文章を「財産権は、保障する」との文章に変えたわけです。

つまり、自民党憲法改正案の第29条1項は「財産権は、保障する」と規定してはいますが、改正案第9条の3など他の規定の趣旨から考えれば『財産権は、保障しない』と言っているのと同義になるわけです。

自民党憲法改正案が第2項に知的財産権の文章を加えたのは、特許等を軍事目的に自由に利用できるようにするため

次に、自民党憲法改正草案第29条の第2項が知的財産権についての規定を新たに付け加えている部分について検討しますが、これは恐らく特許等の知的財産権を国が軍事の為に自由に利用できるようにするための規定でしょう。

なぜそう思えるかというと、それは自民党憲法改正草案自体が、基本理念として武力(軍事力)を肯定し、「軍事力によって国家を守ること」に最大の価値を認めているからです。

A)自民党憲法改正案の目的は『軍事力で国を守る』ことにある

この点、自民党憲法改正草案の基本理念を理解するためにはまず憲法草案の「前文」を読まなければなりませんが、自民党憲法改正草案の前文では「日本国民は、国と郷土を誇りと気概を持って自ら守り」と宣言されていますので、自民党憲法改正案が「国民が国と郷土を守ること(国民に国と郷土を守らせること)」に最大の価値を認めていることがわかります。

そしてその『国と郷土を守る』ための手段については、改正案9条に「自衛権」を明確に明記するとともに改正案9条の2に「国防軍」の規定を置いていますので、自民党憲法改正案が「軍事力」を用いて武力によって『国と郷土を守る』ことを要請していることも分かります(※9条については→自民党憲法改正案の問題点:第9条|自衛の為なら戦争できる国に、9条の2については→自民党憲法改正案の問題点:第9条の2|歯止めのない国防軍)。

つまり自民党憲法改正案は、「軍事力を用いて国家(国と郷土)を守ること」に最大の価値を見出していて、「国民に軍事力で国家(国と郷土)を守らせること」に目的を置いていることが、改正案の前文や9条等の規定から明らかとなるわけです。

B)『軍事力で国を守る』ためには軍事技術の向上は欠かせないが日本の学術界は先の戦争の反省を踏まえて軍事研究に否定的な立場を維持している

このように、自民党憲法改正案は「軍事力で国家を守ること(国民に軍事力で国家を守らせること)」に最大の価値を認めそこに憲法の目的を置いていますが、「軍事力で国家を守る」ためには軍事技術の向上は欠かせません。

近代戦は、個々の兵士の能力よりも装備の優劣による比重が大きいので、「軍事力で国家を守る」というのであれば軍事技術を他国より向上させて装備を充実させることが最優先となるからです。

しかし、日本では先の戦争(太平洋戦争)で科学者が軍事研究に協力させられ、自国民だけでなく周辺の諸国民にも多大な犠牲を強いてしまった苦い過去がありますから(例えば細菌兵器を研究した731部隊など)、先の戦争の反省を踏まえるのであれば科学者が軍事を目的とした研究に協力することは避けなければなりません。

そうした経緯から、1949年に科学が文化国家の基礎であるという確信の下に国民生活等に科学を反映・浸透させることを目的として内閣総理大臣の所轄の下に設立された日本学術会議においても、1950年に「戦争を目的とする科学の研究は絶対にこれを行わない」旨の声明を、また1967年には「軍事目的のための科学研究を行わない声明」を出すなどして、軍事研究とは一線を画す立場を維持してきました(※参考→http://www.scj.go.jp/ja/member/iinkai/gunjianzen/index.html)。

また、そもそも現行憲法の日本国憲法は、前文で「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないやうにすることを決意し…」と述べたうえ「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認」すると述べて平和主義を基本原理とすることを宣言し、世界の平和実現に努力する決意を示していますから、かかる崇高な理想を掲げた憲法の趣旨からすれば、他国民を殺傷することを目的とした軍事研究は、憲法の基本原理から考えても否定的に解さざるを得ません。

つまり、こうした先の戦争への反省や科学者コミュニティの立場、また憲法の趣旨などを踏まえれば、道義的・政治的・法的のいずれの側面から考えたとしても、日本の科学者を軍事研究に協力させることは否定的に考えざるを得ないわけです。

C)自民党案第29条2項が国民投票を通過すれば、政府(自民党)が自由に科学者の知的財産権を利用することができるようになる

しかし、自民党憲法改正案の第29条2項のような条文が憲法に明記されれば、こうした軍事研究に否定的な立場はすべて無視することができるようになります。

なぜなら、自民党憲法改正案第29条2項は「財産権の内容は、公益及び公の秩序に適合するように、法律で定める」と規定していますので、法律さえあらかじめ規定しておきさえすれば、「公益及び公の秩序」の要請の下で、科学者の研究によって発表された科学論文や発明された特許等の知的財産権を軍事に利用することもできるようになるからです。

この点、注意を要するのが自民党改正案が現行憲法第29条2項の「公共の福祉」の部分を「公益及び公の秩序」に変えている部分です。

「公益及び公の秩序」の細かな意味については『自民党憲法改正案の問題点:第12条|人権保障に責務を強要』のページで詳しく解説していますのでここでは繰り返しませんが、「公益」は「国(政府)の利益」の言い換えであってその運営を委ねられているのは政権与党の自民党なので「自民党の利益」という意味になり、「公の秩序」は「現在の多数派のつくる秩序」の言い換えであって現在の多数派は自民党ということになりますから「自民党の秩序」と同義となります。

つまり自民党憲法改正案の第29条2項が国民投票を通過すれば、政府(自民党)が国民の財産権の内容を「自民党の利益」や「自民党の秩序」の名の下に自由に法律で定めることができるようになるので、政府が必要と考えれば国民の知的財産も含めたすべての財産を自由に利用することができるようになるわけです。

もちろん、自民党憲法改正案の第29条2項は後段で「知的財産権については、国民の知的想像力の向上に資するように配慮しなければならない」と規定していますから、仮にこれが国民投票を通過しても、その政府(自民党)によって利用される科学者の知的財産権は一定の配慮がなされるかもしれません。

しかしその配慮の程度を判断するのはあくまでも政府(自民党)なのですから、政府(自民党)が「配慮した」と判断した特許技術等の知的財産権は、その知的財産権を所有する科学者の意思にかかわらず、国(政府)が自由に利用することができるようになるわけです。

そうなれば、たとえ先ほど紹介したような学術団体や科学者コミュニティがいくら軍事研究への協力に否定的な立場を維持していようとも、科学者の発表した論文や特許等の知的財産権に基づく技術は、際限なく軍事目的に利用されることになってしまうでしょう。

つまり自民党憲法改正案の第29条2項は、政府(政権与党の自民党)が個々の科学者の意思に関係なく、全ての科学者の研究成果を軍事技術の向上のために転用することを無制約に可能にするための条文だと言えるのです。

先の戦争の反省を忘れれば80年前の失敗を繰り返す

以上で説明したように、自民党憲法改正案の第29条は第1項で財産権を「保障する」と規定していますが、自民党改正案の他の条文が国民の財産権を自由に制限する(侵す)ことを許容していることを考えれば、財産権を「保障しない」と規定しているのと同義ですから、その額面どおり財産権が「保障されている」と読み取るのは危険です。

また、第29条2項は、国民の財産権を法律さえあらかじめ制定しておきさえすれば国家権力が「公益及び公の秩序」の要請の下でいくらでも制限できるようにしている点で大きな問題があると言えます。

さらに、第2項では知的財産権についても国(政府)が「公益及び公の秩序」の要請の下で自由に利用することを許容していますから、科学者の意思にかかわらずその研究論文や特許等の知的財産権が軍事目的に転用されてしまう懸念も生じさせてしまうでしょう。

もちろんこれは、先ほど説明したようにすべて「国民に国家を守らせる」ために用いられますから、知的財産権も含めた国民の財産権が、全て国防の為に強制的に国家権力に供出を求められるということに他なりません。

しかしそうして国民の財産権を保障せず、知的財産権も含めたすべての国民の財産を国防の為に集約させた結果が先の戦争の敗戦です。

そうした失敗を繰り返すことを許容する自民党憲法改正案の第29条のような規定を憲法に置く必要がどこにあるのか、国民は冷静に考える必要があるでしょう。