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自民党憲法改正案の問題点:第54条1項|解散権が内閣総理大臣に

憲法尊重擁護義務(憲法第99条)の下に置かれた立場にありながら、憲法の改正に執拗に固執し続ける自民党が公開している憲法改正草案の問題点を一条ずつチェックしていくこのシリーズ。

今回は、内閣総理大臣による衆議院の解散について新設した自民党憲法改正草案第54条1項の問題点を考えてみることにいたしましょう。

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内閣総理大臣による衆議院の解散に関する規定を新設した自民党憲法改正草案第54条1項

現行憲法の第54条は衆議院の解散と解散総選挙、特別国会と参議院の緊急集会について第1項から第3項までの条文を置いていますが、自民党憲法改正草案はその3つの条文を第2項から第4項にずらして配置したうえで、第1項に内閣総理大臣による衆議院の解散に関する規定を新設しています。

自民党憲法改正草案第54条1項

衆議院の解散は、内閣総理大臣が決定する。

※出典:自由民主党日本国憲法改正草案(平成24年4月27日決定)|自由民主党 を基に作成

この点、自民党憲法改正草案第54条の第2項から第4項までの規定は現行憲法第54条の第1項から第3項までの規定と大きな意味合いの変更はないと考えられますが、この新設された第1項は現行憲法にはない条文なので注意が必要です。

では、こうして新設される条文は具体的にどのような問題を生じさせるのでしょうか。検討してみましょう。

現行憲法では内閣総理大臣に衆議院の解散権は与えられていない

ところで、このように自民党憲法改正草案第54条1項は内閣総理大臣の衆議院解散権について規定していますが、この規定の問題点を考える前提として、現行憲法で衆議院の解散権がどのように扱われているかを理解する必要がありますので、その点を簡単に確認しておきましょう。

ア)現行憲法では内閣総理大臣に衆議院の解散権は与えられていない

この点、現行憲法には内閣総理大臣に限らず、特定の機関に衆議院の解散権を付与する条文は設けられていません。

第7条3号では天皇の国事行為の一つとして衆議院の解散が列挙されていますが、天皇の国事行為には内閣の助言と承認を必要としますので(憲法3条)、天皇に解散の実質的決定権があるわけではありませんし、第69条の内閣不信任決議に基づく解散も内閣の解散権を規定したものではありませんから、これをもって内閣の衆議院解散権を認めることもできません。

日本国憲法第7条

天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。
第1~2号(省略)
第3号 衆議院を解散すること。
第4号(以下省略)

日本国憲法第69条

内閣は、衆議院で不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したときは、十日以内に衆議院が解散されない限り、総辞職をしなければならない。

ですから明文の規定としては衆議院の解散権を規定した条文が存在しないのが現行憲法となります。

イ)現行憲法では慣行として内閣に衆議院の解散権があると考えられている

もっとも、現在では第7条が天皇の国事行為としての衆議院の解散に内閣の助言と承認を介在させている点から内閣に実質的な解散決定権が存するという慣行が成立していますので(※芦部信喜著、高橋和之補訂「憲法」324頁)、第69条の不信任決議の場合に限らず、内閣が衆議院を解散できるとする解釈は成り立ちます。

たとえば、2005年の小泉内閣における郵政解散や、2014年の安倍内閣におけるアベノミクス解散、また2017の国難突破解散なども、こうした慣行に従って解散されたものと解することができるでしょう。

ただし、仮に憲法第7条で内閣に実質的な解散決定権があると解釈する場合であっても、解散は国民に対して内閣が信を問う制度ですから、それにふさわしい理由は必要であると考えられています(※前掲芦部書324頁)。

つまり、憲法第7条を根拠に内閣に衆議院の解散権があると解釈できるとしても、内閣が無制約に衆議院を解散できるわけではなく正当な理由がある場合に限って解散しうるという慣行が、現状ではとられているわけです。

そう考えると、安倍内閣が行った解散、特に2017年の国難突破解散などは正当な理由があったのかという点で疑義が生じますが、そこを論じると論点がずれてしまうので、ここでは深く立ち入らないことにしておきましょう。

ウ)内閣に衆議院の解散権があると考えても閣議決定には「全会一致」が必要

このように、現行憲法では内閣総理大臣に衆議院の解散権を与えた規定はなく、慣行として内閣に衆議院の解散権を認めることができるだけですが、内閣の閣議決定は全会一致が基本ですので(※芦部信喜著、高橋和之補訂「憲法」岩波書店318頁)、内閣が慣行に従って正当な理由の下に衆議院を解散するとしても、内閣の合議体が全会一致で解散を決議することは最低限必要です。

この点、なぜ内閣の閣議が多数決によらずに全会一致を必要とするかという点に疑問を持つ人もいるかと思いますが、それは内閣が「連帯して」国会に責任を負うからです(※「法律学小辞典」有斐閣『閣議』参照)。

日本国憲法第66条3項

内閣は、行政権の行使について、国会に対し連帯して責任を負ふ。

閣議を構成する国務大臣はたとえ反対の意思を表示してもそこで決した決議に連帯責任を負わなければならないので多数決は取れません。仮に閣議決定で反対の意思を表した国務大臣がいた場合には、内閣総理大臣がその反対した国務大臣を憲法第68条2項で罷免したあと同条第1項で別の国務大臣を任命し、改めて閣議決定で全会一致を取る必要があります。

日本国憲法第68条

第1項 内閣総理大臣は、国務大臣を任命する。但し、その過半数は、国会議員の中から選ばれなければならない。
第2項 内閣総理大臣は、任意に国務大臣を罷免することができる。

ですから、前述したように内閣に慣行として正当な理由の下で衆議院を解散することが認められると考えたとしても、内閣が衆議院を解散するためには内閣の合議体が全会一致で衆議院の解散を決議することが必要ですから、現行憲法上は内閣総理大臣が独断で衆議院を解散することはできないのです。

もちろん、今述べたように国務大臣が解散に反対する場合は内閣総理大臣がその国務大臣を罷免して別の国務大臣を挿げ替えれば済むので事実上は内閣総理大臣の希望が反映されるわけですが、反対する国務大臣を次々に罷免していけばさすがに内閣不信任決議の対象となり国会から不信任決議を突きつけられて総辞職を強制させられてしまいます(憲法第69条)。

ですから、現行憲法上は形式的にも実態的にも内閣総理大臣が独断で衆議院を解散することはできない構造になっていると言えるのです。

衆議院の解散を内閣総理大臣の権限としてその権限を強化すれば、議院内閣制は破壊される

このように、現行憲法上は内閣総理大臣に衆議院の解散権は認められないと解されているわけですが、自民党憲法改正草案第54条は第1項に衆議院の解散権を内閣総理大臣に置く規定を新設しています。

この点、結論から言えば、この規定は現行憲法が採用している議院内閣制を破壊することにつながります。

なぜなら、現行憲法が議院内閣制を採用した趣旨は、戦前の明治憲法(大日本帝国憲法)が「統治権ヲ総攬」する天皇に権限を集中させながら制限君主制を採用することで一部の国家指導者や軍人の専横を招いた反省から内閣の合議制によって国政に責任を持たせるところにありますが、衆議院の解散を内閣総理大臣の権限事項としてしまうと、内閣総理大臣が内閣の合議を必要とせず解散できるようになり、内閣総理大臣に権限が集約される結果になって合議制に基づく議院内閣制を採用した意義すら失われてしまいかねないからです。

(1)衆議院の解散を内閣総理大臣の権限事項としてしまえば衆議院の解散に内閣の全会一致が必要なくなってしまう

まず問題となるのは、内閣総理大臣に衆議院の解散権を与えてしまえば、内閣総理大臣が独断で衆議院を解散することが認められるようになってしまう点です。

前述したように、現行憲法上は慣行として内閣に衆議院の解散権が認められると解釈することもできますが、その場合でも閣議決定が必要なので閣議決定が全会一致を必要とする以上、内閣の合議を省略することはできません。

現行憲法上は内閣の全会一致が必要なので、内閣総理大臣が独断的に自分の意思のみで衆議院を解散することはできないわけです。

しかし自民党憲法改正草案第54条1項は内閣総理大臣に衆議院の解散権を認めていますから、たとえ内閣を構成する国務大臣が解散に反対する意思を持っていたとしても内閣総理大臣が自分の希望だけで衆議院を解散することができてしまいます。

つまり、現行憲法上は内閣が慣行として正当な理由の下で衆議院を解散する場合でも内閣の合議体の全会一致が必要なわけですが、自民党改正案が国民投票を通過すれば、内閣の合議体の決議を省略して内閣総理大臣が衆議院を解散することができるようになるわけです。

ですがそうなれば、現行憲法上では内閣の全会一致という合議体の冷静な議論を介在させることで不当・不必要な解散を防ぐことが可能だったのに、そうした議論も省略されるので内閣総理大臣による勝手な解散も認められるようになってしまでしょう。

また、憲法に内閣総理大臣の解散権が明記されればこれまで慣行として認められてきたことで必要とされていた解散に際しての「正当な理由」も不要となりますから、正当な理由がなくても内閣総理大臣が衆議院を解散することも認められるようになるので、内閣総理大臣による恣意的な解散が乱発される懸念も生じます。

このように、内閣総理大臣による衆議院の解散権を憲法に規定することは、現行憲法上で必要とされていた内閣の合議体の議論を省略させ、内閣総理大臣による正当な理由によらない自分勝手な解散を認める点で大きな問題があると言えるのです。