憲法改正を執拗に推し進める自民党が公開している憲法改正草案の問題点を一条ずつチェックしていくこのシリーズ。
今回は、最高裁判所裁判官の国民審査規定に変更を加えた自民党憲法改正草案第79条2項及び同3項の問題点について考えてみることにいたしましょう。
最高裁判所裁判官の国民審査をすべて法律事項とした自民党憲法改正案第79条2項
現行憲法の第79条2項から同条3項までは最高裁判所裁判官の国民審査に関する規定を置いていますが、この規定は自民党憲法改正案でも引き継がれています。
ただし、条文に大きな変更が加えられているので注意が必要です。では、具体的にどのような変更がなされているのか、双方の条文を確認してみましょう。
【日本国憲法第79条】
第1項 最高裁判所は、その長たる裁判官及び法律の定める員数のその他の裁判官でこれを構成し、その長たる裁判官以外の裁判官は、内閣でこれを任命する。
第2項 最高裁判所の裁判官の任命は、その任命後初めて行はれる衆議院議員総選挙の際国民の審査に付し、その後十年を経過した後初めて行はれる衆議院議員総選挙の際更に審査に付し、その後も同様とする。
第3項 前項の場合において、投票者の多数が裁判官の罷免を可とするときは、その裁判官は、罷免される。
第4~5項(省略)
【自民党憲法改正草案第79条】
第1項 最高裁判所は、その長である裁判官及び法律の定める員数のその他の裁判官で構成し、最高裁判所の長である裁判官以外の裁判官は、内閣が任命する。
第2項 最高裁判所の裁判官は、その任命後、法律の定めるところにより、国民の審査を受けなければならない。
第3項 前項の審査において罷免すべきとされた裁判官は、罷免される。
第4~5項(省略)
※出典:自由民主党日本国憲法改正草案(平成24年4月27日決定)|自由民主党 を基に作成
細かな変更はいくつかありますが、現行憲法が最高裁裁判官の国民審査について「その任命後初めて行はれる衆議院議員総選挙の際国民の審査に付し、その後十年を経過した後初めて行はれる衆議院議員総選挙の際更に審査に付し」とその時期について明確に規定しているのに対し、自民党憲法改正草案が「その任命後、法律の定めるところにより」と法律に一任している点(第2項)、またその国民審査について現行憲法が罷免する要件を「投票者の多数が裁判官の罷免を可とするとき」と明確に規定している一方、自民党案では「審査において罷免すべきとされた裁判官」とその要件が不明確にされている点(第3項)が大きく異なります。
では、こうした国民審査の変更は具体的にどのような問題を惹起させるのでしょうか。検討してみましょう。
最高裁判所裁判官の国民審査をすべて法律に委ねれば国民審査が骨抜きにされてしまう危険が生じる
この点、結論から言えば、こうして最高裁判所裁判官の国民審査をすべて法律事項とすることは、国民審査の制度自体を骨抜きにしてしまうことにつながりかねず、最高裁判所裁判官の選任に対する民主的コントロールが働かなくなってしまう危険を及ぼすものと言えます。
そもそも現行憲法の第79条が最高裁判所裁判官の国民審査制度を規定しているのは、憲法で内閣に委ねられている最高裁判所裁判官の任命権に主権者である国民のコントロールを介在させる必要性があるからに他なりません。
憲法第79条1項は最高裁判所の裁判官の任命権を内閣に置いており、その選任は内閣の合議体に委ねられますが、ひとたび内閣が暴走すれば、内閣に都合のよい司法判断を下す裁判官ばかりが最高裁判所を構成することになってしまい、司法判断が歪められてしまう懸念が生じます。
そこで憲法第79条2項ないし3項は、そうした内閣による濫用的な最高裁判所裁判官の任命が行われた場合であっても、国民に国民審査によって最高裁裁判官を罷免(リコール)する機会を与えることで、最高裁判所の裁判官選任を是正させることにしているわけです。
もちろん、現行憲法でもその国民審査の細かな手続きについては法律(最高裁判所裁判官国民審査法)に委ねられていますので、国会で多数議席を掌握した与党が手続き的に政権に都合の良い制度を整備することは可能です。
しかし、第79条2項で規定された「その任命後初めて行はれる衆議院議員総選挙の際国民の審査に付し、その後十年を経過した後初めて行はれる衆議院議員総選挙の際更に審査に付し」の部分は憲法事項になっていますから、たとえ多数議席を掌握した政党であっても、その部分を政権側に都合よく改変して国民審査制度を形骸化させてしまうことはできません。
ですが、自民党憲法改正草案第79条第2項ないし3項は、国民審査「法律の定めるところにより」と規定することで、その手続きのすべてを法律に委ねることにしていますから、議会で多数議席を掌握した政権与党(現状では自民党)が、法律を整備することでいくらでも政権に都合の良い国民審査制度に改編してしまうことができるようになってしまいます。
たとえば、最高裁裁判官の国民審査を現状の10年から延長したり、1回だけにするなど、国民審査の機会自体を著しく削減することも可能になるかもしれません。
また、そもそも自民党憲法改正草案3項では「罷免すべきとされた裁判官は、罷免される」とだけしか規定されておらず、どのような審査結果の場合に罷免されるかも曖昧ですから、たとえ有権者の過半数やそれ以上の罷免票が投じられたとしても、法律で極端に厳しい要件を規定しておくことで(たとえば国民審査で3分の2、あるいは4分の3以上の罷免票があった場合にのみ罷免するなど厳しい要件を法律で定めておくなど)、裁判官の罷免を事実上不可能にしてしまうことも可能になってしまうでしょう。
仮に自民党がそうした法律を整備してしまうのなら、最高裁裁判官の国民審査は事実上「絵に描いた餅」になってしまい、ひとたび政権に都合の良い判決を濫発する裁判官が内閣から選任されてしまえば、国民は国民審査を利用して罷免することが出来なくなってしまいます。
それではもはや最高裁判所には時の政権に都合の良い裁判官ばかりが選任され、政府に都合の良い判決ばかりが出されることになりますから、もはや司法の独立などないのも同然となるでしょう。
そうして最高裁判所裁判官の国民審査を骨抜きにし、司法判断を時の政権の思うがままに操ることを可能にしてしまうのが自民党憲法改正草案第79条第2項ないし3項の規定です。
最高裁判所は、行政や立法の違法性を是正させ得る最後の砦であって、その司法判断が時の政権(自民党)の思いのままに操られるということは、民主主義を機能不全に陥らせるどころか、時の政権の一党独裁政治をも可能にしてしまうことを意味します。
そのような危険な条文に変更する必要がどこにあるのか。国民は冷静に判断することが必要でしょう。