【自民党憲法改正案の問題点:第19条】思想良心の自由を保障せず

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憲法改正を執拗にアナウンスしている自民党がウェブ上で公開している憲法改正案を条文ごとに細かくチェックしてその問題点を検証するこのシリーズ。

今回は、自民党憲法改正案の第19条の問題点を考えてみることにいたしましょう。

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自民党憲法改正案第19条は現行憲法第19条から何を変えたのか

自民党憲法改正案の第19条は「思想及び良心の自由」に関する条文です。

この規定は現行憲法の第19条をそのまま移動させたものですが、文言に若干の変更がなされていますので注意が必要です。

では、具体的にどのような文言に変更されているのでしょうか。双方の条文を確認してみましょう。

日本国憲法第19条

思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。

自民党憲法改正案第19条

思想及び良心の自由は、保障する。

※出典:自由民主党日本国憲法改正草案(平成24年4月27日決定)|自由民主党 を基に作成

一見すると変わりがないように思えますが現行憲法では「侵してはならない」とされている部分が、自民党案では「保障する」とされている部分に違いがあります。

「保障する」に変えたのは、自民党憲法改正案が思想及び良心の自由を「侵す」ことをあらかじめ予定しているから

このように、自民党憲法改正案の第19条は「思想及び良心の自由」について「侵してはならない」とあるところを「保障する」に変えました。

ではなぜ、自民党がこうした文章の変更を行ったかというと、それは自民党の憲法改正案自体が、国民の「思想及び良心の自由」を「侵す」ことをあらかじめ予定しているからです。

自民党憲法改正案の「第一章 天皇」の章では、第3条として「国旗を日章旗(いわゆる日の丸)」とすること、また「国歌を君が代」とすること、さらにその「日の丸」と「君が代」を「尊重」しなければならないことを義務付ける規定が置かれています。

自民党憲法改正案第3条

第1項 国旗は日章旗とし、国歌は君が代とする。
第2項 日本国民は、国旗及び国歌を尊重しなければならない。

※出典:自由民主党日本国憲法改正草案(平成24年4月27日決定)|自由民主党 を基に作成

「日の丸」や「君が代」を「尊重しなければならない」ということは、それを「尊重しないこと」が憲法違反になるということであり、それを「尊重しない」法律や行政の取り扱いが違法性を帯びるということです。

そうなれば、法体系も行政の措置も、すべて「日の丸」や「君が代」を「尊重させること」が前提として整備されていくようになりますから、「日の丸」や「君が代」を「尊重しない人」が違法性を帯びることになってしまいます。

つまり、自民党案第3条は憲法に「国旗」や「国歌」を明記しただけでなく、それを「尊重すること」を国民に”法的に”義務付けたわけです。

しかし、「日章旗(日の丸)」は先の戦争で天皇と同一視されて尊重されたり戦意高揚などに利用された経緯があり、また「君が代」は現在では天皇と法的には分離されていますが戦前・戦中には天皇の永続性を詠うものとして天皇と不可分なものとの教育が行われるなど天皇と密接に関連付けられていた経緯がありますから、天皇制を支持しない人の中にはそれを好ましく思わない人も少なからず存在します。

そうした人にとって、「日章旗(日の丸)」を国旗として、また「君が代」を国歌として「尊重」することは、その人の「思想や良心」に大きな負担となるのは当然のことでしょう。

そうであれば、「日章旗(日の丸)」を国旗として、また「君が代」を国歌として「尊重」するか否かは、その人が個人の思想と良心に基づいて自由に決定できなければなりません。それが「思想及び良心の自由」を保障するということだからです。

そうした人が、自分の自由な思想や良心に反して「日の丸」や「君が代」を「尊重すること」を義務付けられるなら、それは紛れもなく「思想及び良心の自由」が「侵される」ということになるのです(※参考→【自民党憲法改正案の問題点:第3条】国旗国歌の強制で天皇の国に)。

それを「尊重」することが義務付けられるということは、明らかな「思想及び良心の自由」の侵害でしょう。

つまり自民党は、この改正案第3条の規定からも明らかなように、憲法改正案自体が国民の「思想及び良心の自由」を「侵す」ことをあらかじめ予定したうえで条文を作成しているわけです。

憲法第19条の規定を「これを侵してはならない」と規定したままでは、「思想及び良心の自由」を「侵す」自民党改正案第3条の規定と文理的に矛盾することになってしまいますから、必然的にその文章は「侵すこと」ができる文章に書き変えなければなりません。

そのため自民党は、「思想及び良心の自由」を「原則的には保障されるけど、例外的には保障されないこともある」との帰結を文理的な解釈から説明しやすいように、この第19条の文章を「侵してはならない」から「保障する」に変えたのでしょう。

自民党改正案の下では「政府(自民党)」に反するすべての「思想及び良心の自由」が「保障されない」

このように、自民党憲法改正案の第19条は「思想及び良心の自由」の保障について、現行憲法の「侵してはならない」から「保障する」の文言に変えていますが、自民党改正案第3条からも分かるように、自民党憲法改正案自体が国民の「思想及び良心の自由」を「侵す」ことをあらかじめ織り込み済みで設計されていることから、それらと文理的な意味で整合性を持たせるためにこのような変更がなされたものと解されます。

もっとも、自民党憲法改正案の第19条の文言の変更によって国民の「思想及び良心の自由」が「侵される」可能性があるのは、なにも自民党案第3条による「日の丸」や「君が代」を「尊重すること」だけではありません。

なぜなら、自民党憲法改正案の第12条は人権の制約原理を現行憲法の「公共の福祉」から「公益及び公の秩序」に変えているからです。

さきほどから説明しているように、憲法第19条の「思想及び良心の自由」は基本的人権の一つですが、基本的人権は民主主義を実現させるための不可欠なものですから、現行憲法の下では国家権力が国民の基本的人権を「侵す」ことは許されません。

現行憲法で基本的人権は「侵すことのできない永久の権利」として国民に絶対的な保障が担保されているのはそのためです。

【日本国憲法第11条】

国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。

しかし、自民党改正案第12条は現行憲法で「公共の福祉」とされていた人権の制約原理を「公益及び公の秩序」に変えましたから、自民党憲法改正案の下では国民の基本的人権を「公益及び公の秩序」の名の下に国家権力が制約することも認められてしまいます。

自民党憲法改正案第12条

この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力により、保持されなければならない。国民は、これを濫用してはならず、自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、常に公益及び公の秩序に反してはならない。

※出典:自由民主党日本国憲法改正草案(平成24年4月27日決定)|自由民主党 を基に作成

自民党改正案の第12条の問題点については『【自民党憲法改正案の問題点:第12条】人権保障に責務を強要』のページで詳しく解説しましたが、改正案第12条は「公益及び公の秩序」の要請があれば国家権力が国民の基本的人権を制限することを許容しているわけです。

この点、「公益」は「国益」の言い換え、「国益」とは「国の利益」で「国」とはその運営をゆだねられている「政府」のことであって「政府」を形成するのは政権与党、現状では自民党ということになりますから「公益に反する権利行使は制限され得る」という文章は「政府(政権与党の自民党)の利益に反する権利行使は制限され得る」という文章になります。

また、「公の秩序」は「現在の一般社会で形成される秩序」のことであって現在に生きる多数派(自民党支持層及び投票に行かないことで消極的に自民党に同意を与えた無党派層)によって形成されますから、「公の秩序に反する権利行使は制限され得る」という文章は「政府(政権与党の自民党)のつくる秩序に反する権利行使は制限され得る」という文章になってしまいます。

つまり、自民党改正案の第12条は人権の制約原理を「公益及び公の秩序」に変えることで、政府(政権与党の自民党)の方針に反する基本的人権の行使を、政府(自民党)の判断で自由に制限できるようにしているのです。

そうなると、「思想及び良心の自由」も基本的人権の一つですから、ある国民の「思想及び良心の自由」が政府(自民党)の方針にそぐわないと判断した場合には、政府(自民党)は「公益及び公の秩序」の名の下に、その国民の「思想及び良心の自由」を制限することもできるようになってしまいます。

つまり、政府(自民党)に反対する思想を持つ人がいた場合には、政府がその国民に対して思想や良心を変えるよう迫ったり、その国民に対して政府(自民党)の思想に沿うような教育を強制することも認められるようになるわけです。

しかしそれは、国民の内心がすべて政府(自民党)にコントロールされることを意味しますから、全体主義と同じです。

国民の内心(思想及び良心の自由)が、「公益及び公の秩序」の名の下に、政府(自民党)の都合によっていくらでも制限できるのなら、それは「政府の言うことを粛々と聞いておけ」という社会ですから、全体主義そのものです。

つまり自民党は、憲法改正案の第12条に「公益及び公の秩序」という文章を新たに加え、第19条の文章を「侵してはならない」から「保障する」に変えることで、国民の内心をコントロールし、明治憲法(大日本帝国憲法)の下で実現されたような全体主義的な国家に日本を変えることもできるようにしたわけです。

「保障する」と表記した自民党憲法改正案第19条は「保障しない」ことを明示した規定

以上で説明したように、自民党憲法改正案第19条は現行憲法の「侵してはならない」を「保障する」という文章に変えていますが、これは額面どおり「思想及び良心の自由」を「保障する」とするものではなく、例外としてそれを「侵す(保障しない)」ことのできる意味合いを文理的に持たせるための変更です。

自民党案は「保障する」と規定していますが、”日の丸”や”君が代”を尊重することを義務付けた自民党案第3条ではすでに「思想及び良心の自由」を「侵す(保障しない)」規定が置かれているのですから、改正案第19条が「思想及び良心の自由」を「保障しない」ことを織り込み済みであることは明らかでしょう。

自民党憲法改正案第19条は「思想及び良心の自由は、保障する」と規定されていますが、実際には「思想及び良心の自由は、保障しない」と同義なわけです。

「思想及び良心の自由」は国民が自由な思想や良心をもって幸福を追求するうえで不可欠な人権であり、積極的に国政に参加して民主主義を実現していくためにも不可欠な人権です。

それを「侵す(保障しない)」ことを許容する自民党憲法改正案がどのような影響を及ぼすか、冷静に考える必要があるでしょう。