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自民党憲法改正案の問題点:第90条|会計検査院の独立性を損なう

憲法改正に執拗に固執し続ける自民党が公開している憲法改正草案の問題点を一条ずつチェックしていくこのシリーズ。

今回は、会計検査院による決算審査に変更を加えた自民党憲法改正草案第90条の問題点を考えてみることにいたしましょう。

現行憲法の第90条は国の収入支出を毎会計年度に内閣から独立した会計検査院が検査する規定を置いていますが、この規定は自民党憲法改正草案第90条でも引き継がれることになっています。

ただし、条文の細かな文言にかなりの変更が加えられていますので注意が必要です。

では、具体的にどのような変更が加えられているのか。条文を確認してみましょう。

日本国憲法第90条

第1項 国の収入支出の決算は、すべて毎年会計検査院がこれを検査し、内閣は、次の年度に、その検査報告とともに、これを国会に提出しなければならない。

第2項 会計検査院の組織及び権限は、法律でこれを定める。

自民党憲法改正草案第90条

第1項 内閣は、国の収入支出の決算について、全て毎年会計検査院の検査を受け、法律の定めるところにより、次の年度にその検査報告とともに両議院に提出し、その承認を受けなければならない。

第2項 会計検査院の組織及び権限は、法律で定める。

第3項 内閣は、第一項の検査報告の内容を予算案に反映させ、国会に対し、その結果について報告しなければならない。

※出典:自由民主党日本国憲法改正草案(平成24年4月27日決定)|自由民主党 を基に作成

このように、自民党憲法改正草案第90条は現行憲法の90条にいくつかの変更を加えたうえで、第3項を追加しています。

この点、大きく異なるのは次の3点です。

一つ目は、現行憲法90条では単に「…会計検査院がこれを検査し」とされている部分が、自民党改正案では「内閣は…検査を受け」と変更されて、会計検査院が検査する客体が「内閣」に限定されている点。

二つ目は、現行憲法90条は会計検査院の決算審査について単に「毎年会計検査院がこれを検査し」とされている部分が、自民党案では「法律の定めるところにより」と法律の留保が付けられている点。

三つ目は、第3項が新設されて、第一項の決算報告の内容を次年度の予算案に反映させなければならないとされている部分です。

では、こうした変更は具体的にどのような問題を生じさせるのでしょうか。検討してみましょう。

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自民党憲法改正草案第90条が生じさせる三つの問題点

このように、自民党憲法改正草案第90条は国の収入・支出に関する会計検査院の検査に関する条文に3つの変更を加えていますが、こうした変更は次のような問題が生じるものと考えます。

(1)会計検査院の決算審査の対象が内閣に限定されてしまう

この点、まず最初に言えるのは、自民党憲法改正草案第90条のように会計検査院の検査について「内閣は…会計検査院の検査を受け」としてしまうと、会計検査院の検査を受ける客体が「内閣」だけに限定されてしまうという点です。

先ほど述べたように、現行憲法90条では会計検査院が検査する決算の対象について単に「国の収入支出の決算」とされていますので、現行憲法上で会計検査院が検査する決算の対象は内閣だけにとどまらず、立法府や司法府など、国のあらゆる機関における収入・支出に関して、その決算を検査することができます。

しかし、自民党案では「内閣は…検査を受け」とされていて、その検査の客体が「内閣」に限定されていますので、会計検査院が決算を検査する対象が「内閣」に限定され、「内閣」以外の国の機関の決算を検査できなくなってしまう解釈も成り立ってしまうでしょう。

仮に会計検査院が立法府や司法府の決算を検査できると解釈できたとしても、「内閣は…検査を受け」とされていて会計検査院が立法府や司法府の決算を直接検査する憲法上の権限がないと読むこともできますから、会計検査院が立法府や司法府の決算を直接検査することはできなくなり、内閣を介して間接的にしか立法府や司法府への検査はできなくなってしまうかもしれません。

そうなれば、会計検査院は内閣が認めた範囲しか国の決算を審査することができなくなってしまいますので、国の収入・支出に関してどんな不正な決算が生じたとしても、内閣にとって都合の良い部分しか会計検査院に検査をさせないこともできることになってしまうでしょう。

会計検査院の独立性は失われ、内閣の傀儡機関になり下がってしまうわけです。

しかしそれでは、財政の健全性は失われ、国会のチェック機能も働かなくなりますから、国の財政は内閣によって独裁的に管理され、財政民主主義の原則も機能不全に陥ってしまいます。

このように、自民党憲法改正草案第90条1項は、会計検査院の決算審査について「内閣は…検査を受け」と「内閣」に限定されるかのような文章に変えていますが、こうした変更は会計検査院の独立性を損ない、財政民主主義の原則を機能不全に陥らせることで、民主主義そのものへの脅威となり得ますから、民主主義の観点から考えても大きな問題があると言えるのです。

(2)会計検査院の決算審査が法律の範囲に限定されてしまう

二つ目の問題点としては、会計検査院の検査に法律の留保がつけられている点が挙げられます。

現行憲法90条は会計検査院の決算審査について単に「毎年会計検査院がこれを検査し」としか規定されていませんので、その検査の範囲や方法・手段は会計検査院の独自の判断や選択にゆだねられています。

会計検査院は、決算について自由な検査をすることができ、検査を受ける国側から検査を制限されることはないわけです。

しかし、自民党案では「法律の定めるところにより」と法律の留保がつけられていますから、会計検査院はあらかじめ定められた法律の範囲内でだけしか決算審査ができない組織に改編されてしまいますので、そのあらかじめ定められた「法律」の範囲内でしか会計検査をすることが出来なくなり、その「法律」が許容していない範囲の会計検査は検査を受ける国側から拒否されてしまうことになるでしょう。

政府(内閣)が、国の決算で触れられたくないものがある場合には、国会で多数議席を確保した政権与党(現状であれば自民党)が、あらかじめ法律を整備しておくことで、会計検査院の会計検査を受けなくて済むようになってしまうわけです。

しかしそうなれば、前述の(1)でも述べたように、会計検査院の独立性は失われてしまい、国会のチェック機能も働かなくなりますから、政府の不正な財政支出も歯止めがかからなくなってしまうでしょう。

このように、自民党憲法改正草案第90条第1項は、内閣から独立した立場から国の収入・支出の決算を自由に検査する権能を有すべき会計検査院の会計審査に法律の留保を付けていますが、こうした法律の留保は、会計検査院の独立性を失わせ、内閣の無制約な予算執行を可能にしてしまう危険を招きますので、大きな問題があると言えます。

(3)不十分な会計検査の結果を翌年度予算に反映させなければならなくなる

三つ目の問題点は、前述した(1)(2)のような会計検査院の独立性が損なわれた状態でなされた会計検査の内容が、翌年度予算に反映させられてしまうという点です。

前述したように、自民党憲法改正草案第90条では第3項が新設されて、第1項の決算報告の内容を次年度の予算案に反映させなければならないとされていますから、(1)(2)で指摘した会計検査院の独立性を損なう会計検査によって行われた決算報告は、内閣によって翌年度予算に反映させなければならないことになります。

自民党憲法改正草案第90条第3項のように「反映させ…なければならない」との規定では、当年度予算で会計検査院によってなされた決算報告の内容を、内閣が翌年度予算案に「反映させないこと」が憲法違反になってしまうからです。

しかし、先ほどの(1)(2)で説明したように、自民党改正案第1項を前提とする決算審査は、会計検査院の独立性が担保されておらず、内閣(政権与党)や多数議席を確保した政権与党が恣意的に操作することができるものですから、その翌年度予算案に反映される当年度予算の決算報告も当然、本来為されるべき検査がなされていない不十分なものであって、場合によっては不正な決算が隠されたものである可能性のあるものとなります。

そうであれば、自民党案ではそうした不正な決算内容が、翌年度予算案に反映させられることで、その不正が延々と繰り返される懸念も生じてしまうでしょう。

たとえば自民党憲法草案は第9条の2を新設し国防軍の創設を予定していることから軍事予算の拡大が懸念されますが、もし仮に自民党憲法改正草案第90条が国民投票を通過すれば、内閣が不正な会計操作で軍事費を増大させた当年度予算の決算が、会計検査院で十分にチェックされないまま見逃されて翌年度予算案にも反映させられることで、国民が気付かないままに(国会のチェック機能が働かないままに)、軍事費が雪だるま式に増大していくことも十分に考えられるわけです。

仮にそうなれば、もはや国民には予算をチェックして軍国主義に傾斜する予算編成を改める術がなくなりますから、戦前の日本がそうであったように、社会保障費は削られる一方、軍事費は膨れ上がって国民が戦争に巻き込まれる危険も増大していくでしょう。

自民党憲法改正草案第90条3項は、内閣からの独立性が担保されない会計検査院の決算審査について、内閣に翌年度予算案に反映させることを義務付けていますが、そうした規定は財政民主主義の原則を機能不全に陥らせるだけでなく、予算編成から国を軍国主義化させることを可能にしている点でも大きな問題があると言えるのです。