カナダは19回も憲法改正してるから日本も…が詭弁である理由

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憲法改正を積極的に推進する政治家(主に自民党の議員)や(自称)知識人と呼ばれる人々、あるいはコメンテーターとしてテレビに出演するわけのわからないタレントなどの中に、「カナダでは19回も憲法を改正しているんだから日本だけ憲法を一度も改正していないのはおかしい」と声高に主張する人がいます。

カナダでは戦後(1945年以降)、憲法が19回改正されていますから、その事実を取りあげて「外国は何回も憲法を改正してるのに日本は一度も改正していない」「だから日本も改正するべきだ」という理屈です。

しかし、この主張には全く同意できません。

なぜなら、確かにカナダでは戦後(1945年以降)19回憲法が改正された事実がありますが、その改正のほぼすべてが「統治機構(日本でいえば国会・内閣・裁判所・地方自治といった国の統治に関する機関のこと)」に関する条項の改正であり、自民党や連立与党が予定している「国民主権」「基本的人権の尊重」「平和主義」といった憲法の三原則に関わる条文の改正とはその性質が根本的に異なるからです。

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カナダにおける過去19回の憲法改正はそのほぼすべてが「統治機構」に関する部分に限られる

カナダの憲法は、日本のように単一の憲法典ではなく、イギリスの植民地時代に作成された「1867年憲法」と、憲法制定権がイギリス議会からカナダに移管された1982年にカナダによって制定された「1982憲法」、そしてその1982年憲法の別表第3欄に記された法令等の総体によって構成されていますが、憲法の改正については「1867年憲法」と「1982年憲法」の2つの憲法法について論じられるのが通常ですので、ここでも「1867年憲法」と「1982年憲法」における戦後の改正について確認することにいたしましょう。

この点、これらのカナダにおける戦後(1945年以降)の憲法改正の内容については、ウェブ上で公開されている国会図書館が作成した「国会図書館作成:諸外国における戦後の憲法改正(第5版)」にまとめられていますが、その資料を確認すると、カナダで戦後(1945年以降)に行われた憲法改正の具体的な内容は以下のような事項になります。

【カナダにおける「1867年憲法」の改正状況】

  • 下院議員の定数変更(1946年改正)
  • ニューファンランドの連邦加盟(1949年3月改正)
  • 英国への要請なしで憲法改正可能な事項の追加(1949年12月改正)
  • 州の交付金廃止(1950年改正)
  • 老齢年金に関する立法権限の州から連邦への移管(1951年改正)
  • 下院議員の定数変更(1952年改正)
  • 裁判官の定年制導入(1960年改正)
  • 年金に関する連邦議会の権限拡大(1964年改正)
  • 上院議員の定年制導入(1965年改正)
  • 下院議員の州代表議員数調整(1974年改正)
  • 下院議員の準州代表議員数調整(1975年3月改正)
  • 上院議員定数の変更、その他準州選出議員の追加等(1975年6月改正)
  • 再生不可能な天然資源等の州の立法権限の追加その他(1982年改正)
  • 下院議員の州代表議員数調整(1986年改正)
  • 教育に関する立法権限規定のケベック適用除外(1997年改正)
  • 上院議員定数の変更、下院の準州代表議員数の調整(1998年改正)
  • 下院の州代表議員数調整(2011年改正)

【カナダにおける「1982年憲法」の改正状況】

  • 先住民の権利の追加(1984年改正)
  • New Brunswick州の英系と仏系の同等の地位権利の追加(1993年改正)

※出典:国会図書館作成:諸外国における戦後の憲法改正(第5版)(http://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_10249597_po_0932.pdf?contentNo=1&alternativeNo=)を基に作成。

これを見ればわかるように、カナダでは戦後になって「1867年憲法」については17回、「1982年憲法」については2回、それぞれ改正が行われていますが、「1867年憲法」における17回の改正についてはその全てが「議員定数」や「年金」、「裁判官の定年」といった「統治機構」に関する事項の改正に限られているのが実情です。

(※1982年憲法における2回の改正はいずれも「人権」に関係する部分の改正と言えなくもありませんが、この点については後述します)

ですから、カナダでは確かに戦後(1945年以降)19回も憲法が改正された事実がありますが、そのほぼすべてが「統治機構」に関する部分の改正であって「国民主権」や「人権」など国の根幹にかかわる部分の改正は一切なされていないということが言えます。

日本では「統治機構」に関する細かな部分は「法律」で規定されているので「統治機構」に関する部分の細かな改正に「憲法改正」は必要ない

このように、カナダで戦後(1945年以降)に行われた憲法改正は、その内容のほとんど全てが「議員定数」や「年金」、「裁判官の定年」といった「統治機構」に関する事項の改正であることがわかります。

しかし、日本ではそもそも「議員定数」や「年金」「裁判官の定年」は憲法ではなく法律で定められており、それらの事項を修正するために憲法を改正する必要性はそもそも生じません。

たとえば、カナダでは下院と上院の議員定数の変更や州代表議員数の調整に関する「憲法」の改正が頻繁に行われていますが、日本ではそもそも議員の定数に関しては「憲法」ではなく「公職選挙法」という「法律」に規定されていますので、仮に日本において議員の定数を増加ないし削減する必要性が生じたとしても公職選挙法という「法律」を改正すれば済むわけで「憲法」を改正しなければならない必要性は全く生じません。

【公職選挙法第4条】

第1項 衆議院議員の定数は、465人とし、そのうち、289人を小選挙区選出議員、176人を比例代表選出議員とする。
第2項 参議院議員の定数は242人とし、そのうち、96人を比例代表選出議員、146人を選挙区選出議員とする。
第3項 地方公共団体の議会の議員の定数は、地方自治法(昭和二十二年法律第六十七号)の定めるところによる。

また、日本ではそもそも国会議員に定年制は設けられていませんので、カナダが1965年に行った「議員の定年」に関する改正も日本における憲法改正の必要性を議論する際の比較対象としては不適です(※日本で国会議員に定年を設けたい場合は法律を整備すればよく憲法改正の必要はありません)。

ですから、これらカナダにおける「統治機構」に関する憲法改正の事実は日本の憲法改正の必要性を説明するうえで正当な比較対象にはなり得ないといえます。

カナダにおける「1982年憲法」の2回の人権規定の改正も日本の憲法改正を正当化する根拠にはならない

先ほども若干触れましたが、カナダにおける「1982年憲法」については、1984年に先住民の権利が追加され、また1993年にはニューブランズウィック州のイギリス系とフランス系の同等の地位と権利の保障が追加されており、これらは「人権」に係る規定を拡充する改正といえますから、この点に焦点を当てれば「カナダでは憲法の人権規定が改正されているから日本でも憲法の人権規定を改正してもよいはずだ」という意見も正当性があるように思えます。

しかし、日本ではそもそも憲法14条において全ての国民に「法の下の平等」が確保されていますから、仮に国内における先住民(たとえばアイヌの人とか)や移民(帰化した人や在日外国人など)に「不平等」が生じていたとしても、それは「法律(立法)」や「行政」の問題であってその是正は「憲法」ではなく「法律」または「行政」に委ねられることになり、そもそも「憲法」の改正は必要になりません。

【日本国憲法14条】
すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない

ですから、仮に日本においてカナダの「1982年憲法」の2回の改正で行われた人権の保障が必要になったとしても、その人権はすでに現行の憲法で保障されており、具体的なその人権確保の手段や方法は「法律」や「行政」によって確保されることが求められるわけですから、カナダにおいてこれら人権規定の改正が行われた事実は、日本において憲法改正を正当化する根拠とはならないのです。

自民党の憲法改正草案は国民主権・人権・平和主義という「憲法の原則」を改正するもの

以上のように、カナダでは戦後(1945年以降)19回にわたって憲法が改正された事実があるわけですが、うち17回は日本では法律で規定されている「統治機構」の細かな部分の修正にすぎず、他の2回は人権に関する規定を拡充する改正とはいっても日本ではすでに憲法で保障され憲法改正が必要ない内容の改正にすぎません。

しかし、自民党が予定しているのは「統治機構」の改正にとどまらず、人権規定の「拡充」とは程遠い人権や国民主権を「制限(ないし縮小)」する内容の改正です。

自民党がウェブ上で公開している憲法改正案を見てもらえばわかりますが、その内容はほぼ全てが「国民主権」や「基本的人権」を後退(縮小ないし制限)するものです。

たとえば、現行憲法では日本国の元首は内閣総理大臣と解釈されますが(芦部信喜「憲法(第六版)」47~48頁参照(※参考文献))自民党の憲法改正案では「天皇」を元首とするものとされていますから(自民党改正案第1条参照)、その点で国民主権が後退(ないし制限)を加えられる余地が生じます(※この点の詳細は『憲法を改正すると国民主権が後退してしまう理由』のページで詳しく論じています)。

また、たとえば現行憲法では「基本的人権」は「公共の福祉」に反して濫用することが禁止されているだけですが(日本国憲法12条)、自民党の改正案では「公益及び公の秩序」に反して濫用することが禁じられる内容に変更されていますので、「公益(国の利益)」すなわち政権与党(つまり自民党)に反する言論や表現も政府の権限によって自由に制限がかけられることになってしまいます(自民党改正案12条参照)。

もちろん、メディアが盛んに取り上げている憲法9条の改正も、それが自衛隊を明記するものであれ、国防軍を明記するものであれ、9条2項を削除するものであれ、自衛戦争をも放棄した現行憲法から自衛戦争を許容する憲法に改正することになる点を考えれば、国家権力に掛けられた制限を緩和する点で「平和主義の後退」といえるでしょう(※詳細は→憲法9条に自衛隊を明記すると平和主義が平和主義でなくなる理由)。

自民党の憲法改正案を確認する限り、今の与党は「統治機構」の部分にとどまらず「基本的人権の尊重」や「国民主権」「平和主義」など憲法の基本原理(日本国憲法の三原則)に関わる条項を改正をしようとしているわけですから、国の原則とは関係ない「統治機構」の細かな部分の改正がほとんどで人権を「拡充」する細かな修正を若干しただけのカナダの事例をもって、日本の憲法改正を正当化させる理由として議論すること自体、無理があります。

ですから「カナダは過去に19回も憲法を改正をしてるんだから日本も改正すべきだ」という理屈は、そもそも成り立ち得ないといえるのです。

「統治機構」と「人権の拡充」に関する改正しかしていないカナダの事例を根拠に日本の憲法改正を正当化する議論は「詭弁」

以上で説明したように、「統治機構」の細かな部分まで憲法で規定し、入植者の人権を拡充する必要性があったカナダにおける憲法改正の事例は、憲法構造が異なり、人権規定が明確に規定されている日本とはその事情がまったく異なりますので、日本の憲法改正の議論においては全く比較対象にはなりません。

ですから、その事実を一切無視して、カナダにおける憲法改正の回数だけを引き合いに出して日本の憲法改正を正当化する論調は、おしなべて「詭弁」と言えるのです。