自衛隊を憲法に明記するだけで集団的自衛権が合憲となる理由

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現在の政権(安倍政権)は、2014年(平成26年)7月1日の閣議決定で従来の憲法解釈を変更し、集団的自衛権の行使を容認してしまいました(※参考→平成26年7月1日 安倍内閣総理大臣記者会見 | 平成26年 | 総理の演説・記者会見など | 記者会見 | 首相官邸ホームページ)。

「集団的自衛権」とは

他国との取り決めで、他国への攻撃も自国への攻撃とみなして協同して防衛行動をとる権利

などと説明されますが(※高橋和之著「立憲主義と日本国憲法」放送大学教材308頁参照)、平たく言うと、自国が直接的な侵害を受けていないにもかかわらず他国を「他衛」するために自衛権を発動させる権利のことを言います。

たとえば、アメリカ軍の艦艇が第三国の戦闘機から攻撃された際に、日本の領土や自衛隊が何ら攻撃されていないにもかかわらず、近くを航行する自衛隊のイージス艦がアメリカ軍の艦艇を守るためにその第三国の戦闘機を撃墜するような行為が集団的自衛権の行使にあたります。

この政府の憲法解釈の変更によって日本は「集団的自衛権を行使できない国」から「集団的自衛権を行使できる国」になってしまいましたが、だからと言って集団的自衛権の行使が憲法上「合憲になった」ということではありません。

集団的自衛権が日本国憲法で違憲と解釈されている理由』のページでも論じたように、日本国憲法の9条の下にあっては集団的自衛権の行使を許容する憲法解釈は論理的に成立しえないからです。

歴代の政府が自衛隊の合憲性の根拠としてきた「自衛隊は自衛のための必要最小限度の実力であって9条2項の”戦力”にはあたらない」という理屈を前提とすれば、自衛隊が「急迫不正の侵害」の要件を満たさない状態で、しかも「自衛」ではなく「他衛」のために自衛権を発動することは許されませんから、集団的自衛権を合憲とする帰結は論理的に導かれることはありません。

政府が閣議決定で集団的自衛権を合憲と憲法解釈を変更しても違憲であることには変わりはありませんから、そもそも集団的自衛権は憲法改正せずに容認できる性質のものではないのです。

このような集団的自衛権の違憲性を考えた場合、実際に自衛隊が集団的自衛権に基づいて防衛行動をとった場合に、その自衛隊(または個々の自衛隊員)の行動自体の違憲性が裁判で問われることは避けられません。

政府が閣議決定で集団的自衛権を容認しても、憲法9条の下で自衛隊が集団的自衛権に基づく防衛行動をとることが「憲法に違反する」ことに変わりはありませんから、仮に自衛隊が実際に集団的自衛権に基づいた攻撃を行って隊員が死傷するような事案が生じ、遺族等が裁判に訴えることがあれば、集団的自衛権に基づいて整備された法律が「違憲(無効)」とされることにより死傷した隊員が「法律の根拠なく(日本国に)死傷させられた」ことになって国側の責任が問われることも十分に考えられるのです。

しかし、憲法9条に自衛隊(または国防軍)を明記する憲法改正が実現した場合には、このような集団的自衛権の行使の違憲性が問題になることはありません。

なぜなら、憲法9条が改正され憲法に自衛隊が明記されれば、ただそれだけで集団的自衛権が論理的に合憲と解釈されることになるからです。

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日本国憲法で集団的自衛権が「違憲」と解釈されている理由

憲法に自衛隊が明記されるだけでなぜ集団的自衛権が憲法論的に「合憲」と解釈されることになるかという点を考える前提として、そもそもなぜ現行憲法で集団的自衛権が「違憲」と解釈されているのか、またなぜ自衛隊が憲法9条の下で許容されているのかという点を理解してもらわなければなりません。

日本における集団的自衛権は自衛隊の自衛権の行使として行われることになりますので、憲法9条の下で自衛隊が認められる根拠や、集団的自衛権が憲法9条の下で自衛隊の自衛権行使として認められない理由を正確に理解しなければ、憲法に自衛隊を明記することで集団的自衛権が論理的に「合憲」になる理由も正確に理解しえないからです。

(1)憲法9条の下で自衛隊が認められるのは自衛隊が「自衛のための必要最小限度の実力」だから

この点、憲法9条2項は「陸海空軍その他の戦力」の保持を禁止していますので、戦闘機やイージス艦を保有する自衛隊がなぜ憲法9条2項の下で運用が認められているのか疑問に思う人もいるかもしれません。

【日本国憲法第9条】

第1項 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

第2項 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

ではなぜ9条2項の下で自衛隊の運用が許容されているかというと、それは歴代の政府が自衛隊を「自衛のための必要最小限度の実力」と説明してきたからです。

憲法学の通説的な見解では9条2項の”戦力”を「組織体の名称は何であれ、その人員、編成方法、装備、訓練、予算等の諸点から判断して、外敵の攻撃に対して国土を防衛するという目的にふさわしい内容を持った実力部隊」などと定義しますから、自衛隊が国土を外敵から守るために組織された実力部隊である以上、通説的な見解で解釈する限り自衛隊は憲法9条2項の”戦力”にあたるので「違憲」と言えます。

しかし歴代の政府は、日本国憲法の下でも「国家固有の自衛権」は認められるから「自衛のための措置」として「個別的自衛権」を行使する権利は放棄されておらず、9条2項の”戦力”に及ばない程度の「自衛のための必要最小限度の実力」の保持と行使は許容されるんだという考え方に立ち、自衛隊は「自衛のための必要最小限度の実力」であって「憲法9条2項の”戦力”にはあたらない」と説明することで自衛隊の違憲性を回避してきました。

そのため現在の日本では、戦力の保持を禁止した憲法9条があるにもかかわらず、自衛隊という武力を持った組織が組織され運用されているわけです(※この点の詳細は→『憲法9条2項で放棄された「戦力」とは具体的に何なのか』『自衛隊はなぜ「違憲」なのか?』)。

(2)「必要最小限度」の自衛権を行使するためには「急迫不正の侵害」が絶対的に要件となる

このように自衛隊は、学説の通説的な見解からすれば「違憲」と解釈されるものであり、歴代の政府が日本を守るという「自衛のための必要最小限度の実力」としてかろうじて運用が認められるものに他なりませんから、その自衛権の行使は限定的でなければなりません。

自衛隊の自衛権の行使が「必要最小限度」を超えてしまえば、先ほど説明したように自衛隊の自衛力は「違憲」と判断されることになるからです。

そのため歴代の政府は、自衛隊が自衛権を発動できる場合の要件として3つの要件を定めて自衛隊の自衛権の行使を限定して運用してきました。それがいわゆる「自衛権発動の三要件」と呼ばれる三つの要件です。

【自衛権発動の三要件】

  1. 我が国に対する急迫不正の侵害(武力攻撃)が発生したこと
  2. これを排除するために他に適当な手段がないこと
  3. 実力行使の程度が必要限度にとどまるべきこと

つまり歴代の政府は、この3つの要件が発生した場合にだけ自衛隊が自衛権を発動できるとして自衛隊の行動を限定することで「自衛隊は自衛のための必要最小限度の実力にすぎませんよ」「だから自衛隊は憲法9条2項の”戦力”にはあたりませんよ」「だから自衛隊は憲法学の通説的な見解でも違憲ではないですよ」と説明し、自衛隊の違憲性を回避してきたわけです。

(3)集団的自衛権は「急迫不正の侵害」がない状態で「他衛」のために自衛権を発動させるもの

このように、自衛隊の自衛権の行使は「自衛権発動の三要件」をすべて満たした場合にだけ発動できる限定的なものですから、その三要件を欠くようなケースで自衛隊が自衛権を発動させることはできません。要件の一つでも欠く状態で自衛隊が自衛権を発動してしまえば「必要最小限度」を超える武力行使となってしまい、自衛隊の自衛権行使自体が「違憲」となるからです。

しかし集団的自衛権は先ほど説明したように日本が直接的に攻撃を受けていない状態において他国(具体的には日米安保条約の関係上アメリカになる)が攻撃された場合にその他国を守るために自衛権を発動させることを目的とした概念ですから、その自衛権の行使は日本に「急迫不正の侵害」がない状態で自衛権を発動させることが前提となります。

しかし先ほど説明したように「急迫不正の侵害」がない状態で自衛権を発動させることは「自衛権発動の三要件」の第一要件を欠くものとなりますから、そのような自衛権の発動自体が憲法9条の下で許されません。

また、そもそも歴代の政府は自衛隊の合憲性の根拠を「自衛のための必要最小限度の実力」と説明することで「憲法9条2項の”戦力”にはあたらない」と説明してきたところにありますが、先ほど説明したように集団的自衛権は自国を守るための「自衛」のためのものではなく、自国が攻撃を受けていない状態で他国を守るための「他衛」に他なりませんから、集団的自衛権を認めること自体が歴代の政府が説明してきた自衛隊の合憲性の根拠と矛盾することになってしまいます。

そのため歴代の政府は、自衛隊における個別的自衛権は容認しても、集団的自衛権は一切容認せずに自衛隊を運用してきたのです(※この点の詳細は→集団的自衛権が日本国憲法で違憲と解釈されている理由

憲法に自衛隊を明記するだけで集団的自衛権が「合憲」と解釈されるようになる理由

このように、現行憲法が9条2項でそもそも”戦力”の保持を禁止していること、自衛隊が「自衛のための必要最小限度の実力」として限定的にその存在が認められていることを考えれば、「自衛」のためではなく「他衛」のために、しかも「急迫不正の侵害」がない状態で必要最小限度の範囲を超えて自衛権を行使することが目的となる集団的自衛権が憲法上許されないことは論理的に明らかといえます。

しかし、憲法9条が改正されて自衛隊が憲法に明記されれば、自衛隊による集団的自衛権の行使は論理的にも憲法上「合憲」と判断されることになるのは避けられません。

なぜなら、自衛隊が憲法に明記されれば、その憲法に明記された自衛隊の範囲内で国民が「必要最小限度」の範囲に限定されない「自衛隊の自衛権の行使」を容認したことになるからです。

ア)自衛隊が憲法に明記されれば「自衛隊の戦力の保持と行使」を「国民が憲法9条2項の範囲外で認めた」ことになる

自衛隊が憲法に明記されるということは、憲法96条の手続きを経て国民投票で国民が自衛隊の「戦力の保持」とその「戦力の行使」を憲法上の権利として国家権力に対して認めたということになりますから、憲法改正後の自衛隊は憲法9条2項の「戦力」から独立して国民に認められたということになります。

自民党やいわゆる改憲勢力が予定している憲法改正案には「9条の2項を削除して自衛隊を明記す案」や「9条に3項を新設して自衛隊を明記する案」など複数の案が議論されているようですが、仮に9条2項が現状のまま残されたとしても(3項で自衛隊を明記する案が実現しても)、改正された憲法に自衛隊が明記されれば、その「憲法に明記された自衛隊」の範囲で国民の承認を受けたということになるからです。

つまり、改正後の自衛隊は、戦力の保持を禁止し交戦権を否認している憲法9条2項が存在したとしても、自衛隊の枠内であれば自由に戦力を保持し交戦権を行使できるようになるわけで、端的に言えば憲法9条2項は骨抜きになるわけです(※詳細は→憲法9条を改正して自衛隊を明記するだけで核武装できる理由)。

イ)自衛隊が憲法に明記されれば「自衛のための必要最小限度の実力」と説明しなくても自衛隊が合憲と解釈されることになる

憲法に自衛隊が明記されることで自衛隊の戦力保持と交戦権に国民が承認を与えたことになれば、もはや政府は自衛隊を「自衛のための必要最小限度の実力」と説明する必要はなくなります。

なぜなら、先ほど説明したように歴代の政府が自衛隊を「自衛のための必要最小限度の実力」と説明してきたのは、憲法学の通説的な見解に立って考える限り自衛隊が憲法9条2項の”戦力”にあたると判断され「違憲」と解釈されるのを回避するために他ならないからです(※この点の詳細は→『憲法9条2項で放棄された「戦力」とは具体的に何なのか』『自衛隊はなぜ「違憲」なのか?』)。

憲法9条が改正されて自衛隊が憲法に明記されれば、憲法学の通説的な見解に立ったとしても、憲法に明記された自衛隊の範囲で「固有の自衛権」の行使を認めなければならなくなりますから、もはや自衛隊を違憲と解釈することがそもそもできなくなってしまいます。

つまり通説的な見解に立っても、憲法改正によって憲法に明記された自衛隊の戦力保持と交戦権は認めなければならなくなってしまうので、政府は自衛隊を「自衛のための必要最小限度の実力」と説明しなければならない必要性がなくなるわけです。

ウ)自衛隊に「自衛のための必要最小限度の実力」という制限がなくなるので自衛隊の自衛権発動の限界が取り払われる

政府が自衛隊を「自衛のための必要最小限度の実力」と説明しなくても自衛隊が憲法上「合憲」と解釈されるようになれば当然、自衛隊の自衛権の行使は「必要最小限度」の範囲に限定されなければならない理由もなくなりますから、先ほど挙げた「自衛権発動の三要件」も必要なくなります。

つまり、憲法9条が改正されて自衛隊が憲法に明記されれば、もはや自衛隊は「急迫不正の侵害」がなくても自衛権を発動することができますし、「国外勢力からの侵害を排除するために他に適当な手段」があったとしても自衛権を発動して武力攻撃することができますし、その発動される自衛権も「必要最小限度の範囲にとどまる」必要がなくなることになるわけです。

そうなれば当然、集団的自衛権の行使も無制限に容認されることになります。先ほど説明したように集団的自衛権は自国が攻撃を受けていない状態、つまり自国に「急迫不正の侵害」が生じていない状態で他国を「他衛」するためのものですが、自衛隊が憲法に明記されることで「自衛権発動の三要件」を満たす必要がなくなれば、自衛隊は「急迫不正の侵害」の要件を満たさなくても自衛権を発動することができるようになるからです。

自衛隊が憲法に明記されれば、「自衛のための必要最小限度の実力」という制限が自衛隊から取り払われることになりますので、通説的な見解に立って考えた場合であっても、憲法改正後の自衛隊は国家として当然に認められる「固有の自衛権」の概念から導かれるすべての自衛権の発動が認められると解釈しなければ論理的に矛盾してしまいます。

ですから、憲法に自衛隊が明記されるだけで、「固有の自衛権」から導かれる「個別的自衛権」だけでなく「集団的自衛権」も憲法上「合憲」と解釈されるようになるわけです。

憲法に自衛隊を明記する憲法改正は集団的自衛権を憲法上合憲にするという憲法改正の議論

以上で説明したように、憲法に自衛隊を明記する憲法改正を行えば、政府はもはや自衛隊を「自衛のための必要最小限度の実力」と説明する必要性がなくなりますので「他衛のために必要最小限度の範囲を超えて」自衛権を発動することが自由にできるようになります。

もちろんそれは、具体的に言えば日米安保条約の同盟関係に基づいてアメリカの戦争に自由に参加することを意味しますし、多国籍軍に参加して地球の反対側にも自衛隊を派遣して攻撃してくる国外勢力を無制限に殺戮することができることを意味しますから、その点を十分に理解したうえで議論を進めなければなりません。

このページの冒頭でも述べたように、現在の政権は2014年(平成26年)7月1日の閣議決定で従来の憲法解釈を変更し、集団的自衛権の行使を容認してしまいましたので政府の解釈では集団的自衛権は現在でも既に「合憲」ですが、憲法学的な見解で判断すれば明らかに「違憲」ですので裁判になれば確実に(もちろん司法が政府を忖度せずに独立を維持していることが前提ですが…)違憲判決が出されるのが集団的自衛権の概念です。

政府もそれが十分に分かっているので憲法に自衛隊を明記しようと躍起になって憲法改正を声高に叫んでいるのでしょう。

法律になじみのない人にとって憲法に自衛隊を明記する「だけ」の憲法改正は、今ある自衛隊を憲法に明記するだけで「今と大して変わらない」という認識なのかもしれませんが、それは大きな間違いです。

自衛隊の装備や日本の安全保障だけでなく、自衛隊がアメリカの戦争に追随することによって世界の平和と秩序に大きな影響を与える危険性があることは十分に意識しなければならないと言えるのです。