憲法改正を執拗にアナウンスし続ける自民党が公開している憲法改正草案の問題点を一条ずつチェックするこのシリーズ。
今回は、「個人情報の不当取得の禁止等」に関する条文を新設した、自民党憲法改正案の「第19条の2」の問題点について考えてみることにいたしましょう。
「個人情報の不当取得の禁止等」について新設した自民党憲法改正案第19条の2の問題点
今述べたように、自民党憲法改正案第19条2は「個人情報の不当取得の禁止等」について新たな規定を設けています。
では、その規定は具体的にどのようなものなのか。条文を確認してみましょう。
【自民党憲法改正案第19条の2】
(個人情報の不当取得の禁止等)
※出典:自由民主党日本国憲法改正草案(平成24年4月27日決定)|自由民主党 を基に作成
何人も、個人に関する情報を不正に取得し、保有し、又は利用してはならない。
このように、自民党憲法改正案第19条の2は、国民に対して「個人に関する情報」を「不正に取得」または「不正に保有」あるいは「不正に利用」することを禁止する規定を新設しました。
では、この規定は具体的にどのような問題を惹起させ得るのでしょうか。
(1)国民の「知る権利」や報道機関の「取材の自由」を損なう危険性
この点、まず言えるのが「国民の知る権利」を侵すことになるという点です。
「知る権利」とは現行憲法では第21条1項の表現の自由から導かれる基本的人権のことを言います。
【日本国憲法第21条第1項】
集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
国民主権原理に基づいて民主主義を実現させるためには、主権の存する国民が積極的に国政に関与することが不可欠となりますが、国家権力の行為や情報を国民が収集するのは困難が伴いますので、国民の政治参加を有効なものとするために、国民が国家権力の影響を受けずに事実を「知る権利」は最大限に保障されなければなりません。
そのためには当然、報道機関が事実を収集し報道するための「報道の自由」も保障されなければなりませんが、「報道の自由」を有効に保障するためには報道機関が国家権力の影響力を排除し独立して取材しうる「取材の自由」も保障される必要があります。そのため憲法21条で保障される「表現の自由」には「知る権利」やそれを具現化させるための「取材の自由」も含まれると解されているわけです。
このように「取材の自由」は国民の「知る権利」を保障して民主主義を実現させるための重要な人権ですから、その「取材の自由」は国家権力の支配や影響を受けることなく完全に独立した自由な状態が保障されなければならないのは当然です。
しかし、自民党改正案第19条の2は「何人も、個人に関する情報を不正に取得し、保有し、又は利用してはならない」と規定していますから、この条文が国民投票を通過すれば、報道機関の「取材の自由」は制限されることになります。
なぜなら、報道機関の「取材」には、取材対象の「個人に関する情報」が必然的に含まれることになりますが、その情報の取得・保有・利用が「不正」なものか否か判断するのは、政府(国家権力)になるからです。
自民党憲法改正案第19条の2の下では、政府(国家権力)が「それは不正だ」と判断した「個人に関する情報」の取得・保有・利用の一切が違法性を帯びることになりますから、政府(国家権力)に不都合な取材対象の「個人に関する情報」は、報道機関が取得・保有・利用することが出来なくなってしまうのです。
たとえば、「森友学園」の問題や「桜を見る会」の問題、広島県選挙区の自民党国会議員にかかる「選挙違反事件」の問題や、「ジャーナリストのレイプ事件もみ消し疑惑」などでは、特定の政党や国会議員などの関与も疑われてきましたが、そうした取材等も「不正」として制限されることになるでしょう。
それは当然、「国民の知る権利」が害されるということですから、「知る権利」を保障されない国民は、政治的意思決定に支障をきたし積極的な政治参加が事実上困難となってしまいます。そうして、民主主義は歪められていくのです。
この点、「政府(国家権力)が自分たちに都合の悪い取材を不正などと決めつけることができるわけがない」と思う人もいるかもしれませんが、そうはいきません。
自民党憲法改正案は第12条で「公益及び公の秩序」に反する人権の行使を制限することを認めているからです。
自民党改正案第12条については『自民党憲法改正案の問題点:第12条|人権保障に責務を強要』のページで詳しく説明しているので詳細はそちらに譲りますが、自民党改正案第12条では「公益及び公の秩序」に反する人権の行使が制限されることになりますので、「公益や公の秩序」すなわち政権与党の自民党の利益や秩序に反する人権の行使は制限されることになります。
そしてその人権には先ほど説明したように「取材の自由」や「知る権利」も当然含まれますから、自民党改正案第12条の下では自民党の利益や秩序に反するような「知る権利」の実現は制限が許されることになるのです。
そうなれば、自民党の利益や秩序を損なうような「個人に関する情報」を報道機関や個人が取得・保有・利用することは「公益及び公の秩序」の名の下にすべて「不正」と判断されることになりますから、この改正案第19条の2が国民投票を通過すれば、政府(国家権力)に不都合な取材はすべて禁止されることになるのは当然の帰結です。
改正案19条の2は「個人に関する情報を不正に取得し、保有し、又は利用してはならない」と規定していますので、一見すると国民のプライバシー権を保護する規定のようにも思えますが、実際はそれとは全く逆の発想で規定されています。
その「個人に関する情報」の取得や保有、利用が「不正」になされたか否か判断するのは政府(国家権力)なのですから、これは国民の権利や自由を保護するためのものではなく、その逆に国民の「知る権利」や報道機関の「取材の自由」を完全になくすことを目的とした規定なのです。
この自民党憲法改正案第19条の2は、政府(国家権力)に都合の悪い取材等を制限するための規定となりますので、その点を十分に理解することが必要でしょう。
(2)「個人情報の不当取得の禁止等」は「人権」ではない
また、自民党がこうした「知る権利」を制限する「個人情報の不当取得の禁止等」の規定を新たに設けたにもかかわらず、それを「新しい人権」として正当化している点も問題です。
自民党は憲法改正案と並行してQ&Aも公開していますが、そこでは「個人情報の不当取得の禁止等」を「新しい人権」として規定したと説明しています。
現在の憲法が施行(昭和22年5月3日)されてから65年を越え、この間の時代の変化に的確に対応するため、国民の権利保障を一層充実していくことは、望ましいことです。
「法律で保障すればよい」という意見もありますが、憲法に規定を設けることで、法律改正だけでは国民の権利を廃止することができなくなりますので、国民の権利保障はより手厚くなります。
日本国憲法改正草案では、「新しい人権」(国家の保障責務の形で規定されているものを含む。)については、次のようなものを規定しています。
※出典:日本国憲法改正草案Q&A|自民党 15頁を基に作成
(1)個人情報の不当取得の禁止等(19条の2)
いわゆるプライバシー権の保障に資するため、個人情報の不正取得等を禁止しました。
(後略)
しかし、先ほど説明したように「個人情報の不当取得の禁止等」の規定は、国民の「知る権利」や報道機関の「取材の自由」を制限するものであり、「人権」ではありません。
そもそも、条文の”見出し”部分に「禁止」と記しているのですから、それが「人権」ではないのは歴然でしょう。人権は「保障」されなければならないものであって「禁止」すべきものではないからです。
しかも、改正案第19条の2は「何人も…してはならない」と規定されていて、その名宛人は国家権力ではなく「国民」です。国民に「してはならない」と制限を掛けておきながら、それを「人権です」と説明するとは、この自民党のQ&Aはいったい何を考えているのでしょうか。
また、このQ&Aが「法律改正だけでは国民の権利を廃止することができなくなりますので、国民の権利保障はより手厚くなります」と述べている部分も問題です。
なぜなら、先ほど説明したように「個人情報の不当取得の禁止等」の規定は国民の「知る権利」や報道機関の「取材の自由」を不能にするものであって、その人権を「廃止」しているのは自民党改正案の方だからです。
自分たちが作成した改正案第19条の2が”知る権利”や”取材の自由”など「国民の権利」を「廃止」しておきながら、「法律改正だけでは国民の権利を廃止することができなくなりますので」と述べたうえ、「国民の権利保障が手厚くなる」などと、よくまあ戯言を並べられるものだと呆れてしまいます。
そして、そもそも論ですが”新しい人権”として「プライバシー権」を明記するのであれば、その「プライバシー権」を人権として憲法に明記し、保障すればよいだけの話です。
なぜ「プライバシー権」を保障するために「個人情報」を取得することを「禁止等」しなければならないのでしょうか。
自民党は、「新しい人権」が何かすらわかっていないどころか、「プライバシー権」の意味も分からず、もしかしたら「基本的人権が何か」すら理解していないのかもしれません。
(3)憲法なのに国家権力が国民の権利を制限している
そして、以上の点と重複する部分もありますが、自民党改正案第19条の2の規定が「国民の権利行使に制限を加えている」点も問題です。
なぜなら、そもそも憲法は「国民」が国家権力の権力行使に「歯止め」を掛けるためのものだからです。
人は複数が集まって社会を形成しますが、その社会を形成する際に自分が本来的に持っている権限を社会に移譲します。その権限を委譲する際に互いに交わす契約がいわゆる「社会契約」であってそれによって形成されるのが国民国家という国家概念です。
こうして形成される国民国家は国民から移譲を受けた権限を利用して立法府を組織し自由に法律を作ることができますが、国家がひとたび暴走すればその制定する法律の支配力によって国民の自由や権利を自由に制限できるため、国民は社会契約を結ぶ際にあらかじめ「歯どめ」を掛けておこうとします。この手段が「憲法」です。
国民が社会契約を結ぶ際に「この範囲でしか権限を委譲しませんよ」「この範囲を超えて法律を作っちゃダメですよ」という決まりを憲法と言う法典に記録し、その記録(規定)された範囲で自分が本来的に持っている権限を国家に委譲するわけです。
こうした思想が「憲法」にあるからこそ憲法は「国家権力の権力行使に歯止めを掛けるためのもの」と言えるのです。
しかし、自民党改正案第19条の2はその逆に国民の「知る権利」や「取材の自由」という権利の行使に歯止めを掛けてしまっています。
憲法は「国家権力の権力行使に歯止めを掛けるためのもの」であるにもかかわらず、自民党改正案は「国民の権利行使に歯止めを掛けるためのもの」にしてしまっているのです。
「憲法が何か」という根本的なところも理解できていない政党が作る憲法の危うさに、少しでも多くの国民が気づくことが望まれます。
自民党憲法改正案第19条の2は国民から「知る権利」や「取材の自由」を奪うための規定
以上で説明したように、自民党憲法改正案第19条の2は「何人も、個人に関する情報を不正に取得し、保有し、又は利用してはならない」と規定して、あたかも国民のプライバシー権など基本的人権の保障を拡大するかのような外観を備えていますが、実際にはその逆に、国民の「知る権利」や「取材の自由」を取り上げる作用を持っています。
国民から人権を奪い取る条文を新設しておきながら「国民の権利保障は手厚くなる」などと平気で国民を騙すことのできる政党が作った改正案が国民に何を及ぼすか、冷静に考える必要があるでしょう。