自民党憲法改正案の問題点:第32条|裁判を受ける権利のはく奪

憲法の改正に執拗に固執し続ける自民党が公開している憲法改正草案の問題点を一条ずつチェックしていくこのシリーズ。

今回は、国民の裁判を受ける権利について保障した自民党憲法改正草案第32条の問題点について検討してみることにいたしましょう。

”裁判を受ける権利”に関する条文の「奪われない」を「有する」に変えた自民党憲法改正草案第32条

現行憲法の第32条は「裁判を受ける権利」を保障する条文ですが、この規定は自民党憲法改正草案第32条でも同様に置かれています。

もっとも、条文の文言に若干の変更がなされていますので注意が必要です。では、具体的にどのような変更が行われているのか、現行憲法と比較して双方の条文を確認してみましょう。

日本国憲法第32条

何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。

自民党憲法改正草案第32条

何人も、裁判所において裁判を受ける権利を有する。

※出典:自由民主党日本国憲法改正草案(平成24年4月27日決定)|自由民主党 を基に作成

このように、自民党憲法改正案の第32条は、現行憲法が裁判を受ける権利について「奪われない」としているところを「有する」に変えているところが異なります。

では、こうした文言の変更は具体的にどのような問題を生じさせるのでしょうか。検討してみましょう。

「奪われない」を「有する」に変えたのは、自民党憲法改正草案が”裁判を受ける権利”を「奪う」ことをあらかじめ予定しているから

このように、自民党憲法改正草案第32条は国民に保障される”裁判を受ける権利”について、現行憲法の「奪われない」とされた部分をあえて「有する」に変えていますが、この変更は自民党憲法改正案の構造からすれば当然と言えます。

なぜなら、自民党憲法改正草案は、国民から”裁判を受ける権利”を「奪う」ことをあらかじめ予定したうえで設計されているからです。

ア)自民党憲法改正草案第9条の2の第5項は軍法会議(軍事法廷)を許容している

自民党憲法改正案が国民の”裁判を受ける権利”を「奪う」ものであることは、自民党憲法改正案の第9条の2の第5項からも明らかです。

自民党改正案第9条の2の問題点については『自民党憲法改正案の問題点:第9条の2|歯止めのない国防軍』のページで詳しく解説していますので詳細はそちらに譲りますが、同条第5項では改正案が明記する国防軍の軍人や国防軍の機密に関する裁判は、通常の裁判所ではなく国防軍の内部に設置される審判所が行うと規定されています。

この「審判所」とは一般に言われる軍法会議(軍事法廷)のことですから、自民党改正案が国民投票を通過すれば、国防軍に所属する軍人やその他の公務員が国防軍に関する問題で裁かれる場合には、通常裁判所で裁判を受けることができず、国防軍に設置された軍法会議でしか裁判を受けることができなくなってしまうのです。

これはつまり、国民(軍人や国防軍に係る公務員)が国防軍に関する事案で裁判所で裁判を受けることができなくなるということですから、それは紛れもなく国民の”裁判を受ける権利”が制限されるということに他なりません。

つまり自民党憲法改正案は、その第9条2項5項の規定からも明らかなように、そもそも国民の”裁判を受ける権利”を「奪う」ことをあらかじめ予定したうえで設計されているのです。

イ)軍法会議を許容する自民党憲法改正案は”裁判を受ける権利”を「奪う」ことが前提なので「奪われない」のままでは文理的に矛盾が生じてしまう

しかし、このようにして自民党憲法改正案が国民の”裁判を受ける権利”を「奪う」条文を9条の2などに規定したとしても、”裁判を受ける権利”を保障した憲法第32条で「奪われない」と規定されていれば、その「奪われない」と規定された”裁判を受ける権利”を、改正案第9条の2第5項が「奪う」ことになるので文理的に矛盾が生じてしまいます。

そのため自民党憲法改正案の第32条は、裁判を受ける権利”について「奪われない」と規定されている部分をあえて「有する」に変えたのでしょう。

憲法第32条の条文を「奪われない」から「有する」に変えておけば、「国民は裁判を受ける権利を有しているから保障するけれども国防軍については例外的に保障しない」という理屈を成り立たせることができます。

そうした解釈を容易にし、”裁判を受ける権利”を「奪う」ことが前提となる改正案第9条の2の規定と文理的な整合性を持たせるためにあえて「有する」に変えたわけです。

ウ)自民党憲法改正草案の下で国民は”裁判を受ける権利”を「有する」が「奪われない」わけではないということ

以上で説明したように、自民党憲法改正草案自体はそもそも国民の”裁判を受ける権利”を「奪う」ことを織り込み済みで設計されていますので、改正案第32条が「有する」と規定されているとしても、それは決して「奪われない」という意味ではありません。

むしろ改正案第9条の2の第5項では国民の”裁判を受ける権利”を「奪う」規定を明記しているのですから、その点で考えれば国民の”裁判を受ける権利”を「有しない」と規定したのと変わりません。その点を注意する必要があります。

自民党憲法改正草案の下では「公益及び公の秩序」の要請があれば国民の”裁判を受ける権利”を「奪う」ことが許されている

第32条の問題点として二つ目に指摘できるのが、自民党憲法改正案の下では「公益及び公の秩序」の要請があれば、国家権力が無制約に国民の”裁判を受ける権利”を制限することも認められるようになるという点です。

A)自民党憲法改正案の下では「公益及び公の秩序」の要請があれば基本的人権は制限され得る

先ほど、自民党憲法改正案の第9条の2第5項が軍法会議を許容することで国民の”裁判を受ける権利”を制限できる構造にしていることを解説しましたが、自民党憲法改正案が国民の”裁判を受ける権利”を制限しているのは、その国防軍に関する裁判だけではありません。

なぜなら、自民党憲法改正案は「公益及び公の秩序」の要請があれば国民の基本的人権を制限することを許容しているからです。

日本国憲法は国民の基本的人権を保障していますが、個人は社会的関係の中で存在するものなので、その国民に保障される人権も無制約なものではなく、他者の人権との関係で制約が求められることはあり得ます。

そのため現行憲法の第12条では基本的人権が「公共の福祉」の要請によって制約されることがあり得ることを認めているのですが、自民党憲法改正案の第12条はこの「公共の福祉」の部分を「公益及び公の秩序」に変えています(※詳細は→自民党憲法改正案の問題点:第12条|人権保障に責務を強要)。

つまり自民党憲法改正案が国民投票を通過すれば、国家権力が「公益及び公の秩序」の要請を根拠に国民の基本的人権を制約することが認められるようになるわけです。

しかし「公益」とは「国の利益」、「国」とはその運営をゆだねられている「政府」のことであって「政府」を形成するのは政権与党、現状では自民党ということになりますから、「公益に反する権利行使は制限され得る」という文章は「自民党の不利益になる権利行使は制限され得る」という意味になってしまいます。

また、「公の秩序」とは「現在の一般社会で形成される秩序」という意味になりますが、その「現在の一般社会で形成される秩序」は現在に生きる多数の一般市民によって形成され、その現在の多数派は自民党ということになりますから「公の秩序に反する権利行使は制限され得る」という文章は「自民党の秩序に反する権利行使は制限され得る」という意味になってしまいます。

つまり「公益及び公の秩序」という言葉は「自民党の利益」と「自民党の秩序」と同義なのです(※この点の詳細は→自民党憲法改正案の問題点:第12条|人権保障に責務を強要)。

B)自民党改正案が国民投票を通過すれば、自民党が思いのままに国民の”裁判を受ける権利”を制限することができるようになる

そうなると、自民党憲法改正案の下では「自民党の利益」や「自民党の秩序」の要請があれば、国民の基本的人権を制限することも認められるようになりますから、”裁判を受ける権利”も基本的人権の一つである以上、自民党の思惑次第で自由に制限することもできるようになってしまいます。

すなわち、自民党の憲法改正草案が国民投票を通過すれば、自民党に反抗する国民に裁判を受けさせなかったとしても、その措置は「公益及び公の秩序」の下で許されることになるわけです。

そうなれば国民に保障された”裁判を受ける権利”は存在しないのと同じです。

つまり、自民党憲法改正草案第32条には国民の”裁判を受ける権利”について「有する」と規定されていますが、改正草案第12条が「公益及び公の秩序」に基づく人権制約を認めている以上、前述した国防軍に関する問題に限らず、「自民党の利益」や「自民党の秩序」に反する裁判もその一切ができなくなってしまうのです。

「奪われない」が削除されたことで裁判所が「裁判を拒絶すること」が認められるようになる

自民党憲法改正草案第32条の問題点として挙げられる三点目は、自民党改正案が「奪われない」の文言を削除したことで、裁判所が「裁判を拒否すること」が認められるようになる点です。

現行憲法の第32条が”裁判を受ける権利”について「奪われない」と規定した趣旨は、民事事件と行政事件においては、自己の権利または利益が不法に侵害されたときに裁判所に対して損害の救済を求める権利を保障するところにあります(※芦部信喜著、高橋和之補訂「憲法」岩波書店250頁)。

つまり現行憲法は、国民が権利や利益を不法に侵害されたときに裁判所に救済させるためにあえて「奪われない」と規定して、裁判所が恣意的な判断で国民の「裁判を拒絶」することができないようにしているわけです。

しかし自民党憲法改正草案は、あえてこの部分を「有する」に変えていますから、自民党改正案が国民投票を通過すれば、裁判所が国民から受けた訴えを恣意的に選別して「裁判を拒絶」することもできるようになってしまいます。

たとえば、先ほどしたように自民党憲法改正案の下では「公益及び公の秩序」の要請に基づく基本的人権を制限を認めていますので「自民党の利益」や「自民党の秩序」に反する裁判を政府(自民党)が制限することもできますが、それ以前の問題として、裁判所が恣意的な判断で国民の裁判を選別することも認められるようになるわけです。

仮にそうなれば、政府(自民党)がどのような違法・不当な措置で国民の権利や利益を害したとしても国民は裁判に訴えることすらできなくなりますから、もはや国民の自由や財産はあってないようなものです。

また、ここで言う裁判は民事や行政事件だけでなく刑事裁判も当然に含まれますから、自民党憲法改正草案が国民投票を通過すれば、刑事被告人についても裁判所の判断で裁判を受けさせずに刑罰を科すことも認められるようになってしまいます。

つまり、自民党憲法改正案第32条が「奪われない」を「有する」に変えたことで、国民の自由や権利を守る術は全て失われることになり、国民は国家(政権与党の自民党)の奴隷となるわけです。

”裁判を受ける権利”を奪われれば「法の支配」も破壊される

以上で説明したように、自民党憲法改正草案第32条は国民の”裁判を受ける権利”を「有する」と規定していますが、他の改正案の条文と合わせて考えれば、それを「保障していない」のと同じであって、「有しない」と規定しているのと変わりません。

しかし”裁判を受ける権利”は、政治権力から独立した公平な司法機関に対して、全ての個人が平等に権利や自由の救済を求めるために必要不可欠な権利であって、またその公平な裁判所以外の機関から裁判されることを排除するために不可欠な権利です(※芦部信喜著、高橋和之補訂「憲法」岩波書店249頁)。

そして個人の基本的人権は民主主義の実現に不可欠なものであって、その人権保障を確保するために不可欠な権利がこの”裁判を受ける権利”なのですから、それが憲法の改正によって奪われるというのであれば、「法の支配」は機能しなくなり、民主主義も機能不全に陥ってしまうでしょう。

自民党憲法改正案の第32条は”裁判を受ける権利”について「奪われない」と規定された部分を「有する」に変えていますが、その額面どおりに”裁判を受ける権利”を保障するものではなく、国民から”裁判を受ける権利”を「奪う」ところに本質的な意味を持ちます。

それはすなわち、国民の自由や権利を裁判によって救済する道を閉ざし、法の支配を破壊して、民主主義を機能不全に陥らせ、国民を国家の所有物として支配することにつながりますから、この自民党憲法改正草案第32条の賛否に際しては、その危険性を十分に認識することが必要です。