自民党がウェブ上で公開している憲法改正草案を条文ごとに細かくチェックしてその問題点を指摘するこのシリーズ。
今回は、自民党憲法改正案の「第8条」について確認してみることにいたしましょう。
なお、この記事の概要は大浦崑のYouTube動画でもご覧になれます。
記事を読むのが面倒な方は動画の方をご視聴ください。
「皇室への財産の譲渡等の制限」を規定した自民党憲法改正草案第8条の内容
自民党憲法改正草案の第8条は「皇室への財産の譲渡等の制限」に関する規定ですが、同様の規定は現行憲法の8条にも置かれていますので、現行憲法で第8条に置かれている「皇室への財産の譲渡等の制限」に関する規定が自民党案でもそのまま引き継がれた形になっています。
もっとも、その内容は現行憲法から大きく変更されていますので注意が必要です。
具体的にどのような点に違いが生じているのか、まず現行憲法の第8条を確認してみましょう。
【日本国憲法第8条】
皇室に財産を譲り渡し、又は皇室が、財産を譲り受け、若しくは賜与することは、国会の議決に基づかなければならない。
現行憲法の第8条は、このように皇室が財産を譲り受けたり、また皇室がその保有する財産を賜与(しよ)する場合に国会の議決を経なければならないことを定めています。
ではなぜ、現行憲法がこのような規定を置いているかというと、それは明治憲法(大日本帝国憲法)の下で皇室に莫大な財産の保有が認められていたことが、皇室の大財閥化を許容し、天皇の強化に利用された反省があるからです。
討幕を実現した明治新政府は西欧列強に一日も早く追いつくため産業を興し列強に対抗しうる軍隊を創設することが急務となりますが、当時の民衆は生まれた郷や村で一生を送るのが普通で、自分の村や領主を守るために年貢を納め槍を持つことは理解できても、「国家」や「国民」といった概念を理解することは困難でしたから、新政府が一つの「国家」として富国強兵を図るのは容易ではありません。
こうした事情があったことから、明治新政府は天皇を中心にした統治体制を整備して「国民」や「国家」の概念を理解させようと考えました。そうして制定されたのが天皇を「神聖ニシテ侵スへカラス」と規定し天皇を絶対的・普遍的な存在として位置付けた明治憲法(大日本帝国憲法)です。
つまり明治新政府は、「国家」や「国民」の概念を理解できない日本の民衆に自分たちが「天皇の臣民(臣下)」であることを浸透させて「国」や「国家」の統治体制を理解させようとしたわけです。
しかし、そうした絶対性・普遍性を持つ天皇を民衆に浸透させ、自分たち民衆が天皇の臣民(臣下)であることを認識させるためには、他の何者からも干渉されない独自の財産を皇室に確保させ、その権威を確立させる必要があります。
そのため明治新政府は、国が所有する土地や物件を皇室財産に組み込むなど皇室の財政基盤を充実させる制度を整備していきますが、日清戦争で得た賠償金を皇室財政に投入するなどしていった結果、終戦当時(1945年)における皇室財産の総額は37億円(※現在の価値で1兆円前後(?))に達するほどになってしまいました(※高橋紘著「解説ー昭和天皇と『側近日誌』の時代」(※木下道雄著「側近日誌」296頁参照))。
当時の三井や岩崎(三菱)、住友等は3億~5億円の資産を持っていたと推定されていますので、当時の天皇家(14皇族も含む)は当時の巨大財閥が足元にも及ばない巨大な資産を有していて、天皇家自体が巨大な大財閥となっていたわけです(※前掲「側近日誌」299頁参照)。
しかし、当時の財閥に国の富が集中したことが国民の自由や権利を制限させる方向で作用し、それが民主主義を機能不全に陥らせ軍国主義を拡大させていった一因でもありましたから、皇室も含めた財閥に財産が集中することは避けなければなりません。
そのため戦後の日本では、財閥を解体させるとともに、憲法第88条ですべての皇室の財産を「国に属する」ものとしたうえで、皇室の経費(※皇室経済法第3条の内廷費(公金にあたらない御手元金)・宮廷費(宮内諸費たる公金)・皇族費(皇族の品位保持のための経費)をいう)を明確に区分し、その出納を徹底させるため、憲法8条で皇室の財産の譲渡等に「国会の議決」を関与させることにしたのです。
【日本国憲法第88条】
すべて皇室財産は、国に属する。すべて皇室の費用は、予算に計上して国会の議決を経なければならない。
(中略)憲法は別に、「皇室に財産を譲り渡し、又は皇室が、財産を譲り受け、若しくは賜与することは、国会の議決に基づかなければならない」と定めている(八条)。これは、皇室に再び大きな財産が集中したり、皇室が特定の個人ないし団体と特別の関係を結び不当な支配力を持つことになるのを防止することを目的とする。一定の種類の行為については、そのたびごとに国会の議決を経ることを要しない(皇室経済法二条)。
※芦部信喜著、高橋和之補訂「憲法」岩波書店 53頁より引用
このように、憲法8条が皇室の財産の譲渡等に「国会の議決」を関与させる条文を規定したのは、皇室に財産が集中することを防ぎ、皇室が経済界や政界に不当な支配力を持つことを防ぐ意味合いがありますから、これは国民主権原理を徹底させて民主主義を実現していくうえで不可欠な規定であると言えます。
では、そうした意味合いのある憲法8条が、自民党改正案ではどのように変更されているのでしょうか。自民党草案の条文を確認してみましょう。
【自民党憲法改正草案:第8条】
皇室に財産を譲り渡し、又は皇室が、財産を譲り受け、若しくは賜与するには、法律で定められる場合を除き、国会の承認を経なければならない。
※出典:自由民主党日本国憲法改正草案(平成24年4月27日決定)|自由民主党 を基に作成
自民党草案の第8条はこのように、皇室財産の譲渡等が行われる際に「法律で定められる場合を除き」と規定することで法律の留保が新たに規定された点、また現行憲法では皇室財産の譲渡等に「国会の議決」が必要とされていたところが「国会の承認」に変えられている点が異なります。
自民党憲法改正草案の第8条が生じさせる2つの問題
このような自民党草案の変更は、次にあげる2つの問題点を生じさせることが懸念されます。以下順に説明します。
(1)「法律で定められる場合を除き」としたことで、国会が関与しない皇室財産の譲渡等の範囲が広げられる
まず最初に指摘できるのが、自民党草案が皇室の財産譲渡等に関して「法律で定められる場合を除き」という一文を挿入したことで、皇室が財産譲渡等を行う際に、必ずしも国会の関与が必要とされない範囲が広げられてしまうという点です。
自民党草案の第8条では、皇室が財産の譲渡等をする際に「国会の承認」が必要とすることで国会の関与を義務付けているものの「法律で定められる場合を除き」としていますので、あらかじめ法律でその「国会の関与」を除外する制度を整備しておけば、国会の関与を受けることなく皇室が財産を譲渡等することが認められる余地が生じてしまうからです。
この点、現在でもたとえば皇室経済法第2条では一定の種類の皇室財産について、その度ごとに国会の議決を経なくても譲渡等をすることが認められていますので、現行憲法上でも皇室が財産の譲渡等を行う際に必ずしも国会の関与が必要とされないケースがないわけではありません。
【皇室経済法第2条】
左の各号の一に該当する場合においては、その度ごとに国会の議決を経なくても、皇室に財産を譲り渡し、又は皇室が財産を譲り受け、若しくは賜与することができる。
一 相当の対価による売買等通常の私的経済行為に係る場合
二 外国交際のための儀礼上の贈答に係る場合
三 公共のためになす遺贈又は遺産の賜与に係る場合
四 前各号に掲げる場合を除く外、毎年4月1日から翌年3月31日までの期間内に、皇室がなす賜与又は譲受に係る財産の価額が、別に法律で定める一定価額に達するに至るまでの場合
しかし、これはあくまでも解釈で例外的に認められたものであって原則的には「国会の承認」が必要なことに変わりありません。
一方、自民党憲法草案第8条では「法律で定められる場合を除き」と規定していますので、法律さえ規定されれば、皇族の財産の譲渡等に国会の関与を省略させる法律の方が原則になってしまいます。
つまり、自民党憲法草案が国民投票を通過すれば、国会の関与を受けないで皇室が財産の譲渡等を行えるケースの範囲を、今のそれ(皇室経済法第2条)を超えていくらでも広げることができることになるわけです。
たとえば、国会で多数議席を確保した政党が、皇室財産の公共団体への贈与等についての「国会の承認」を省略させる法律を数の力で押し切って制定させようとした場合を考えてください。
仮にそうした法律が制定されてしまえば、皇室は国会の関与を経ることなく、その新たに制定された「国会の関与を省略させる法律」を根拠にして皇室財産を特定の公共団体に寄付させることもできることになりますが、国会が関与しないのであれば、その皇室財産の譲渡等の事実を国民が知る術はありませんので、結果的に国民に知られることなく、皇室が国家予算(税金)から充てられた皇室財産(もとは税金)を特定の公共団体に横流しさせることもできることになるわけです。
もちろん、皇室がそうした手法で国民に隠れて財産を特定の団体等に譲渡等することは考えにくいですが、たとえば皇室とゆかりのある(と自称する)何者かが宮家の復興などを世論に働きかけて皇室に入り、特定の思想を持つ政治団体の支援を受けた政党とつるんでそうした税金の私物化に利用される可能性は生じてしまうかもしれません。
また、政権をとった政党が皇室の意に反して財産の譲渡等を強要することでその財産を特定の政治団体等に寄付させるなど、皇室を意のままに利用する危険性も生じるかもしれません。