憲法改正に執拗に固執し続ける自民党が公開している憲法改正草案の問題点を一条ずつチェックしていくこのシリーズ。
今回は、地方自治体の議会の権能を制限した自民党憲法改正草案第94条1項の問題点を考えてみることにいたしましょう。
地方自治体における議会の文章を変えた自民党憲法改正草案第94条1項
現行憲法の第93条は地方公共団体に議会を設置することを規定した条文を置いていますが、自民党憲法改正草案ではこの規定を第94条1項に移動したうえで、文言に若干の変更を加えています。
では、具体的にどのような変更が加えられているのか条文を確認してみましょう。
【日本国憲法第93条1項】
地方公共団体には、法律の定めるところにより、その議事機関として議会を設置する。
【自民党憲法改正草案第94条1項】
地方自治体には、法律の定めるところにより、条例その他重要事項を議決する機関として、議会を設置する。
※出典:自由民主党日本国憲法改正草案(平成24年4月27日決定)|自由民主党 を基に作成
大きく異なるのは2か所です。現行憲法の「地方公共団体」が「地方自治体」に変えられている部分と、その地方公共団体(自民党案では地方自治体)に設置する議会について、現行憲法が「その議事機関として」としている部分を、自民党案が「条例その他重要事項を議決する機関として」と変更している部分が異なります。
この点、「地方公共団体」を「地方自治体」に変えている部分については、現行憲法が規定する「地方公共団体」が都道府県と市町村という標準的な二段階の地方公共団体であるところのいわゆる「普通地方公共団体」を指し、東京都の特別区は憲法上の「地方公共団体」ではないと最高裁判例(昭和38年3月27日)が判示していることを考えると、自民党改正案が「地方自治体」に変えた趣旨は東京都の特別区を「地方公共団体」に含ませる趣旨だと思われますが、高橋和之著「立憲主義と日本国憲法(放送大学教材236頁)」によれば「今日では、特別区も憲法上の地方公共団体と解すべきである」と述べられていますので、その解釈自体には特段の変更は生じないような気がします。
しかし、「条例その他重要事項を議決する機関として、議会を設置する」としている部分は憲法解釈に大きな変更を及ぼすものと思われます。では、この文章の変更が具体的にどのような問題を生じさせるのか、検討してみましょう。
いわゆる百条委員会をできなくする自民党憲法改正草案第94条1項
前述したように、自民党憲法改正草案第94条1項は、地方議会の設置について現行憲法が「その議事機関として」としている部分を「条例その他重要事項を議決する機関として」に変更しています。
この点、結論から言えば、こうした変更は地方自治体の住民(国民)にとって害悪しか生みません。
なぜなら、こうした変更が加えられれば、地方議会は「条例その他重要事項を議決」することしかできなくなってしまい、自治権が大きく損なわれてしまう結果になるからです。
先ほど挙げたように、現行憲法の第93条は、地方自治体に設置される議会について単に「その議事機関として議会を設置する」としか規定されていませんから、現行憲法に基づいて地方自治体に設置される地方議会は、条例を制定したり、地方の行政サービスに関する重要事項について議決したりするだけでなく、地方行政に関するあらゆる議題を議論することができます。
この点、重要なのは、現行憲法で地方議会の権能は「条例その他重要事項」を「議決」するだけに限られないという点です。
その代表的なものが、地方自治法第100条に規定されている、いわゆる「百条委員会」の設置です。
【地方自治法第100条1項】
普通地方公共団体の議会は、当該普通地方公共団体の事務(自治事務にあつては労働委員会及び収用委員会の権限に属する事務で政令で定めるものを除き、法定受託事務にあつては国の安全を害するおそれがあることその他の事由により議会の調査の対象とすることが適当でないものとして政令で定めるものを除く。次項において同じ。)に関する調査を行うことができる。この場合において、当該調査を行うため特に必要があると認めるときは、選挙人その他の関係人の出頭及び証言並びに記録の提出を請求することができる。
※出典:地方自治法|e-gov
この百条委員会は、国会における国政調査権(現行憲法第62条)と趣旨を同じくし、地方議会が有する条例制定権や行政監督権等、議会に与えられた権能を実効的に行使するため認められた補助的な権能を行使するもので、地方行政に関して様々な調査を行うことが認められる組織のことをいいます。
【日本国憲法第62条】
両議院は、各々国政に関する調査を行ひ、これに関して、証人の出頭及び証言並びに記録の提出を要求することができる。
※出典:日本国憲法|e-gov
もちろん、国政調査権が議院に与えられた権能を有効に行使するために認められた補助的な権能であると考えられているように、百条委員会も地方議会に与えられた権能を実効的に行使するために認められた補助的権能に過ぎませんから、調査の目的は条例制定、予算審議、行政監督など地方議会の権能を実効的に行使するためのものでなければなりませんし、三権分立の原則がある以上、司法権の独立を損なうような調査をすることはできません。
また、百条委員会が地方議会で組織される以上、議会で多数議席を確保した政党の影響力を多分に受ける可能性はありますから、その点で調査の限界もあるでしょう。
しかし、そういう限界があるにせよ、地方自治体の行政にかかる疑惑や不正事件があった場合において、百条委員会で証人喚問や証拠調べが行われることになれば、世論を喚起させて選挙における投票行動などに影響をあたえることで政治的責任を追及することも可能ですから、行政監視機能は十分に期待できるものと言えます。
ではなぜ、地方自治体の議会にこうした百条委員会を設置する権能が認められているかと言えば、それは「地方自治体の本旨」を具現化するために必要不可欠だからに他なりません。
「地方自治の本旨」は、地方自治が住民の意思に基づいて行われるという民主主義的要素である「住民自治」と、地方自治が国から独立した団体に委ねられ、団体自らの意思と責任の下でなされるという自由主義的・地方分権的要素である「団体自治」の2つの要素から成りますが(芦部信喜著「憲法」有斐閣356頁)、これを地方行政において具現化させるためには、行政監視機能を実効的に行使するための調査権限が議会に不可欠です(※参考→自民党憲法改正案の問題点:第92条1項|地方自治の本旨を破壊)。
そのため現行憲法上でも、地方議会に百条委員会を設置することが許容されているのです。
ところが自民党憲法改正草案第94条1項は、先ほど挙げたように、
「地方自治体には、法律の定めるところにより、条例その他重要事項を議決する機関として、議会を設置する。」
と規定されていますから、地方自治体の議会の権能は「条例その他重要事項を議決する」だけに限定されてしまいます。
つまり自民党案が国民投票を通過してしまえば、地方自治体の議会は「条例その他重要事項」を「議決」することしかできなくなってしまうので、百条委員会を設置して、地方自治体の行政にかかる疑惑や不正事件に関して「証人喚問」したり「証拠を調べ」たり、そうした疑惑等を「調査」することができなくなってしまうのです。
しかし、そうなれば地方に居住する住民が地方行政に関する疑惑や不正を明らかにすることが困難になってしまいますから、世論を喚起させて選挙における投票行動などで政治責任を追及することもできなくなり、地方自治体における行政監視機能は不十分なものとなってしまうでしょう。
たとえば、自民党の安倍政権下において森友学園や加計学園の疑惑が生じた際には、結果的に維新の会や公明党の反対で実現はしなかったものの、百条委員会で徹底した調査を行うべきとの意見も出ましたが、この自民党憲法改正草案第94項1項が国民投票を通過してしまえば、仮に地方議会の多数が求めても、百条委員会を設置して真相を解明することが出来なくなってしまうのです。
それは当然、先ほど述べた「地方自治の本旨」の具現化を困難にすることになりますから、民主主義の具現化も損なわれてしまいます。自民党改正案第94条1項は民主主義の後退に直結するわけです。
そうした「地方自治の本旨」を損ない、民主主義の後退に直結する条文を新設しなければならない理由がどこにあるのか。国民は冷静に判断することが必要です。