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自民党憲法改正案の問題点:第22条2項|在日外国人を鳥籠の鳥に

(5)朝鮮人に日本国籍の離脱を許さなかった大日本帝国と同じではないか

このように、自民党憲法改正案の第22条2項が国民投票を通過すれば、日本国籍を持たない在日外国人などの「外国移住の自由」や「国籍離脱の自由」を制限することが憲法上可能になりますから、仮にそうなれば在日外国人などの国外への移動は厳しく制限されるようになるでしょう。

ところで、こうして自国民の国籍離脱を厳しく禁止した国が過去に存在します。大日本帝国と呼ばれたかつての日本です。

当時の日本は1910年の韓国併合条約によって朝鮮半島を併合し日本の統治権をすべての朝鮮人とその国土に及ぼしました。

しかし、井戸まきえ氏の「日本の無戸籍者」(岩波新書)によれば、その一方で日本は1922年に朝鮮戸籍令を制定することで朝鮮戸籍から内地戸籍への転籍を禁止し、また朝鮮半島に戸籍法を施行させないことで朝鮮人の日本国籍離脱を厳格に規制しています(※井戸まきえ著「日本の無戸籍者」岩波新書146頁)。

当時の明治憲法(大日本帝国憲法)は第22条で国民(臣民)に居住・移転の自由を保障していましたが、朝鮮人に対しては法律の留保の下で差別を肯定しその自由を保障しなかったわけです。

大日本帝国憲法第22条

日本臣民ハ法律ノ範囲内ニ於テ居住及移転ノ自由ヲ有ス

ではなぜ、当時の日本は朝鮮半島の朝鮮人を韓国併合によって日本人に組み込んだにもかかわらず、日本人と差別して朝鮮人に国籍離脱の自由を与えなかったのでしょうか。

この点、井戸まきえ氏の著書「日本の無戸籍者」では次のように述べられています。

(当サイト筆者中略)戸籍によって日本人と法的にも峻別された「外地人」は、移動の統制を通じて、労働力の過不足の安全弁として機能させられた。内地が労働力不足になれば内地への流入を促し、不況となると制限をかけるという具合である。(※当サイト筆者中略)一九三七年には日本男子の兵力動員が進み、内地、外地ともに深刻な労働力不足となる。一九三九年には労務動員計画が作られ、敗戦まで日本内地や樺太の炭鉱他での土木建築現場等に、朝鮮人は約七〇万人が動員、配置された。

※出典:井戸まきえ著「日本の無戸籍者」岩波新書146~148頁より引用

つまり、当時の日本は、植民地だった朝鮮半島の国民(臣民)を都合の良い労働力として利用するために、朝鮮人の国籍離脱を制限してその移動をコントロールしようとしたのでしょう。

こうした過去の事例を見れば、自民党憲法改正案の第22条2項が在日外国人など国籍を持たない外国人の「外国移住の自由」や「国籍離脱の自由」を自由に制限できるようにしたのも、在日外国人などの国籍離脱を制限することでその移動をコントロールし、労働力不足の安全弁として利用しようとしているように思えます。

なぜなら、先ほどの(4)でも述べたように、自民党改正案第22条1項は新自由主義的な秩序の強化を具現化していますが、新自由主義が強化されれば過酷な競争原理と自己責任社会によって貧富の格差は拡大し治安の悪化も懸念されますので、優秀な日本人ほど海外への移住が進むことになるかもしれないからです。

ただでさえ少子化で労働人口が減少していくのに、新自由主義の強化でますます労働力が不足するようになれば、先の戦争末期のように深刻な労働力不足に陥る懸念が生じてしまいます。

そうなれば、新自由主義の利益を謳歌する支配階層が都合よく利用できる労働力も不足してしまいますから、その労働力不足を補うための安全弁が必要です。

そのため自民党は、永住資格を持つ在日外国人など国籍を持たない外国人の「外国移住の自由」と「国籍離脱の自由」を制限できる憲法改正を実現したいのではないでしょうか。

つまり、自民党が憲法第22条2項の文頭から「何人も」を削除して「全て国民は」に変えることによって在日外国人など国籍を持たない外国人の「外国移住の自由」と「国籍離脱の自由」を制限できるような改正案を作ったのは、在日外国人など国籍を持たない外国人を戦争末期の朝鮮人にしたように、都合よく労働力過不足の安全弁として機能させることが目的であるように思えるのです。

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日本国籍を持つ日本人の「外国移住の自由」や「国籍離脱の自由」も制限され得る

このように、自民党憲法改正案の第22条2項は在日外国人など国籍を持たない外国人の「外国移住の自由」や「国籍離脱の自由」を制限できるようにした点が特徴ですが、これは何も在日外国人などだけの問題ではありません。

なぜなら、自民党憲法改正案の下では日本国籍を持つ日本人の基本的人権も政府(自民党)が「公益及び公の秩序」を根拠に自由に制限することが認められているからです。

自民党改正案の第12条が「公益及び公の秩序」を根拠に国民の基本的人権を制限できるようにしている点については『自民党憲法改正案の問題点:第12条|人権保障に責務を強要』のページで詳しく説明しているので詳細はそちらに譲りますが、自民党改正案第12条は「公益及び公の秩序」に反する人権行使の制限を許容していますので、自民党改正案の下では「公益や公の秩序」すなわち政権与党の「自民党の利益」や「自民党が望む秩序」に反する人権の行使は制限されることになります。

そうなれば、「外国への移住の自由」や「国籍離脱の自由」も基本的人権の一つですから、政府(自民党)が「公益及び公の秩序」の名の下に自由に制限できるようになるでしょう。

つまり、自民党憲法改正案第22条2項は「全て国民は、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を有する」と規定しているので外見的には全ての日本国民に「外国移住の自由」や「国籍離脱の自由」を保障しているように読めますが、改正案第12条とセットで考えれば、政府(自民党)の判断でいくらでも国民の「外国移住の自由」や「国籍離脱の自由」を制限できるようにしているわけです。

もっとも、そうした解釈を可能にしても、憲法第22条2項の文末が「侵されない」のままでは文理的に矛盾が生じてしまいます。

憲法第22条2項の文末を「侵されない」としたままでは、日本国籍を持つ日本人の「外国移住の自由」や「国籍離脱の自由」を制限してしまうと、その人権を「侵す」ことになって憲法第22条2項の「侵されない」と規定した部分と文理的に整合性が取れなくなってしまうからです。

しかしその部分を「有する」と変えておけば、「有する」けれども「法律で制限できる」と解釈することもできるので、「公益及び公の秩序」を根拠に政府(自民党)が日本国籍を持つ日本人の「外国移住の自由」や「国籍離脱の自由」を制限しても、文理的な矛盾は生じません。

そのため自民党は、憲法改正案第22条2項の文末を「侵されない」から「有する」に変えたのでしょう。

このように、自民党憲法改正案第22条2項は文章自体は現行憲法とさほど変わりませんが、改正案第12条とセットで考えれば、永住資格を持つ在日外国人など国籍を持たない外国人だけでなく日本国籍を持つ日本人に対しても政府(自民党)の判断で自由にその「外国移住の自由」や「国籍離脱の自由」を制限できる構造にしています。

それは当然、日本国籍を持つ日本人に対しても「公益及び公の秩序」の要請があれば、在日外国人など国籍を持たない外国人にするのと同様に、「外国移住の自由」や「国籍離脱の自由」を制限して国内に閉じ込め、労働力不足の安全弁として利用することができるということです。

それはすなわち、『自民党憲法改正案の問題点:第22条1項|新自由主義で格差を拡大』のページで解説した新自由主義の秩序の下で支配階層に地位を確保した一部の成功者に、その他大勢の経済的弱者が奴隷として隷従を強いられるということに他なりません。

自民党憲法改正案22条2項については、その点を十分に理解しておくことが必要でしょう。

「公益及び公の秩序」を根拠に「取材の自由」が制限されること

自民党憲法改正案の第22条2項でもう一つ懸念されるのが、ジャーナリストの出国制限です。

安倍政権以降の自民党政権がジャーナリストの出国を憲法に違反して違法に制限し取材の自由や報道の自由という基本的人権を侵害し続けてきたことは『ジャーナリストの出国を禁止する旅券返納命令が違憲となる理由』のページでも解説したとおりですが、自民党憲法改正案が国民投票を通過すると、こうした現行憲法で違憲違法なジャーナリストの出国制限が憲法によって合憲(合法)と位置付けられることになります。

なぜなら、先ほども述べたように、自民党憲法改正案はその第12条で「公益及び公の秩序」を根拠に国民の基本的人権を制限することを許容しているからです(※詳細は→自民党憲法改正案の問題点:第12条|人権保障に責務を強要)。

先ほども述べましたが、自民党改正案第12条は「公益及び公の秩序」に反する人権行使の制限を許容していますので、自民党改正案の下では「公益や公の秩序」すなわち政権与党の「自民党の利益」や「自民党が望む秩序」に反する人権の行使は制限されることになります。

当然、その人権には先ほど説明したように「外国への移住の自由」も当然含まれますから、自民党改正案第12条の下では「自民党の利益」や「自民党が望む秩序」に反するような「外国への移住の自由」も制限が許されることになるのです。

しかし、ジャーナリストが自由に海外に取材に行くためには、そのジャーナリストに「海外への出国の自由」が憲法で保障されていなければなりませんが、その「海外渡航の自由(海外旅行の自由)」は「外国への移住の自由」に類似するものとして憲法第22条2項で保障されると考えるのが憲法学の多数説的見解であって判例の見解でもありますので、仮に自民党改正案第22条2項のような「外国への移住の自由」を制限できる憲法改正が実現されれば、ジャーナリストの「出国の自由」も政府の判断で自由に制限できることになってしまいます。

つまり、自民党改正案第22条2項は国民に「外国への移住の自由」を保障しているので日本人ジャーナリストに「出国の自由」を保障しているように読めますが、自民党改正案の第12条がそのジャーナリストの「出国の自由」を「公益及び公の秩序」を根拠に制限できることにしているので、政府(自民党)が「自民党の利益」や「自民党の望む秩序」の必要があると判断すれば、政府(自民党)が自由にそのジャーナリストの出国を禁止して海外での取材を制限することもできるようになるわけです。

仮にそうなれば、政府(自民党)は海外でどんな違法な措置を執ろうともメディアの報道を制限することができますから、先の戦時中と同じように海外でいくらでも違法な侵略や抑圧をできるようになってしまうでしょう。

このように、自民党憲法改正案の第22条は改正案第12条とあわせて考えれば海外におけるジャーナリストの取材や報道機関の報道を制限できる点でも問題があると言えるのです。

自民党憲法改正案の第22条2項は在日外国人だけでなく国民全体を政府(自民党)の思惑次第で自由に国内に閉じ込めておくための規定

以上で説明したように、自民党憲法改正案の第22条2項はその文章自体は現行憲法とさほど変わりはありませんが、その解釈は大きく変更され得るものと考えられますので十分に注意が必要です。

特に、永住資格を持つ在日外国人など日本国籍を持たない外国人に対しては憲法上当然に、日本国籍を持つ日本人に対しては「公益及び公の秩序」の名の下に「外国への移住の自由」や「国籍離脱の自由」を制限できる点については、在日外国人も含めた日本国民全体をさながら「鳥籠の中の鳥」のように国内に閉じ込めて、労働力不足の安全弁として利用しようとする意図がうかがえる点で大変危険な条文と思えます。

そうして国民を差別し労働力不足の安全弁として利用した80年前の日本がどのような結末を迎えたか、十分に考えることが必要でしょう。