憲法の改正に執拗に固執し続ける自民党が公開している憲法改正草案の問題点を一条ずつチェックしていくこのシリーズ。
今回は、国と地方自治体の協力等に関する規定を新設した自民党憲法改正草案第93条3項の問題点を考えてみることにいたしましょう。
国と地方自治体の役割分担と協力、また地方自治体の相互の協力に関する規定を新設した自民党憲法改正草案第93条3項
現行憲法の第93条は地方公共団体における議会設置と首長・議員の直接選挙に関する規定を置いていますが、自民党憲法改正草案はこの規定を第94条に移動したうえで、93条に新たに「地方自治体の種類、国及び地方自治体の協力等」と見出しを付けた条文を新設し、その第3項に国と地方自治体が役割を分担したうえで相互に、また各地方自治体も相互に協力することを要請した条文を挿入しています。
具体的にどのような規定が新設されているのか、条文を確認してみましょう。
【自民党憲法改正草案(抄)】
(地方自治体の種類、国及び地方自治体の協力等)
※出典:自由民主党日本国憲法改正草案(平成24年4月27日決定)|自由民主党 を基に作成
第93条
第1項 地方自治体は、基礎地方自治体及びこれを包括する広域地方自治体とすることを基本とし、その種類は、法律で定める。
第2項 地方自治体の組織及び運営に関する基本的事項は、地方自治の本旨に基づいて、法律で定める。
第3項 国及び地方自治体は、法律の定める役割分担を踏まえ、協力しなければならない。地方自治体は、相互に協力しなければならない。
では、こうして新たに挿入される規定は具体的にどのような問題を生じさせるのでしょうか。検討してみましょう。
なお、第1項の問題点については『自民党憲法改正案の問題点:第93条1項|道州制で中央集権を強化』のページで、また第2項の文章は現行憲法第92条の条文を移動させたもので、その問題点についてはすでに『自民党憲法改正案の問題点:第92条1項|地方自治の本旨を破壊』と『自民党憲法改正案の問題点:第92条2項|住民に義務を課し軍国化』のページで解説していますので、それぞれそれらのページをご覧ください。
地方自治体から「自治」を取り上げ、「自助」と「共助」を押しつける自民党憲法改正草案第93条3項
この点、自民党憲法改正草案3項によって生じる問題としては次の2つが考えられます。
(1)自治体の権限が「法律で定める」役割に限定されることで自治体から自治が奪われる
自民党憲法改正草案第93条3項の問題点として最初に指摘したいのは、改正案第93条3項の文章が、国と地方自治体の役割分担について「法律の定める」としていることで、地方自治体から「自治」が取り上げられてしまう危険性です。
国民の社会契約によって形成される国民国家において立法権・行政権・司法権のいわゆる三権を執行する統治機構は民主主義と権力分立原理に基づいて組織されますが、そのためにはまず地方の政治が住民の自治によるという原理が認められなければなりません。地方自治は中央の統一権力の強大化をおさえて、権力を地方に分散させるという重要な意義があるからです(芦部信喜著・高橋和之補訂「憲法」有斐閣355~356頁)。
そのため「地方自治は民主主義の小学校である」などと言われることもあるわけですが、そうした自治が代表的に表れるのが、地方自治体における条例制定権です。
地方自治体は、「地域における事務」と「その他の事務で法律又はこれに基づく政令により処理することとされる事務」を処理しますが(地方自治法第2条1項)、この自治事務と言われるものを実施するために、条例を制定することができます(憲法第94条)。
【地方自治法第2条2項】
普通地方公共団体は、地域における事務及びその他の事務で法律又はこれに基づく政令により処理することとされるものを処理する。
【日本国憲法第94条】
地方公共団体は、その財産を管理し、事務を処理し、及び行政を執行する権能を有し、法律のは範囲で条例を制定することができる。
※出典:地方自治法|e-gov、日本国憲法|egov
この「条例」とは、地方公共団体がその自治権に基づいて制定する自主法ですから、地方公共団体はその自治事務に関する事項しか条例に規定できない反面、その自治事務の範囲内であれば、法律とは原則として無関係に、かつ独自に規定を制定することができると考えられています(前掲芦部書357頁)。
もちろん、そうした自主法である条例制定権も「法律の範囲で」認められるものに過ぎませんから(憲法94条)、法律に反してはならないという限界は存在します。
しかし、そうした法律に劣後するという限界はあるにせよ、法令に明示若しくは黙示の禁止規定がない限り、すでに法律による規制が定められている場合でも、法律の特別の委任なくして条例を制定することは認められます。
たとえば、憲法の基本書である「憲法(有斐閣:芦部信喜著・高橋和之補訂361頁)」によれば、公害に関して法律によって一定の規制基準が定められている場合に地方自治体がその法律より厳しい規制基準を定める条例(いわゆる「上乗せ条例」)に関しては、学説の一般的な傾向は法律に反してはならないという条件を緩やかに解していて、法律の趣旨がより厳しい規制基準を条例で定めることを排除しているのでなければ、地方の実情に応じて別段の規制を定める”上乗せ条例”は適法であると解されているそうですし、最近の法律には「大気汚染防止法」や「騒音規制法」など、そうした趣旨を明文で定めているものも存在します。
【大気汚染防止法第4条1項】
都道府県は、当該都道府県の区域のうちに、その自然的、社会的条件から判断して、ばいじん又は有害物質に係る前条第一項又は第三項の排出基準によつては、人の健康を保護し、又は生活環境を保全することが十分でないと認められる区域があるときは、その区域におけるばい煙発生施設において発生するこれらの物質について、政令で定めるところにより、条例で、同条第一項の排出基準にかえて適用すべき同項の排出基準で定める許容限度よりきびしい許容限度を定める排出基準を定めることができる。
【騒音規制法第4条2項】
町村は、前条第一項の規定により指定された地域(以下「指定地域」という。)の全部又は一部について、当該地域の自然的、社会的条件に特別の事情があるため、前項の規定により定められた規制基準によつては当該地域の住民の生活環境を保全することが十分でないと認めるときは、条例で、環境大臣の定める範囲内において、同項の規制基準に代えて適用すべき規制基準を定めることができる。
※出典:大気汚染防止法|e-gov、騒音防止法|e-gov
また、過去の判例(※徳島市公安条例事件:最高裁昭和50年9月10日(昭和46(あ)1176号・昭和48(あ)910))でも、「国の法令が必ずしもその規定によって全国的に一律に同一内容の規制を施す趣旨ではなく、それぞれの普通地方公共団体において、その地方の実情に応じて、別段の規制を施すことを容認する趣旨であると解されるときは、国の法令と条例との間には何ら矛盾抵触はなく、条例が国の法令に違反する問題は生じえない」と判示されていますから、法令の趣旨や目的と矛盾抵触しない等の事情がある限り、地方自治体にはその自治事務に関して自主法を制定する権限が保障されていると言えるでしょう。
ところで、自民党憲法改正草案3項の問題点に話を戻しますが、自民党憲法改正草案第93条3項は先ほど挙げたように、その前段に
「国及び地方自治体は、法律の定める役割分担を踏まえ、協力しなければならない。」
と規定していますので、国と地方自治体の役割は「法律」によって定められることになります。
この点、法律は国会で制定されますから、これは国と地方自治体の「役割分担」を、国会が決めるということです。つまり地方自治体は自分の自治体でその自治体の「役割」を決めることが出来なくなり、国会が法律で定めた「役割」しかできなくなってしまうのです。
しかしそうなれば、これまで行われてきた自治事務も、国会で決められた「役割」の範囲でしか執行できなくなってしまいますから、自治体に認められた条例制定権も、国会で決められた「役割」の範囲でしか制定できなくなってしまうでしょう。
たとえば、仮に何らかの化学物質に関して、排出基準を「1リットルあたり1ミリグラム」に規制する法律があったとします。
この場合、現行憲法上は先ほど説明したように、法令の趣旨や目的と矛盾抵触しなければ地方自治体で法律の基準よりも厳しい基準を条例で制定して規制することができますから、ある地方自治体がその化学物質の排出基準を「1リットルあたり0.5ミリグラム」に規制するなど、より厳しい条例を制定することが可能です。
しかし、自民党憲法改正草案第93条3項が国民投票を通過した場合において、国会が「国」と「地方自治体」の役割分担を定める法律を制定し、その法律で地方自治体の役割を「その自治体の住民サービス」に限定する法律を作った場合、あるいは「化学物質の排出制限については国の役割とする」ような法律を作った場合はそれができなくなってしまいます。地方自治体の役割分担に含まれないすべての事柄は、地方自治体に自治事務をする権限がなくなってしまうからです。そうなれば、今まで制定できた”上乗せ条例”は制定できなくなってしまうでしょう。
仮にその自治体の多数の住民が健康被害を防止するためその化学物質の排出制限量を「1リットル当たり1ミリグラム」より少なくしたいと考えていたとしても、その自治体で”上乗せ条例”を制定することができなくなってしまうのです。
もちろんこれは、あくまでも公害に関する条例の分かりやすい一例を示したものに過ぎませんので、条例の問題でなくても、さまざまな地方行政の執行の場面において、国会が制定する「法律」が地方自治体の「役割」を定めることで、地方自治体の自治事務は大きく制限されてしまうことになるかもしれません。
しかし先ほども説明したように、地方自治は「民主主義の小学校」です。地方の自治権がされるということは、中央の統一権力の強大化に直結しますから、権力を地方に分散させるという地方自治の重要な意義も失われてしまいます。
それは当然、民主主義の後退、民主主義の破壊にもつながっていくでしょう。
自由と民主主義を党名とする自民党が、民主主義を破壊する憲法改正草案を公開しているというのですから、世も末と言えるかもしれません。
このように、自民党憲法改正草案第93条3項は国会が定める法律によって国と地方自治体の役割を分担することを規定する条文を新設していますが、これは国会(立法府)がその権限によって地方自治体の自治権を制限することを認めるということであり、国会(立法府)が地方自治体の自治権を取り上げることもできるようになるということです。
このような規定が国民投票を通過すれば、地方自治体は国会が定める法律によって「役割」を定められ、その自治権は取り上げられて、国会の認める範囲の行政だけしか執行できなくなってしまうでしょう。
そしてもちろん、その国会は多数議席を確保した政権与党(現状であれば自民党)による多数決によって決せられますから、その国会で多数議席を確保した自民党がこういう憲法規定を新設しようとしているということは、もしかしたら自民党は「地方自治体は自民党の言うことを聞いておけ、地方は中央政府のやることに口を出すな」とでも言いたいのかもしれません。
そうした自民党に付き従い、地方自治から自治権を取り上げて民主主義を破壊することに同意するのか。この改正案第93条3項は、その賛否を問われる条文になることを十分に認識すべきでしょう。
(2)自治体間に相互協力が義務付けられることで自治体に自己責任だけが押し付けられる
次に指摘したいのは、自民党憲法改正草案第93条3項が自治体に「自助」と「共助」を強制している点です。
自民党憲法改正草案第93条3項は後段に「地方自治体は、相互に協力しなければならない」という文章を挿入していますから、これが国民投票を通過した後は、地方自治体は「相互に協力」することが憲法で義務付けられることになります。
しかし、憲法が地方自治体に「相互に協力」することを義務付けるということは、憲法が「国」の責任を軽くして、その責任のすべてを地方自治体に押し付けるということです。
憲法が地方自治体に「相互に協力」することを義務付けるなら、たとえ地方自治体に危機的な状況が発生したとしても、「国」は第一義的には助けなくてもよくなるからです
たとえば、ある地方自治体が財政破綻した場合であっても、その自治体を第一義的に援助しなければならないのは「他の地方自治体」であって「国」ではなくなりますし、たとえば、ある地方自治体の原発で事故が発生し放射能汚染が生じた場合であっても、その放射能に協働して対処すべきは「他の自治体」であって、「国」は第一義的には手を差し伸べなくてもよくなるのです。
これはつまり、自治体における「自助」あるいは「共助」の強制と言えます。
菅首相がNHKのニュース番組や国会の所信表明演説で「自助、共助、公助」などと述べ(※参考→https://www.kantei.go.jp/jp/99_suga/statement/2020/1026shoshinhyomei.html)、国民にまず「自助」と「共助」を要求し、それでも助からない場合にようやく最後に国や自治体が「公助」で補うことを宣言したことは記憶に新しいですが、そうした「自助」や「共助」を国民に対してだけでなく、地方自治体にも押し付けようとするのが、この規定の目的なのでしょう。
ですが、そうして地方自治体に「自助」や「共助」が押し付けられ、財政的に余裕のない自治体で行政サービスが困難になれば、地方は今以上に疲弊してしまいます。もちろん、そうして不利益を受けるのはその地域に住む住民、つまり主権者である国民です。
しかも、前述の(1)で説明したように、自民党憲法改正草案第93条3項は地方自治体から「自治」を取り上げていますから、「自治」を取り上げられた地方自治体は、徒手空拳で「責任」だけを負担しなければならなくなってしまいます。
これではまるで、竹やりを持たされて本土決戦に挑まされるようなものではないでしょうか。
しかも、少子高齢化が進み、税収確保も厳しくなることが予測されるのに、政権与党としてその対策を30年以上も怠ってきた自民党が、その責任を「国(政府)」から投げ出して、地方自治体に丸投げし、押し付けようとするなど言語道断でしょう。
このように、自民党憲法改正草案第93条3項は後段で「地方自治体は、相互に協力しなければならない」と規定して地方自治体に「相互に協力」することを義務付けていますが、これは地方自治体に「自助」と「共助」を押し付けるもので、地方をますます疲弊させ、住民生活を困難に貶める危険性を内在しています。
そうした条文を新設する必要性がどこにあるのか、国民は十分に考える必要があるでしょう。
自民党憲法改正案第93条3項は中央集権を強化し軍国主義に傾斜させる
以上で説明したように、自民党憲法改正草案第93条3項は地方自治体から「自治」を取り上げるだけでなく、地方自治体に「自助」と「共助」を強制する条文です。
この点、なぜ自民党がこうした規定を新設しようとしているかという点が問題となりますが、それはおそらく自民党が中央集権的な国家体制を強化しようとしているからでしょう。
自民党憲法改正草案が国防軍を予定し、軍事力を利用して国民に国の資源と国土を守らせることに最大の価値を置いている点は『自民党憲法改正案の問題点:第9条の2|歯止めのない国防軍』や『自民党憲法改正案の問題点:第9条の3|国家総動員法の復活』のページで解説してきましたが、そのためには地方の自治を可能な限り制限し、中央政府における地方自治体への責任を縮小して中央集権的な国家体制を強化することが不可欠となります。
地方により自治が認められて国(政府)の命令に従わないようになれば地方において国防の為の徴用や動員を行うことが難しくなりますし、地方の責任を国が負担しなければならないとすれば、国の経済的・人的資源が地方に振り分けられることで、国における経済資源や人的資源の活用が困難になるからです。
そのため自民党憲法改正草案は内閣総理大臣に権限を集約させるとともに(※この点は→『自民党憲法改正案の問題点:第65条|内閣総理大臣に権力を集中』や『自民党憲法改正案の問題点:第72条1項|内閣の合議制を骨抜きに』)、改正案第93条3項で地方自治体の「自治」を制限し、「自助」や「共助」を地方自治体に押し付けて、中央政府の権限を強化し地方への責任を軽減しようとしているのでしょう。
しかし、そうした中央集権的な国家体制は危険性を孕むものです。
明治憲法(大日本帝国憲法)は欽定憲法であったことから、天皇大権の下で中央集権的な国家体制を許容するものでしたが、そうした国家体制では民主主義にとって不可欠な権力分立原理が有効に機能せず、地方自治の空洞化を促進させて国全体を軍国主義と全体主義に誘導することを容易にし、日本は周辺諸国も巻き込んだ無理な戦争へと転がり落ちていきました。
そうして多くの人々に犠牲を強いてしまった結果が、国内だけでなく周辺諸国も焦土に変えた先の戦争です。
その過去に失敗した中央集権的な国家体制に親和性を持つ憲法規定を新設することが将来の国民に何をもたらすか。国民は冷静に判断することが必要でしょう。