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自民党憲法改正案の問題点:第15条3項|外国人を参政権から排除

自民党が公開している憲法改正案の問題点を一条ずつチェックするこのシリーズ。

今回は、公務員の選挙とその方法に関して規定した自民党憲法改正案の第15条3項の問題点を考えてみることにいたしましょう。

なお、自民党憲法改正案第15項の第1項については『自民党憲法改正案の問題点:第15条1項|公務員選定罷免権の剥奪』のページで、また4項については『自民党憲法改正案の問題点:第15条4項|憲法なのに国家目線』のページで解説していますが、第2項については現行憲法と変わりがないと思われましたので解説は省略しています。

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参政権を「日本国籍を有する日本国民」に限定した自民党憲法改正案第15条3項

自民党憲法改正案第15条は公務員の選挙に関する規定ですが、これは現行憲法の第15条3項にも規定されていますので、その現行憲法の規定がそのまま移動した形になっています。

もっとも、文章に大きな違いがあり解釈も変更することになりますので、まず双方の条文を見てみましょう。

日本国憲法第15条3項

公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する。

自民党憲法改正案第15条3項

公務員の選定を選挙により行う場合は、日本国籍を有する成年者による普通選挙の方法による。

※出典:自由民主党日本国憲法改正草案(平成24年4月27日決定)|自由民主党 を基に作成

大きく違うところは2点。参政権の主体が単なる「成年者」から「日本国籍を有する成年者」に変更された点、もう一つは「保障する」の部分が削除され単に「方法による」とされている点です。

自民党改正案は「日本国籍を有する」と限定して在日外国人を参政権から確定的に締め出した

この点、まず自民党憲法改正案第15条3項が公務員の選定に参加する主体を「日本国籍を有する成年者」に限定した点について検討しますが、これは恐らく、参政権から在日外国人を完全に排除することが目的でしょう。

現行憲法の第15条3項は参政権を具現化するために公務員の選挙について規定していますが、この参政権は国家を統治する究極的な力の根拠が国民に帰属するという国民主権原理の要請に基づきます。

そのため、その参政権に基づいて行われる選挙に参加する権利は主権者である日本国民に帰属されなければなりませんが、その参政権が保障される国民の範囲を「成年者」と規定することで法律(公職選挙法)に委ねることにしたのが現行憲法の第15条3項の規定です。

この点、問題となるのが外国人の参政権です。

参政権が国民主権原理を具現化するための人権であることを考えれば、主権者である国民の範囲に含まれない外国人には参政権(狭義の参政権※選挙権と被選挙権)は及ばないと解されるからです。

もっとも、国民主権の観点から参政権が外国人に及ばないとしても、地方自治体の選挙の場合は事情が異なります。市区町村の首長や議員は、その地域に定住する住民の生活に密接に関連する公務をその地域の住民に代わって行使するにすぎず、国家統治の権力を行使する公務員ではないからです。

国家統治の究極的な力の根拠が国民に帰属するという国民主権原理の要請から考えれば、その主権を直接的に反映させるわけではない地方選挙で外国人に参政権を認めることは必ずしも国民主権原理の要請を逸脱することにはなりません。

こうした理由から、国政選挙においては国籍を有しない外国人に参政権が保障されないとしても、地方自治体の選挙(特に市区町村の選挙)については「永住者等であってその居住する区域の地方公共団体と特段に緊密な関係を持つに至ったと認められるもの(※以下単に「在日外国人」と表記)にも参政権を認めることができるとする考え方があり、過去の最高裁判例(定住外国人地方参政権事件:最高裁平成7年2月28日)もこの立場をとっています。

憲法93条2項は、我が国に在留する外国人に対して地方公共団体における選挙の権利を保障したものとはいえないが、憲法第八章の地方自治に関する規定は、民主主義社会における地方自治の重要性に鑑み、住民の日常生活に密接な関連を有する公共的事務は、その地方の住民の意思に基づきその区域の地方公共団体が処理するという政治形態を憲法上の制度として保障しようとする趣旨に出たものと解されるから、我が国に在留する外国人のうちでも永住者等であってその居住する区域の地方公共団体と特段に緊密な関係を持つに至ったと認められるものについて、その意思を日常生活に密接な関連を有する地方公共団体の公共的事務の処理に反映させるべく、法律をもって、地方公共団体の長、その議会の議員等に対する選挙権を付与する措置を講ずることは、憲法上禁止されているものではない。

出典:定住外国人地方参政権事件(最高裁平成7年2月28日)|裁判所判例検索より引用

もちろん、現在の日本では国政選挙も地方自治体の選挙もすべて日本国籍を有する日本国民だけに参政権(狭義の参政権※選挙権と被選挙権)が認められているにすぎませんから、在日外国人は国政選挙も地方選挙も参加することはできません。

しかし、現行憲法上は地方選挙については必ずしも在日外国人の参政権を否定していないので、公職選挙法(9ないし10条)や地方自治法(18条)を改正すれば、在日外国人に選挙権と被選挙権を与えることができるとしているのが現行憲法の第15条3項の規定なのです。

そうであるにもかかわらず自民党は、前述したように改正案の第15条3項で「日本国籍を有する成年者」と規定してしまいましたから、もしこの自民党の憲法改正案が国民投票を通過すれば、憲法が参政権の範囲を「日本国籍を有する国民に限定した」ことになりますので、もはや法律で在日外国人に選挙権や被選挙権を与えることはできません。

つまり自民党は、「在日外国人に対しては絶対に参政権を付与しない」ということを憲法上で確定的に明示するために第15条3項に「日本国籍を有する成年者」という文章を付け加えたわけです。

在日外国人に地方参政権を与えないことは民主主義の観点から許されるのか

このように、自民党憲法改正案第15条3項の「日本国籍を有する成年者」が挿入された部分は、参政権(狭義の参政権※選挙権と被選挙権)から在日外国人を完全に締め出すことが目的と解されます。

しかし、先ほど説明したように、地方自治体の首長や地方議員は国家統治の権力を行使するわけではなく、単にその地方の住民サービスに関する公務をそこに住む住民に代わって行使したり、その公務の内容を地方議会で決定する議員にすぎませんから、国民主権の要請は限られるので地方選挙から在日外国人を完全に締め出すこのような条文は国民主権の要請する範囲を超えており、民主主義の観点から考えて普遍性を持つものとは言えません。

また、在日外国人であっても住民税や所得税など納税の義務は課せられていて日本国籍を有する日本国民と変わらないのですから、国政選挙の参政権が保障されないのはまだしも、地方選挙の参政権まで認めないというのは、在日外国人から搾取するだけ搾取して権利は一切与えないというのと同じであり、それが民主主義の国で認められ得るのか甚だ疑問です。

この点、「在日外国人に地方参政権を認めて離島などに在日外国人が集中して自治体ごと乗っ取られたらどうするんだ」などと懸念を訴える人もいますが、そもそも離島に在日外国人が集中するようなこと自体現実的ではありませんし、仮に離島などに在日外国人が集中するようなことがあって安全保障上に懸念を生じることがありえたとしても、それは法律で歯止めを掛ければ済む話ですから、立法府の議員を選ぶわけでもない地方選挙で在日外国人を参政権から排除する必要性はないはずです。

また、「離島等に在日外国人が集中したら乗っ取られる」などという理由で在日外国人の地方参政権を認めないという理屈が通るなら、たとえば「半グレ集団」や「反社会的な教義を持つ宗教の信者」が特定の離島などに集中して議会の多数派を占めて反社会的活動をする可能性だって否定できないのですから、そうした場合にまで参政権を制限せよとの議論にまで発展しかねません。

しかし、仮にそういう議論になれば、それはもはや普通選挙ではなく制限選挙に限りなく近づくことになりますので、民主主義の観点から問題が生じてしまうでしょう。

このように考えていくと、在日外国人に地方参政権を与えないという取り扱いを確定した自民党憲法改正案第15条3項は民主主義の観点から考えて明らかに問題があると思えます。

もちろん、地方自治体の参政権については現行憲法の下でも必ずしも在日外国人に認めなければならないわけではなく、先ほど挙げた最高裁判例のようにそれを認めるか認めないかは主権者である日本国民の議論に委ねられているわけですから、「地方参政権を在日外国人に認めない」という判断があっても良いとは思います(※但し私個人は国政選挙における在日外国人への参政権の容認には消極的ですが、地方参政権については認めるべきとの考えです)。

しかし、在日外国人に地方参政権を認めるか否かについては、これまで国民的議論がまったくなされていないわけですから、主権者である日本国民の議論を全く待たないままの状況で、いきなり国民投票にまで持っていき在日外国人の地方参政権を取り上げてしまうのは、それこそ国民主権原理に反するような気がしますし、あまりにも乱暴すぎる気がします。

ちなみに、国立国会図書館の調査(※田中宏著『疎外の社会か、共生の社会か』/『世界』2010年4月号岩波書店40頁)によれば、OECD加盟30国にロシアを加えた諸国の中で、地方選挙において外国人参政権を全く認めていないのは日本だけだそうですから、外国人への地方参政権の道を完全に閉ざしてしまう自民党憲法改正案第15条3項はその異常性が際立っているとも言えるのではないでしょうか(※後藤光男、山本英嗣著『ニュージーランドの外国人参政権』|早稲田大学 49-50頁)。

「保障する」をなぜ削除したのか

なお、自民党改正案第15条3項は現行憲法の同条同項の最後の部分にある「普通選挙を保障する」の文章から「保障する」の文言を取り除いて「普通選挙の方法による」に変えています。

自民党がなぜ「保障する」の文言を削除したのかその真意はわかりませんが、あえてわざわざ「保障する」という文言を取り除いたのですから、素直に考えれば自民党は国民に保障される参政権を「保障しない」という方向に誘導したいのでしょう。

参政権を「保障しない」ケースが具体的にどのようなケースで当てはまるのか、今の時点ではよくわかりませんが、国籍の有無にかかわらず参政権に何らかの制限を設ける意図がうかがえる点に大きな不安があります。

いずれは国籍を持つマイノリティーにも広がる問題

以上で説明したように、自民党憲法改正案第15条3項が「日本国籍を有する成年者」との文章を付け加えたのは、在日外国人に地方自治体の参政権を認める余地を確定的になくすことを目的にしていると解されますが、国民主権の要請が直接的に求められない地方自治体の参政権まで憲法で「参政権を日本国籍を有する国民に限定すること(参政権から確定的に在日外国人を排除すること)」は、国民主権の要請を逸脱しており、民主主義の観点から問題があると考えます。

また、在日外国人は国籍が日本にないとは言っても祖国に生活の基盤はないわけですから、日本で生まれ、日本で生活し、日本で死んでいくしかありません。私はそうした人たちにその居住する区域の地方公共団体の参政権を認めることは当然だと考えますし、認めないことこそが民主主義に反すると思います。

朝鮮学校の無償化問題(※詳細は→朝鮮学校における高校授業料の無償化裁判の経緯と概要)などのように、自民党政権は現行憲法の下でも在日外国人への差別政策を執拗に継続していますが、こうした在日外国人の排斥を許容していけば、こうした差別はますます広がっていくでしょう。

それは在日外国人だけの問題ではありません。今は在日外国人の問題であっても、いずれその矛先は、国籍を有する日本国民にも必ず向けられていきます。まずはマイノリティーの人権が制限され、そしてそれが徐々に国民全体へと広がっていくのです。

参政権は民主主義の実現に不可欠な基本的人権であって、在日外国人も国籍を持つ日本国民と同じようにこの国で社会契約を結んだ国民の一人であり、この国を経営する国民の一人なのですから、それが制限されるというのなら、民主主義は容易に機能不全に陥ってしまうでしょう。

この自民党憲法改正案第15条3項が在日外国人の参政権の問題だけでなく、すべての国民の基本的人権の問題であることに一人でも多くの国民が気付くことが望まれます。